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のんびり更新していきます。

切れ長の瞳。

低い声。

高い背。

男性の名前。

コンプレックスの塊だ。



「はぁ...」

クラール王国騎士団の女性用トイレでエリオットは鏡と向き合っていた。

「...どうして私が夜会なんかに」

唯一自慢出来るはずの柔らかなキャラメル色の長い髪は、魔石灯の柔らかな光に照らされて艶々と輝いている。

仕事の邪魔になるのでやや下方でゆるーく無造作にひとつ結びにされていた。


「ドレスなんて着たくない」


エリオット・カスクドールは男爵家の六人の子供のうち、四番目の娘である。

クラール王国の東にある領地は、小さいながらも農作物が豊かに育つ穏やかな土地だ。

長男、長女、次男と条件の良い結婚が決まり、次はいよいよ自分の番という時にエリオットは逃げ出すことにした。


婚活はしたくない。


──だってひらひらのドレスなんて背の高い私には似合わない。


夜会へ赴く令嬢が着る流行のドレスは、フリルが胸元にたっぷりつき、スカートがふんわり広がるデザインだ。

グリーンのドレスを着た日には、もみの木のようだと笑われた。


───それにヒールの高い靴をはくと、大抵の男性を追い越してしまうもの。


よって夜会に出てもダンスに誘われることなんて滅多になかった。


───ドレスなんて着たくない。似合わないおしゃれなんかしたくない。


そんな時、領地に駐屯していた女性騎士を目にしたのである。

凛々しく騎士服を着こなし、颯爽と馬にまたがる姿にエリオットは感銘を受けた。


───格好いい!私も騎士服を着たい!


そんな理由で制服のある騎士団に入団することにした。

家族はエリオットのコンプレックスを心配していたのでやりたいようにやらせてくれた。

兄弟姉妹が多いので、カスクドール家の社交要員も足りている。

剣術や馬術を身に付け、入団試験に必要な勉強も必死で行い、仕事は忙しいが、精神的にはやっと平穏な日々を手に入れたのだ。


「ドレスが嫌で騎士団に入ったのに...。はぁ...」


クラール王国騎士団の騎士服は黒地に銀の装飾が施されている。

飾り紐やボタンも銀である。

過剰な装飾がない代わりに、デザインがとても洗練されている。

男性はもちろんズボンだ。


女性は男性と同じデザインをボレロ風にした上着に、下はキュロットスカート。

見た目は完全なスカートだが、剣も振るいやすいし、馬にも乗れる。

見た目と実用を実現した、シンプルで着る人を選ばないデザインである。

背の高いエリオットが着ても素敵ねと誉められる程に。


「もう転属願い出そうかな」


呟きながらドアを開く。


「エリオット!そんな暗いこと言わない!そもそも騎士服に憧れてなんて、入団動機が不純すぎるのよ」


ここにいたのねと入って来たのは同僚のミエッタだ。

見つかっちゃったとエリオットは小さく笑う。


「動機の最たる所は騎士服だったけど、騎士として国民の生活を守ることへのやり甲斐はしっかり感じているよ」


そうなのだ。

騎士としての誇りもしっかり胸に刻まれている。

仕事は真面目にこなしている。


「でもドレスはどうしても嫌なの...。人前にも出たくない。私がミエッタみたいに可愛ければよかったのに」


鈴を転がすような高く澄んだ声。

ストロベリーブロンドのふわふわした髪と同じ色の大きな瞳。

くるくると変わる表情。

誰がどうみても可愛いという顔立ち。


───みているだけで幸せになる可愛さだわ。

こんな女の子になりたかった。



「エリオットは美人よ? それに、私はエリオットみたいに大きくなりたかったわ」


背の低いミエッタは実働部隊で働くには体格に不利がある。

それを補う身体能力があればよかったのだが、どんなに努力をしても目指していた部隊に求められるレベルを越えることができなかった。


「またそんな事言う。美人だなんてからかうのは止めて?」

「はいはいー。お互い無いものねだりね。さぁ行くわよ!隊長が待っているわ」

「...うんー」


エリオットは夜会に出ろと言われた瞬間にトイレへと逃げ込んだのだ。


────何がなんでも断る!


