26.放恣の少年
「ふっざけんなッッ!!」
昨日の少年、アスターはタイサン様に向かって歯を剥きだして怒鳴っていた。
「落ち着けて!ほら、シレネが来たよ」
王城へ着くと案の定、私はタイサン様に呼ばれた。カルミアとイキシアは少し怪訝そうな顔をしていたが何も言わずに見送ってくれた。
そして、衛兵に扉を開けてもらったその瞬間にアスターの怒声が聞こえてきた。
私が登場するとアスターは顔をこちらに向け、気まずそうな顔をして綺麗な瞳が揺れていた。
タイサン様、師匠、アスターそしてヴィオラ様もいた。師匠はともかくタイサン様とヴィオラ様が疲労している。
「アスター!傷は大丈夫?」
昨日の姿とは打って変わり湯浴みをしたのだろう。
ゴワゴワだった長髪は綺麗に纏められており、前髪はセンター分けをしていた。身嗜みを整えられたアスターはまだ幼いが、確かにゲームで登場していたアスターの面影がある。
「…アンタも、貴族様だったんだな」
威嚇するように私に敵意を向け、私からの問いは完全に無視されてしまった。そういえば、名前を名乗っていなかった。
「私はシレネ・クレマチスと申します」
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タイサン様から現状の話を聞かせてもらえた。
どうやら身寄りのないアスターを施設に送るか、城の使用人として教育するかで提案をしていたらしいのだがアスターはそれを断固拒否。タイサン様とヴィオラ様に噛みつくように怒ってしまったそうだ。
私が到着するまではずっと怒鳴っていたみたい。
そしてそのまま、野盗狩りの件を話してくれ、内容を聞けばやはり私の予想通りだった。
昨日の時点で王国周囲の警備という名の野盗狩りは、既に騎士達の働きによって一掃された後だった。師匠の”野盗狩り”は残党がいないかの見回りであり、本当に私に野盗狩りをさせるつもりはなかったらしい…。
その野盗一味であり、生き残りであるアスターはまだ幼く更生の余地ありということで兵士の監視付きという条件で釈放する、という提案をした。いい条件だし確かな生活環境を約束されたも同然だ、今までの暮らしよりかは遥かにいいだろう。
だけどもアスターが拒否するのは仕方ないことだ、何故なら彼は―…
イズダオラ王国を嫌い、王族と貴族を強く嫌悪しているからだ。
ただそれを受け入れなければ彼は処罰を受け牢獄の中へ放り込まれる。
どうやらアスターのいた野盗はかなりたちが悪かったらしく、通りがかる商人を中心に旅人や戦士らから金銭を巻き上げ、服や商品の強奪を繰り返していた。
通常であれば野盗如きでは、王家騎士は動かず衛兵によって捕虜され相応の罰を受ける。だが、アスターがいた一味は人を殺めてしまいイズダオラ王国への来訪者に危険が及ぶと判断し騎士を警備という任務で派遣した。
確かに騎士団や魔法士団を動かすとなるとそれなりに重大なことでない限り動くことはない、それは、衛兵の仕事だ。だが人を殺めた、という重大な案件を王家としてそのままにしておく訳にもいかない。
王家が悪い、なんて事実は一切ない、誰が聞いても王家の判断は至極真っ当である。むしろ、アスターへの待遇が知られればそちらの方が大きな非難があがることだろう。
「私から1つ提案をよろしいでしょうか」
ならば、私が思うことはただ1つだ。
「許可しよう」とタイサン様は私の言いたいことが既に分かっている様子だ、この場に私を呼んだのもタイサン様がそれを”望んだ”のだろう。
「アスターは、私が責任を持って引き取ります。」
独りは…寂しい。
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「と、いうことで彼は私の従者になりましたの!」
アスターを連れてカルミアとイキシアに説明をした。
昨日のことは伏せて話し、アスターにも秘匿するように伝えていた。
「…彼は納得していないみたいだけど?」
そうなのだ、アスターは怒鳴りこそしなかったが私の提案も断固拒否をしていた。
『今死ぬのと、私の元で生きるのと…どっちがいい?』
と言ったら私の意見に恨めしそうな顔しながらも渋々、受け入れてくれた。カルミア達の元へ向かっている途中で何度か話しかけてみたが無視。話しかけんな、と言わんばかりに睨まれてしまった。
「なんで、父上はシレネの元に?」
「都合がいいのよ、多面的にも」
アスターの心情を察するに例え王城で面倒を見るにしても問題を起こすだろう。
施設へ送ったとしてもアスター自身に更生の兆しが見られなければ施設側の不満が溜まる一方だ。それに万一にも王家が犯罪者一味の1人を世話している、何てことが漏れればそれこそ大変なことになる。
両者にとって頭が痛くなる問題だ、だが”公爵家”が引き取るのでそれらは解消される。
彼の素行は全て引き取った私の責任になるのだから。
昨日のこともあるからこそ私が適任だと判断されたのだろうけど…今のアスターの態度を見れば少し胃が痛む。やっと私を見る周囲の目線が落ち着いたのに彼の素行次第では元通りになるのだから…
あ、勝手に判断しちゃったけど…皆には何て言おうかしら。