27.放恣少年は従者にされる
「―…という、ことがありまして」
屋敷へ帰還し、早速皆にもアスターのことを説明した。
自己判断で彼を引き取ったことを謝罪し教育をしてもらえないかもお願いしたら快く承諾してくれて胸を撫で下ろした。ただルリに「いつかはあると思いました」と言われてしまい、頭が上がらなくなってしまった。
アスターと皆の自己紹介が終わり、各々仕事へ戻っていきアスターはルリに連れられて行ったので屋敷内の説明をするんだろう。
よかった…アスターも早く打ち解けられてくれるといいけど…。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
なんで、こうなるんだっ…
やっと国から出られたてのに!!
「ここが応接間、こちらは客間―…」
オレの先を歩いている侍女に連れられるがまま、居心地悪い屋敷内を淡々と説明される、だがその半分も頭に入ってこない。
苛々してそれどころじゃねぇ…あの女のせいだ。
「そして、こちらが貴方の部屋です」
ある扉の前で止まり、その部屋の中へ案内された。普段から手入れされているのか埃1つない、使用人如きが使うのには待遇が良すぎるほど広い空間だ。
既にベッドやソファー、テーブル等の日用品は完備されている。
「オレ、ここに住むのか?」
「はい。皆ここに住んでおります」
皆?
使用人全員がここに住んでるのか?
「そうです。なので何かあればお声掛けください」
!!
こ、こいつ…っ!いまオレのっ!?
オレの思っていることを読みやがった!
アスターの反応をみるとルリはふぅと溜息をついてしまう、前にも似たようなことをお嬢様にされた、と。
「アスター、貴方はお嬢様の従者となってもらいます。”わたし”が教養を担当しますのでどうぞお気軽に聞いてください」
1度溜息をついたときは懐かしそうな顔をしていた侍女が一瞬で、元の冷静な顔に戻り先程と同じで淡々と説明した。
あの”おじょうサマ”も普通の令嬢じゃねぇと思ったが”侍女”も普通じゃねぇ…
そう考えてしまうとゾワッと全身に気持ち悪く嫌な感覚が広まる、自分はとんでもない家に連れてこられてしまったのではないかと。
ルリは黙り込んでしまったアスターを見て、また1つ溜息が出てしまう。
「それでは、わたしは仕事へ戻ります。夕食の準備が整い次第、お声掛けしますのでそれまでお休みください。明日から、教育開始しますので」
自分の気持ち悪い感覚が恐怖だと分かると、アスターは返事をすることが出来なかった。
ただ、コクリと頷くとその侍女は「よろしい」と言い、部屋から出ていく。
去り際に、
「お嬢様に出会えて、幸運でしたね」
そう言葉を残して、部屋から出て行った。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
何が幸運だ。
「先程と同じミスをしております」
侍女ルリの宣言通り、翌日になった今日から”従者”の教育とやらが始まった。
アホみてぇにきついっ!!
重い荷物を運び、料理人と庭師の間を何度も往復させられ、窓ふきを全部屋分させられたかと思えば次はぞうきんで床磨きをでけぇ屋敷全部をやらされた。
おじょうサマとやらは朝におうじサマと仲良く城へ向かっていった。
おじょうサマの朝食準備を手伝い、おじょうサマが食べ終われば後片付け、そしておじょうサマが出掛ければ見送り…
なっんでオレが!!アイツの!!世話を!!しなきゃいけねーんだっ!!
「作業が雑で、遅いです。集中なさい」
極悪ルリは容赦のない叱責を飛ばす、オレの心が読みとれているコイツは今思っていることも筒抜けなんだろう。それが絶妙にむかつくッッ!!
「ルリさん、そろそろ休息にいたしませんか?」
ルリよりも断然優しいフランネが休息の提案を出し、ルリもそれを承諾した。助かった、と思う、朝からずっと使い走りにされたかと思えば屋敷全部の清掃を指示され、慣れない作業で身体はすぐ疲弊した。そしてこれが毎日続くと思えばアスターは絶望してしまった。
やっぱ殺された方がマシ、だったかも。
せっかくの自由は奪われ、オレを育ててくれた仲間は全員殺された。
この国の連中には悪かもしれないがオレにとっては命の恩人だった奴らだ、逆にこの国の連中の方が…オレにとっては悪だ。
なのに、またこの国に戻された挙句の果てに貴族様の家に縛られるなんて…地獄だ。
「疲れましたよね、アスターくん」
タツナミ…だったか。
この中じゃあ、1番上の人なんだろうな…まぁ5人しかいねぇけど。
「べつに」
本当は疲れすぎてヘトヘトだけど変に見栄が出てしまう、皆は平気そうにしてんのにオレだけ疲れてるなんて何か分からないが恥ずかしい。
「ルリは鬼だからな~。ほら、これ食べて元気だせ!!」
甘い匂いが鼻を掠める、今まで食べたことがないケーキだ。
口の中に運べば砂糖の甘さと柑橘フルーツの甘酸っぱさが疲れた身体に染み渡る、物心ついたときには店の前で並んでいるケーキを見て1度は食べたいと願った。
きっと、あの陳列されていたケーキよりも断然に美味しいだろう、食べただけでこんなにも感動してしまったのだから。
「どうだ?」
ニコニコ笑いながら料理人コルチカが聞いてくる、荷物運びに行くときは大雑把でルリに怒られていたけどもその男が作ったお菓子はとても美味しい。
「……うまい」
そうか!!と嬉しそうに燥ぐ姿を見れば本当にこのケーキを作ったのはこの人なのか…と疑ってしまう。
「これからは毎日食べれますからね。はい、こちらもどうぞ」
フランネが淹れてくれた紅茶を差し出してくる。
紅茶も今までは飲んだこともないし飲みたいとも思ったことはなかった、だけども淹れてくれた紅茶の香りが良く、口に含めば甘さはないが仄かな酸味がある。
ただそれが逆にケーキの味と喧嘩することなくケーキと紅茶が互いの味を引き立てていた。
毎日…か。
仕事はきついけどそれ以外は前の生活よりもいい。
誰かに蔑まれたりしない。
雨風を凌ぐ事も出来る。
ふかふかのベッドで寝ることも、腹を満たすことも、出来る。
でも、オレは…そんな生活は嫌だ。
決められた人生なんてたのしくねぇ。