5.獣人の村
「もしかしてセリュツさん、貴方、紫の死神ですの?」
「ああ、そういう呼び方もされているわ。呼ばれてるのはこの巨鎧ソシアの方だけどね」
「手を汚さずに巨鎧を葬るって聞きましたけど、こういう事でしたのね。しかし熟練の魔術師かと思ったら、まさかエルフでしたなんて」
「尾ひれがついてるみたいだけど、自分が操れるのは普通の兵士型や探索型でも4体ぐらいで、他にも条件はあるからね。あと、魔術の習得には10年以上かかってるし、見た目はこんなだけど年齢は144歳だから」
アイリーはそんなやり取りをイルナの中でただ聞いていた。
「倒した巨鎧はどうする?搭乗者を捨てて機体を持ち帰れば結構な額になると思うわよ。まあ、ミラカーンの町で売るのは不味いと思うけどね」
「さすがにそれはちょっと……」
リムールも襲ってきた敵の機体を売る行為には拒否反応があるようだ。
「眼鏡の子は巨鎧持ってないんでしょ?一番傷が浅いのを修理すれば使えると思うけどどう?」
「あたしも盗賊みたいなのが乗ってた巨鎧はさすがにね。それより今はシリミンの村に急ぐべきでしょ」
「そっか、まあ、死体に触るのも気持ち悪いしね。ここなら町からも少し離れてるし、誰かが見つけるより先に機獣が処理してくれるでしょ。旅人に見つかっても仲間割れからの全滅にしか見えないし、どう、自分を連れてきて良かったでしょ?」
セリュツは紫色の巨鎧ソシアの中から自信有り気な声を出す。アイリーはもう限界だった。
「別に全員殺さなくても良かったんじゃないですか?勝てないって分かれば逃げたかもしれないですし。事実、最後の1機は逃げてたじゃないですか」
「へえー、例えば魔法で全員眠らせて縛っておくとか?まあそうすれば確かに自分の手は汚さずに、機獣に殺して貰えたかもしれないわね。でも、上手く生き延びられて町から仲間を呼んで再度追ってきたらどうするの?来る度に殺さずに追い返すつもり?」
「それは……。でもそこまでして私達を追いかけてこないかもしれないじゃないですか」
「獣人の村を助けたのを知ったら、逆恨みにその村に略奪に来るかもしれないわよ。あなたは獣人の村をずっと守ってあげられるの?」
「……でも、セリュツさんの人間の死に対する態度は軽すぎると思います。いくら亜人が嫌われているからって、もう少し考え方を……」
アイリーはどうしても納得出来ない。
「自分がエルフだから、人間に嫌われているからこういう考えになっているつもりはないわ。まあ、人間の男なんて絶滅していいとは思ってるけど、さっきの戦い方はそれとは別よ。神官の子やメイドの子だってそこら辺は分かって戦ってる筈。そうでしょ?」
「……まあ、戦うからには油断は禁物だとは考えていますわ」
「わたしも相手を逃がす事には賛成出来ません」
リムールだけでなく、大人しそうなレイネンもセリュツの考えに同意していた。
「そもそも戦う決断をしたのはあなたでしょ?シリミンを助けるって決めたのも。あなた1人だったらどうしてたつもりなの?神官の子が言ってた通り、あなたは考え無しに人助けをしようとしてるだけ。人を助けるならそれに伴う危険や責任を負うべきなのよ」
「セリュツさん、それ位で。アイさん、でもセリュツさんの言う事にも一理ありますわ。そこで死んでいる男達は貴方が考えているより非道で、生かしておけば今後こちらが痛い目に合うのは確実ですわ。ですからもう少し周りを見て、考えて、悩むようならわたくし達に相談して下さいな」
「……」
アイリーは一方的に責められている気がして、何も言えなくなっていた。自分はただ獣人の子を助けたかっただけなのに、どうしてこんな事になっているのだろう。
「時間が無いんだろ。話は移動中も出来るし、とりあえずみんな機動馬車に戻れって」
エルータの言葉で全員機動馬車に巨鎧を乗せて再度出発した。しかし、アイリーは格納庫でイルナから出る気がせず、そのままイルナに乗っていた。
