※放恣従者見習いの地獄
オレは何だかんだで今のこの生活に慣れてしまった。
今じゃあ、もう窓ふきや床磨きぐらいじゃ疲れることはねぇ、街へ買い出しに行っても嫌な気分にならねぇ。衛兵らしき奴を見れば嫌な気分になるが、それ以外は…割と楽しんでる。
「アスターにはもう次の段階へ進んでいいでしょう」
ある日の休息時間にルリさんはオレにそう言った。
従者見習いのオレは今年の王子誕生会には留守番だったが来年はおじょうサマと共に誕生会へ行くそうだ。
「お、おい…ルリ、俺すげー嫌な予感してんだけど」
コルチカがすげぇ焦っているのを見ると今までの比じゃなくきついのだろうか。
けど、今の作業も最初はきつかったけど今じゃあ全然平気だ、これからやることもきついのは最初だけだろ。
それに…はやくおじょうサマの従者になりてぇし。
「ルリさん!オレ頑張ります!」
オレの言葉にコルチカは青ざめ、ルリは満足気に笑った。
あれ?なんで他の3人は苦笑いしてんだろう…。
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「ちがいますよ、アスター!!それでは時間置きすぎて香りが逃げてしまうわ!!」
「す、すみませんっ!!」
フランネさんによるティーセットの準備、淹れ方、そして紅茶の種類の教育を受けてる。
意外と優しそうですげぇ厳しい…こんな大声聞いたことない。
「淹れるときも姿勢は崩してはなりません!ソーサーとカップの音は立てない!!」
「はいっ!!」
フランネさんが淹れてくれる紅茶とオレが淹れる紅茶、全く味が違う。同じ時間置いている筈なのに香りが全然しねぇし、同じ茶葉なのに味もおいしくねぇ。
「アスターすごいわね、まだ始めて数日なのにもうここまで上達しちゃったのね」
すげぇ優しく褒めてくれるっ!!やっぱフランネさんは優しい!
…どこかの極悪非道侍女とちがって。
「頑張りましょうね!」
「はいっ!」
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「じゃあ!!わたしからは地理、歴史、魔法学、医学、薬学について教えてきますね!!」
「え?」
失礼なんだけど…出来んのか?
最初にそう思った、ルリさんがやるていうならわかる。何かあの人出来そうな気がするし!ただガーベラさんは全くそういうタイプじゃない。
ドサドサドサッ!!
「いや~この辺とか懐かしい本ばっかだ!あ、この本とかはすっごくわかりやすいと思いますよ!?」
分厚い本を積み重なられて、すぐ自分の考えが違ったんだと思い直した。
そうだった…ガーベラさんはずれてんだ、普通と。
「じゃ、手始めに地理からやりましょうか!」
とても満面な笑みで辞書みてぇな、本を開いた。
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「おや、来ましたね。アスターくん」
庭師のタツナミさんとは、管理している屋敷の庭で実施される。
目の前には様々な花、草、きのこ、あとは魚なんかもある、とにかく豊富で毎日やってるのにどこから調達してんだろうなと思う。
「すいませんっ!」
まだふらつく足元に気を付けなければ、転んでしまいそうになる。
「ちゃんと吐いてきましたか?」
「はいっ!だいじょ、ぶです」
タツナミさんから差し出された水を飲みこむ、冷たくて胃がひんやりした。嘔吐剤を飲んで胃の中がからっぽになったのでとても助かった。
「では、毒の続きをしましょう」
そう、オレは世界中の毒の種類を教えてもらっている。
種類は豊富で実際に毒を服用したときの対処方法や舌を使った見分け方を教えてもらってる。おじょうサマにそういった事が合ったときに対処できるように。
「お願いしますっ!」
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「ん?どした、アスター。まだ時間じゃねーだろ」
オレはコルチカの厨房へと来ていた。
仕事と勉強の両立は大変だけど、知らない事を知るて結構楽しい。
「オレにも教えてほしい、です。…お菓子作りを」
1番オレに良くしてくれるコルチカはオレにとっちゃあ兄貴みたいな人だ、1番不器用そうなのに毎日違うお菓子でどれも美味しい。
朝食、昼食、お菓子、夕食、屋敷全員分をたった1人で作り上げている。
だから1つぐらい…盗ませてほしい。
「オレもおじょうサマに笑ってもらいてぇから」
気恥ずかしくて俯いてしまう。でも毎日おじょうサマを笑顔に出来るし。
オレには微笑んでくれるだけで…。
「アスターお前…なんっで!!そんなかわいいんだっっ!!」
がばっと力いっぱいに抱き締められる。
料理人自慢の腕で力いっぱいに抱き締められて本気で一瞬意識飛んだ。
「まかせとけっ!!」
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「さて、アスター。日々のお勉強良く頑張っておりますね」
小さく微笑むルリには何故だか最終決戦前のような謎の緊張感が漂う。
侍女なのになんだかとてつもない威厳を感じる。
「アスター貴方にも敵の見極め方を教えます」
真っ赤な髪をお団子にして括り上げ白色のブリムをつけている、そして髪色と同じ真っ赤な瞳は鋭い眼差しをアスターに向けていた。
「お嬢様があのように元気になられたのは6歳の時です。あの方はそれまで人形の置物のような生活をしていました」
言葉が出なかった。
自分が見ているおじょうサマは何かを抱えていることは間違いない、それでもあの無邪気な性格はずっと昔から変わらないんだろうと思っていた。
誰かに後頭部を殴られた、そう思う程強い衝撃の話だった。
つい2年ほど前まで、感情がなく喋ることも笑うこともない、人形のシレネの話が。
そして…その原因が実の両親によるものだと。
その両親こそがシレネの敵であり、蹴落とそうとしている人物。
「貴方にはお嬢様の傍で護っていただきます。わたしらは制限されて動くことが出来ません、だけどアスター貴方は来年の誕生会へ同行は許されるでしょう」
あのおじょうサマは…親と戦ってるのか?
魔物と戦い、貴族とも戦ってんのか。
…たった1人で。
「教えてください、オレにも」
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「アスター…貴方最近、雰囲気変わったわね」
「そうですか?お嬢様の気のせいです」
なんだろう。
ルリ、に似て来ているような気がするのよね…。前までは口が悪かったし私を馬鹿にするようなお嬢様呼びをしてたんだけど。
「なんか寂しいから前みたいにしてっ!」
壁を作られたような気がして少し寂しい。
私とアスターはたったの2歳しか変わらないのに…中身は大人なのに子供扱いされまくったせいで中身まで子供になってしまった。10歳の男の子に26歳+2の女がこんなことを言ってしまうなんて。
…恥ずかしいっ!
「じゃ、2人の時だけな。ルリさんに叱られるし」
ニッと歯を出して笑ってくれるアスターがやはりお兄さんに見える。
「ありがとうっ!」
思わず抱き着いてしまう、兄が出来たようですごく嬉しかったから。
「がっ!?ば、バカおじょうっっ!!」
変な呼び方で怒られてしまった。