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駆け出し小説家達の異世界大冒険!  作者: 佐伯 千尋/三ツ原紗博
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第5話 規則と反則

「まずは一発────おらぁッ!」


 ゴブリンの持つ棍棒を掴んだ左手を己の側に引き寄せた裕太は、同時に踏み出した一歩で地を掴む。

 然して必然的に開かれた身体を、腰を捻って閉じる要領で繰り出された右ストレートは。

 危機を察知したのかガードに回されたゴブリンの腕など皆無に等しいと嘲笑うが如く、その深緑にくすんだ体躯を文字通り軽々とぶっ飛ばした。

 強烈な一撃をクリーンヒットさせたのにも関わらず、しかし裕太が漏らしたのは舌打ち一つ。


「さすがは化け物、一撃で仕留められるわけねぇか」


 転がるように数回地面をバウンドしたゴブリンが、表情を歪めて立ち上がる。

 その様子を凶暴な笑みでもってマジマジと観察していた裕太は「だが──、」と、より一層口角を上げて言い放つ。


「ガードは一枚頂いたぜ」


 途端、裕太に攻撃を仕掛けようと地を蹴ったゴブリンが足を止める。

 かくて奴が訝しげな視線を向けたのは、自分の左腕。

 すなわち、咄嗟に裕太の必殺の一撃から己の顔面を庇った方の。

 拳に伝導した衝撃とその感覚から確実に左腕の骨を砕いたと、やや婉曲的な断定を口にした裕太は、ゴブリンがほんの一瞬自分から目を逸らした隙に軽快なステップで詰め寄る。


「すげぇ……一方的じゃねぇか」


 思わずそう漏らしてしまう程には、裕太の猛攻は凄まじいものだった。

 距離を詰めてジャブを放ち、徐々にゴブリンの体力を削っていく。反撃をしようとゴブリンが棍棒を振りかぶった時には、即座にバックステップで間を空けて獲物の間合いから離脱する。そして、空振りして体勢を崩した隙に再び詰め寄って攻撃を再開する。

 たったそれだけの繰り返しなのだが、恐ろしく速くかつ流動的に為される挙措のせいで、格闘ゲームにおけるハメ技を披露しているようにしか見えない。


「傑ッ! 大丈夫なの!?」


 裕太の戦闘を熟視していた俺の意識を引き戻したのは、声音から明らかな不安が感じ取れる聞き慣れた女声。


「椿!?」

「かわしー、もっちーいたよ! ほら、あそこ!」

「やっぱりここか……まったくあいつだけは」


 木の陰から姿を現したのは逃げたはず、いや、俺が逃がしたはずの三人だった。


「お前らっ、なんで戻ってきたんだよ!?」


 目を剥いて尋ねた俺に、和希が「いやぁ」とバツが悪そうに頬を搔いて答える。


「ある程度離れたところで倉持がいなくなっていることに気付きまして。それに、さすがにサークル長を放って俺らだけ逃げるわけにもいきませんしね」

「そうだよ傑! 自分を身代わりにして私たちだけ救おうだなんてそんな自己犠牲、ダメだよ!」


 和希の声に被せながら、俺の方を指さして怒ってきた椿に俺は苦笑を浮かべるしかない。

 背中を預けていた一本の大木を頼りにふらつく身体を制して立ち上がると、椿が何も言わずに肩を貸してくれた。


「はははっ、ごめんな椿」

「だ~め、絶対に許してあげないんだからっ。勝って帰ってくるならまだしもこんなにボロボロになっちゃって、心配するこっちの身にもなってよね」


 隣で不安そうに頬を膨らませている椿を後目に、俺は今も尚ヒットアンドアウェイ戦法でゴブリンを翻弄し続けている裕太のことを指差す。


「それにしても、あいつ見た目通り強いんだな」

「倉持は中高とボクシングをしていたんですよ。俺の記憶が正しければ、あいつの最高戦績は県大会優勝だったはず……」

「それってもしかしなくてもあのゴブリンに勝てるんじゃねぇか? 現に今だってほぼ一方的に攻められてるわけだし」

「…………」


 和希からの返答が途絶えた。

 怪訝に思い一瞥をくれると、彼の顔は裕太の戦いをじっと見つめつつもそのやり方に蟠りがあるようだった。


「和希? どうしたんだ?」

「……いえ、あいつがゴブリンを倒せるか否かはまた別の問題です」

「和希君、一体それってどういうことなの?」

「負ければ死ぬかもしれないと言うのに、未だにあいつはボクシングのルールを律儀に守って戦っているんですよ。だから相手の棍棒を躱すために距離を置く必要ができてしまって予備動作の大きい高威力の一撃をヒットさせることができないんです」


