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7.旧友

 巨鎧の搭乗者も含めて、邪教団側の生存者はおらず、監視していたエルータからも逃げ出す者はいなかったと報告された。人質は全員無事、という訳にはいかず、捕まって2日目と3日目の夜に一人ずつ少女が牢から出され、何らかの儀式に使われたのか、祭壇のような場所の裏にその死体が見つかった。


「まさかレンが助けに来てくれるとは思わなかったよ」


「キネーヌが無事で本当に良かったです。何か邪教団の者から聞いてないですか?他に仲間がいるとか、別の村を襲う計画があるとか、何でもいいので知っていれば教えて下さい」


「私達は何も。ずっと牢の中で、会話は見張りの男から食事を出される時だけだったから」


 キネーヌというレイネンの昔の友達に色々と話を聞いたが、他に仲間がいるかなどの情報は得られなかった。


「これなら一人位生かしておいて尋問すれば良かったかもね」


「わたくしはあまりそういうやり方は好みませんわ」


 相手の動きを掴む為とはいえ、尋問は聖教団では好まれていないようだ。もちろんアイリーも好みではない。


「みんな村に帰して安心させてあげようぜ」


「そうだね」


 助けた人の案内は徒歩のエルータと護衛も兼ねてシリミンに任せ、アイリー達は巨鎧を乗せる為に機動馬車に戻った。村に着くと10人ほどいた少女達がそれぞれの家に戻り、村中ちょっとした騒ぎになった。リムールが聖教団として救出した事を報告すると、村長がお礼を述べた。また、明日には聖教団側から護衛を派遣するという事を話してようやく村に安心が戻ったのだった。

 日も暮れてきたので、その日は村に泊まる事になり、夕食が振舞われる。レイネンの事を覚えてる人もちらほらいて、元気にしていた事と、今回の救出劇の主役扱いになり、特に人に囲まれていた。


「レンは村を出てからどうしてたの?」


「色々ありましたが、今はシュワイア家に養子にしてもらいました。こちらのリムール様が姉になります」


「レイネンの姉のリムール・シュワイアですわ。レイネンは細かい事に気が利いて、本当に働き者のいい子ですの」


「シュワイア家って、あのシュワイア家?そっか、良かった、レンが幸せそうで」


 キネーヌが嬉しそうな顔をする。


「キネーヌこそ生活は大丈夫ですか?仕事は何を?」


「私は運び屋をやってて、生活費ぐらいは稼げるようになったよ。昔は二人で食べ物を分け合ったりしたよね」


「懐かしいですね。でも、仕事があるみたいで良かった」


「ちょうど村に帰って来てたところを邪教団に襲われて。運が無かったけど、レンが助けてくれて本当に嬉しかった。

そうだ、エルータさん、機械の武器に興味あるんだよね。面白い物があるので、見に来ませんか?」


「そうなのか?じゃあ明日にでも見せてもらうよ」


 運び屋とは村と町の間などを行き来して、荷物を送ったり、運ぶのを手伝ったりする仕事の事だ。また、独自に買い入れをして、それを売って回ったりもする、移動道具屋みたいな事をしている者も多い。村への帰り道でエルータとキネーヌは話が合ったようで、機械の武器についての会話が弾んでいた。

 夕食が終わり、宿は二部屋用意して貰っていた。シリミンがアイリーと同じ部屋がいいと言うので、アイリー、エルータ、シリミンの部屋と、リムール、レイネン、セリュツの部屋に分かれた。シリミンはスーライと融合はしなかったものの、捕まってからの救出劇で疲れたようで、ベッドに入るとすぐに寝てしまった。アイリー達もベッドに入り横になる。


「大丈夫だったのか?」


「何の事?」


 エルータが寝ながら話しかけてきたので問い返す。


「人を殺した事。辛くなかったか?」


「戦う時は必死だったし、殺そうっていうより倒さなくちゃ、って思いが強かったから大丈夫だったよ。その後、殺したっていう実感は有ったけど、それよりみんなを助けられて良かったって思えたし。犠牲が出ているのを見て、やっぱりみんなの言ってる事が正しいとも感じたよ」


