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駆け出し小説家達の異世界大冒険!  作者: 佐伯 千尋/三ツ原紗博
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第3話 川代和希の証明

 目を覚ました俺の視界に飛び込んできたのは、どこまでも広がる一面の青だった。

 背中にはシャリシャリとした小径の粒が当たる感触。

 近くでする(さざなみ)の音と共に、心を落ち着かせる(いそ)の匂いが漂ってくる。

 ……たった数秒の間に得られた情報を総括(そうかつ)するに、どうやら俺はどこぞやの砂浜で仰向けになっているらしい。


「くっそ……」


 腹筋を使って上半身を起こすと、途端に頭の中を鋭い痛みが走り抜け、視界がぶれた。

 額に手を当てて前のめりに倒れそうになる身体を支えると、二重に見えていた世界が一つに定まっていき、徐々に焦点が定まっていく。

 そうして顔を上げることでようやく目に入った光景に思わず俺が漏らしたのは一言──。


「綺麗だ……」


 俺の視界を占拠していたのは、スカイブルーのペンキを(こぼ)されたカンバスかのような青空を反射して輝く海。

 海と空との境界はその姿を留めておらず、まるで両者が一つに融合しているかのような錯覚にすら陥る。

 眼下に広がる純白の砂浜と織り成すコントラストも相まって、これだけで万人を感動させられる詩を作れそうだ。

 そう思った俺は砂に塗れたズボンのポケットから(おもむ)ろにスマートフォンを取り出すと、この感動的なパノラマをデジタルデータに落としこもうとした。

 ──したのだが……。


「嘘、だろ……?」


 俺のスマホはシャッターを切らせてくれるどころか、そもそもホームボタンを押しても何の反応も示してくれなかったのだ。

 電源が切れているのかとも疑ったが、どれだけ電源ボタンを長押ししても画面に明かりが灯る気配は無い。

 そもそも、定期試験の時ですら電源を落とすことの無いこの俺がスマホを使えない状態にしておくはずは無いのだが。


「どうなってんだよ……てか、ここどこなんだよっ!?」


 理解の追いついていなかった陳腐(ちんぷ)な俺の脳が、かなりの時差をもってやっとパニックを引き起こす。

 幻想的な空と海とに心を奪われて「綺麗だ」とか言ってる場合じゃなかった。

 先程まで俺がいた大学の空き教室の面影など一切無い見知らぬ土地に見知らぬ風景。

 そこから導かれるのはピンチ、命の危機、絶体絶命。


 オマケに、スマホもガラクタと化してしまった。

 最近はスマホ一台あれば大抵の問題は解決できるとよく言われる。

 しかし逆に言えばスマホに依存している以上、それが使用不可の状況に置かれたら即詰みするのも想像に容易(たやす)いことだろう。


「あっ、傑! やっと見つけた!」


 理解不可能、八方塞がりな状況に溜め息の止まらない俺の耳に凛と澄んだ声が届いた。

 大学に入ってから二年半、毎日聞いてそれでも(なお)決して聞き飽きることの無い声が。


「はいはい俺はここですよ~って、椿!? なんでお前までこんなところにいるんだよ!」

「何でって聞かれても、皆んなも分かんないって言ってたし……」


 指で頬を掻いて暗に返答不可を示す椿に、しかし俺は顔を(しか)めた。

 ……今、この美女(ツバキ)は何て言った?


「ちょっと待て、椿。お前今、皆んな(・・・)って言わなかったか?」

「うん、言ったよ?」

「それって──」


 最悪の事態が脳裏にちらつく。

 然して途中で言葉を続けるのを躊躇(ためら)った俺の跡を継ぐかの如く椿が言った事は、さも当たり前かのように、思い浮かべていた最悪の事態を踏み抜いた。


「うん、多分傑の思っている通りだよ。傑に私、それと桃華に裕太、和希も皆んな、SSCのメンバー全員がここに来ちゃったみたい」

「それで、俺が最後ってわけか。……冗談きついぜ」


 俺の真意を掴み損ねたのか、頭上に疑問符を浮かべて顎に人差し指を当て、更には小首まで傾げる椿を横目に。

 俺は一通り辺りを見回して。


「まあいいか。ところで、他の三人はどこにいるんだ?」


 眼前に広がるのは、水平線に至るまで島嶼(とうしょ)の一つすら感じさせない広大な海。

 背後を振り返れば、侵入者を拒むかのように鬱々葱々(うつうつそうそう)と生える木々によって緑一色に染められた密林。

 となれば安全地帯として身を置き休憩できそうな場所は──少し遠めの位置に見える岩場かな?


「あそこに見える岩場の裏にいい感じの場所があって、そこで状況を整理してるよ」


 ビンゴ。

 俺が思った通りの場所を指差した椿に黙って着いていく。


 十分ほど歩いただろうか、俺と椿との間に生まれた静寂の一時を何者かの声が台無しにした。

 岩場に近づくにつれて、聞こえてくる声は大きくなっていき。


「おーいお前ら、愛しのサークル長様がご到着だぞ~」


 と岩場の陰を覗き込んだ俺の目に飛び込んできたのは。


「ったく、一体どこなんだよここはっ!」

「それを今、限定された情報だけで必死に考えているんだ。少し黙っていてくれ倉持」


 額に青筋を浮かべて不平を零す裕太に、何らや神妙な面持ちで思案に(ふけ)っている和希。

 それと──


「どうして私たちがこんな目に合わなきゃならないのよ。うぅ、家に帰りたい……あっ」


 両膝を抱え込むようにして体育座りをした桃華が、今にも泣き出しそうな顔で漣立つ浜辺を見つめていた。

 いや、彼女が浮かべていたのは、泣き出しそうな顔だったのかもしれない(・・・・・・・・・・)と言った方が正しいか。

 ──つまり桃華は、俺の存在に気づいて目を合わせた瞬間に、その双眸(そうぼう)に設けられたダムを決壊させたのだ。


「ぜんば~ぃ、私だぢ……ひっく、これから……どうなっちゃうんでずか~」

「おいおい、泣くな桃華。というか、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を俺の服に埋めるんじゃねぇ!」


