プロローグ
ー…師匠が死んだ。
人が生まれ、死にゆくは自然の摂理。
師匠もまた天命を全うして逝った、ただそれだけのことなのに、どうして涙が溢れるのだろうか。
僕は嗚咽を漏らしながら、師匠の安らかに眠った顔を眺めてどうすべきかと悩んだ。
この世界では人は死んだら魂が肉体から離れ天の元へ行く。そしてまた新たに生まれる準備をする。
本来、生まれる先は自身で決めることが出来ないが、またこの同じ世界へ戻れるようにする呪いがある。
その呪いを行使する呪術師の1人こと、ノエは僕の事だ。そして老衰死したのが、僕の師匠、つまり呪術師である。
孤児だった僕を拾い、育ててくれた親代わりでもある師匠。呪術師として育ててくれた師匠。誰よりも何よりも師匠が僕の世界の全てだった。
子供の頃、師匠に言われたことが頭の中を掠める。
『ノエ、お前はこの世界が憎いのだろう?』
『僕を捨てた親が何処かでのうのうと生きてるなんて考えただけで、腹が立つよ。どうしてまたこの世界に生まれたいって人は思うんだろう』
『ノエ…それはね』
"私がノエを愛してるからだよ"
僕はその突拍子のない答えに、照れくさいような腹が立つようなそんな気がした。
親に愛を紡がれなかった子供が、師匠に愛をもらった。だけれど僕は人を愛すると言うことが分からなかった。
だから腹立たしかったのだ。
僕はどう答えれば、その愛にむくえるのか。
師匠は死前に言った。
『色々な世界を見てみたいから、呪いは使わないで欲しい』と。
でもそれは、僕ともう二度と会うことが出来ないと言うこと。僕はまた師匠に会いたい。僕のことを忘れてしまったとしても、貴方の魂に触れたいのに。
だけど、師匠の望みを叶えたいという気持ちもまた事実だ。
あぁ、この気持ちなんだ。
この気持ちが。
「…僕は師匠を、愛してたんだね」
自身のエゴだけを通すのは簡単だろう。意思もないただの屍に術を施すのだから。でも、それは出来ない。
いなくなってから気付くには遅過ぎて、もう何を言っても貴方には届かないだろう。
「…僕は師匠の言う通りにするよ」
貴方にもう二度と会うことが出来なくなっても、僕はこの痛みを背負って生きていくしかないのだから。
「…またね」
あまりにも希望がない中でも、もし、また出会えればいいと思うんだよ。この世界でなくとも。…師匠はこんな馬鹿弟子はうんざりかも知れないな。
さよならは言わないよ。
流石にそれじゃ寂しすぎる。