「そっか。あたしは今回何も出来なかったし、逃げる敵がいたら本当に撃てたか分からないな……」


「巨鎧同士の戦いならまだしも、直接撃つのは難しいんじゃないかな」


「でも、やらなくちゃいけない。英雄って言えば聞こえがいいけど、実際みんな人殺しなんだよな。戦争は特に相手も必死だから、戦うからには殺さないといけない。その時は善人だろうが悪人だろうが関係ない」


「そうだね、そう考えると、戦争は嫌だな。巨鎧が無ければこんな事にならなかったのかなあ」


 アイリーはイルナがいなければ村で農業をしていたんだろうな、と思い出す。物を壊すより、ああやって物を作る方がよっぽど建設的だと。でも、自分はもう選んでしまった。イルナと共に行く事を。


「大流星雨の前だって戦争だらけだったらしいし、巨鎧は関係ないんじゃないか。巨鎧のおかげで生身の殺し合いが減ったのは確かだし、そういう意味じゃ巨鎧が見つかって良かったとも思うよ」


「そうなのかなあ」


 難しい話になってきたので、考えていると眠気が襲って来る。エルータも何も言わなくなり、やがてアイリーも眠りに落ちていった。


********


「う、ううん」


 アイリーは身体が重く感じ目が覚める。見るとまたシリミンが自分の布団に潜り込んでいて、上に乗っかっていた。今回は服は脱がされてはいないが、このままだと苦しいので、横を向いてシリミンを上からどける。窓から外を見ると既に朝を迎えていて、先に起きたのかエルータは部屋にいなかった。服を着替え外に出ると、同じく起きていたリムールと顔を合わせる。


「おはようリムちゃん」


「おはようございますわ。早起きですのね」


「シンちゃんが重くてね。あ、そうだ、剣の稽古をしてよ」


「そうでしたわね、やりましょう」


 機動馬車から訓練用の木剣を二つ持ってきて、稽古をつけてもらう。剣の構え方、振り方、攻撃の受け方、流し方。今まで何となくイルナに言われたままに動いていたが、全然出来ていなかった事がよく分かる。リムールは厳しくも、きちんと教えてくれるので、いい先生だな、とアイリーは思った。


「今日はこの辺で。少し休みましょう」


「そうだね、ありがとう、リムちゃん」


 広場の脇に小さなベンチがあったのでそこに並んで座る。村の人々も朝の支度を始めていた。


「前にも聞いたけど、リムちゃんはなんでそこまで剣に拘るの?私から見ても凄い技量だと思うよ」


「そうですね、別に隠しておく事でも無いですわね。わたくしが姫騎士、メレル様と子供の頃から付き合いがある事は言いましたよね」


「うん、聞いた。それだけでも凄いと思うよ」


「6歳ぐらいの頃はそれこそ身分の違いなど気にせず遊んでいましたの。メルと、もう一人貴族の娘のチーナと。3人ともおてんばで、男の子みたいに剣を振り回し、怪我をしては怒られてましたの」


 昔を懐かしむリムールの顔はとても楽しそうだった。


「ある日、王国の巨鎧の騎士団を見たわたくし達3人は誓いを立てましたの。この国を守る騎士になると。あの頃はそうなれると思っていましたわ。お父様も立派な騎士でしたし。でも、反対され、わたくしだけは騎士の学校に入れませんでしたの。王国の騎士団に入るには騎士の学校を出ているのがほぼ必須条件で、女性なら猶更でしたわ。わたくしは剣の鍛錬は小さな反抗でやめませんでしたが、他は両親に逆らう事は出来ませんでしたの」


「そうだったんだ」


 アイリーはようやくリムールが剣に拘る意味が分かった気がした。


「ですが、わたくしも抜け道を見つけましたの。聖教団の学校に行く事は反対されませんでしたので、そこから神官騎士の道を見つけましたの。まあ、バレた時はお父様に散々叱られましたが、お母様も聖教団の出なので、味方に付いて下さり、最終的にこうして旅をする事も許可して頂きましたの。しっかり者のレイネンが付いて来てくれたのも大きな要因ですわね」