「イルナ、アイの考えが間違っているのかな?」
「ワタシにはマスターの考えが正しいかどうかの判定は行えません。ワタシはマスターの決定に従うのみです。勿論命の危険が伴う判断には反対意見をさせて頂きますが」
イルナはアイリーが望む答えを返してはくれなかった。はっきりと否定か肯定をして欲しかったからだ。
「イルナは敵を倒したい、人を殺したいって思ってるの?」
「ワタシにそういった欲求はありません。ワタシは兵器で道具です。例えば鍬が畑を耕して欲しいと考えますか?」
「鍬は考えないよ。でもイルナは考えて喋ってるんでしょ?」
「そうですね、マスターが生存出来る可能性を考えて、最も危険の少ない案を提案しています。でもそれは欲求ではなく機能です」
イルナの言う事はやはり難しい。アイリーがイルナを人間と同じに見ていて、そこに誤りがあるんだろうな、というのは分かっている。
「なんでみんな人を殺す事に躊躇いが無いのかな。殺さないと後で危険があるからって、なんであっさり殺せるの?」
「本当にそうなのでしょうか?」
「え?」
「今マスターが感じているのはマスターの視点からの他の皆様の考え方で、実際の考え方とは違う可能性があるという事です。ワタシは人間の会話や受け答えについて、完全に信用してはいけないと入力されております。人間には感情があり、嘘もつき、見栄を張る事もあると。命令には従いますが、それがすぐに訂正される時の準備も常にしております」
イルナの言う事は何となくしか分からないが、確かにセリュツやリムールに対する今の自分の見方が間違っているかもしれない事は理解出来た。
「じゃあセリュツも躊躇しながら戦ってるのかな?」
「エルフという種族の情報は少ないですが、人と同型の知的生物なら、人を殺す事に何の躊躇いもないとは考えづらいです。人間は戦う時に何かの理由を付けて自分を正当化します。友人の為、恋人の為、家族の為、種族の為、民族の為、国の為。また宗教の神もそう言った理由付けに利用される事もあります。もっと根源的な話ですと、お金の為、食料の為、生きる為、という部分に辿り着きます。人間以外の生物は生きる為に他の生物を攻撃する事に躊躇いは無いと聞きます。躊躇いが死に繋がるからです」
「アイには少し難しいな。でも、アイが色々な事を知らないって事は分かったよ。
ありがとう、イルナ。まだ人間相手に戦うのは難しいかもしれないけど、もうちょっと考えてみるよ。みんなにも謝ってくる」
「ワタシはマスターが健全な状態を維持し、生き残れる為でしたら何でも致します。愚痴でも何でもよろしいのでいつでもお話ししてください」
「うん」
アイリーはイルナが本当に優しく、温かく感じていた。アイリーはイルナを出て、みんなの元に向かい、とにかく自分が浅慮だった事を詫びたのだった。
********
「ここから先は機械馬車では入れないようです。シリミン様、村まで先導して案内していただいても宜しいですか?」
「うん、案内する」
街道を逸れて荒れ地を進むと森に入り、木々が密集していて機械馬車が通れなくなっていた。機械馬車は森の入り口の人目に付かなそうな場所に隠し、4人は巨鎧に乗り、エルータとシリミンが徒歩で森の奥へと進んでいった。
「こんな場所にも機獣が現れるんですのね」
「山だろうが森だろうが流星が落ちれば現れるって聞くわ。機獣にも変異種がいるらしいし、どんな行動するかは全然解明されていないの」
魔術師は知識を蓄積する事に長けていると聞くし、セリュツがこの中で一番詳しいのは確かだろう。アイリーはセリュツにまだ距離感を感じてはいるが、その会話の内容をよく聞いて知識を増やそうと思っていた。
「もうすぐ、村。ボクが許可するまで何があっても攻撃しないで」
「分かった」