そう心に誓って執務室へと戻ると、眉間に皺を寄せた隊長のフォルカスが待っていた。



「遅かったな」

「私は夜会に出席しません」

「業務命令だ」

「今までその様な夜会に参加するのは副隊長だけだったじゃないですか」

「あぁ。だが今回はいつもと規模が違う。色々と込み入った事情もあって、お前が必要なんだ」


命じられた夜会は、近隣各国の諸問題を話し合う首脳会議の後の交流のための夜会。

王族と公爵という上位中の上位貴族、そして国境を守る辺境伯という限られた貴族しか参加が許されない雲の上の舞踏会なのである。


「そもそもウィリアム副隊長は公爵家ですが、我が家は男爵家です。首脳会議後の夜会に出席できる程の家格ではありません」


副隊長のウィリアムの生家はノルトステルン公爵家。国の最高峰の貴族だ。

家督はウィリアムの兄が継ぐが、こうした上位貴族の集う夜会にも任務のために頻繁に出席している。


隊長のフォルカスは侯爵家。その他の隊の面々も伯爵家、子爵家、男爵家となっており、参加できる家格ではない。


「大丈夫だ。パートナーとして出席すれば問題はない」

「そんな...! それに夜会ということはドレスですよ!可愛いミエッタが適任じゃないですか!」


「うぇ...エリオット、それ本気で言ってる...?」


書類に埋もれて泣きそうなミエッタは伯爵家の三人の子供のうちの末っ子。

今回の夜会に参加資格はないが、これから社交シーズンが始まるため連日連夜お茶会や夜会が待ち構えているのである。


さらに社交シーズンは首脳会議の時期と被る。

いつもはシーズンのために量が減らされる仕事が、今回はその逆で大いに増える。

山積みの仕事をどうにかこなしつつ、やっと取れた休暇は全て社交にもっていかれることとなる。


「...ごめん」

涙目でこちらを見るミエッタに謝った後、フォルカスに向き直る。


「それでも私はドレスなんて着たくないんです。ドレスを着るくらいなら転属願いを出します」

「夜会ではなくドレスが嫌なんだな?」

「はい。ドレスを着なくていいなら他のどんな業務も引き受けますので、どうかお願いいたします」

「うーーむ」

フォルカスは上から下までじろりと眺めた。

「『ドレスを着なくていいのならどんな業務も』だな?」

「はい」

そして立ち上がり、エリオットの背後に回る。


「例えそれが普段の業務と違っていても?」

「はい」


───これはよい方向に向いてきたわ。代わりの業務をあてがってもらえるかも...。


エリオットは食いぎみに返答する。

「多数の人間と関わるとしても?」

「はい!」

「人前に出るとしても?」

「はい!!」

「体を使うものだとしても?」

「はい!!!」

「その髪を切られても?」

「はい!!!!」


───ザシュッ


「...え?なにが...」

起きたのと言う終わる前に、フォルカスは目にも止まらぬ早さで短剣を取りだしエリオットの髪を切り落とした。

ゆるくひとつに結んでいた紐の上辺りから一太刀で。


「えええええ!!」

こちらはそれを目にしたミエッタの悲鳴である。


「ドレスは着なくていいが、夜会の参加は絶対だ。その後の交流会もな。男の格好でいけ」

「...へ?」

フォルカスは手にした毛束をエリオットに返すと、セントラルコールに繋がる水晶に手を翳した。

「こちらフォルカスだ。服飾部の特装派遣を頼む」



「...あのフォルカス隊長」

呆然と自身の手の中のキャラメル色の髪をみつめるエリオット。

「お前が今回の業務を拒むのは『ドレスを着たくない』という我儘だ。認めるわけがないだろう」

フォルカスは不機嫌顔を崩さず淡々と言う。


「フォルカス!女性の髪を切るなんてひどいわ!!ひどすぎる!!!」


まだ事態が飲み込めていないエリオットの代わりにミエッタが詰め寄った。


「ミエッタ、フォルカス『隊長』だ。幼なじみとはいえ公私混同は避けろといつも言っているだろう。お前は関係ない。仕事をしていろ」

そう言って、綴じ板をミエッタの頭に載せる。


「あるわ!大有りよ!黙って見ていられるわけないじゃない!髪は女の子の命なのよ!エリオットが一生懸命丁寧に手入れをしていたのに」

「私はエリオットの許可は得た」

「あんなの卑怯よ!それに男になれって何を言っているの!?忙しすぎて頭がおかしくなったんじゃないのかしら!?」

「五月蝿い。さっさと仕事に戻れ」


───フォン


ミエッタの頭に載せた綴じ板の石に手をかざすと、板の上に大量の書類が出現した。


「うわわわ!!また仕事が増えたーー!」

「ミエッタ大丈夫!?」

書類が崩れ落ちそうになるのを見て、エリオットが慌てて支えに入る。


「大丈夫じゃないけど、大丈夫!それよりエリオット、あなたの綺麗な髪が...」

泣きそうな顔で自分を見上げるミエッタを見て、エリオットようやく状況を理解した。


「...私の髪、短くなっちゃった」



────バンッ!


「はいはいはーい!服飾部隊特別装飾班のサムウェルが、到着致しましたよ!お待たせしましたー!フォルカス隊長、ご用はなぁに?」

サムウェルと名乗った女性は鮮やかな赤毛を結い上げ、腕に針山、首にメジャーを下げ、扉を背にしてずいと室内を見渡す。


「ああ。サムウェル、そこにいるエリオットを男にしてくれ」

「はいはーい!かしこまりましたー!!じゃぁエリオットさん行きますわよーー!!」

「えっ…。あ、はい」

勢いに呑まれてエリオットはサムウェルに従い廊下に出てしまった。

「あら!ハスキーなお声!お顔立ちもきりっとしていらっしゃるし、フォルカス隊長は流石だわー!!これはやりがいがありますわ!腕が鳴りますわ!!」


ーーーバタン!

来たときと同じように勢い良くドアが閉じた。


「サムウェルに任せれば安心だ」

閉じた扉を一瞥して、フォルカスはデスクへと戻った。


ミエッタは書類を抱えてフォルカスを睨み付けていたが、すぐに自分もデスクに戻った。

終わっていた書類をまとめ、大きなひとつの束にする。

それを綴じ板に乗せると、下方中央の魔力がこめられている石に手をかざした。


───フォン


書類が一瞬で綴じ板に収納される。

そして、綴じ板をフォルカスの元へ持っていき、


───ガンっ!


角を力一杯フォルカスの頭部にめり込ませた。


「フォルカス『隊長』!こちらすべて終わっていますので承認をお願い致します!」

「...っ!...いってぇ」


激痛に頭を抱えるフォルカスを尻目に、ミエッタはふんっと鼻を鳴らして自席へ戻っていった。



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