瑞萌先生とキャプテン
陽介が目覚めたのは二日後のことだった。
ファリアコアが体に浸透し新たな左手を再形成後、身体になじむのに時間がかかったというのがアンドロイドメイド・イクスの見立てであった。
気付いてすぐに、ミフユがつきっきりで看病してくれていたと知り恥ずかしくなる。
「このたびは助けていただいてありがとうございました」
深く頭を下げるミフユは頬を赤らめながら陽介の左手をとった。
「あの、どうでしょうか。左手に違和感はありませんか?」
「ん? あれ? 左手怪我したっけ?」
……なるほどと陽介は納得した。
ミフユをかばってゾンビに噛まれ死を覚悟したものの、ファルベリオスのフォトンセイバーが即座に左手を切り落としたため感染せずに済んだということ。
それに責任を感じたミフユの行動に陽介は思う。
こんなにかわいくて良い子と仲良くなれるんだったら、左手ぐらい安いものだと。
だから口に出してしまっていたのだろうか。
「え!? そ、そんな、わ、わたしかわいいって……」
「うわ、口に出ちゃってたかな。でもかわいいのは本当だよ。僕みたいな貧弱で役立たずの男が君を救えたのだとしたら、左手なんて安いものだと思う。よかった、本当に良かった」
「なんという人なの!? 自分の左手と私を比べて……、ああもうどうすればいいのよ!」
褐色肌のつやつやの頬を真っ赤に染めてミフユは走り去っていった。
「何かまずいこと言ったかな?」
女心が分かるはずもないオタク少年である陽介だったが、起き上ってみると体の調子が非常に良い。
それに皆の活き活きとした声が聞こえてきた。
何やら体育館の中がすっきりと片付いてしまっている。
「何が起きたんだ!?」
慌てて体育館中央で荷物の運搬をさばいている瑞萌先生に話を聞くと、驚くべき答えが帰ってきた。
海賊たちが閉鎖されていた校舎を完全に制圧。イクスの動体レーダーを使って隠れているゾンビまであぶりだし、さらに汚染がひどかった一階を消毒。
二階、四階はほぼ汚染されていなかったため、ここに避難家族たちに居住してもらうことになった。今はその物資や荷物の運び出し中だという。
グラントや部室棟、校舎含めて安全地帯となったことで、子供たちは元気いっぱい走り回れることになった。
「あと驚くことにね」と瑞萌先生は興奮気味に話しだした。
以前から校舎実習棟地下にある災害用の非常用食料や物資が手つかずで残っていたが、入り口シャッター付近に何故かゾンビの群がたまっており、あきらめていたのだ。
それをファルベリオスがあっけなく片付けてしまい、非常用食料や生活物資の確保に成功したのだという。
「これでもう陽介君に危険な真似をさせなくて済むわ、今まで本当にありがとうね。あなたがいなければ多くの人は飢え死にしていたはずよ」
大勢の大人たちが通りすぎるたびに陽介を称え、褒め、評価してくれていた。
うれしかったと思う。きっと認めてもらえて本当にうれしかった。だがこの胸の奥に淀むもやもやはなんだろう。なんだかんだで左手も動くし感覚もある。
海賊たち、ファルベリオスたちがやってくれたことで皆が助かるのになぜこんなに……
ぼくの仕事がなくなって、存在価値がなくなってしまった。
なんて小さな人間なんだろう。
ずんっと体の芯にある何かが、ひどく醜いものに思えて来て情けなくなってくる。
明るく話す瑞萌先生の話をなんとか聞き終えると、陽介は人の出入りが激しいグランドへ降りる。
本当にグランドにはゾンビが一人もおらず、教室を住まいにするための遮光板を居住スペースに設置している最中であった。
人がいることを察知されると、強盗の類に場所を教えているようなものだからだ。
実際には東京の夜は暗闇ではない。ところどころで人が生き延びているであろう明かりが見て取れた。
「あ、あの……」
グランドで佇む陽介が心配になったのか、ミフユがそっと寄り添ってくれていた。
「なんか元気ないみたいだけど、大丈夫?」
「う、うん、なんだか僕が寝込んでる間にすごいことになっちゃっててびっくりしちゃった」
「あの、キャプテンが陽介に頼みたいことがあるって」
「え? 僕なんかに?」
その瞬間背中を力強い手で軽く叩かれた。
「うお?」
「お前ほどの男が 僕なんか、なんて言うな。改めてミフユを助けてくれてありがとう。そしてお前の左腕すまなかった」
「い、いえ、おかげでなんか生えてきちゃったみたいで」