1時間弱歩き、ようやく村に着くようだった。獣人の村に人間が入る事は少なく、シリミンも本来ならば入れないと言っていた。シリミンを先頭に歩いていると、突然木の上から何かが飛び降りてきた。それは槍を持った二人の獣人だった。
「ニャーニャ、ニャーニャーニャー」
「ニャーニャニャ、ニャニャニャンニャー」
二人の獣人は男性で、どちらもシリミンよりは大きいものの、やはり人間に比べると背は低く、子供のようにも見える。片方の獣人とシリミンが会話しているが、獣人の言葉のようで何を言っているか分からない。
「イルナはシリミンの言葉が分かるの?」
「人間の言語形態と異なるので分かりませんが、マスター達が何者であるかを確認している事は状況と声のトーンで分かります」
「そうなんだ」
「説明して、村に入っていいって。ただし機械のカミサマは広場に集めておく」
会話が終わったようで、シリミンから許可が出る。機械のカミサマとは巨鎧の事を指していた。少し進むと木で出来た門と塀があり、門をくぐると森が開け獣人の村が広がっていた。木や藁で作った小さな家が建ち並び、獣の骨などで組んだよく分からない物がそこかしこに飾ってあった。既に夕日が射す時刻で、村の広場にいる獣人はまばらだった。アイリー達が村に入ると、蜘蛛の子を散らすように獣人たちは離れていき、物陰や家の中からこちらの様子を窺っていた。
「村のもの慎重。悪く思わないで欲しい」
「うん、分かってるよ。こちらこそ脅かしてごめんね」
未知の存在が現れた時の反応は人間とそう変わらない。アイリーはどうしても他の人間が獣人を嫌っている事がイマイチ納得出来なかった。イルナ達巨鎧は村の中央に集め、降りてからシリミンに案内されるままに移動した。
「今日は遅い。退治は明日がいい。ばあちゃんと会って欲しい」
アイリー達もいつ機獣を退治するかまではまだ決めておらず、まずは様子を見たいと考えていた。
「機獣は今晩襲って来る可能性が高いから、そのつもりでね」
「本当ですか?」
「巨鎧が4機も集まれば、刺激され、光輝石を求めて襲って来る確率はかなり高いって事。あなたの喋る鎧はある程度の距離を探知出来るんでしょ?そこら辺お願いね」
「分かりました、ありがとうございます」
セリュツも昼の言い合いを気にしてなのか、アイリーに対する態度は軟化していた。イルナの言った通り、自分の見方も悪かったのだと腑に落ちたのだった。
火の明りが灯っている村の中をシリミンの案内で歩いて、着いた先は村の中の建物で一際大きい、壁も石材を使った立派な家だった。中に入ると大きな部屋があり、その中心にシリミンと同じ銀色の毛並みの生物が丸まっていた。
(大きな猫?)
「ばあちゃん、ハンター連れてきた」
「ああシン、無事に帰って来れたようじゃな」
猫だと思ったものが動いて上半身を起こすと、獣人である事が分かった。ただ、服は着ておらず、全身毛だらけで、顔も他と同じく毛で覆われ、やはり猫に近く見える。それに大きさも他の獣人より小さかった。
「ニンゲンの皆様、初めましてじゃ。このナオ族の村の長を務めておるグリミンじゃ。なにぶん人の言葉を覚えたのも昔じゃから間違っていても許して欲しいじゃ」
「はい、村の近くの機獣を倒しに来たハンターのアイリーです」
各々簡単な挨拶をする。ナオ族というのが獣人の中でもシリミン達猫のような種族の事なのだろう。アイリーは水中に適した魚のような種族の獣人がいる事は知っていた。
「お姉ちゃんたちは町で困っていたボクも助けてくれた。感謝してる」
「そうですかじゃ。助けて下さりありがとうじゃ。本来オスのものに行かせるべきなのじゃが、若いオスの殆どは飢饉の際に出稼ぎに出て帰って来なかったんじゃ。シンは未熟じゃが強さに関しては村一番じゃ。ただスーライ様を目覚めさせる事はまだ出来なんだ」
「スーライ様?」
「これ、村の守り神。ココロが繋がれば蘇る伝承がある」