「レンちゃんはリムちゃんの家族にも認められてるんだ」


「勿論ですわ。あの子も色々大変な人生を歩んで来たんだと思いますの。でも、今はわたくしの家族として、頼れる仲間として一緒にいてくれますわ」


「おはようございます、アイリーさんと、リムールさん、でしたね」


「おはようございます、キネーヌさん」


 キネーヌがこちらを見つけて話しかけてきた。


「剣の訓練ですか?そうだ、村には共同浴場があるんです。貸し切りに出来ますから、皆さんで入られたらどうですか?」


「浴場ですの?ぜひ使わせていただきたいですわ」


 リムールはお風呂が好きなようで真っ先に飛びついた。他のみんなを呼びに行き、エルータ以外は共同浴場に入る事になった。キネーヌとエルータは少し前に会っていて、今エルータは機械の武器を見ているそうだ。キネーヌが呼んでくるというので、任せる事にする。


(うわ、みんな大きいな)


 脱衣小屋でみんなが服を脱ぎ始めたが、長身のセリュツは胸の大きさも人一倍だった。顔もスタイルも非の打ち所がない。リムールもアイリーより胸はずっと大きく、スタイルがよかった。


「あんまりじろじろ見ないで下さい」


「あ、ごめん」


 アイリーの視線に気付いてかリムールが布で身体を隠す。レイネンは胸も控えめで、それが恥ずかしいのか、隠れるように脱いでいた。一方シリミンは裸の方が自然体なので、服をすぐに脱ぎ捨てると、浴場へと走っていく。普段の服も布1枚で下着も付けてないので、せめてパンツだけでも着るようにさせないと、とアイリーは思うのだった。


「広いねー」


「温泉、好き」


 浴場は露天の温泉で10人以上は入れる広さだった。アイリーの村には入浴施設が無く、水浴びかお湯で身体を拭くのが日課で、母と一緒に月1で隣町の入浴場へ行くのは楽しみだった。


「こら、湯船に浸かるのは身体を洗ってから」


「えー」


「私が洗ってあげるから」


 そのまま湯船に入ろうとするシリミンを捕まえる。端にお湯が出る洗い場があり、石鹸と布があるのでそれで洗う事にする。


「リム様もわたしが洗います」


「そうですわね、日頃の感謝も込めて洗い合いましょう」


「え、自分は?」


「セツさんはご自身を洗って下さいな。長い髪は手入れも大変でしょう?」


「そうだけど、そうじゃないんだよー」


 リムールのセリュツに対する対応も何となく馴染んできていた。アイリーは石鹸を泡立て、シリミンを上から洗っていく。ボサボサの銀髪も水に濡れると纏まって、一気に印象が変わる。ストレートに髪をおろすと大分女の子らしい。頭を優しく洗っていく。


「うん、気持ちいい!」


「そう?耳に水が泡が入らないように気を付けるね」


 頭の上についた猫のような耳はたまにぴょこぴょこと動く。近くで見るとやっぱり人間と違う種族なんだと実感する。スーライの珠は肌身離さず身に付けているようで、今も首に掛かっていた。首からうなじ、背中へと布で擦りながら洗っていく。毛が濃い部分と肌が出ている部分が別れていて、可愛らしいとアイリーは感じた。裸体は夜に見ていたけれど、明るい所で改めて見ると、胸の膨らみはほんの少しで、やっぱり子供のように思えてしまう。


