29.アスター・べラドンナリリー
「なぁ、おめぇはなんであの時いたんだ?」
夕食を食べ終え部屋で寛いでいた。
侍女たちが湯浴み準備をしてくれている隙間時間はタツナミやコルチカと話すか、部屋で寛ぐかのどちらかで過ごしている。扉をノックされ湯浴みが整ったかと思えばアスターだった。
最近は、皆に可愛がられていい感じに打ち解けられているみたいだ、特にコルチカにはよく懐いているな、と思っていた。私には相変わらずで、やっぱ私は打ち解けられないかと少し悲しかった。
そんな気持ちでいたときにその質問を受け、戸惑っている。
「あれは…特訓よ」
「特訓?貴族様が?」
まぁ…そうよね。
アスターにはあの夜の件は秘匿してもらっている、特訓の件も1部だけしか話すつもりはないが念のために「皆には言わないで」と口止めした。アスターはその辺は口が堅いので助かった。
…引き取る話の時に話したら処罰、と言ってあるんだけど。
「そうよ、いざという時に自分の身は自分でしか護れないわ」
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
この屋敷は居心地がわりぃ、なんでかわかんねぇけど。
ここに連れてこられてからずっっと思ってた。ひとはいいし、飯もうまい、おじょうサマもあんま関わんないようにしてるけどわりぃやつじゃねぇ。それが疑問だった、だが。
とうとうオレは気付いちまった。あのガーベラさんの話を聞いたせいでこの屋敷の違和感に、居心地悪さの原因を…。
なんで公爵家でありながら使用人が5人なんだ?
屋敷は広いしもっと人数雇えよ、て思った。
だからこんな重労働を強いられるんだ、て。
あれ?この屋敷の主人はいつ帰ってきてんだ…?オレ、1回も会ったことねぇけど。
普通こういう時は雇い主に会うもんじゃないのか?
『人形などにさせたくないのです』
貴族は平民から金を巻き上げる、楽して金を手に入れられる。
親も仲間も口を揃えて言っていた。オレもそうだと思ったしだからすげぇ嫌いだった。いつも安全なところにいて、何もせずにぐうたらして金を手に入れるんだと。
でも、そんなんだったらおじょうサマはあそこにいねぇ。
魔物を倒し、血を浴びても平気な顔して…すげぇ動き方をして短剣握りしめていた。
真っ暗な夜だったけどおじょうサマの白い髪はよく見えた、透き通るようなその髪を靡かせて自分よりもでけぇ魔物に向かっていった。
オレが思っていた貴族様じゃねぇ。
だから聞きたくなった、あの時手を伸ばしてくれた―…
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「そうよ、いざという時に自分の身は自分でしか護れないわ」
何言ってんだ、いるだろ。
あのおうじサマが護ってくれんだろ?
「そこまでして生きてぇの?」
特訓なんて必要ねぇだろ。
貴族様には騎士がいんだろ、オレの仲間を殺した奴らが。
「私は気楽に生きたいの。何も縛られず自由に」
自由に生きたい、その気持ちはすげぇわかる。他人に自分の人生を縛られたくはねぇ、オレはオレの思うままに生きたい。
まさか、貴族様とオレが同じ考えを持つなんて。
「アスター、安心して。貴方が生きる術を身に着けたら解放するわ」
オレの生きる術、か。
野盗生活しか知らなかったオレの世界が開けたように感じた。
やっぱ目の前の小さな少女が間違いなくあの時に魔物を倒した少女だ、普通じゃねぇ令嬢で…気楽に生きるために気楽じゃねぇ生き方をしてる。
「約束、しろ」
柔らかに微笑むとはっきりと答えてくれた。
「約束するわ、アスター」
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「約束するわ、アスター」
彼と、約束をした。
アスターは私の言葉を聞くと満足げに退出していった。これで一旦は平気だろうか、まだ我が屋敷にきてひと月ほどしか経っていない。
今のところルリ達からはアスターの件で何か言われたりもないしアスターも馴染んできている。
ただアスターが嫌う王族や貴族と接触する環境に置いてしまっていることはアスターにとっては苦痛以外の何物でもない、彼の仲間は騎士達の手によって処罰されてしまったのであれば尚更。
…アスター・ベラドンナリリー、彼は唯一シレネ戦には不参加のキャラだ。
他の攻略対象者は学園で出会うのに対し、アスターだけはクエストで出会うことになる。だから学園にはいないしシレネとそもそもあまり接点がない。
主人公からシレネの事を聞いて『人間っぽくねえし』とセリフがあったから不気味には感じていたみたいだ。
元は貧困層出身の彼は金銭的な理由で親から捨てられてしまう。人生の大半は森の中で過ごし金銭を巻き上げては時々街へ赴き寂しさを埋めていたのだろう。
ゲームでは所謂”女好き”キャラだった、今は可愛らしい子供だけど我が屋敷には可愛い侍女3名ほどいるから大丈夫かしら。
…アスターには心苦しいけど仲間のことはどうしようもない。彼の憂いを和らげること出来ればいいのだけど。