宇宙の海は!
「中口径ヴァリアブルビーム砲並びに艦首メーザー魚雷、艦底部ニュートリオンバスター展開! 奴らを近づけさせるな!」
白銀の船影は命を吹き込まれたかのように活き活きと、大空を泳ぎ回っているように見える。
迫りくる巨大界魔生物を次々に倒していく。
その様子は地下シェルターに避難した台間フォート住民たちにも中継されていた。
皆が必死に祈り、応援の声をあげていく。
「未来位置修正角、上下角プラス0,4 左舷副砲旋回射撃!」
「復唱! 未来位置修正角、上下角プラス0,4 左舷副砲旋回射撃! 撃て!」
ファルベリオスによって指示されたグラヴィティーショックカノンのエネルギー弾道は、ヴェンディダール号に沿って移動し絡みつこうとしていたムカデ型を絶妙のタイミングで薙ぎ払い蒸発させてしまう。
あの短時間で不規則な運動を見切ったといのだろうか。
不敵な笑みに彼の口角が上がる。
「取り舵いっぱい! この隙にセントラルコアを撃滅する! 最大戦速!」
「取り~舵いっぱい! 進路セントラルコア 最大戦速」
「主砲 発射用意! 目標セントラルコア! ベルスタッドは軸線を維持!」
「あいあいさー!」
「ウォードよく狙え!」
「主砲 シルヴァリオンバスター チャージ完了 発射!」
だが、ヴェンディダール号の主砲は沈黙したままだ。
「砲雷撃班、何が起きた!?」
「最終トリガーがロックされました! リアクターからエネルギー供給が不安定です、機関長!?」
艦全体に不規則な振動が響き渡る。
「反物質反応炉 出力低下、このままではシルヴァリオン転換装甲へのエネルギー供給が止まってしまいます!」
ブリッジに緊張が走る。
奴らの巨大質量を転換装甲なしで受けてしまえば、甚大な被害を受けてしまうだろう。
「主舵いっぱい! 機関長は原因を探り復旧を急がせろ! どうしたヴェンディダール号!?」
ヴェンディダール号の不調を察したのか、奴らは再び界魔生物を放出した。
今度の大きさは大きくても全長40mほどだが、三角形のエイ型飛行物体が迎撃能力の低下したヴェンディダール号の脇をすり抜け大気圏へと突入していく。
艦載機ナイトリモーラ2機が、迎撃のために艦底部の艦載機射出口から発進する。
大小様々な触手から変形する昆虫や魚類、爬虫類などが融合した生命の尊厳を踏みにじる界魔生物群の猛攻が開始された。
奴らは口から熱線を放出し近接攻撃だけではなく、遠距離攻撃までかけてくる。
かすめたアンテナがぐにゃりと熱と酸で腐食していく。
ファルベリオスの指揮でなんとか戦線を維持しているが、セントラルコアに近づきすぎたせいもあり船体への損傷が目立つようになってくる。
『左舷中央被弾! 第43~48隔壁閉鎖!』
『8番副砲大破!』
『フォトンビーム速射砲中破!』
「このままでは!」
ウォードが焦りの呻きを漏らす。鉄の副長とまで呼ばれた男が、この苦境に勝利を見いだせずにいる。
~その頃、ミフユと陽介はというと。
イクスの指示で後部甲板下の第77制御ハッチへ向かっていた。
打合せやら物資搬入、ナノクリスタル関連のマニュアルなどを教えてもらっていた時だったのでそのまま降りることなく戦闘に巻き込まれた陽介だった。
ミフユにしては、離れたくなくて夜はベッド泣き続けているような乙女なので少しの間だけでも二人でいられる時間が増えたことに安堵し、戦闘の恐怖を乗り越えていた。
艦内に不慣れな陽介をミフユが手を繋いで走り抜ける。
時折振り向き頬を赤らめながら振り返るミフユが、たまらなくかわいく感じる陽介。
(この子と一緒にいられるなら、僕は何もいらないかもしれない)
思春期特有の甘酸っぱくも純粋でほろ苦い二人が駆けるのは、油臭く武骨な戦闘艦の通路だ。
「後少しよ」
その時だった。船全体を揺らす衝撃に思わず二人がすっころんだ。
慌ててミフユを受け止める陽介。
だが、すぐに「あっ!」と声を上げもがくように離れる。
偶然とはいえ、ミフユの胸をぎゅっとつかんでしたからだ。
「陽介ならずっと触ってくれてもいいのに」
「え?」
「だって、いつ死んじゃうか分からないんだよ。こんなにヴェンディダール号がピンチになったのって初めて。それに……」