 言われて裕太の戦い方を再度見ると、確かに自分から好き好んでヒットアンドアウェイ戦法を使っていると言うよりは状況的にせざるを得ない、といった感じが見て取れた。

 成程これならゴブリンの打倒が怪しいとの和希の意見も納得がいく。

 多少なりのダメージが蓄積していると言えども、ゴブリンに疲労の様子は感じられない。その一方でハードなフットワークを強いられている裕太はかなりの量の発汗をしており、スタミナ切れが近いことは火を見るより明らかであった。


「じゃあどうすればいいんだよ……このままじゃあいつ負けるかもしれないんだろ?」

「先輩がもっちーとあの緑の怪物との間に割り入って数的有利に持ち込めばいいんじゃないですか?」


 俺の嘆きに対して、至って気楽に無茶な提案を投げかけてきた桃華のことを半目で見る。

 それができたらとっくのとうにやってるよ、脇腹に負ったダメージがデカすぎてろくろく歩くこともできねぇんだよ──と、内心呟きながら。


「いつもの傑ならまだしも今の傑は脇腹に怪我してるし、戦いに混ざったところで足手まといになるのがオチなんじゃないかな」

「いつもの俺ならまだしもって、若干謗ってねぇか?」

「ん? そんなことないけど?」


 ごくごく自然な流れで首を傾げる椿。

 おい、心うちが顔に出てるぞ。

 薄らと漏れたニヤケが「あれれバレちゃった?」って堂々と語ってやがる……。


「…………ついさっきまでゴブリンに怯えて泣きべそかいてた癖に」

「スグル君? 出来ればそのことを掘り返すのは止めてくれないかな?」


 不気味な程の満面の笑みを浮かべた椿に、俺は無言でコクコクと数回頷くことにした。──触らぬ女神に祟りなしってな。

 まあ、そんなことより──だ。


「自分で言うのもなんだけど、見ての通り俺はあのゴブリンから重いのを一発、まともに食らっちまって負傷持ちだ。裕太の加勢に行くなら俺よりも和希の方が良いんじゃないか?」

「残念ながら僕は体を動かすよりも頭を使うタイプなので近接戦はちょっと……」


 スポーツ万能なくせによく言うよホント……。と視線で訴える俺を他所に、和希が「それに──、」と続ける。


「倉持が勝てるかどうか分からないというのは、あいつがボクシングの競技ルールを守り切った場合です。なら──」

「うん?」

「なら?」


 和希の溜めに揃って素で疑問符を浮かべる椿と桃華。

 そんな二人の様子を見てか、それともこれまで隠し通してきた本性が理性の隙間から顔を覗かせたからなのかは分からないが。

 それでも確かに言えるのは、和希の口角が悪魔の如く歪み上がったこと。

 そして腐った性根の権化かの様な顔をした青年よって紡がれた言葉は。


「多少強引なりともルールを破らせれば良いんですよ」


 ──────────はぁ?