シリミンが首に掛かってる紐を取り出すと、透明な宝石のような珠が出てきた。
「スーライ様は村で一番強いメスが呼び出すカミサマですじゃ。ワシも数十年前はこの力で機械のバケモノを追い払ったもんですじゃ」
「獣人が精霊魔法のように魔神を呼び出せるっていうのは聞いた事があるわ。自分も実物を見た事はないけど」
「昔に村の事は村で、なるべくニンゲンとは関わらないと王様と話はしたのじゃが、今回ばかりは村が滅んでしまうかもしれんじゃ。だからハンターにお願いをしに行かせたのじゃ」
話を聞く限り、獣人側でも人間と関わる危険性は理解しているようだった。
「ボクが強ければスーライ呼び出せた。出来ないのはボクの責任……」
「そんな、シリミンちゃんはまだ子供だし、責任を感じる事は」
「シリミンももう8歳、十分成人しておりますじゃ」
「8歳?」
思っていたより子供だったのでアイリーは驚く。
「逆よ逆。獣人は成長が人間より速いの。8歳だったら、人間で言う20歳ぐらいじゃないかしら。そういう意味じゃあなた達より年上の筈よ」
「ボクもう大人。子供も産める」
「ワシらの種族は元々身体が小さいので、成長してシリミン位の大きさなのですじゃ」
そうは言われても見た目も顔も子供のようで、とても成人には見えない。アイリーは獣人と人間の違いを改めて思い知らされたのだった。
「話が長くなってしまいましたじゃ。今日は遅いので、村で休んでいって下さいじゃ」
「分かりました、ありがとうございます」
それからシリミンを加えて話合い、夜に襲撃がある事を考え、交代で二人ずつ北と南の門から見張る事になった。最初がリムールとレイネン、3時間後にアイリーとシリミン、更に3時間後にエルータとセリュツというローテーションに決まった。巨鎧が1体だけの時間があるが、敵の住処から来るなら北門だろうという予想が強く、南門はあくまで用心の為で、生身でも十分だとの判断をしていた。
「じゃあ交代の時間になったら起こしてね」
「分かりましたわ」
食事の後、最初の組のリムールとレイネンが巨鎧に乗ってそれぞれの門で待機する。次の組のアイリーはシリミンと一緒にシリミンの家で仮眠を取る事になり、エルータとセリュツも別の家で仮眠を取っていた。
「アイリーお姉ちゃん、本当にありがとう」
藁で出来た寝床に入ると、シリミンがこちらを向いて改めてお礼を言ってきた。
「ううん、私がやりたくてやった事だから。お礼は機獣を倒してからね。あと、私の事はアイって呼んでいいいから」
「うん、アイお姉ちゃん。ボクもシンって呼んでニャア」
「分かった、よろしくねシンちゃん」
「ニャニャ」
シリミンは照れたように笑う。成人しているとは言っても見た目から妹が出来たようでアイリーは嬉しかった。
********
(え?)
アイリーが誰かに身体を触られた感覚で目を覚ます。その手はアイリーの胸を優しく揉んでいた。寝床の中を見ると、いつの間にか裸のシリミンが潜り込んでいて、足をアイリーの腰に絡ませていた。
(どうしよう)
シリミンは眠っているようで、寝ぼけてアイリーの布団の方に移動してきたようだ。服は寝る前に脱いだのを見ていて、獣人的にはそれが普通らしい。しばらくすれば見張りの交代だろうし、ここでシリミンを起こすのも申し訳ない気がする。
「ミャミャ……」
アイリーにもその言葉がシリミンが母親を呼ぶ言葉だと理解出来た。聞いてはいないが、シリミンの母親は紹介されていないので、既に亡くなっているのだろう。そう思うと、やっぱりシリミンが子供のように感じられ、アイリーは優しい気持ちになった。シリミンの頭を撫で、優しく抱き締める。するとシリミンも抱き返してきた。毛並みが柔らかく、その体温はとても心地よかった。アイリーも落ち着いて、再び眠りに落ちていく。
「アイさん、交代の時間ですわよ」
リムールの言葉でアイリーは目を覚ます。
