左手の行方
「マスターへ提言。感染者撃退に必要なブラスターのエネルギー弾倉は、サザンクロス内のバリアボックスに収納されていること思い出しやがれませ」
「「「あっ!」」」
たまたまそれを聞いていたのが、亜麻色陽介だったことから彼は宇宙海賊の案内役としてしばらく駆り出されることになったのだ。
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「その……あのビームガンはもうあまり撃てないということなんですか?」
「バリアボックスが開けば大丈夫よ!」
ミフユが慌てながら反論したが、う~と項垂れている。
「やべえぞ俺のブラスターも30%切ってやがる」
「私の武装も転送シークエンスが起動できないので、手持ちのブラスター2丁でエネルギー残量は34%」
「まずいわよ、ビームマシンガンはもう18%しかない」
「俺のブラスターも残り25%だな、まあフォトンセイバーはしばらく使えるから俺が白兵戦でなんとかするさ」
「キャプテンを危険に晒せません」
ミフユが反論するがファルベリオスにその気はないようだ。
「イクス、サザンクロスのメインコンピューターが起動すれば、この感染を引き起こしている原因を分析し対策を立てられるな?」
「肯定です」
ファルベリオスの表情に暗い影はなかった。4月下旬の春風を受けながら爽やかにその身で味わっているようにさえ思える。
「陽介、さっそくグランドにいるゾンビの数を教えてもらえるか?」
「はい」と返事をしてみたものの、一瞬疑問が頭をよぎる。
なぜファルベリオスは、自分がそのことを把握していると知っていたのか?
「は? 武器もなく、倒すことも困難なゾンビたちを掻い潜って避難民の子供たちに食料をとってくるお前のことだ。慎重に慎重を重ねて警戒していたからだろう? だったら一番危険なグランド内のゾンビの数は把握してそうだと思ったのさ」
ああそうなのか。こういう人が上司っていうかキャプテンだからみんなついてきてるんだな、と素直に思えた陽介だった。
「グランドには約20体、さきほどミフユさんが倒した数は引いてあります。校舎側と校舎裏には少なくとも15体以上。それと本校舎内の数が分からないので増減はあります、さらに部室棟もわかりません、あのすいません」
「何言ってんだ、それだけ把握してりゃたいしたもんだ。聞いていたなイクス」
黒髪メイドの瞳が何やらキラキラと輝き陽介を鋭く見つめている。
「エリアマップ作成中、校舎付近の殲滅を担当します。私は生命体ではないので奴らは襲ってこないでしょう」
「生命体ではないって……!?」
ブラスターを構え、颯爽と校舎に向かって駆けていくイクスというメイド少女の言動に驚いていると、あのミフユが隣でぼそりと囁いた。
「あの子はアンドロイド。機械よ」
白人男性は乗り物内で修理か何かをしているようで、ミフユはその護衛として入り口を守っている。キャプテン・ファルベリオスは、グランド側から外へ出ようとしているゾンビたちに向かいとんでもない速度で斬りかかっている。
人間の身体能力ではなかった。本当にこの人たちは宇宙海賊なんだという実感が、このときになって初めて陽介は理解できたように思う。
陽介も一緒になって監視していたが、そのときふと視界の隅で気になる何かを感じた。
(あれ、ミフユさんの脇腹、ちょうどスーツから地肌が覗いているけど……綺麗だけど赤いひっかき傷のような)
「バリアスーツって言ってたけど、もしかしてミフユさんのスーツってエネルギー切れてるんじゃ」
そう思ったのも束の間であった。
体育館の影からのっそりと現れた男性教師のゾンビが、中の白人男性とやりとりをしているミフユに迫ろうとしていたのだ。
「ミフユさん危ない!」
「え!?」
サザンクロス脇から現れた教師ゾンビが、ミフユの脇腹に噛みつこうと飛び掛かって来たのだ。
この時陽介は瞬間的にミフユを守りたいと、そう思った。
きっと自分はこの世界で生きていくには弱すぎる。死はそう遠くない未来に転がっていると、達観していたことが幸いしたのかもしれない。
必死に左手を伸ばし、脇腹とゾンビの間に差し入れたのだ。
左手の甲に激痛が走る。そのままミフユとの間に割って入った陽介は校庭に転がった。肉を食い千切り咀嚼しながら腐った瞳をミフユへと向けるゾンビ。
「陽介!?」
同時にゾンビの頭がブラスターによって吹き飛んだ。
陽介は他人事のように起き上がりながら左手から溢れる血を眺めていた。
「ミフユさん無事でよかった。後はお願いします……噛まれたらもう終わり、だから」
