うどん、たまごに婚約破棄される
反省はしている。後悔はしていない。悪役令嬢物も書いてみたかったんだ……。
(ざまぁも少し前に書いております。詳細はあとがきにて!)
「うどん! 君との婚約を現時刻を持って破棄するっ!」
侯爵の爵位を持ち、王家の懐刀と呼ばれているヨード=ラン家の長男、タマゴが、諸貴族達が集う親善パーティの壇上で声高に宣言した。
伯爵家同士で仲の良い令嬢仲間のとり天、海老天、かき揚げ天もタマゴ侯爵が放ったその宣言に、からっと綺麗に揚がった衣が剥がれ落ちそうな程の衝撃を受けていたのが見えた。
もちろん、その発言を諸貴族の面前で受けた私は……まあ、特に何とも思っていない。もともと本人のゆかり知らないところで決められた婚約だし。
強いて言えば『君との婚約を破棄』を『黄身との婚約を破棄』に読み違えたら、貴方はただの卵白になるわね♪ メレンゲの材料にでもなるおつもりですか? ぷっす~(笑)
などと脳内に草を生やしているぐらいには心のゆとりはある。
そんな余裕が気に食わなかったのか。当の本人は目を血走らせて奥歯を噛みしめ、親の仇でも見るかのように私を睨みつけていた。
見た目は綺麗な楕円型で良いんだけども、黄身の量が少ないのか、非常に短絡的なのが……いや、オブラートに包むのはよそう。
単純に馬鹿なの。この人。
階級は向こうの方が遥かに上なのだけれども、親の七光りの我儘ボンボンにまさかの婚約を言い渡された時には自暴自棄になり、三日三晩咽び泣いてコシのある讃岐ボディが伊勢うどんみたいにクタクタになったほど。
婚約破棄? 願ってもない。むしろウエルカムですわ! ただ、こちとら伯爵家のサヌ=キー家の貴族令嬢。世間体も考えて行動しなければならない。
『あざっすぅぅ!!』と今ここで大声で叫びたい気持ちをぐっと押さえ……。
「ど、どういうことでございますかっ!? どうして、そんな……」
うっすら瞳を滲ませながら、ボンボンタマゴに言い寄った。
うん。我ながらいい演技だわ。でも一体なぜ急に婚約破棄してくれたのかしら……あ、もしかして……いや、もしかしなくてもあれが原因ね。
「ふん! 何をしらばっくれている! 全て知っているんだぞ! お前が男爵令嬢である蕎麦を乏しめていることはな! 見損なったぞ! そんな奴とは結婚などできん!」
ボンボンたまごの脇から現れたのは、そばかすが愛らしい男爵令嬢である蕎麦だった。おどおどした姿に庇護欲を掻き立てられなくはないけど……。
「タマゴ様! わ、私はそこまで恐れ多いことは望んでおりません! ただ、一言、うどん様に……うどん様に謝罪をいただければそれで……」
おっと、可憐で愛らしい眼から涙が。向こうの方が役者として一枚上手だったわ。
それは蕎麦湯ですかね? まあ、嘘泣きがお上手な事で。
「くっ……身分の差を盾に取るなどなんたる仕打ち! 大丈夫だ蕎麦、私が付いている。うどんは侯爵家長男としてこの私が直々に断罪してやる!」
いや、今まさにあんたが身分の差をぶん回してるの分からないの? やっぱり黄身が足りないわね。
しかしこのままでは私が悪者になってしまう。お家を没落させる訳にはいかない。ここは反撃させてもらうわ。
「私はそのような卑下た行為はいたしておりません。タマゴ様は騙されています」
「あくまでシラを切るか……いいだろう。悪行の数々をこの場で晒してやるわ!」
タマゴに抱きつく蕎麦がわざとらしく『落ち着いて下さいませ、私はそんなつもりではないのです、争いは何も生みません! 私が、私が悪いのです……』などと言い巻いて周りの同情票を獲得しにいっている。
なにこの茶番? それに争いを仕掛けてきたのはそっちでしょ? なんかだんだん腹が立ってきたわ……。リアルに泣かしてやろうかしら。
「うどんは蕎麦に頭から水をかけたらしいな! そのような残虐非道な事を——」
「お言葉ですがタマゴ様。私は固まって塊になっていた蕎麦にほぐし水をかけてあげただけです。感謝される事は合っても非道と言われるいわれはございません。これは、善意です」
一瞬、蕎麦の顔がピクリと引きつったように見えた。でもまだ黄身が足りない馬鹿タマゴは怯む様子はない。
「ふん……更に暴力をふるったとも聞いた! これは紛れもない事実だ! 立場が強い者が弱者に手をかけるなど貴族として——」
「タマゴ様。ほぐし水をかけただけでは蕎麦はほぐれません。私は暴力を振るったのではなく、絡まって固くなったをほぐしてあげただけに過ぎません。一塊になった蕎麦をつゆに放り込む気ですか? つまり、これも善意です」
流石のぼんぼんタマゴも話しの食い違いに違和感を感じたのか、チラチラと蕎麦を見ていた。既に蕎麦の顔からは変な汗が出ている様子が伺える。
「だ、だが、泣かしたとも聞いている! そう、これはもはや——」
「わさびが効いただけでしょう。つまり、仕様です」
パーティ会場は私の間髪入れずに放った正論に静まりかえっていた。
私の思わぬ反発にタマゴと蕎麦は挙動不審な態度を取っていた。どうやら蕎麦はタマゴに力押しで丸め込んでもらおうとしたらしい。
馬鹿ね。私のコシはどうやって練り上げられるのか知らないのかしら? こねてこねて、がっつり踏まれて滑らかな触感と弾力が生まれるのよ?