「うん、そうだね、すぐに起きるよ」
「とりあえず今のところ異常はありませんでしたわ、ってアイさん!!!!何をしているんですの!!!!」
リムールが大声を出す。
「リムちゃんちょっと声が大きいよ。何って寝てただけだよ?」
起き上がるとアイリーは自分が全裸である事に気が付く。横にはもちろん裸のシリミンが寝ていた。
「ああ、これ、私も寝ている間に脱がされちゃったんだね。シンちゃんが寝ぼけて私の布団に入ってきて……」
「とりあえず服を着て下さい!!アイさんは貞操観念をもっとしっかり持って下さらないと!」
「シンちゃんは子供だよ。それに女の子同士だから大丈夫だって」
「獣人の成長が速い事は聞きましたよね。……もういいですわ、とにかく見張りを交替して下さらないと」
リムールの言う通りなのでシリミンも起こして服を着させ、アイリーとシリミンで見張りにつくのだった。
「マスター、大分リラックスされていますね。ゆっくり休めたようで良かったです」
「うん、シンちゃんの抱き心地が凄く良くて、よく眠れたんだ」
寝たのは3時間位だが、アイリーは眠さも無く、頭も冴えていた。
「今まで半径500メートルに機獣の反応はありませんでした。探索範囲を機獣の住処方向へ伸ばす事も出来ますが、そうすると別方向の探索範囲が狭まります。どうしますか?」
「逆方向から来た時にシンちゃんが守れないと嫌だから、周り全部を見ていて欲しいかな」
「分かりました。何かありましたら報告しますので、マスターも座って休んでいて下さい」
コクピットの中に椅子が出てきたのでアイリーはそれに座る。休む時の動作はイルナが反映しないので、外のイルナ自体は立ったままだという。単純な移動なら同様に座ったままでも出来るので敵や障害物が無い場所では同様にアイリー自体は歩かずに移動して貰っていた。コクピットは全方向アイリーが見えているのがイルナの視点だと理解は出来るが、それがどういう仕組みなのかは全く理解出来なかった。
30分毎にアイリーは反対側の門のシリミンに腕で丸を作って問題無いと合図を送り、シリミンも同じく丸を作って合図を送ってくる。アイリーがその距離を夜でも目視出来るのはイルナのおかげだが、シリミンはその距離を生身でも目視出来るというから、凄いと思った。音を聞く能力も高く、獣人の門番もいるので、ここまで心配しなくても大丈夫だったのでは、とアイリーは思ってしまう。
「機獣の反応です。大型が1体に中型が20体、かなりの大軍です」
イルナの声でアイリーの考えが甘かった事に気付く。
「距離は北から500メートル、今の速度だと3分で村に到着します」
「鐘を鳴らそう!」
アイリーは指で門に備え付けの敵襲の鐘を鳴らす。その音は想像以上に村内に響き、シリミンは即座に反応してこちらにやって来た。
「私が村の外に出て食い止めます。シンちゃんはみんなを起こして下さい」
「分かった」
シリミンがみんなが仮眠している方へ向かっているのを確認してから、アイリーはジャンプして村の門を飛び越える。イルナが窓に出した機獣の位置がこちらに近付いてくるのが分かる。
「なるべく刃の大きい斧にしよう」
「了解しました」
アイリーの手に両手で構えるのにちょうどいい、両刃の斧が現れる。機獣相手なら余計な事を考えずに戦えるので、アイリーはやる気が出て来ていた。
「お待たせですわ。エルさんとシリミンさんは北の門の上で待機してもらっていますわ」
背後からリムールのルルトとセリュツのソシアがやって来る。レイネンのロガンも姿が見えないだけで、近くにいるのだろう。
「敵は大型1体と中型20体です。セリュツさんの技は機獣にも出来るんですか?」
「出来るけど、機獣の方が効きにくいわ。大型は無理で、中型なら2体位ね」
「じゃあ中型の同士討ちをお願いします。レンちゃんも隠れつつ中型を、私とリムちゃんで大型をやりましょう」
