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4.エルフと獣人

 カンキ村には宿屋が無いの為、リムールとレイネンには隣町で一晩待ってもらい、アイリーとエルータはそれぞれ旅の支度をしに家に戻っていた。が、アイリーは母親に旅に出る事をなかなか話せないでいて、結局夜を迎えてしまった。


(元々荷物なんて殆ど無いから後は言うだけなんだけどなあ……)


 夕飯も食べ終わり、片付けも終わり、アイリーも母親も後は寝るだけだ。


「何か話したい事があるんでしょ?何を言われても驚かないからちゃんと話して欲しいな」


 話を振ってきたのは母からだった。


「え、と。うん。ちゃんと話すよ」


 アイリーは母親のベッドに移動し、二人してベッドに並んで座り話始める。


「アイね、グリフォンとスケルトンを退治して、気付いた事があるんだ。人の役に立つ事をするのは気分がいいって」


「うん」


 母親は優しい顔で相槌を打つ。


「アイは今まで自分に力が無いと思ってた。身の回りの生活で精一杯だったし。でも、イルナと出会って、普通の人には出来ない事が出来るようになった。別に戦う事が好きな訳じゃないけど、その力で誰かを助けられたら素敵なんじゃないか、って思えたんだ。

だから、アイは旅に出ようと思うんだ」


 そう口に出して、アイリーは胸が締め付けられる。目の前の母親を助けずに、どうして他の人を助けに行く必要があるのか、と。


「やっぱりね。アイ、あなたはお父さんにそっくりなのね」


「お父さんに?」


「あの人はね、自分がどれだけ大変でも、他に大変な人を見ると助けずにはいられない人だったの。別に凄い力がある訳でも、凄く頭がいい訳でも無いのにね。それで大変な目に合ったり、体中傷だらけになっても、誰かが助けられたら良かったって喜ぶ人だった」


 アイリーの母親は今まで父親の事をあまり話はしなかった。話す事でアイリーが寂しく思うと考えてだったのかもしれない。


「戦争に行ったのもそう。あの人は争いが嫌いで、もちろん戦争も嫌いだった。でも国から戦争の招集がかかったら、自分が行く事で誰かが行かずに済むならと進んで参加したの。帰って来なかったのも多分進んで危険な道を選んで、誰かの為に戦ったからだと思うわ。悲しいし、国をずっと恨んだけど、あの人が戦ったから戦争に勝って、あの人のおかげで村が平和だったんだと思うようにしたの」


 アイリーにはまだよく理解出来ない話だった。それでも、母が父の事を愛し、その生き方に誇りを持っている事は何となく分かった。


「お母さんはアイが旅に出る事に反対?」


「反対はしないわ。アイがやりたい事を見つけたのなら、それを全力で応援しようと思っていたから。でも、危険な目に合って欲しくないとは思ってる。お父さんみたいに死んでは絶対にダメ。他人の為でも危ないと思ったら逃げて頂戴。絶対無事に帰ってきて欲しい。その事だけは忘れないでね」


 そう言って母親はアイリーの頭を優しく抱き締めた。アイリーは嬉しさと悲しさが入り混じり、溢れてくる涙を止める事が出来なかった。


「お母さん、親不孝者でごめんなさい。そして、ありがとう……」


 二人して涙を流し、しばらく静かに抱き合った。アイリーは久しぶりに母親と同じベッドでゆっくりと眠った。


「それじゃあ行ってきます。何かあったらハンターギルドにアイ宛てにメッセージを送れば届くからね」


「分かったわ。私の方は大丈夫だから、アイの思う通りにやってみなさい。あとこれを持って行って」


「何?」


 アイは母親から小さな袋を手渡される。


「昔ね、お父さんからもらった宝石。何でも、身を守る魔法がかかってるんだって。まあ、あの人の事だから商人に騙されて買ったんだと思うけど、一応ね」


「そんな大事な物、お母さんが持っててよ」


「駄目、今度帰ってきた時に返してもらうわ。約束よ」


「うん、分かった。じゃあ、元気でね」


 母親に見送られながら家を出る。光輝石などで稼いだお金は8割は母に渡し、2割を旅費として持ち出した。イルナと共に村の入り口まで来ると既に荷物を持ったエルータとリムールの機械馬車が待っていた。