「あははは! やっぱりお前はおもしろいな。実は陽介に頼みがあってな」
ファルベリオスに連れていかれたのは、あの強襲揚艦艇サザンクロスだった。
白人男性クルーであるロッドが修理を試みているが、モニターやコンソールは完全に停止しており反応を示さない。様々な配線がショートしているのか内部は乱雑に散らかっているという印象だ。
「やあ陽介、実は修理に必要な電子機器や基盤が足りなくてな、もし心当たりがあればこの星で手に入る場所を教えて欲しいんだ」
無理だろう。
というのが陽介の率直な感想であり、見たこともない規格でありシステム、さらにはモニター画面らしきものもない。
だが何気なくコンソールに触れた時だった。今は普通の左手としか見えないが、何か体の中へ押し入ってくるような圧を感じると、そこから回路図のようなものが脳内に浮かび上がったのだ。
「反重力リアクターのバイパス、イビルサーキットが焼き切れていて、スパイラルエンジンが稼働できずにシステムがダウン……あれ? なんで僕こんなこと分かるの?」
「キャ、キャプテン、俺じゃあお手上げだがイクスが仮定していた損傷レベルと一致するぜ」
「やはりファリアコアの影響か。陽介、解決法に思い当たることはあるか?」
「それならパソコン部にある自作PCにはかなり最新のメモリボードが刺さってるから……それをバイパスサーキットの補助に使えれば……きっとサザンクロスは大出力の演算を必要としてないと思うし、軌道計算と自動航行システムの……あれ、まただ」
見守っていたミフユも相当に驚いているが、そのまま陽介に付き従うように皆は制圧された部室棟のパソコン部の部室へ向かった。
念のため用心したが、安全は確認されており死体も処理されている。
感染防止のため、イクスが全ての死体を校庭の隅へ運び焼却処理したという。
陽介は迷わずいくつかのPC筐体からコード類を外すと、側面のパネルを開けて内部の基盤を確認する。
「これとこれ、あとは……SSDか、これなら使えそう」
部室PCのどこに何があるか、全てを把握しているかのように、陽介はロッドの用意した箱に次々とパーツをしまっている。
「大丈夫そうだな、護衛はミフユに任せる」
「了解です」
陽介に金属生命体を加工したファリアコアの影響が出ているが、7号人類種が装着した例も多数あるため問題ないだろうとイクスは分析している。
ミフユは相変わらず陽介を熱っぽい視線で見つめているが、まさかあいつがあのような感情を見せるとは驚きであったとファルベリオス談。
そんなことを考えていると瑞萌先生がファルベリオスを会議に誘った。
以前から参加してほしいと頼まれていたもので、多くの出席者がいる。
一階の会議室には大人が10人ほど、みながファルベリオスの参加に肯定的だ。
「海賊さんたちには本当にお世話になっています。それでこれからあなたたちが何をしたいのか聞いておきたいと思いまして」
どうやら海賊だということを認めたらしい。
「俺たちの目的はシンプルだ。本船である海賊船ヴェンディダール号を見つけ合流すること。そしてこの宇宙から脱出し元の宙域へ帰還することだ」
「私たちは、あなたたちのしてくれた恩にどう報いればいいのでしょう?」
「恩? 子供たちが教えてくれたがこの星は地球っていうらしいな。変わってるぜ、恩だって? 俺たちは、陽介が仲間を救ってくれたことに対し義理を通してるだけだ」
「それは分かります。だからこそ私たちも義理を通したいのですよキャプテン」
瑞萌先生はどうやら年下だと思ってファルベリオスを生徒扱いする傾向がある。バカにするのではなく、なんとか面倒をみたいというお姉さん気質があるのかもしれない。
「このガッコウという場所で修理に専念できるよう、食事や生活の支援をしてもらってるからな、俺たちとしては大助かりだ。それにあんたらには敵意がない、ってことは海賊として安心して活動できる基地として十分だよ」
「違います。ここは基地じゃありません、学校です。少なくともキャプテンは私の生徒だと思ってますからね! だめでせすよ先生は怒ると怖いですよ?」
出席者の多くが噴き出していた。バカにしているというより、先生の人柄が好きなのだろう。
「まったく俺を生徒呼ばわりしたのは、後にも先にもあんただけだよ先生。まあ授業する機会があれば頼むさ」
気が向きましたらブックマークや、☆などモチベに繋がりますのでよろしくお願いします。