「了解ですわ」
「了解しました」
闇の中からレイネンの返事も聞こえた。中型の数が多いので、なるべく早く大型を倒して中型に移らないと村に辿り着いてしまう。セリュツのソシアで同士討ちが出来るといっても、やはり巨鎧4機では限界があると感じてしまう。
「イルナ、何かいい策は無いかな?」
「大型の機獣の能力が不明なうちは難しいです。中型だけでしたら守りを固めて1体ずつ倒せば4機でも十分です」
「皆さん、わたくしのルルトは特殊技能で長さ20メートルまでの絶対防壁を作れる事が出来ますわ。敵の猛攻に耐えられないようでしたら、わたくしがいったん下がって村を守るように致しますわ」
ここでリムールが今まで明かさなかったルルトの特殊技能を説明した。リムールもこの人数では厳しいと感じたからだろう。
「分かった、いざとなったらお願いね、リムちゃん」
「目視出来ました、敵の中型の機獣は4足歩行が6体、武器防具と尻尾を持った2足歩行が6体、武器を持った重量級が8体です。大型は首の長い全長12メートルはある重量級です」
「ハウンド、リザードマン、オーガと呼ばれる機獣ですわね。そして、あの大型は……」
「ドラゴンね。まさかこんな所でお目にかかれるとは」
「ドラゴン!?」
アイリーも聞いた事がある、最強クラスの機獣だ。手の爪と長い尻尾、鋭い牙、そして口から吐き出されるブレスは恐ろしい威力だという。
「イルナ、あれ倒せるかな?」
「首か、胸のコアを破壊すれば倒せます。ただしあのサイズの攻撃を受けるのはかなり危険です。牽制用の射撃武器を準備します」
アイリーの両肩と両ももに何かの装置が付けられた。射撃武器なのだろう。
「それぞれ8回ずつ杭を発射する事が出来ます。マスターは視線で狙う場所を見つめ、命令を出して下さればそこへ射撃致します。威力は装甲を1枚抜く程度ですので、コアを狙うにも先に装甲を剥がしておく必要があります。あくまで、相手を怯ませる為の武器と思って下さい」
「分かった、撃つ時には『撃って』っていうね」
「了解しました」
アイリーはまだ勝てるイメージが無いが、とにかくやるしかないと自分に気合を入れる。中型の機獣の先頭が数メートルの距離にまで近付いていた。
「それじゃあ行くよ!セリュツさん、レンちゃん、中型をお願い!」
「分かったわ」
「了解です」
ソシアが杖を上に掲げると、先頭を走っていた2体のハウンドが反転し、横のハウンドに噛みついた。そしてその脇を抜けてきたハウンドも見えない刃で切り刻まれていく。
「行こう!」
「はい」
アイリーは右側から中型機の群れを回避しつつ前進する。森を壊すのは忍びないが、そんな事は言ってられず、移動に邪魔な木は薙ぎ倒して進む。リムールのルルトも同様に盾で木を薙ぎ倒しつつ左側から進んでいった。途中襲って来るリザードマンは斧で切り裂く。倒れなくても怯んだら放置し、ドラゴンへ辿り着く事を優先する。徐々にドラゴンの巨体が見えてきた。その姿は威圧的で、とても倒せるとは思えない。
「高熱反応、ブレスが来ます。中型機の群れの中に入って下さい」
「分かった」
アイリーは進むのはやめて、方向転換してオーガの群れに入っていく。オーガはアイリー(イルナ)よりやや小さい位の大きさで、その群れは迫力があった。斧を構えて切り払いながらオーガ達の群れの真ん中へ入る。それでドラゴンがブレス攻撃を止めるかとも思ったが、そんな事は無く、炎はオーガを背後から焼き払っていく。
「斧を前面にしゃがんで防御を」
アイリーは言われた通り、ドラゴンのブレスに対して斧を立てて、その後ろにしゃがんで防御する。焼かれ、吹き飛ばされたオーガが斧にぶつかってくるが、何とかそれに耐える。炎が目の前に広がり、実際に熱さは感じないのだが、感覚的に熱いのではと錯覚してしまう。
「イルナ大丈夫?」
「この距離でこの温度でしたら問題ありません。装甲は汚れてしまいますが」
