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キセキ戦争  作者: マムシ養命酒
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9.0【終局、蛇英キセキ戦争】1-0


 初めは父に着いて行って、置いてあったテニスラケットを何となく振ってボールを打ち返しただけだった。

 それがよほど凄かったのか、周りの大人たちから才能があると褒め称えられ、恥ずかしくも純粋に嬉しかった。

 今思い返すと子供らしいきっかけだと思うけど、これが全ての始まりだった。

 それ以来、のめり込むようにテニスの道を進んで行った。いつしか私の中でプロのプレイヤーになることが夢になった。

 けれどもそれは、本当につまらない小事で泡沫と消えていった。

 これまで積み上げて来た総てを無為にしてしまった自分を、

 夢を明るいだけと見なし重さを軽んじた自分を、

 子供であることを免罪符にしていた自分を、どれ程恨んだか。

 悔しかった。

 悔しかった。

 悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて!

 涙が枯れ果てるまで幾日泣いたことか。

 行き場のない怒りにどれだけ掻き毟られたか。

 何度となく過去の自分に呪詛の言葉を向けただろうか。

 焔の灯らない瞳でどれだけの日常を無為にしてしまっただろうか。

 嗚呼、虚な幻想でもいい。願わくば、もう一度、立ち上がれる奇蹟を──



   ◇



 蛇に変わる能力、両手を合わせると無数の柱を作り出す能力、人差し指と中指を指すと鏃のような突起物を作り飛ばす能力、上下逆に両手を合わせると目玉の模様をした円盤が現れてビームを撃つ能力、そして切り札は化物に変身する能力。

 最後の一つを除いて脅威と言える能力はほとんどないが、強く印象に残っている能力はこれだけしかない。奇襲や搦め手を得意としてここまで残ってきた立ち回りや能力の使い方は、他の誰よりも上手だ。恐らく他にも何か隠し持っているのは間違いない。だからこそ、いつも以上に落ち着いて対応するしかない。

『いよいよだね、アキラちゃん』

「うん。ここまで来たんだね、クリスタル」

 なんだか懐かしい気分だ。いつの頃に体験した気分だっただろうか。ふと、過去の記憶を探ってみた。

 そうだ。試合が始まる直前の、初めて対戦する相手を前にしてコートの中に入った時に感じてたものだ。

 未知数の相手に挑む時の、高揚感と恐怖が混ぜこぜになったよく分からない気持ちだ。

(変なの。マスターのこと、それなりに知ってるつもりだと思ってたんだけどな)

 思えばここに至るまで、必ずマスターの背中と影と胡散臭い薄ら笑いがあった。この戦争に無自覚に巻き込まれた私を助けてくれた、戦う切っ掛けを、進むべき道を示してくれた、ここまで一緒に戦ってくれた人。

 今思えば、マスターの手の内を知る機会はいくらでもあった。強引にでも探りを入れればよかったと思うが、手の内の知らない相手と相対するのが普通だった。今までも、その前も。

(これからはちゃんと相手のことを研究して、対策を練る習慣も着けなきゃいけないな)

 そのためにも、勝たなくちゃいけない。

 どんなことがあっても、二度と手放さないと決めた夢の第一歩のために。

 ここに到るまでに積み重ねたものに、笑われることのないよう立ち続けるために。

 明日の自分が、今日の自分を誇れるように。

 私が、清峰晶が、胸を張ってこれからを強く生きられるために。

「ここまで一緒に戦ってくれて、本当にありがとう、クリスタル」

『お礼を言うのはこっちの方だよ。それとも、負ける前提の早めの謝罪?』

「ちがうよ。たとえもしも( if )の話やイメージだとしても、弱気になるようなことはしたくない。勝負はいつでも、強い自分で挑まなきゃ」

『……いつの時代も、ヒトの成長する速さと作る模様には驚かされるよ。アキラちゃんの速さと模様はちょっと不規則でいびつだけど、見てて楽しかったし、美しかった』

「変わった褒められ方されてるのは分かるけど、なんだかむず痒いなぁ~。でも、ありがとう」

『この時代、アキラちゃんがパートナーで、本当によかった』

「わたしも、クリスタルとここまで戦い抜けて、本当に嬉しい」

 笑顔で問いに応える。どんなことがあっても、今日この日までずっと隣に立ってくれた人ならざる友人は嘘を述べたことは一度もなかった。ただ純粋に思ったことを口にする、表も裏もない透き通った、人生初のダブルスパートナーだ。

 これが最後で始まりの大勝負。頬一杯に空気を溜め、吐き出し、頬を叩いて気合いを入れる。

「――――よしッ!」

 緊張は?

 大丈夫、感じない。

 プレッシャーは?

 大丈夫、怖くない。

 自信は?

 大丈夫、もう覚悟は出来てる。

 叶えたい願いは?