 絶対時間的には極々一瞬だったのだろうが、体感時間的には永遠と言っても過言では無い程の長い間の沈黙が俺たち四人を包み込んだ……ような気さえした。

 それ程までに、俺は和希の真意を掴むことができなかったのだ。いや、俺だけでなく恐らく椿と桃華も同じだろう。心なしか二人ともの首の傾きが先程よりも大きくなっている。


「ちょちょちょっと待ってかわしー。これってもっちーが律儀にボクシングのルールを守って戦ってるからピンチだ、って話なんだよね?」

「そうだけど?」


 今も尚体力をすり減らして戦い続けている裕太の方を指さして、おずおずとした様子で疑問を呈した桃華に、裕太は「何を当たり前のことを」といった調子で返事する。


「それなのにルールを破らせれば良いって無茶苦茶すぎない? もしもっちーが破れるんだったら元からそうしてると思うんだけど……」

「確かに、多分あいつは外から言った程度じゃ俺たちの言う事を聞いて戦いはしないと思うよ。だから『多少強引なりとも』って言っただろ?」

「それで? どうするつもりなんだ?」

「まぁ、ちょっとばかり見ていて下さい」


 自信に満ち溢れた顔で和希が一歩前に踏み出した。

 次の瞬間、胸いっぱいに大きく息を吸い込んだ彼は、大声とともに肺を満たした空気を吐き出した。


「おい倉持! 反則無し・制限時間一分の条件でそいつを倒せたら、結城先輩がスマホに収めた秘蔵フォルダを特別に見せてやるってよ!!」

「はぁっ!? おいちょっと待て和希! どうしてそうなるんだよってかそもそも何でお前がその存在を知ってるんだよっ!?」


 秘蔵フォルダ。俺のスマホの奥底──正確に言えば、ホーム画面から削除してアプリ一覧からしか見れなくしてある上にパスワード付与アプリによって二重のロックがかけられた書類管理アプリの中──に、種々の有名大学の研究グループによる何を言っているのか全く持って理解が及ばない学術論文……もとい三百余りのダミーと共に厳重保管されているとあるフォルダのことだ。

 その中には俺が何度もお世話になってきた動画や画像、またそれに繋がる為のURL(その内、九割九分九厘があんな事やこんな事を内容に持っている)は疎か──。

 小説執筆サークルに入ってからの三年弱の間、至って合法的かつ計画的に収集してきた椿のベストショット集も入っている。


 つまり、だ。

 業火に焼かれようとも、拷問にかけられようとも、命を失うことになっても、何があっても絶対に見られる訳にはいかないのだッ!


「傑、『秘蔵フォルダ』って一体何のこと?」

「私も気になります。先輩、何の話ですか?」


 意味を理解しきれていない初心でピュアな女子二人がキョトンと首を傾げる。

 俺は苦笑気味に「二人が知るにはまだまだ時期尚早な話だ」とだけやや投げやりな返しをして、和希のことを睨みつけた。


「おい和希ふざけてんじゃねぇぞ……」

「でもほら、倉持もやる気を出したみたいですよ」


 和希が突き出した指に釣られて、視線を裕太とゴブリンの方へと向ける。

 そこに映っていたのは俺に社会的死を確信させるには十分過ぎる程の光景。

 振り返ることもなくこちらに背を向けたまま、裕太が筋肉を隆起させた右腕を逞しく掲げていたのだ。

 その手に象られたのは某機械人形を彷彿とさせるサムズアップ。

 暗に「了解した、任せろ!」と伝える裕太に俺は頭痛を覚えて、思わず全幸福が逃げていくのではないかというほど深々とした溜め息を吐く。


「裕太君スゴい……。さっきよりも動きのキレがよくなってるよ!」


 椿が驚嘆の声を漏らした通り、やる気を示した裕太の動きは凄まじいものだった。


 振り下ろされた木製の棍棒を片手で受け止め、逆手でゴブリンの棍棒を持つ方の手にカウンターを入れる。同じく逆手で拳を繰り出してきたゴブリンの腕をいなして、逆にその慣性を利用することで背後に回り込む。