「アイお姉ちゃんは舐めて洗ってくれないの?」


「え?舐めて?」


「うん、かあちゃんは毛の部分は舐めて洗ってくれた。今も自分で届く範囲は舐めて整えてる」


「舐めるのはちょっと。

言いたくなかったら答えなくていいけど、シンちゃんのお母さんってどうしてるの?」


「かあちゃんは3年前に死んだ。狩りで命を落としたから、天に昇れた。戦って死ぬのは誇りある死」


「寂しくない?」


「もう大丈夫。ボクも強くなった」


「そっか、偉いね」


 アイリーはシリミンの頭を撫でてやる。シリミンは気持ちよさそうな顔をして擦り寄った。


「よし、洗ったから湯船に入っていいよ」


「今度ボクの番、アイお姉ちゃん洗う」


 そう言ってシリミンはアイリーを押し倒し、顔から舐め始める。見た目に反して予想以上に力があり、アイリーは振り解けなかった。


「ちょ、舐めなくていいから。普通に洗ってくれれば」


「舐めるのは親愛の証。凄く大事」


「あ、そこはダメだって!あ、ああんっ」


 敏感な部分を舐められて嬌声を上げるアイリー。


「ちょっと、そこ、何をしていますの!!!!」


 気付いたリムール達に助けられ、ようやくアイリーは解放されたのだった。


「アイさんはシンさんに甘過ぎじゃありませんの?」


「でもシンちゃんも私の為にやってくれた事だし。そうだよね?」


「そう、親愛の証。リムにもしてあげる」


「え、わたくしは結構ですわ」


「自分は?自分は?」


「セツはジロジロ見るからしない」


「えーーー」


 セリュツは悔しさを滲ませる。5人で並んで湯船に浸かっていると昨日の戦いも嘘のように感じてしまう。


「そういえばエルはまだかな」


 キネーヌが呼びに行った筈だが、エルータはまだ入ってこない。


「きっと機械の武器が気に入って見入ってるんでしょ。自分は巨鎧の仕組みとかは気になるけど、機械の武器になると、そこまで興味惹かれないわね」


「エル様は巨鎧を持っていないので、その分、強力な武器が欲しいのかもしれません」


「エルさんはレンと違う部分で気が利いて、色々やって下さって十分助かっていますのに。

しかし、いいお湯ですわね」


「可愛い子に囲まれて入る温泉は最高だわ」


「なんでセツさんはその見た目で変態なのですの?」


「変態じゃ無いわ。自分の体型は気に行ってないの。やっぱり小さい、成長途中の少女の方が美しいと思うわ」


 セリュツの視線がレイネンとシリミンに向き、二人は少し身構える。


「もちろんリムちゃんの弾ける肉体も、アイちゃんの引き締まった身体も好きよ」


「そういうのは結構ですわ。

レンは久しぶりに村に帰ってきてどうでしたの?」


「昔は入浴場も無かったですし、規模ももっと小さかった気がします。邪教団には襲われましたが、村としては発展してて良かったです」


 そういうレイネンの表情はあまり明るく感じられなかった。暮らした期間が短かったからかもしれないが、アイリーは数年離れた自分の村に帰ったならもっと喜ぶと思っていた。


「それじゃあそろそろ上がりましょうか」


 談笑しつつ一通り温まったのでリムールの言葉で脱衣場に戻る。が、そこで事件は起こった。


「起動武器がありませんわ」


「わたしもです」


「こっちもよ」


 アイリーも確認してズボンのポケットを見ると、ダミーの起動武器が無くなっていた。


『マスター緊急事態です。キネーヌ様がエルータ様を攫い、ワタシの起動武器を持って逃走しました』

 イルナからピアスに連絡が入り、ともかく状況を整理する為、急いで着替えてみんなで機動馬車へと向かった。


********


「わたしの責任です……」


 イルナからの説明で、キネーヌが突然機動馬車の格納庫に現れ、イルナが声を掛けたら反転し、エルータを小型の移動機械に乗せて逃げた事が分かった。そして、その話を聞いて即座に反応したのはレイネンだった。


「どうしてですの?レンに不手際はありませんでしたわよ」


「違うのです、リム様。わたしはキネーヌが解放されてからの動きが怪しい事に気が付いていました。でも、友人が邪教団に入るなんて信じられず、捕まった衝撃で挙動不審になってるだけだと信じ込んでいました」