 大丈夫、ちゃんと掴んだから。

『用意はいい?』

「うん」

『じゃあ行こう』

「うん!」


「『絶対、勝つ』!」


 普通の日常を切り取り、模倣し、煌めく結晶で作られた幻想的な戦場で、清峰晶の最後の戦いが始まった。



   ◆



 私の夢は、もう叶った。

 後は星の数ほどの幸せを、集められるだけ集めて夢に果てる。それが今の目標だ。

 ただ静かに、夢の果てに向かって歩くのを望む。それが今の最たる願いか。

 自分が気に入った人間と肉親以外、正直どうでもいい。他人の声ほど耳障りな音はない。


 私は、蛇のような嫌われ者だ。

 集められるだけ集めてと言ったが、忌避される存在が集められるものは都会の夜空の星の数しかない。

 静かにと望むが暗い静寂は望まず、暖かい静寂を望む。

 言う程人間は嫌いではない。変わり者で嫌われ者な私は、そう思わなければ他人との距離を維持出来ない。

 ……ああ、そうか。

 私の身体は毒に成り果てていたのか。

 ならば願おう。人よ、どうか毒に沈む私の心を見つけて欲しい。

 たとえそれが叶わずとも、どうか、私を嫌わないで( 愛して )くれ──



   ◇



 俺の物差しからすりゃあ、夢ってのは面白い夢、つまらねぇ夢と下らねぇ夢の三種類だ。この戦争で出会した奴らの大半は、そりゃもう反吐が出るほどつまらねぇ夢と、発展性の見えない曇った下らなねぇ夢しか持ってなくてとにかくイライラしたさ。

 だから俺はソレらを持った連中に勝ちを譲る義理も義務も理由もなかったから、一切合切例外無く叩き潰してきた。お陰で早々に退きたかったこの戦争に最後まで残っちまったが、最後に残ったのはご立派で清々しいまでの面白ぇ夢を持った小娘ときたもんさ。

 いいじゃねぇか。叶えたい夢を消化したオッサンが、どうしても叶えたい夢を持つ若者の前に立ちはだかる。ひねくれ者には荷が勝ちすぎてるが、嫌われ者で最っ底のクソ野郎にはうってつけの役だ。

 じゃあやることは決まってる。

『そろそろ時間だよ、ミドリ』

「オーケー了解だ、サーペン」

 変形結晶形成、及びそれに伴う固有能力、内包結晶能力、使える冀石の数、そのすべては把握してる。対してこちらの能力は、ごく一部を除き徹底的に隠蔽してきた。能ある鷹は何とやらだが、生憎こちとら鷹って柄ではないけどな。

 既に情報アドバンテージはこっちが有利。いや、そうなるように仕組んできた。散々大人を信用し過ぎるのは駄目だって何度も警告したが、警告を疎かにした自分の不注意さを後悔するんだな。

 だが油断は大敵。若い奴特有の、何をしでかすか分からないは予想の範疇を常に超えてくる。アレの場合は、戦ってる最中に急激な進化を成し遂げる。いままでがそうして成長し、そして白星を重ねてきた。その様子は頼もしく興奮を沸かせるものだが、同時に恐ろしくも羨ましく見えた。

(錆びついても、結局根っ子はアスリートだってことか)

 眼鏡を拭き、掛け直す。

『別れの挨拶、しておく?』

「いらねぇよ。俺達はヘビだ、恨み妬み僻みを末代まで祟る勢いで覚え続ける生物( ナマモノ )さ。湿っぽい別れにすりゃあ、恨みとして一生覚えられるだろ?」

『相変わらずひねくれた考えだね。でもそれがミドリの面白いところだもんね』

「改めて言うなよ照れるじゃねぇか」

『これで心置きなく負けれるね。ボクにとって初めて優勝を目前にして敗北するんだ、果てしなく尽きない恨みでキミのことをずっと憎み続けることができるよ』

「おい待てガチで祟るんじゃねぇだろうな?」

『しないよ。やろうと思えばできると思うけど』

「冗談にしちゃあ最悪だなコノヤロー」

『キミが教えてくれた人間味だからね。さて、頃合いだよ』

「クソ、負け戦が負けらんねぇ戦いになっちまった。まぁいいさ」

 プロになりたい。大いに結構。

 世界で活躍したい。それも結構。

 夢を見て、夢に憧れ、夢に走り、夢に辿り着き、夢に生き、夢に死ぬ。

 その過酷さを、難しさを知っている大人の一人だから、俺は障害になる。

 矢間加賀地綠が人生で二度目にして、初の銭にならない大仕事。

 ここまで導いた義理を果たそう。

 ここまで関わり抜いた義務を果たそう。

 最後の一人として戦う理由を果たそう。

「最後の仕事だ。行こうぜ、相棒!」

『了解さ』

 藪に潜む臆病者の意地は、悪党悪鬼外道を震え上がらせることを教えてやる。




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