そんな私に力押しなんて片腹痛いわ。
「だ、だが……ええいっ! 婚約破棄は言い渡した! 私はこの蕎麦こそを新たな婚約者とすることをこの場で宣言する!」
なんか最後が逆切れだったけども、私の地位や家の名前を落とさずに婚約破棄出来たのは万々歳。
良かったわ、釜玉や卵とじにされる前に婚約破棄できて。私のこの純白なボディを汚されなかっただけでも御の字で——
「話しは聞かせてもらったよ?」
後方で声が聞こえた。
先程まで壇上で私にしたり顔を向けていた二人の顔色がなにやら悪い。にしてもどこかで聞いた声ね?
「……んほほほほほぉぉぉぉっ!?」
振り向いた瞬間、あまりの衝撃に思わず侯爵令嬢たる私が卑猥な声をあげてしまった。
「「で、で、殿下っ!!」」
ぼんぼんタマゴと蕎麦の声が合わさった。
「王家の懐刀である、ヨード=ラン家がパーティを開いていると小耳に挟んだもので少し顔を出してみたのだけども……とんだ場面に出くわしてしまったようですね」
そう、私の後ろに立っていたのは我がマール=カメ=セイメーン王国の次期正統継承者、第一王子のカレー=ナンバーン様であった。左右にはご兄弟で大臣を務めておられる、カツ=ドン様とオヤコ=ドン様も居る。
そのスパイスの効いた端正な顔立ちに、王家の証である特有の滲み出るフェロモンを見にまとい、周囲の者を全て魅了してしまう1/Fゆらぎを持つ褐色肌のイケメン中のイケメン。
私も咄嗟に堕ちた女騎士のような悲鳴を上げてしまったけども、まだマシなほう。他の伯爵令嬢達は……。
「殿下ぁ……その声は……ら、らめぇ……」
「はぁはぁ……ほ、ほんものぉ……」
「いい香りぃ……ひぐぅぅぅっ!」
とり天、海老天、かき揚げ天はメスの顔になっていた。こればっかりは仕方ない。カレーは……何にでも合うんだから。
「カ、カレー殿下ぁ……は、初めてご拝顔でき……んっ……あ……」
おっと、男爵令嬢たる蕎麦には刺激が強過ぎたみたいね。メスを通り越して次のステージに行ってしまったみたい。
「マドモアゼル、どうやら婚約破棄されたようですね。もしよろしければ私の元に嫁ぎませんか? 我がマール=カメ=セイメーン王国には貴女のような主食となるべき女性が必要なのです」
うぇ? なにこの急展開!? 第一王子にプロポーズされたんですけど!?
「あ、あの、わ、わたしごとき、下賤の者が陛下と——ひゃんっ!」
手を掴まれたかと思うと殿下は紳士的に膝をおり、私の手の甲にキスをいただけた。
み・な・ぎ・っ・て・き・た~!!