「起きてしまった事はどうでもいいんじゃない?それより一刻も早くエルちゃんを連れ戻す事を考えた方がいいと思うわ」


「エルータ様の居場所でしたら、ワタシの起動武器の場所から追跡出来ます。皆様は起動武器が無いのでマスターとワタシで救出致します」


「そんな事まで出来るの?やっぱり凄いね。ただ、邪教団に色々筒抜けだと、その間に村を襲われる可能性は高いわね」


「わたくしが機動馬車で近くの町の教会に聖教団の援軍を要請致しますわ。元々村の方とそういう約束をしていますので」


「じゃあ、シンちゃんは援軍が来るまで村を守ってもらっていい?」


「うん、ボク頑張る」


「セツさんはシンちゃんのサポートを。魔法は使えるんですよね」


「もちろん。まあ、巨鎧の相手は出来ないけどね」


「あの、わたしも救出に行かせて下さい」


 レイネンは決意したように名乗りを上げた。


「でもレンちゃんの巨鎧は動かせないんじゃ」


「起動武器は別にあるのです。リム様には申し訳ないんですが、持ち歩いていた起動武器は偽物で、本物はロガンの近くに隠してあったんです」


「そうでしたの。さすがはレンですね」


「今回はわたしがやらないといけないんです。だから、アイ様、補助をお願い致します」


「分かった、お願いね、レンちゃん」


 話し合っている時間が惜しいので、それぞれの決意の元に動き出す。アイリーとレイネンがイルナの追跡で救出に向かい、リムールは隣町へ機動馬車で移動、シリミンとセリュツは村に残って警護についてもらった。


「ありがとうございます、アイ様」


「お礼を言われる事はやってないよ」


「いえ、アイ様とイルナ様のおかげで機動馬車ごと盗まれる事は避けられました。わたしが気を許さず、キネーヌを見張っていればこんな事にはならなかったのですから」


「友達を疑うなんて難しいよ」


「でも、キネーヌはわたしの事をもう友達とは思ってなかったんだと思います。それどころかシュワイア家に拾ってもらったわたしを憎いと思っていたかもしれません」


 最速で移動しながら姿の見えないロガンに乗るレイネンと会話する。イルナの機能で、お互い声が聞こえるようになっているそうだ。


「キネーヌさんもどうしても断れない理由があったのかもしれないよ。もし話せる機会があるなら、ちゃんと聞いてみればいいんじゃないかな?」


「それは駄目です。どんな理由であれ、わたし達を騙し、エル様を誘拐した事は許されません。邪教団の者との会話はそれ自体が罠だと聞きます。わたしが殺します、キネーヌを」


「……うん」


 レイネンの決意をアイリーは否定する事が出来なかった。確かに親友を誘拐した事は許せない。でも、本当にそれでいいのだろうか。


「マスター、今はレイネン様に任せましょう」


「そうだね」


 会話の流れを聞いてか、悩むアイリーにイルナがアドバイスをする。敵の規模も分からないので、油断は出来ない。迷っている場合ではないのは確かだ。イルナのダミーの起動武器の反応は邪教団が拠点にしていた廃墟とは逆方向に進んでいき、山の方へと向かっていた。そして山のふもと辺りで反応が止まった。


「恐らくこの地点に邪教団の別動隊がいたのでしょう。敵の規模が分かるまで近付きましょう」


「とりあえず隠れたままレンちゃんは付いて来て」


「分かりました」


 なるべく見つかり辛い森の中を徐々に近付いてく。


「敵の規模が分かりました。巨鎧が4機です。型はもう少し近付かないと分かりません」


「わたしが状況を偵察してきます」


「分かった、お願い」


 見えない姿のロガンが移動していく。


「エル大丈夫かな?」


「敵の目的が村の娘の再確保でしたら、人質として有効なエルータ様に危害を加える事は無いと考えられます」


「そうだね、無事だといいね」


「戻りました。敵は兵士型が2機、探索型が2機で、予備の部隊だったと思われます。あと、エル様は木に縛られて、兵士型の1機が剣で人質にしている形になっています」


「ワタシが動いた事で、取り返しに来る事は想定済みという事ですね。ワタシが正面から近付き、マスターが敵と会話している間にレイネン様が人質近くの巨鎧を破壊する、という作戦でいかがでしょうか?」