「ミフユ……」
彼女を抱き起しながら二人は手を握り合う。ぴっちりとした戦闘スーツから漂うミフユの女性らしいプロポーションと、鼻腔を刺激する匂いがないにもかかわらず脳髄を刺激する強烈なミフユの香らしきもの。
冷静な陽介ならば、これがフェロモンというものなのかと理解しただろう。
「行こうミフユ。僕でも役に立てることがあるのかもしれない」
「うん」
左手が熱い。陽介は左手から感じるいまだかつてない脈動のようなものを感じていた。
生きることへの渇望と、諦めてたまるかという律動。
死の恐怖。
全てを受け止め背負って陽介は駆けた。
< その制御パネルを陽介様に! >
「僕にどうしろと……あっ!」
通路から脇に入ったパイプやらケーブル類のつまった部屋の奥に、その制御パネルらしきものがあった。
一枚の金属板のようにも見えるそれは、不思議に光る美しいターコイズブルーの明滅を繰り返していた。
「私こんなの見たことないよ」
「不思議な光だ……」
陽介がそのパネルへそっと左手で触れる。
音もなく広がったターコイズブルー光の奔流が周囲を詰め尽くす。
・
・
・
無数の恒星が界魔細胞に飲み込まれ、星々は砕かれ縦横無尽に奴らの細胞触手が網の目のように銀河を蜘蛛の巣を描くが如く浸蝕していった。
あまりに巨大な界魔細胞生物の脅威と破壊力、そしてその浸蝕スピードに、銀河に住む人々はただ蹂躙されるのを待つしかなかった。
かつて銀河を二分する戦争をしていた二大国家はほぼ崩壊し、双方の生き残りが辺縁星系に身を寄せ奴らへ対抗するための決戦兵器を建造していた。
揉める暇があるなら対抗できる術を兵器を考えろ、作れ! 女性や子供たちも血の涙を流しながら復讐のために手作業で装甲を磨き上げていく。
建造に参加した数万人の願い、思い、憎しみ、怒り、悲しみ、全てを抱きながらヴェンディダール号は建造されていく。
参加できなかった者たちの魂をその身に抱き、一矢報いようと研究者たちは界魔細胞に最も効果的な対抗策をついに突き止めた。
空想上の産物と言われたシルヴァリオン反物質反応炉。
触媒となったのは事故で飲み込まれた若く美しい女性研究者。
彼女の魂が呼び水となって、シルヴァリオンリアクターは完成した。
仮説上の存在だった反物質を反応させて生じた崩壊力に、指向性を持たせ動力源とした驚異のメカニズム。
いや人の意志の到達点ともいうべき存在。
「対界魔戦闘シークエンス コード77」
この言葉が陽介の悩を埋め尽くしていく。
心せよ。ヴェンディダール号はこの銀河、全ての宇宙の生命が足掻き続けた道標なり。
人の意志が結晶となって磨き上げた魂の船を刮目せよ。
この船に乗る者よ、界魔を滅することを気負うなかれ。
生きよ。生き延びよ。生きることこそ我らの願い。
対決せよ、臆するな、生き延びようとする意志、立ち向かう勇気がヴェンディダール号の力となる。
本来の力は対界魔戦において覚醒し、ヴェンディダール号は目覚める。
陽介は知らぬ間に口走っていたらしい。
その様子はブリッジに伝えられ、今この船に起きていることを機関長アグニとファルベリオスは覚った。
「ミフユ! 陽介! 制御パネルにコードを打ち込んでくれ! シルヴァリオンリアクターの制御リミッターを完全開放する」
「キャプテン! あれは強大すぎるため封印処置をしたはず! 危険すぎる!」
「アグニ、これでいい。恐らく対界魔戦でなければいけなかったんだ。かまうなやれ!」
機関長はキャプテンの覚悟のこれ以上反論することを避けた。
たしかにこの危機を乗り越えるには……
『魚雷発射管1番2番損傷!』 『副砲3番4番、大破!』 『右舷フォースミサイル発射管、パルスビーム砲使用不能!』
次々と報告される損害報告と衝撃、振動が、皆の焦りを駆り立てる。
「コード! 【 宇宙の海は、俺の海 】!」
『キャプテン、コード 【 宇宙の海は、俺の海 】 入力します!』
ミフユが見慣れぬ文字でコードを入力してくれる。一緒に手を繋ぎながら最終確認のボタンを押し込んだ。
「艦全体に謎の振動!」
「シルヴァリオンリアクターからのエネルギー供給が上がっていきます!