「貴女とならこの国をもっと栄えさせることが出来ます。僕の目に狂いはありません。ただ、少し僕色に染めてしまうかもしれないけど……」
「いえ! ガンガン染めちゃって下さい! 私、カレーうどんになるのが夢だったんです! もうデロっデロに染めてやって下さいっ!」
ああ……所詮は私も女なのね……。
「ふふ、ありがとう。共にマール=カメ=セイメーン王国を盛りたてましょう」
まさかの殿下から求婚された。こんな玉の輿に乗れる日が来るなんて……これで私の人生、バラ色、ならぬカレー色に——
「お、お待ち下さいっ!」
綺麗なハッピーエンドを迎えようとしたその時だった。内股になって頬を染めた蕎麦が割り込んできた。
「ど、どうか私も……カレー殿下のご求愛を……」
「ふぁっ!?」
タマゴが驚きのあまり裏返った声を出した。ちなみに私も内心『ふぁっ!?』となっていた。元とはいえ、かつての婚約者同士でシンクロしてしまうとは。
「でも君には今しがた婚約したばかりのタマゴ君がいるじゃないか」
「そんなもの破棄します!」
『ふぁっ!?』
今度は一緒に声まで揃えてしまった。尻軽どころではない。なんて女なの……。
「そ、蕎麦? 一体何を……一緒に月見蕎麦になろうってあんなに情熱的に語ってくれたのに……」
むむ……元婚約者とはいえちょっと腹が立つ内容ね。NTRの内容を聞かされるのは気分が悪いわ。ま、もう関係のない話だけど……まだ未遂よね?
「温そばならぎりだけども、ざるそばになったらどうするの!? 多いのよ! 量が! つゆに入れるのにはウズラの卵ぐらいで十分なの! 私、そんなにたくさん受け入れる事は出来ない!」
ナニイッテンノコノコ……。確かにざるそばに普通のたまご一個は多いとは思うけど。
「私は……本当はカレー蕎麦になりたかったのです! 殿下、どうかご寵愛の程を! どうか! どうか!」
詰め寄る蕎麦だったけどもドン大臣二人に阻まれ、殿下の元には辿り着けていない。
そして壇上で膝を折って固まり、真っ白な顔色をしたタマゴ。婚約を破棄した矢先、婚約を破棄された哀れな道化。
幼い頃からずっと一緒に育った馬鹿。因果応報ね、いい気味だわ。
黄身だけに。
そう、いい気味……ほんといい気味だわ……。全く、昔から馬鹿なんだから。いいように騙されてさくっとポイ捨てされてさ。
正直過ぎるのよ、疑う事も大切なのよ? まあ、その真っすぐさが唯一の長所だったけど。
……ああっ、もう! 私はそれ以上の馬鹿だわ!
「殿下、私……殿下との婚約を破棄します!」
「「「うぇ!?」」」
とり天、海老天、かき揚げ天から声が上がった。さっきから婚約破棄ラッシュだわ。こんなポンポン簡単に言い放つものじゃないんだけど。
「う、うどん? 何を考えて……」
タマゴは震えた声を上げながら私に尋ね、こちらに歩んできた。だからは私はため息交じりに答えてあげた。
「私は……タマゴ様と婚約し直します! こんなバカでダメなボンクラ。私しか相手できませんからね。その代わり、た~っぷり料理してもらうわよ! か、釜玉だけですまそうなんて思わない事ね!」
貴族の面前だけでなく、王家の方が居る前にも関わらず、淑女としてあるまじき大胆な発言をしてしまった。
おかげで顔からは、まるで茹で上がりのような湯気が出るくらい。私ったらなんてはしたない……。
「うどん……俺はお前にとんでもなく酷い事をしたんだぞ? それなのに……」
「あんたが馬鹿なのは私が一番良く知ってるわよっ! まったく……玉の輿に乗りそびれちゃったじゃないの!! ちゃんと責任取って——」
照れ隠しに口早に語っていると、言葉の途中で口が塞がれた。
初めてのキスは暖かくて彼の涙の……ちょっとしょっぱい味がした。
「ふふ。これは僕の入る隙はありませんね。末永く幸せに過ごして下さいね。ですがお二人の力が必要なのは事実です。ヨード=ラン家は隣国のナ=カーウ王国との懸け橋になっていただき、盤石の食文化の支えを取り繕っていただけますか?」
「はい、お任せ下さい。うどんが一緒なら必ずや成し遂げれます。そうだろ、うどん?」
「もう、調子いいんだから……お任せ下さい殿下。我がヨード=ラン家の名において……なんてね☆ まだ婚約しただけだし、ちょっと気が早いかな?」
私とタマゴは頭を下げ、少しなかりノロケてみせた。
腐れ縁ってやつも……まあ、悪くないかな……。
「待って!? ねえ、私、さっきから放置されてるけど!?」
ちなみに蕎麦は貴族にあるまじき品性とのことで爵位を取られ、今後は平民として過ごすことになったそうな。
みんな、NTRはしたらダメだぞっ☆ 作者との約束だ☆
ご読了ありがとうございます。
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同じくギャグ作品として、『おにぎりだが、新人の加入によりSSお弁当生産ギルド【王都のお弁当】から追放された。でも俺が抜けた後、カロリーがバカ高になるわ、味にも飽きられるわですぐに落ち目に。戻ってこいと言われたが、もう遅い』何て作品もあるんですよ!
お時間あらば……作者欄からどうぞ!