 そして裕太が繰り出したのは相手の後頭部を殴りつけるラビットパンチ(反則)。

 続いて振り向きざまに振るわれた大振りの棍棒を、極限まで身を落とすローダッキング(反則)によってスレスレで回避し、カウンターがてら膝にローブロー(反則)をかます。

 そうしてゴブリンがよろめいた隙に、瞬時に間合いを詰めて目を突く(サミング)(反則)。

 極めつけは、視界を奪われて憤慨した様子で迫り来る緑の怪物を鼻で笑った裕太が放ったトドメの一撃。


「おらぁっこれで終わりだ! 喰らえッ必殺の右・サイクロンストレート!!」


 小学生でももっとマシな名前を考えるであろう、ダサさの極限値を取ったような技名と共に繰り出された、回転してからのパンチ(ピボットブロー)が炸裂した。

 裕太自身が「必殺」と自負しただけあって、まともなのを顔面に食らったゴブリンが意識を手放し地に崩れ落ちる。

 ちなみに、これもボクシングのルールに則れば言い逃れようのない反則だ。


「おっしゃぁあああっ!!」


 勝利の雄叫びと共にガッツポーズを掲げた裕太の元へと皆んなが駆け寄っていき、俺も遅れながらも痛む身体に鞭打って近づく。


「スゴいねもっちー! そのデカい身体は飾りじゃなかったんだねっ」

「裕太君ってボクシングの凄い選手だったんだね。その筋肉、小説の登場人物に憧れて始めた筋トレの成果物だとばっか思ってたよ」


 和気あいあいと捉え方によっては貶しているようにしか聞こえない褒め言葉を贈る桃華と椿の姿を無心で見つめていると、俺の視界にある物が留まった。

 それは、元々は茶色であっただろうが、血や泥等によってどす黒く汚れた棍棒。裕太が打ち負かしたゴブリンが持っていたものだ。


「これから先、武器は無いよりあった方が吉かな……」


 呟いて、地に転がる棍棒を拾い上げようと、柄の部分を利き手で掴む────が。

 体内に宿る力の全てを腰や脚、腕の筋肉に回しても尚、棍棒はピクリとも動かなかった。

 そう、唯の巨大な木片にすら見えるそれは、大学生は疎か、並大抵の大人ですら独りで持ち上げることが困難を極めるような質量だったのだ。


「これを片手で受け止めるって……裕太の身体は一体どうなっているんだ……?」


 柄から手を離して、折り曲げた腰を伸ばしながら怪訝に満ちた顔で裕太のことを見つめる。

 俺の視線に気付いたのか、こちらを向いた裕太とバッチリ目が合った。

 そして満面の笑みを湛えた彼は、笑顔を崩さぬまま表情の奥にしたり顔を浮かべて口を開いた。


「さぁ~て、傑さん。課題もこなしたことだし、あんたの秘蔵フォルダを楽しませて貰うぜッ!」

「まじで言ってんのか!?」

「ああ、まじのまじの大真面目だ! 前々から傑さんがどんなので致していたのか気になってたんだよ」

「こっち来んじゃねぇっ、俺はぜってー見せねぇからな!」

「怪物を倒してやったんだし、良いじゃねぇかよォ!」

「ストップ倉持」


 手をワキワキさせてジリジリと詰め寄ってくる裕太を制止したのは、意外にもこの状況を作り出した張本人、和希だった。


「気付いて直ぐの時はあれだけ騒いでたっていうのに、お前はもう忘れたのか?」

「あ? 和希、何のことだ?」


 和希がズボンのポケットから青いカバーに落下防止リングが取り付けられたスマートフォンを取り出して、コツコツと指で軽く叩く。


「この世界じゃスマホは使えないんだよ」

「あっ」

「あ~そう言えば」

「すっかり忘れてたわ」


 椿、桃華、それと俺が揃って似た様子を示して和希の言った事実を思い出す。

 そんな中、ワナワナと肩を震わせ拳を固く握り締める男が一人。勿論、期待を裏切られた裕太だ。


「おいおいおいっ! 折角珍しいモノが見られると思ったのにふっざけんじゃねぇぞ!?」


 両手で頭を抱えて「ガーン」とオノマトペが聞こえてきそうなリアクションを大仰に取って、裕太が天を仰ぐ。

 そもそも何でこいつはこんなにも俺の虎の子に執着してんだよ……。


 そう俺が胸懐で嘆息した丁度その時。

 俺たちを円弧状に取り囲む叢からガサガサと幾重もの葉擦れの音が聞こえてきた。

 全員が無言で音のした方へと視線を送る。


「何かいる……?」