20 30 40 60 80 100! さ、さらに上昇中!」
「後部甲板両弦の重力スタビライザーが展開……中!? こんな機能、あったんですか!?」
「分からねえもんは分からねえ! 分かることだけで奴らを迎撃しろ!」
キャプテンの強引な命令に皆が噴き出しながら対応する。
機関長のアグニが悲鳴に近い叫びを発する。
「キャプテン! あの時と同じ、いやそれ以上のシルヴァリオン粒子が反応炉内から逆流しようとしている! 止めなければ!」
「いや、多分これでいい。界魔と戦うために生まれた船の意志ならば好きにさせてみようぜ」
「まったくあんたって人は」
「エネルギー回路が暴走しかけています! シルヴァリオン粒子の逆流が……副砲のグラヴィティーショックカノンの重力子チャンバー内へ流入!」
「そのままでいい! 構わず副砲で撃て!」
「ああもう 知りませんよ!」
副砲がちょうど、大型トカゲ型界魔が一飲みにしようともがく巨大な口腔が迫る。
「発射可能な副砲! 撃てえ!」
青紫色の重力子エネルギーを覆い尽くすようにシルヴァリオン粒子が混ざり合い、眩いエネルギー弾道が一撃で大型トカゲ界魔を蒸発させ、周囲を横切った界魔生物群を一瞬で消し去ってしまう。
かすっただけで蒸発というあまりの威力に、皆は声をあげることすら忘れていた。
「尚もシルヴァリオン粒子増大! か、艦内へ流出! 非常警戒態勢発令! シルヴァリオン粒子が流出中! 隔壁閉鎖!」
通信士のレティが非常警戒のアナウンスをしていたが、ファルベリオスはそれを止めさせる。
「キャプテン!?」
「みんな! ヴェンディダール号の好きにさせてみよう。一緒に戦って来た仲間であるし、対界魔戦では歴戦の勇士で、大先輩だからな!」
必死に制御しようとしていたクルーたちがその手を止める。
セントラルコアに対峙するヴェンディダールが静かに停止し、その船体からターコイズブルーの光が染み出し装甲の継ぎ目に沿うように、プラモデルの墨入れでもしているかのように全体へ広がり始めていた。
痛々しい損傷すらも包み込み、戦う船を、白銀の凶鮫を覆い尽くしていた。
小型から中型の界魔生物が食いつこうと突撃するが、ターコイズブルーの粒子に触れてはじけ飛ぶ。
その変化は後部甲板の重力子スタビライザーから起きた。
武骨な放熱板のような装備には以前からその効用や役割について整備班や技術班の間で議論があったももの、用途不明との結論に至っていた。
だがここに至り、スタビライザーと思われていた物が展開し白銀の放射翼となりターコイズブルーの光を、そうシルヴァリオン粒子を放出し始めたのだ。
まるで界魔を切り裂く刃ヒレのように。
さらに変化が起きていた。ヴェンディダール号の外見的特徴である尾びれにあたるリアクターエンジンが大型化し後部シルヴァリオン翼のように粒子放出を開始した。
既にヴェンディダール号全体が白銀の輝きとターコイズブルーのシルヴァリオン粒子に包まれており、艦が唸りを上げ戦いたくてうずうずしているような鼓動、脈動を放っているかのようである。
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