 そう言いつつも俺は、鼻をすすりながら「だっで~」と泣いて抱きついてきた彼女の栗毛を優しく撫でる。

 いくら独り立ちした立派な大学生とは言っても、それはあくまで今の話であって、半年と少し前まで桃華は非力な一人の女子高生だったのだ。突然こんな理解不能な状況に放り込まれて、彼女のピュアな心が無事である訳が無い。

 ……鳩尾(みぞおち)の辺りに当たる禁断の果実をもっと良く味わおうとしている訳では決して無いからな?


「スグル君?」


 椿が放った冷たい(とげ)(はら)んだ声と突き刺すようなジト目が俺の背中を襲った。

 瞬間的に椿からの好感度(いのち)の危機を感じ取った俺は、渋々と桃華の身体を引き離す。

 そして自由になった上衣のポケットから一袋のポケットティッシュを取り出して、桃華に手渡たす。

 持ってて良かった鼻セ〇ブ。


「取り敢えずこれでそのドロドロになった顔を拭け」

「んっ、ありがとうござい……ます」


 目元を腫らし、頬を朱に染めて鼻をかむ桃華の姿を視界の端に収めたまま、俺は「それで──」と切り出した。


「和希はさっきから何を考え込んでるんだ?」

「……ん、ああ、結城先輩ですか。やっぱり先輩もこの世界(・・・・)に飛ばされたんですね」


 ちょっと待て、今何つった?


「この世界、だって? ……まるでここがついさっきまで俺たちが普通に生活していた世界とは似て非なる異世界みたいな言い方だな」

「俺も出来ることなら信じたくはない、()しくは夢であることを願いたいですけど、少なくともここは地球ではないですよ」


 澄ました顔で何言ってんだこいつ……。


「ちょっと、結城先輩と戸塚先輩。異世界系のストーリーばっか書いてきたあんた達が『何言ってんだこいつ』みたいな顔で見ないで下さいよ」


 斜め後方に立つ椿のことを流し目に見ると、目線を逸らしやがった。

 和希こいつ……俺だけでなく椿まで顔から心を読みやがった、だと?


「まあいいです──二人ともあれ(・・)を見て下さい。あと、ついでに岸田さんと倉持も」


 和希が上を──空を指差す。

 それに釣られるようにして俺と椿の顎が持ち上がる。

 裕太がどうしたのかまでは見えなかったが、未だに俺が手を伸ばせばいつでも抱ける位置に(たたず)んでいる桃華は俺達と同じく視線を上へと向けていた。


「和希君、私の目には綺麗な青空が延々と広がっているようにしか見えないんだけど、あれってどれのこと?」

「ほら、あれですよあれ」

「あ~、なるほどね。悪いな椿、俺は和希が何を言いたいのか分かったぞ」

「嘘でしょ、まだ答え言わないでねっ!」


 椿がそう言うのなら仕方ない。彼女が分かるまで待ってやるとす──いや、こんな時こそあの文言の型が使えるのでは!?

 そう考えた俺は右手でサムズアップの形を作り、そして、親指の第一関節を曲げる。

 まるで何かの起爆スイッチを押すかのように。


「いいや! 限界だ、言うね!」

「ちょっ、スグ──「和希が言いたかったのはこの青空が余りにも美しすぎる、ということだッ!」──は?」


 (ほう)けた声を出してキョトンとした目で見てくる椿。

 俺は彼女に向けて人差し指を立てて「ちっちっちっ」と(あお)ってから、再び口を開く。


「大気汚染は現代の地球における最大の問題の一つだ。つまり、ここがもし地球だったらこんな綺麗で美しい青空はどこに行っても見ることは叶わない。そうだろ、和希君?」

「いや、惜しくもないです。というかそもそも(かす)ってすらないです」

「全然ダメじゃん傑」

「そうですよ先輩、ドヤ顔で説明した割にダメダメじゃないですかっ」

「あらら?」


 椿だけでなく桃華にまでダメって言われちまった訳だが、これでも俺、こいつらのサークルの長なんだぜ? 一番上に立つ人間なんだぜ? 信じられないだろ……?


「それで和希君、結局の所何が言いたかったの?」

「あの天体を見て下さい」

「どれのこと?」

「太陽──ここが地球でない場合、この呼び方は相応(ふさわ)しくないんですがまあそれは置いといて、その隣数センチ左に見えるヤツです」


 和希が言った通りの場所に目を凝らすと、太陽みたく白い光を放つ恒星のすぐ近くに月のような天体が確かに見えた。

 

「あの月みたいな星がどうしたって言うんだ?」

「僕は結城先輩がここに来る以前から大体三十分程あの天体を観測していましたが、あれは一切動いていません」

「かわしー、動いてないってどういうこと?」


 俺の胸の前でサラサラな栗色の毛を揺らした桃華が疑問を(てい)した。

 (くだん)の天体を睨むように見つめていた和希は、しかし視線を逸らすことなく答える。


「恐らくだけど、あれは今現在僕たちが立っているこの惑星の自転と全く同じ周期で公転している衛星なんだ」


 そこまで言った和希は、俺や椿、桃華の事を見たかと思うと肩を(すく)めて。


「そして──地球における唯一無二の衛星、月はそんな公転周期じゃないってわけ」

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