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山の"気"は凄まじい。木々のざわめき、草花の匂いでむせ返りそうだ。自然の中に魔力がある為、山と言うのは魔力の倉庫だ。ただし、こういう手入れのされていない自然のまた魔力は扱いづらい。
魔力を扱えるということは魔力を感知する能力にも長けているということ。お陰で感覚が酔って仕方ない。
「…山に来たのは間違えたかな」
昔に旅していた時も、このような山には来たことがある。それでもこんなに酔うことは無かった。仕方なしに魔力酔い止めの薬を口にする。
日も陰ってきた為、適度に平地になった所に宿を構える。草の布団に藁で編んだ敷布を被せ、魔除けや害虫避けの結界を張る。ついでに火を起こす。もちろん結界の外に。結界の中に煙がたまって死ぬとか嫌だからね。
周囲は山であるため、食材を見繕うのは簡単だった。木の実と川魚と山菜を下処理し、川で洗い、火を通す。
ただ焼いただけの晩餐だが、やはり空腹は一番のスパイス。胃の虫が騒ぐので早々に懲らしめねば。
「…そこで何してる」
首筋にヒヤリとした冷たい金属が当たる。
相手は男だと言うのは声で判断できるが、何しろ背中から剣を向けられている。
「魚を食べるんだ、邪魔をしないでくれ」
「ほぅ、度胸があるな。刃を向けられてもその態度とは。…あんた、何者だ?」
「名乗るならまず自らってね、教わらなかった?」
パチンと指を鳴らす。瞬時に結界を張り首に添えられた剣を弾く。もちろん魚は口に入れて食す。解せない奴を視界に入れてよく観察する。
背の高い銀髪碧眼の男。臙脂色の制服に柄に華美な装飾が施された剣が嫌に似合っている。制服を見る限り騎士だというのはわかる。だが、見たことのない制服でどこの誰かわからない。
「魔力使いか、なるほど」
驚いた顔をしていたのも一瞬。すぐにニヤリと笑みを浮かべる。ゾクリと背中に冷たいものが走る。蛇に睨まれた蛙のごとく、まるで獲物を狙うような顔。
「お前に恨まれる所以は無いはずだ。僕はお前を知らない。…何が目的だ?」
「恨んではないが、知らないのか?
ここはオリエント公国の領地で立入禁止区域なんだよ」
「立入禁止区域?」
「そう、ここの山は自然が深すぎる。溢れ出る魔力が動植物を暴走させることが頻繁に起きる。勿論人間も」
あの魔力酔いはそれの一端だったのか。
「そんな訳で、君を捕まえなければいけないってこと。禁止区域不法侵入罪で」
カシャリと腕輪をされる。
抵抗する間も無く。
「はぁ!?何これ、離してよ!」
「魔力封じが込められてるから自力じゃ外せないよ。魔力使いなら希少だし引く手数多だ」
「じ…人身売買?」
「俺は騎士だぜ?そんな非合法な犯罪するか。…でもそうだな、1週間ほど働いてもらうよ」
嫌な予感しかしない。旅を始めて初日ですが雲行きが怪しい。師匠、こう言う時はどうすればいいのですか…。