10.婚約
「久しぶりだね、シレネ。元気にしてたかい?」
快活に笑う男性は、豪奢な衣服を身に纏い淡黄色の髪色と黄色い瞳色が相まって、思わす眼を瞑りたくなるほどキラキラしていた。
「ご無沙汰しております、タイサン国王陛下」
この国の王が今目の前にいる。
王子たちの誕生会が終了し、さあ帰りましょう!ていうときに、国王に呼ばれたのだ。
なぜ呼ばれたのかは察した。
どちらかの王子と婚約。
「お陰様で、毎日とても良い日々を過ごしております」
「そうかい、それはよかったよ」
人柄はよさそうで身分を抜けば親しみやすい方だ。
隣にはヴィオラ国王妃、ザクロ大公、双子王子もいた。ヴィオラ国王妃はタイサン国王陛下と同様で女性らしい柔らかさがあった。ザクロは………父上と同じ匂いがした。
私に向ける冷淡な眼差しは、私がこの場にいることも気に入らないご様子。それだけ感情むき出しで大公として、大丈夫なの?とお門違いの憂惧する。
………このザクロは、危険人物の1人。
カルミア程ではないが、大公の権限を躊躇いなく利用してくる、どちらかといえば積極的に攻撃してくるタイプの人間だ。ゲームには登場しないが、恋愛イベントの過去話で何度か名前のみ登場してきていた。
「国王陛下、話、とは一体どのようなことでしょう?」
形式的な挨拶を終え、ホーセは話の本題を尋ねたが、タイサンはシレネに目を離さないままだ。
もしかして………さっきのカルミアとの1件のことかしら。
冷や汗がタラリと頬に伝った。
まさかこんなに早く?いや、私は少なくとも処刑はないはず………
「シレネ、本来であればこんな形で話すべきことじゃないのだが。カルミアの婚約者になってくれないか?」
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我が国の王子達の誕生会に続々と招待客たちが集い始めていた。
カルミアもイキシアも主役として来賓対応に追われ忙しそうにしている、年々立派になっていく我が子達が微笑ましい。
本当は、俺も我が子たちを思いっきり抱き締めておめでとう!!愛しい我が息子達よ!!と、言ってやりたいものだが、国王である俺は玉座から離れることが出来ない。
………そろそろ、アイツも到着するころかな?
「国王陛下、ご報告いたします。クレマチス家がただいまご到着いたしました。」
「ご苦労」
そういえばシレネ嬢は、とっくに7歳になっているんだよな。
祝いの品1つでも送ってやりたかったなぁ………。
少し物思いに耽っていれば、クレマチス公爵一家の姿が見えてくる。
国王である俺へ挨拶しにくるシレネを見れば以前は、可愛らしい見た目だったが僅か1年見ないうちに美しいご令嬢になっていた。
健康そうな姿を見て心の底から”よかった”と思えた、小さな子供の痛々しい姿はやはり耐え難い。
ましてや、それは我が国のせいなのだから………
シレネの変化はそれだけじゃなかった。
仕草や顔には表情、全てが立派なもので思わず感嘆してしまう程、素晴らしかった。
それは、俺だけじゃなく隣にいる妃、ヴィオラも同じだったのだろう、以前まではシレネを悲壮に満ちた目を向けていたが、今は愁眉を開いていた。
だが、シレネの姿に良く思っていない者たちがいた。
1人は、実の父であるホーセ、もう1人は我が兄であるザクロだった。他にも何名か怪しいものはいたがシレネに直接危害を加えることはないだろうが、ホーセとザクロは別格だ。
シレネ嬢には、可能な限り危険な目に晒したくない。
さて………どうしたものか。
表立って俺が動くことはあまり好ましくない、公爵令嬢を国が守るのは不穏に繋がることでありまず宰相が許さないだろう。
「………父上、母上」
ふと、愛しい我が子の気怠そうな声が聞こえてきた。
いつの間に俺の元に来ていたのか、気付かなかったなんて………父失格だ………
「カルミア、なぜここに?主役であろうお前はここにいたらダメだろう」
「………申し訳ございません。ですが、父上から頂いていた婚約者の件でお話しがあり、取り急ぎご報告をと」
!!
「カルミア、まさか貴方」
「………はい、母上。婚約者にしたいご令嬢がいます」
「それはっ………誰だい?」
カルミアは何も言わず、目線だけを特定の人に向けた。
ああ………なんてことだ。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「シレネ、本来であればこんな形で話すべきことじゃないのだが。カルミアの婚約者になってくれないか?」
やはり、婚約の話だったか。
きちんとシナリオ通りになっていたことになるが、まさかカルミアの方になるなんて運がないわね。
「国王陛下、ご冗談を」
「冗談などではない、カルミアの要望だ」
うげっ!!
やっぱり、誕生会の1件のせいだわ………
実は、ゲームでシレネは主人公の選択ルートによってカルミア、もしくはイキシア、どちらかの婚約者だった。
ただ、王子2人には婚約者がいることだけが周知され、特定の人物像までは公にされていない。ストーリーを進めていくうちに攻略対象者達ともう1人の婚約者令嬢との会話で明らかになる。
イキシアは、真剣な面持ちで話を聞いていたが、当の本人であるカルミアは他人事のように気怠そうにしていた。
………腹が立って、殴りたくなる衝動に駆られた。