海賊船ヴェンディダール号
「や、奴らがブリッジに取りつきました! うわああああ!」
船体装甲を切り裂く轟音と振動。
ロドラ・メラ超銀河帝国 艦隊旗艦ダナラベルラ の艦橋に強襲揚艦艇サザンクロスの船首ドリルが深く突き刺さっていた。
ドリル中央が正中線上で割れると中から黒と白銀の宇宙服を着た数名の戦闘員が雪崩れ込んでくる。
「や、やつらだ! 宇宙海賊ヴェンディダールだ!」
ブリッジ要員たちはそれぞれがハンドブラスターを手に取ろうとするが、その前に斉射されたビームマシンガンの数発によって戦意を削がれ、ドミノ倒しのように銃を手放した。
『命が惜しければ動くな!』
その中の一人が、光の粒子が収束した剣を艦長席に座る男へ突きつけていた。
「か、海賊か! こ、こんなパトロール艦隊に何のようだ!?」
老齢の艦長は震える声で気丈にも海賊らしき男へ食い下がる。
『シュヴェンターナはどこだ?』
「――分かった。乗組員の生命は約束してくれるのだろうな」
『約束しよう、抵抗しない限り殺すな!』
『『『ラジャー!』』』
艦長は副長らしき昆虫型人類に視線を送ると、艦長席脇のバリアボックスを解除し大型スーツケースほどの金属製ボックスを差し出した。
『キャプテン・ファルベリオスへ、内部信号からシュヴェンターナで間違いありません』
電子音声にも似た抑揚が乏しい声が皆の通信に入る。
『野郎共、ずらかるぞ』
『私は女の子だっての』
数名の反論を軽く流しつつ、僅か1分ほどの襲撃で宇宙海賊は帝国艦隊旗艦のブリッジから撤収した。
迎撃部隊がブリッジに到着したときにはもう、隔壁が閉鎖され艦長が頭を抱えている最中であった。
「終わりだ、殺される。上層部に殺される、終わりだ……」
船首の大型ドリルが特徴的な強襲揚艦艇サザンクロスが向かったのは、艦隊旗艦 ダナラベルラの艦底付近に迫っていた海賊船ヴェンディダール号であった。
鮫を彷彿とさせる流線形が醸し出す威容と、その重厚な面構えには臓腑を鷲掴みにされるような衝撃を受ける者が多い。
全長400mを超える戦艦クラスの船影ではあるが、その機動性は帝国軍の高速戦艦を軽く凌駕し火力においても匹敵する艦種は帝国、連合国にも存在しない。
白銀の凶鮫 と恐れられるヴェンディダール号。
深淵の宇宙の闇を切り裂く白銀の船体は荒々しさと雄々しさが同居し、見る者を惹きつけてやまない美しさを放っている。
そのヴェンディダール号がサザンクロスを回収後、ワープ空間へ退避するため合流しようとしていた。
パトロール艦隊は当然補足してはいるものの、絶妙巧妙に射線射角を分析した上で巨大な艦隊旗艦の脇を悠々と泳いでいるようであった。まるで巨鯨の周囲で獲物を物色する鮫のような獰猛さを秘めて。
「牽制射撃、敵戦列右翼を薙ぎ払え! グラヴィティーショックカノン発射! キャプテンたちへの目くらましになる!」
ヴェンディダール号の副砲であるグラヴィティーショックカノンの1番から7番が斉射される。
青紫色に輝き明滅する重力子収束ビームが超銀河帝国艦隊 ファノス級駆逐艦30隻以上を容赦なく薙ぎ払い、轟沈、蒸発した艦は宇宙の闇を染め上げていく。
「サザンクロス収容までカウント20.キャプテンへ損害報告お願いします」
ヴェンディダール号通信士の澄んだ声が艇内に届く。
『こちらは損害ゼロ。負傷者もなしだ、ブツも手に入れたからな収容急いでくれ何か嫌な予感がする』
「やめてくださいキャプテンそういのって、え? 次元量子反応増大! ES波が、副長!」
旗艦ダナラベルラの船体中央から発せられた時空振動が音もなく周辺宙域へ広がっていく。
漆黒の穴が宇宙空間に広がりながら、ヴェンディダール号と収容間際のサザンクロスを飲み込んでいく。
『ちっ! 星系を犠牲にして俺たちを罠にかけたってわけか、シュヴェンターナまで囮に使うとはな』
「サザンクロス収容間に合いません!」
暗黒の海に沈むヴェンディダール号とサザンクロス。
船体が軋み、艦橋レーダーがはじけ飛ぶ。主砲の砲身が曲がり様々な武装が時空振動と、その先に待ち受ける次元断層の無慈悲な力で破壊されていく。
こうして、最強とまで謡われた海賊船ヴェンディダール号は次元の海に沈んだ。
38人の宇宙海賊と共に。