幼馴染はお好きですか?
小説を書く練習として書いた短編です。私の中では勉強の意味合いが強いです。ですので、悪いところの指摘などをしていただけると大変うれしいです。
「殺したる!」
枯れ葉舞い散る寒空の下、物騒な声が公園に響く。
およそ女の子の口から発せられることのないはずの口汚い言葉を吐き捨てて、俺を追いかける女がいた。
振り返れば、ポニーテールにまとめた長い髪を、モノホンの馬の尾っぽのごとく振り乱し、鬼の形相で迫ってくるセーラー服。将来嫁の貰い手がいない女ランキング第一位。幼馴染の三条香だ。
漫画や小説で幼馴染に憧れる諸君、はっきり言おう。幼馴染など、ろくでもない。
「やれるもんならやってみぃ!」
普段から温厚で優しさにあふれると評判の俺、工藤一も、さすがにそんな言葉を投げかけられては挑発を返さざるを得ない。
すると俺の予想通り、香は立ち止まってうつむき、プルプルと震え始めた。
怒り爆発五秒前。この後、香の走るスピードにエンジンがかかり、暴力による制裁が始まることを知らせる。この女は中学生になっても短気で、怒ると蹴る殴る。
か弱い女の子には手を出さない俺も、どう見てもか弱くないこいつが相手なら、全力で立ち向かう。そして喧嘩は一方的なものになる。
ボコボコにされるのは、当然俺だ。殴り合いなんて絶対したくない。
だが問題ない。プ〇キュアの変身シーンを待ってやるほど俺は殊勝じゃない。
いつも通りここまでくれば、後は三十六計逃げるにしかず。五秒の変身シーンを有効活用。スタコラサッサで解決だ。
が、今回はなぜかそうはならなかった。
「……言うたな?」
「え?」
「その言葉、よーく覚えとけよ?」
意味深な言葉な残し、香は去っていく。
覚えてろ~ってか? 一体どこの雑魚敵だよ、と心の中でつっこむ。
しかし、去り際の香の笑みが、俺にほんの少し嫌な予感を残した。
翌日。
俺はテニス部の活動を終えて、帰路についた。
いつも通り吹奏楽部の活動する教室の横を通り過ぎようとした時である。
「じゃあ始めるで。第一回、工藤一社会的に抹殺計画!」
ピタリ、と足を止めたのも仕方のないこと。誰を抹殺するって? 声は嫌というほど聞きなれたそれ。発言者は香だ。香は吹奏楽部。ここにいるのはおかしくない。おかしいのは話の内容だ。
俺は気づかれないように壁に背をつけて耳をそばだてた。
しばらく聞いて分かったのは、どうやら香が俺を物理的に殺せないのなら社会的に殺してしまおうと考えて、その方法を話し合っている、ということだった。
「第一案、工藤一、あいつ下校中にうんこ漏らしたらしいぜ計画」
噴き出しそうになるのを必死に堪えた。なんだって? 滅茶苦茶に恐ろしい計画が聞こえた。もし中学生にもなってうんこ漏らしたなんて噂が広がったら、次の日からあだ名はうんこ大魔神で決定だ。それはまさに教室での死を意味する。
こいつマジかよ。ただペットのミニチュアダックスフンドに残飯食わして、犬って馬鹿舌だなって言っただけでそこまでするか!?
しかし、ここに居合わせたのは幸運だ。相手がどんなことを仕掛けて来るのかが分かれば、事前に対策を練ることができる。そうなればおぞましい計画が成功することはない。
俺はまさか聞かれているとは思いもしないだろう香の声を聞いて口元をゆがめー
「おう、はーじめっ!」
廊下を背の高い男が歩いてきた。
厄介な奴が来やがった。俺は内心舌打ちをする。
こいつは安藤健。いつも現れてほしくないときに限って必ず現れる。言ってはいけない言葉を言ってはいけないタイミングで口走る。全身で空気読めない男だ。
「お前もう帰り? 一緒に帰ろうぜ」
「断る」
帰るわけにはいかない。俺はこの悪魔の計画を頭の中に録音しておかなけばいけないのだ。
安藤はキョトンと一瞬驚いた後、合点がいったとばかりにうなずいた。
「ははーん。お前さては教室に筆箱忘れたな? しゃあねえなあ、一緒に取りに行ってやるよ」
ははーんとか現実でいうやつ初めて見た。黙れZKY。筆箱忘れたのは昨日のお前だろうが。
「俺はこの後用事があるんだよ。今日は一人で帰る」
「用事って何のだ?」
…………
結局俺はこの男の追求を振り切ることができず、悪魔の計画の内容を聞けずじまいになってしまった。
次の日の放課後、部活が始まる前だ。
俺は人気のない中庭にいた。
俺の前にはクラスの、いや、学年でもかなりの人気女子。将来お嫁さんにしたい女子ランキング不動の第一位、峰岸愛さんがいた。
「あの、これ、お弁当作りすぎちゃって、良かったら食べてくれないかな?」
コテンと首をかしげる峰岸さん。
可愛すぎる。彼女は天使の生まれ変わりに違いない。
もしも何も知らずにこんなことが起きれば、きっと俺は舞い上がって三日は夜も眠れず、四日目に告白して、見事タイタニック号の如き沈没を決め込んだことだろう。
しかし現実はそうはいかない。彼女は昨日の、「工藤一、社会的に抹殺計画」にいた一人なのだ。
もちろん、吹奏楽の練習中の事なので、彼女は巻き込まれただけで積極的に計画に参加したわけではないだろう。しかし、この弁当を受け取ってはいけないことだけは分かる。いや、受け取っても中身を食べてはいけないのだ。
ここはもらったふりをして中身は捨てるか? そんなことを俺が考え始めた時だった。
クスクスと、可愛らしく笑う声が聞こえた。声の主は峰岸さん。
「ごめんね? やっぱりこんなの、いやだよね?」
「い、いいいや? 全然いやとか、そういうんじゃないから! えっと、ありがとう!」
峰岸さんを困らせてはいけない。俺はとっさの判断で弁当を受け取ろうとした。
「ううん、ちがうの。聞いてたでしょ? 昨日の私たちの話」
昨日の? まさか、俺に気づいてたのか!?