「私はいいけどレンちゃんはどう?」


「わたしも構いません。まずはエル様の身の安全の確保が重要です」


 作戦が決まり、アイリーは邪教団のいる場所へと近付いていく。そこには小さな小屋が見え、その前に4機の巨鎧と木に縛られているエルータが見えた。エルータは猿ぐつわを噛まされ、身動き取れない形で木に縛られていた。


「そこで止まって。私の許可無しに動けばこの子の命は無いわ」


 探索型の1機から女性の声が聞こえる。恐らくキネーヌが乗っていて喋っているのだろう。アイリーは声に従い、その場で止まる。あとはレイネンにかかっている。


「1機で来たの?そんな訳無いよね。レン、いるんでしょ?あなたの持ってた起動武器は普通の剣を加工した偽物だと分かった。すぐに姿を現さないとこの子を殺すよ」


「私は一人で来ました。レンちゃんはいません」


「駄目です、彼女はそう答えるとエル様を殺しかねません」


 レイネンのロガンが敵の巨鎧とイルナの間に姿を現した。


「お互いよく分かってるからね。レンは昔から抜け目がなく、騙すのも得意だったよね」


「キネーヌもやると決めたら絶対にやり遂げましたね」


 2機の巨鎧が睨み合う。しかし、一転してこちらが不利になってしまった。


「イルナ、どうしよう」


「前にスタン武器の話をしましたよね」


「うん、それで?」


「エルータ様にも影響はしますが、一瞬だけあの付近全体を麻痺させる武器を撃ち出します。レイネン様にはその瞬間にエルータ様を奪取して頂き、その後反撃します」


「分かった、それで行こう。レンちゃんに繋いで」


「はい」


「レンちゃん、私が一瞬敵の動きを止めるから、合図したらエルを救って」


「分かりました」


「何かしようとしても無駄よ。少しでも怪しい動きをすればこの子を真っ二つにするから」


 アイリーは緊張しつつ行動に移す。


「イルナ、お願い」


「はい」


 それは音もなく上空に発射され、上空なので相手も動きに気付かない。やがて、それは小屋の裏辺りに落下した。その音でようやく敵も気付くが、瞬間、落下した周囲に電撃が走る。


「今です!」


「はい」


 ロガンが矢のような速さで走る。エルータの縛られた木に近付き、そのロープを左手の剣で斬る。動けるようになった横の兵士型が剣を振ろうとするが、それはロガンの右手の剣で弾かれた。ロガンは気を失ったエルータを抱え、再び距離を取る為に走り出す。


「逃がすな!」


 キネーヌの檄が飛び、2機の兵士型と1機の探索型がロガンを追う。が、そこには走ってきたイルナが待ち構えていた。


「行くよ!」


 アイリーは作った槍を繰り出し、ロガンに一番近かった兵士型のコクピットを貫いた。そこに残りの2機が迫る。アイリーは槍で牽制し、距離を取る。そしてエルータを少し離れた場所に置いたロガンはイルナの横に並び、2対2の形になった。そうなれば苦戦する事は無く、アイリーは兵士型を、ロガンは探索型を斬り倒したのだった。


「どうして、どうして邪魔をするの?」


 キネーヌの探索型の巨鎧が叫びながらこちらに迫ってくる。


「アイ様、お願いです。わたしにやらせて下さい」


「分かった」


 アイリーはエルータを庇える位置に移動して、二人の戦いを見守る事に決めた。


「本気で行きます」


「私の邪魔はさせない!」


 2体の巨鎧がじりじりと近付いていく。水色の巨鎧ロガンは両手の短剣が武器だ。一方キネーヌが乗る探索型の巨鎧は赤黒い装甲で、手には小型の鎌のような武器を持っている。リーチはキネーヌの巨鎧の方が長いだろう。