後で拭いてあげなくちゃ、とアイリー場違いな事を考える。
「機能上連続してブレスは出来ないと思われます。オーガも半数が大破したので今がチャンスです」
「分かった」
アイリーは立ち上がり、倒れたオーガの上を走ってドラゴンへと迫る。ルルトも中型機を抜けてきたようで、同様にドラゴンへと向かっていた。ブレスを吐き終えたドラゴンの頭が見えてくる。その顔には3つの赤い目が輝き、太い両足に長い尻尾、両腕には鋭い爪が見える。全身は赤い金属で覆われており、他の機獣に比べて装甲が厚いのが見て取れた。
(目を狙えないかな)
アイリーは目を潰す事で相手が怯む事を期待する。視線をドラゴンの一番上の目に合わせる。
「撃って!」
「はい」
アイリーの右肩から杭がドラゴンの目に向けて発射される。それは邪魔される事無く、ドラゴンの目に命中した。が、直前に金属の瞼が閉じ、杭はそれを傷付けるに終わる。
「目に対しては相手の防御機構の方がこちらの射撃より上です。斧で攻撃すれば破壊出来ると思います」
さすがにあの高さまでジャンプして攻撃するのは無謀だと考える。相手は首を自由に動かせるし、左右の手でこちらを払う事も可能だろう。
「尻尾が来ます。タイミングを合わせて跳躍を」
イルナの声と同時に尻尾が横に振るわれるのが見える。ルルトは盾でそれを防ぐが、耐えきれず、背後に飛ばされるのが見えた。アイリーは何とかぶつかる前にジャンプする。
「腕が来ます。斧で攻撃をして下さい」
跳躍した先にドラゴンの左手の爪が迫る。アイリーは斧を振るうが、それは爪に当たって、そのまま弾かれる。アイリーも反動で後方に飛ばされ、何とかイルナのおかげで着地する。
「爪も斧で切るのは難しいです。直接首か胸を狙う必要があります」
「二人とも一旦戻って!中型に抜けられそう!」
アイリーの耳元でセリュツの声が響く。セリュツは魔法でこちらに声を飛ばせると言っていて、何かあれば連絡する事になっていたのだ。
「アイさん、戻りましょう」
「分かった」
ドラゴンを先に倒したかったが、村を守る事が優先だ。移動速度はドラゴンより速いので背後から攻撃を受ける事は無かった。戻るとロガンが水色の姿を現し、リザードマン数体と戦っていた。
「失念していましたわ。リザードマンは音に敏感ですので、ロガンの姿が見えなくても音で反応出来るのですわ」
リザードマンに効かない事が分かったので、同士討ちも考え、姿を現したのだろう。
「ごめん、こっちももう操るのは無理。魔法で1体ずつ攻撃してるわ」
ソシアは杖から雷の魔法を放ち、1体ずつリザードマンを倒していた。ロガンがソシアを守りつつ敵を倒すが、確かに押され気味で、既に横を抜けて走っていくリザードマンが見えた。オーガも大半はブレスの巻き添えになったが、4体程迫ってきている。
「アイさんは抜けた1体を倒してください。わたくしがその後ろに壁を作りますわ」
「分かった」
アイリーは視線をリザードマンに合わせる。
「3発撃って」
「了解しました」
左肩と両ももから杭が飛んでいき、抜けていったリザードマンのコアを貫いた。
「壁を張ります。皆様、後はお願いしますわ」
ルルトが剣と盾を仕舞い、両手を上に上げる。するとそこに光る壁が出来上がった。ルルトを追っていたリザードマンは壁にぶつかり、それを剣で破壊しようとするが弾かれてしまう。アイリーはそのリザードマンを背後から斧で破壊した。
「って、え、エル?なんで?」
光の壁の横の方を見ると壁のこちら側にエルータとシリミンの姿が。
「ごめん、シリミンがどうしてもって言って聞かなくて」
「竜、アブナイ。ボクがやらないと」
遠目からドラゴンを見て居ても立っても居られなくなったのだろう。
「エル、シリミンを守って。レンちゃんとセリュツさんは引き続き中型をお願い」
「分かったわ」
「了解です」