「あのね、気づいてたんじゃなくて、わざと工藤君が来てから聞こえるように話し出したんだよ?」
は? つまりどういうこと?
意味が分からず困惑する俺に、峰岸さんが事の次第を教えてくれた。
どうやら、香は前々から俺に手料理を食わしたかったらしい。というのも、前に料理ができないと言ってからかったことがあったからだろう。それで見返したくて練習をしていたそうだ。しかし、不器用な香は素直に作ったものを渡すことができず、結局自分で食べるということを繰り返していたらしい。そんな中、今回の計画を思い付いた。俺に悪いものを食べさせるという情報を漏らして照れ隠しをして、手料理を俺に食べさせようとしたらしい。
なんでそれで俺が食べると思った?
「素直じゃないよね、かおるちゃん。でも、そんなとこがかおるちゃんらしくてかわいいと思わない?」
そう言って峰岸さんはクスクスと笑った。あっ、これ、本当は話しちゃいけないって言われてるから内緒ね? と付け加えて。
どう考えてもあなたのほうが可愛いと思います。
だが、事情は分かった。そういうことなら、きちんと食べるとしよう。俺は紳士だからね。
部活の後、家に帰る前に公園によって、香の弁当を開けた。
それは肉じゃがだった。ふたを開けると味のしみ込んだジャガイモの匂いが鼻を通る。
部活後のペコペコになった腹が、箸を催促する。
「いただきます」
手を合わせてから食べ始めた。
一口、二口、三口。
次々と箸が進む。以前香の料理を食わされた時はとても食べられるものではなかった。
今もよく見るとジャガイモやニンジンの大きさがばらばらで、決して料理上手とは言えないかもしれない。
でも、不器用な香がこれを作るのに何度も失敗を繰り返して練習しただろうことは伝わってきた。
その姿が頭に浮かぶと自然に笑みがこぼれて、不思議なことに肉じゃががいつも食べる母さんの料理より美味しくなった。
誰かが、「料理で大事なのは何を食べるかじゃない、誰と食べるかだ」と言っていたのが思い出された。
今俺は一人で食べているけれど、なんとなくその言葉の意味が分かった気がした。
ろくでもない幼馴染という評価を少しだけ変えてやろうかと思いながら、俺は残りの肉じゃがを味わった。
そしてその、翌日だ。
朝、HRの前、ちょうど人が集まってきて教室がザワザワし始めた頃、俺も中に入った。するとすぐに香が目に入る。
俺は少し恥ずかしかったけれども、作ってもらった礼儀だ、ということで香の元に向った。
香は俺が目の前に来ると少し何かを期待したような顔でこちらを見た。
ちっ、しゃあねえなあ。
「これ、うまかったよ。箱、返す」
一言言って、立ち去ろうとした時だ。
バッと香が立ち上がった。ガランと椅子が音を立て、教室の注意が香に集まる。
香はニヤッと笑うと、大声でこう言った。
「みんな聞いたか!? 工藤一、ドッグフード入った肉じゃがうまかった言いよったで!!」
「……は?」
な、何だそれは。
呆然とする俺。ざわつく教室。
「えっ、マジか」「バカ舌乙」「ていうか工藤かわいそ」「まあ気づかない方も大概やな」
俺は真っ白になっていく頭の中で教室を見回し、峰岸さんと目が合った。彼女は驚いた顔。その顔の前でブンブンと手を振っている。どうやら本当に知らなかったようだ。
ちょっと待て、じゃあ昨日のしみじみした気持ちはどうなる?
俺はギギギと音がしそうな機械のような動きで香の方を向いた。
香は噴き出しそうになるのを必死に堪える様子で呟いた。
「明日から、あだ名は馬鹿舌一やな。プっ」
俺は一瞬でもこの女を信じたことを猛烈に後悔し、しかし時すでに遅く、俺のあだ名はしばらく馬鹿舌一で定着することとなった。
ちくしょう! やっぱりこいつ、ろくでもねえ!
いかがだったでしょうか?
良かったところ、悪かったところ、お手数ですが教えていただけると幸いです。