 どちらともなく走り出し、2機が交差する。”キンッ”という金属音がし、武器と武器がぶつかったのが分かる。が、それで終わらず、ロガンは急速度で反転し、キネーヌの巨鎧の背中へ左手の短剣を投げた。キネーヌは即座に反応出来ず、巨鎧の背中に短剣が深々と刺さる。それで終わりだった。巨鎧のコアは背中部分にある事が多く、キネーヌの巨鎧のコアもロガンに貫かれていた。


「敵のコアは停止しました。レイネン様の勝ちです」


 アイリーはイルナの声を黙って聞く。ロガンはゆっくりと倒れた赤黒の巨鎧に近付き、短剣を振り上げる。しかし、動きはそこで止まってしまった。


「どうして……」


「早くトドメを刺しなさいよ。もう私に生きる術は無くなったんだから」


「キネーヌは優しかった。他人を傷付けるような子ではありませんでした……」


「何年前の話をしてるのよ。村が変わったのは見たでしょ。人もみんな変わっていった。私は見捨てられ、飢えて死ぬ運命だったのよ。でも、それでも生きたいと思ってしまった。金持ちに拾われたあんたとは違う。これしか無かったのよ」


「だったらどうして自分の生まれ育った村を……」


「それは……、たまたま選ばれただけ。で、適任者がいたって事。こっちの世界に拒否権なんてない。あんたが戻って来なければこんな事にはならなかった。全部うまく行ってた筈なのに。どうして今更帰ってきたのよ!!」


「わたしが戻って来なくても誰かが止めたと思います。邪教団が栄える事はありません」


「本当にそう思ってる?この国は戦争ばかりで、平民の暮らしまで面倒見てくれないじゃない。弱い者が虐げられてるのはあんたが一番知ってるでしょ?」


「それは……」


 アイリーは話を聞いていて胸が痛くてしょうがなかった。キネーヌが行った行為は許されないと思う。でも、彼女自身が悪人だとは思えない。


「レンちゃん、助けてあげようよ」


「アイ様……。でも、それは出来ません。人を助ける事の責任の重さはここ数日で理解した筈です」


「もちろん簡単な事じゃ無いって分かってる。でも、助けて、私達で守ってあげる事ぐらい出来るんじゃないかな。レンちゃん自身は本当はどうしたいの?」


「わたしは……」


「同情なんてよしてよ。今更助かるなんて無い。それに邪教団はあんた達が思ってるほど甘くない」


「わたしも出来るならキネーヌを助けたいです。皆さんに頭を下げてでも」


「うん、そうだよね」


 アイリーはようやくレイネンの本音が聞けた気がした。


「キネーヌ、もう一度やり直しましょう。わたしが全力で援助します」


「そんな、そんな事出来る訳……」


 キネーヌの嗚咽が聞こえる。


「マスター魔法の反応です、警戒して下さい」


 イルナの声が場の空気を一転させた。


「いい話だったねえ、ネイン」

「バカバカしくて感動しちゃったよ、ナイン」


 近くの地面に魔法陣が浮かび上がり、二人の少女が現れた。二人とも漆黒のローブを着て、背は小柄で低く、片方は左右に髪を縛り、片方は長く髪を伸ばしてる。髪の色は紫色で、肌は雪のように白い。そして金色の目をしたその顔は瓜二つだった。