呆気なく、何の感情的抑揚もなくその言葉を口に出来たことが陽介自身にとっても意外であった。
噛まれるとおよそ2,3時間から半日で人はゾンビ化する。
自分は、家族は大丈夫だ、ゾンビにならないと諦めきれずに屍人の列に加わり、仲間をゾンビの群へと引き入れた人たちを多く見てきた。
そうなる前に、始末してもらいたい。あの銃だったら楽でいいんじゃないか。
噛まれてから10秒も経たないうちに、その予測は大きく外れることになった。
衝撃のようなものと同時に陽介は意識が吹き飛んだ。
だが、意識が途切れる寸前に視界に移ったのは自分の左手が宙を舞っているところであった。
◇
「ごめんなさいごめんなさい! 陽介!」
ミフユは陽介を膝に抱きながら泣きじゃくっていた。
彼女には分かっている。自分の油断のため陽介が犠牲になってしまったこと。
ファルベリオスはフォトンセイバーの刃を収納すると陽介の頭を撫でる。
「たいした奴だ。こいつみたいな覚悟と勇気を持った奴はクルーの中でもそうはいない。自らの身を犠牲にしてミフユを守ったこいつに、俺たちは何をすればいい?」
「すいませんキャプテン。そして陽介。俺が内部チェックをしようって言い出したせいでミフユに負担をかけちまった」
「それは違うわ! 私がちゃんと警戒していれば!」
校舎裏のゾンビを駆逐したらしいイクスだったが、陽介が倒れている状況を分析しているようだった。
「ミフユ、あなたのバリアスーツのエネルギーユニットは交換済なの?」
「え? あっそうだった。ああ! 陽介がいなければ私、噛まれてた……」
「そうですね、この状況を分析すると陽介様はミフユのバリアスーツのエネルギー切れに気付いていたようです。そうでなければ、咄嗟に脇腹を狙ったゾンビに対し手を伸ばして防げるとは思えません」
「なんてこった、こいつ……かなわねえな」
「イクス、陽介は助かるか?」
アンドロイドに感情はない、という共通認識が壊れた瞬間だったのかもしれない。
「それは感染を防げたか、命が助かるか? という問いですか? それとも今後この厳しい環境で生き抜くことができるという問いですか? 左手を失った少年が?」
イクスは軽く震えていたように思う。
「なぜ私はこのように疑似感情プログラムを制御できないのでしょうか」
「そいつはお前が陽介を気に入ったからだよ」
イクスは陽介が感染した可能性は限りなく低いという予測を出した。
念のため半日以上隔離しながら様子を見ることが決まり、子供たちに懐かれていたことから現状を伏せてはいるが瑞萌先生は相当にショックを受けていた。
「辛い事、危ないことを率先して引き受けてくれていました。彼がいなければ私たちは今生きていなかったでしょう。陽介君、ごめんなさい」
ミフユはヴェンディダール号の突撃隊長であった。
3号人類種という地球人よりも遥かに身体能力が発達した種であり、そのあまりの強さに帝国軍から恐れられているほどだ。
しかし今の彼女は陽介を看護するただの一人の女の子にしか見えない。
自分の不注意で、二重の不注意でこんなことに。
彼の左腕に巻かれた包帯が痛々しい。切断面はフォトンセイバーの切り口であるため出血はないものの、それが逆に生々しさを後押ししていた。
二階スタンド席奥に作られた隔離エリアに、ファルベリオスとイクスがやってきた。
「イクスに命じる。緊急救助モードを陽介に適用しろ」
「イエスマイマスター。キャプテン・ファルベリオス用に用意された緊急救助モードを陽介に適用します」
イクスのメイド服が中央から割れると、内部へ格納されていた野球ボールほどの金属球が取り出される。
彼女は迷うことなく陽介の包帯をはぎ取ると、左手の切断面にその金属球を押し当てた。
「ミフユ、お前の任務優先順位は俺の護衛ではなく、陽介を守ることになった。命を救われたんだ、その思いを勇気を己の命で受け止めろ」
「キャプテン、感謝します。陽介を助けてくださって」
陽介の顔色はあまりよくないが、命に別状はないようではあった。金属球はすぐに流体金属のように左手に融合すると、うねりながら何かの形を形成し始める。
「ダラムサラ星の金属生命体を帝国軍が捕獲し人体改造用に調整した非人道兵器。使うつもりはなかったが、陽介を助けるためであれば俺はその罪を背負おう。お前の勇気と覚悟を改めて俺たちは理解した。必ずこの避難所を守ってみせる」
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