25.元人形のボス戦
「わああぁぁあああぁあっっっ!!!」
人の断末魔が突如、聞こえてきた。バサガサッと草原を走る音が聞こえる。いくら見晴らしがいいとはいえ、丘であるこの土地は地面が盛り上がっておりそれが影となってしまう。
私はその声の主の元へと駆け、ようとしたが近くにいた師匠に抱えられて師匠の光速の正体、風の生活魔法により一瞬で声の主の元へ着いてしまった。
「わああぁっ!?…ああぁ、ひ、と?」
突風と一緒に現れた私達に声の主は酷く驚いたが人間だと分かれば安心したのか、その場で足が崩れ落ちてしまった。
「大丈夫!?」
急ぎ師匠の腕から離れ、声の主の元へと駆け寄った。
その声の主は少年だった、恐らくシレネよりも年上だろうが私の目からは小さな少年だった。長い髪を縛っているが何かに怯え無我夢中に走っていたのだろう、乱雑になっており顔さえもよく見えない。
「油断するな」
師匠の言葉にハッとした。
そうだ、この少年は何かに襲われて逃げていた。その魔物は…すぐそばにいるはずだ。
「はい!」
短剣を握り締めて耳を研ぎ澄ませばそれはバサッバサッと羽音と共にこちらへと向かってきており、その正体が見えた。
あれは!ガルグイユ!!
チャインカフスの丘のボスっ!
身体は大人の男性ぐらいだが大きな翼は身体の倍近くある、風の魔法を扱う魔物だ。ゲームでは苦戦することはなかったが実際に見てみるとそれなりに迫力がある、ウバガヨイの森の魔物に見慣れていなければ私もこの少年と同じ反応していただろう。
「倒してみろ」
し、師匠!?フィールドボスを私たった1人で!?
そう思ったが、今までコイツよりももっと強い魔物がいる場所で鍛えてた。武器を握りしめてガルグイユの迎撃態勢をとる。
私らを見つける否や攻撃を仕掛けてくるガルグイユに少年は悲鳴を上げた。
ヒュウウゥゥウッ!ザシュッ!
ギギイィィイイッッッ!!
空中の敵には、鞭の方がいい。そう考え鞭を振るった、見事にガルグイユの足に届き肉を裂かれたガルグイユは断末魔を上げ、地面へと落下した。
「翼を取れ」
師匠のアドバイスを聞き、私は魔法陣を組み立てその翼へと狙いを定めた。
「炎舞っ!!」
ボワアアァと炎が立ち上がりガルグイユの翼を燃やす、そして追い打ちをかけるべく続けて組み立てていた魔法陣の呪文を唱えた。
「射貫っ!」
風は刃となり槍となりその翼に穴をあけた、これでもうガルグイユが再び飛ぶことは出来なくなる。
「ドラゴン族の皮膚は硬い、首を落とせ」
そういえばガルグイユの種族はドラゴンだった、見た目がドラゴン族には見えないが。
師匠のアドバイス通りに未だ私の魔法で苦しんでいるガルグイユに自慢の足で駆け一気に距離を縮める。
私の接近に気付いたガルグイユは反撃を試みようとしていたが、もう遅い。
ビュシュッッ!
さすがに首を切り落とすことは叶わなかったが喉元を半分まで切裂いた。ビシュアアアァ…と血飛沫が顔に思いっきり掛かってしまい血生臭さとその血が少量口の中に入ってしまい鉄の味がした。
ガルグイユは断末魔をあげることもなく絶命した。
顔中についてしまった血を水の生活魔法で洗い流した。まだ師匠のように服に付着したものを浮かすことは出来ないので後でやってもらおう。
意外と簡単に倒せてしまった…。
ガルグイユの登場も序盤の方であるからそこまで強くはない、それでも今の私にとっては充分に強敵になるだろうと思っていたからこそあまりにもあっさり倒せてしまい拍子抜けしてしまった。
ポカンと口を開けたままでいる少年は、今見た光景が信じられない様子だった。怯え震えていた身体は収まっており、大きな怪我もなさそうで一安心した。
「もう大丈夫よ」
もう少し安心してほしくて、しゃがんでいる少年に手を伸ばした、恐る恐るであるが確かに握り返してくれたのでそのままゆっくり引き上げて立たせた。そして、そのまま顔の方へと手を移せば乱雑になった髪を整える。
少年の格好はお世辞にも綺麗ではなかった、撚れて延びた服は泥で汚れており、上下とも破れている箇所もあった。よく見れば小さな傷も点々とある…なぜ、夜間にここにいたのだろうか。
髪はパサつき、ゴワゴワして固くなっている髪質を整えていると顔がはっきり見えた。藤紫色の髪は腰あたりまで長く、紫色の瞳は月明かりに照らされ妖艶な雰囲気を醸し出した。
「あなた名前は?」
紫色の髪は決して珍しくない、だけどもその妖艶な雰囲気には見覚えがあった。
「アスター……アスター・ベラドンナリリー…」
あぁやっぱり…彼は攻略対象者の1人だ。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
アスターは大丈夫かしら…。
あの後は、師匠が彼を預かり私を屋敷に帰した後は連れて行ってしまった。
何故、あの場所にいたのか聞いてみたがそれに関しては口を噤んでしまい教えてくれることはなかった。あの様子ではきっと、もう…失ってしまったのだろう。
心臓が締め付けられてギュッと痛み息が少し苦しくなった。
彼は、独りになってしまったのだから。