「双子?」


「違うんです、ナイン様、ネイン様」


「違うも何も、どう見ても失敗でしょ」

「折角昇格のチャンスだったのにねえ。まあ、使い捨てだし代わりはいるからいいけど」


「何なの、あなた達は?」


 アイリーは状況が把握出来ない。邪教団の少女だと思うが、生身で現れたのは普通に考えれば自殺行為だ。


「別に名乗るつもりは無いけど、まあ、この子の仕事を見に来たって事」

「それよりあなたの巨鎧は喋るのね。面白い」


 双子は笑う。そんな中動いたのはレイネンだった。剣で双子に斬りかかる。人間の速度で巨鎧の攻撃を避ける事は不可能だ。が、双子は傷付かなかった。


「幻覚?」


「いやーね、話してる最中に攻撃なんて」

「まあ、手を出されたからにはお相手するけど」


「魔法攻撃が来ます。マスター、レイネン様、下がって下さい」


 イルナに言われるままアイリーとロガンは後退する。すると、空から巨大な何かが降ってきた。それはイルナとロガンが居た場所、倒れているキネーヌの巨鎧の上に落ちてくる。


「キネーヌ脱出して!!!!」


 レイネンは叫ぶが、その声が届く前に巨鎧は降ってきた石に圧し潰された。


「バラバラになっちゃった」

「いいんじゃない、どうせ殺すつもりだったし」


 そして小屋の裏の方から双子の乗ったと思われる1体の巨鎧が現れた。ロガンのように姿を消していたのだろうか。


「よくもキネーヌを!!」


 レイネンは叫んでロガンを敵の巨鎧の方へ走らせる。魔法を使う巨鎧は格闘戦に弱く、魔法は再度発動に時間がかかる。レイネンの判断に誤りは無かった。しかし、吹き飛んだのはロガンの左腕だった。


「ほんと落ち着きがない子ねえ」

「まあ、身体で学んでもらうのが一番よね」


「行くよ、イルナ」


「サポートします」


 アイリーはレイネンの危機を感じ取り、敵の巨鎧へと駆け出す。黒と紫色を基調とした巨鎧。が、そのサイズは一般の巨鎧より大きく、7メートルぐらいあった。そして左手には魔法の杖、右手には反りのある剣が握られている。剣でロガンの左腕を斬り上げたのだろう。


「初めて見る型ですが、近接と魔法、どちらも得意なタイプだと思われます。そして、搭乗者が2人いる複座式です」


「とにかくレンちゃんを助けないと」


 巨鎧は動かすのに搭乗者の動きをトレースするので、二人同時に1機を操るのは難しいと思われる。が、双子で息が合うのなら、二人で動かす事が可能なのかもしれない。片方が魔法に集中し、片方が格闘に集中すれば、魔法を準備している間も近接戦闘が行えるのだろう。

 アイリーは双子が乗っていると思われる巨鎧に槍を突き出す。が、槍は剣で弾かれ、すぐに杖から火球が飛んでくる。火球はアイリー(イルナ)に当たり、爆発する。


「この程度なら大丈夫です、装甲の薄い部分を狙って下さい」


 イルナが敵にマーキングを付けてくれたので、そこを狙って再び槍を繰り出す。1撃は剣で弾かれたが、即座に切り返した2撃目がマーキングした部分に当たる。


「こいつ手強いよ」

「油断大敵だね」


 双子の巨鎧は剣と魔法を交互に繰り出し、アイリーを翻弄する。なるべく正面から受けないように、アイリーは距離を取って槍を繰り出すが、相手も警戒していてか致命打にならない。しかし、体制を立て直したロガンが戦闘に加わった事で、徐々にこちらが押す形に変わった。


「時間切れだね」

「次の作戦に魔力を取っておかないといけないしね」


 敵の巨鎧は急に攻撃の手を止める。チャンスと思いイルナとロガンで攻撃を当てるが、それは見えない膜に阻まれ、受け止められる。


「ニギラーヌ相手に大奮闘したのは褒めてあげるよ」

「今度会う時は殺してあげるからねー」


 そして敵の巨鎧の下に魔法陣が現れ、その姿は消えていた。


「魔法での転移だと思われます。複座式の巨鎧との戦闘方法は検討する必要がありますね」


「キネーヌ……」


 キネーヌの乗った巨鎧はバラバラになり、キネーヌの死体も原型が分からない程に吹き飛んでいた。アイリーは落ち込むレイネンにかける言葉が見つからなかった。

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