 桃華がそう漏らした途端、俺を含めた五人皆の顔が驚愕に染まった。

 唸るような息遣いと共に叢から姿を現したのは、百七十センチ程の深緑の体躯。つまりは、裕太が打ち倒した個体とは別のゴブリンだったのだ。


「おいおい冗談じゃねぇぞ……!」

「これってもしかして──私たち囲まれてるんじゃない……?」


 周囲をぐるりと見回した椿の顔が青ざめる。

 そして、悪い予想というものはいつだって俺たちを嘲笑するかの如く容易に実現するもので。

 草々の奥に数多もの赤い光が次々と宿っていく。

 現れた新たなゴブリンの数は、ざっと二十や三十はくだらない。


 やはりゴブリンが一体だけ(ソロ)で生息している訳が無かったのだ。ゲームでもコミックでもノベルでも、ゴブリンという怪物は複数体の群れで描写されるのがセオリーなのをすっかり失念していた。

 そう、一体倒せたらからといって安堵している暇なんて無かった……他の個体が気付いて包囲される前に急いでこの場を後にするべきだったんだ!

 ────そう歯噛みする俺のすぐ側で、裕太が「くそっ」と零す。


「一対一ならまだしも、この数が同時に襲ってくるってなると俺一人じゃ絶対に対処しきれねぇぞ……!」


 俺らの中で奴ら(ゴブリン)とまともにやり合えるのは裕太のみ。女子二人は足が竦んで震えているし、俺も貰った場所が未だに痛んでろくに動くことができない──過半数が足手まといと言ってももはや過言ではない。


「退路は────あるわけねぇか……」


 圧倒的戦力差。逃げ道も無し。交渉なんてもっての外。猿だって分かる──状況は絶望的だ。


 不快感を伴う奇声を上げて四方八方からゴブリンが襲いかかってくる。ゆっくりと流れて行く時間の中、俺たちに出来ることは、殺気を纏って振り下ろされる棍棒の行方を目で追うことのみ。

 遂には誰もが生を諦め、己が人生の幕締めを悟る。


 かくいう俺も、頸椎をへし折らんと横薙ぎに振るわれた木製の凶器を回避できないと悟り、そっと目を閉じた。

 あとは死を待つのみ。



 ──────だったはず、なのだが……。


 いつまで経っても、死どころか痛み、いや、接触の感触すら伝わってこない。

 その現実に若干のデジャヴを感じつつも、俺は軽く閉じられた双眸を徐ろに開けた。


 まず初めに視界に入ってきたのは、息絶えて地に転がるゴブリンの姿。死因は明々白々、下腹部の辺りで真っ二つにされた体躯と、切断面からとめどなく溢れ出る鮮血が「鋭利な刃物で斬られた」と物語っていた。


 顔を上げて他の四人の方を見ると、全員が驚愕に目を丸めて動くある一点を追っている。

 皆んなが揃って見ていたのは、目にも留まらぬ速さで流動的に動き続ける一つの人影。

 

 その人影は、迫り来る緑の化け物を、まるで剣舞でも踊るかのように、躱しつつも切り刻んでいく。

 滑らかに、素早く、鋭く振るわれるは一本の細身の剣。

 どれだけ肉を切り返り血を浴びても、刃こぼれの一つすら感じさせない白銀の剣は寧ろ艶めかしさすら感じさせた。


「今度は一体どうなってやがるってんだよ……」


 夥しい数いたはずの敵がみるみると崩れ落ちていき、草木とゴブリンの体色によって緑一色に染められていた空間が真紅に飲み込まれていく。


「ふぅ~……」


 これっぽっちも疲労感を伴わない吐息を吐き。

 瞬く間にゴブリンの群れを壊滅させ、俺たちの命を救ってくれた誰かが、その目にも留まらぬ速さでの移動を止める。

 そうして初めて、俺たちは彼女の姿を真っ向から視認したのだ。


 異性である俺、和希、裕太は勿論のこと、異性である筈の桃華と椿すらもその姿には目を奪われた。

 木漏れ日を浴びて銀色に輝く長髪と、宝石のような美しさを放つ紺碧の瞳。

 ほとんど椿と背丈の変わらない体を小洒落た洋服に包んでおり、服の上からぱっと見ただけでも分かる華奢な身体からは、先程の剣技など微塵も感じさせない。

 他にも色々と特徴はあるのだが。


 要するに────俺たちを救ったのは紛れもない美少女異世界人でした。──以上。

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