壁が出来たので村を破壊される心配は無い。ただエルータとシリミンは心配だが、そこはレイネン達に任せるしかない。そしてアイリーはドラゴンを何とかする方法を考える。
「1撃に特化した武器とか無いかな?」
「首を狙うなら今の斧でもいいですが、その前に両腕を破壊する必要があります。ランスでしたら走っていって突き刺せば胸のコアを一気に破壊出来ます」
「じゃあランスに変えて」
躊躇している場合では無い。狙うなら1撃。失敗すれば反撃されるが、かといって時間がかかればそれだけみんなが危険に晒される。
「ここを狙って下さい」
イルナがドラゴンの胸の辺りにマーキングを付けてくれる。あとはとにかく速く走り、相手の攻撃の前に貫くしかない。
「ここら辺に全部撃って!」
「了解しました」
視線をドラゴンの手や足や頭に移動させて、そこに残りの杭を全部放つ。同時に複数の箇所を攻撃されて、ドラゴンは一瞬怯んだように見えた。
「行けえええええ!!」
アイリーは自分が走れる限界を超えて走る。イメージが身体を動かし、普段の全速力より速く走っていると感じられた。ドラゴンが気付いて手を振り上げる。でも、こちらの方が速い。
「でやああああああ!」
全体重を乗せて両手でランスをマーキングが付いている所に突き刺す。ランスは分厚いドラゴンの装甲を突き抜け、その中にあるコアを破壊した。
「やった!」
ドラゴンの動きが止まった。と思った時だった。
「マスター、手を放して後退を」
イルナの声を理解するより先にドラゴンの右腕が振り下ろされた。爪はアイリーの頭から胸まで切り裂き、その勢いでアイリーは吹き飛ばされる。コクピットの映像は本物では無いので痛みは無い筈なのに、イルナが傷付いたのが分かり、身体が重くなる。
「マスター跳躍を」
言われて尻尾が迫っているのに気付き、飛び跳ねるが、少し遅く、尻尾の攻撃を足に受けてしまう。バランスを崩し、アイリーは膝立ちした状態になった。
「マスター、逃げて下さい。一旦立て直す必要があります」
倒した筈なのに。その思いが恐怖へと変わる。目に前に迫るドラゴンの三つの目は悪魔のように思えた。
「ダメ!!」
そんなアイリーの前に飛び出したのは小さなシリミンだった。
「シンちゃん?どうして」
「これ以上アイお姉ちゃんは傷付けさせない。ボクが村もお姉ちゃんも守る!」
シリミンはとても小さいのにその存在は大きく見えた。
「スーライ、お願い……」
シリミンは透明な珠を頭上に掲げる。するとそれは輝き出した。ドラゴンは腕を上げそれを攻撃しようとする。
「シンちゃん!」
アイリーは立ち上がろうとするが、間に合いそうに無い。しかし、ドラゴンの腕は何かに弾かれていた。
(白銀の獣?)
機獣とは違う、美しい曲線の白銀に輝く身体。シリミンより一回り大きい獣がドラゴンと対峙していた。
『汝の力で闘うのだ』
獣から声のようなものが聞こえた。
「分かった。お願い、スーライ」
シリミンは服を脱ぎ、獣に近付く。すると獣は液体のように溶けていき、シリミンに纏わりついていく。全身を金属が覆っていき、手足が伸び、身体も美しくも逞しくなり、シリミンは4メートルほどの白銀の巨鎧のような姿に変わっていた。獣のような頭部と尻尾、そして鋭い爪が獣人の守護神である事を感じさせた。
「これがスーライの力……」
そう呟くシリミンにドラゴンのブレスが放たれる。が、シリミンが両手を前に突き出すとそこから突風が吹き、ブレスは吹き消えていった。
「倒す!」
シリミンは腕から巨大な爪を伸ばすと跳躍した。ドラゴンが反応するより速く、爪はドラゴンの首を斬り落とす。頭が無くなってもしばらく腕や尻尾をでたらめに振って暴れたが、やがてドラゴンは動かなくなった。
「スーライは巨鎧以上のパワーとスピードがあります」
イルナが分析結果を述べる。アイリーは呆然とスーライと一体になったシリミンを眺めていた。