「ちゃんとお別れ出来たのか?」


「うん、何とかね。そっちは?」


「うるせー、出てけって。まあうちの両親はまだまだ元気だから心配無いよ」


 そうは言ってもエルータも一人娘で、両親に大事にされている事をアイリーは知っていた。


「さあ、行きますわよ」


 リムールが機械馬車から顔を覗かせたので、急いで荷物とイルナを積み込み、アイリー達は村を出たのだった。


********


「そう言えばリムは神聖魔法が使えるんだよな?」


 機械馬車での移動の最中エルータが質問した。ハンター登録は小さな町のハンターギルドでは行えないので、一番近くで登録の行えるミラカーンの町を目指している。機械馬車でも半日ぐらいかかり、街道を行く分には機獣の襲撃も殆ど無いという事で、機械馬車は自動運転に切り替え、4人は運転席の後ろの休憩スペースで雑談をしていた。


「なんですか、藪から棒に。もちろん神官の資格があり、使えますわ」


「神官型の巨鎧に乗れば、確か不死型の機獣を停止出来る、不死浄化の魔法が使える、ってどこかで読んだんだけど、なんで使わなかったんだ?」


「え、そ、それは……。わたくしの巨鎧、ルルトは格闘戦に特化していて、魔法を使うのが得意では無いので、失敗して危険を冒さないようにしたのですわ」


 リムールの回答は明らかに動揺していた。


「リムール様は魔法だけは不得意なのです。それは剣の鍛錬を重視して、教団での魔法の訓練をサボっていた為です」


「レン!!どうして貴方は言ってしまうのですか」


「申し訳ありません、お嬢様。でも、ただ苦手な訳では無いと知っておいて欲しかったので」


「またお嬢様に戻ってますわよ。まあ、いいですわ。レンが言った通り、魔法より剣を選んだので、回復などの簡単な神聖魔法しか使えないのですわ」


「リムちゃんはどうしてそんなに剣に拘ったの?」


 アイリーは気になったので聞いてみる。アイリー自身が剣の腕を上げたいと考えていたので、興味が湧いたのだ。


「一つはお父様が剣の達人なので、その娘の名に恥じない為ですわ。もう一つはわたくしが姫騎士メレル様と子供の頃から知り合いで、姫騎士様に負けられないからですわ」


「そっか、そうだよね、リムちゃんのお父さんは凄い人だったよね。じゃあ、私にも剣を教えてくれないかな?」


「アイさんにですか?確かに巨鎧の立ち回りはまだまだですが、剣を習うより巨鎧で実戦に慣れる方がより早く経験が詰めると思いますわよ?」


「そうかもしれないけど、イルナに乗ってるとどうしてもイルナに頼って、いつまでたっても私自身が上達しない気がするんだ。それより実際に生身で体験して、剣の使い方に慣れた方がいいかなって」


 イルナは的確な指示を出してくれるし、足りない所はフォローしてくれる。でも、それだとイルナを本当の意味で乗りこなせないんじゃないかとアイリーは思っていた。イルナに恥じないマスターになりたい。その為には自分を鍛えるしかないと。


「まあ、時間がある時に教える分には構いませんわ。わたくしも人に教える事で剣の扱いを再確認出来ますし」


「イルナが武器を自由に作れるなら別に剣に拘らなくてもいいんじゃないか?槍の方がリーチが長いし、斧とかの方が取っ組み合いでも強そうだし」


「武器に関しては場面と用途にもよりますわ。機獣相手ならリーチの長い槍やハルバードの方が活躍する場面が多いかもしれませんが、巨鎧同士の戦いですと剣が最も隙が少なく戦える、という意見が多いですわ。予備武器として装備しやすいのも短剣ですし、剣の扱いを最初に覚えておいて損は無いと思いますわ」


 実戦経験からの談なのか、剣に拘りがあるのか分からないが、リムールの熱意が伝わり、とりあえずこの話は終わりになったのだった。


********


「あっさり貰えるもんだねえ」


 エルータがハンターの許可証であるカードを手の上でクルクルと回す。昼過ぎぐらいにミラカーンの町に着き、ハンターギルドに赴いて2人分を申請をしたところ、キルウイの町長からの証書とリムールの推薦であっさり認可されたのだ。所持してるイルムが巨鎧としては珍しい形なのでじっくり観察されはしたが、それで拒否される事も無かった。


「まずは二人は服装と、生身での最低限の武器と防具は必要ですわね。エルさんのボウガンだって機械式ですし、いつ動かなくなるか分かりませんし」


「あたしは機械式の武器をもっと買いたいんだけどなあ」


 巨鎧と共に機械式の武器、防具も発掘されているのだが、ハンターや一般人が買う事は少ないと聞く。一つは値段が高いので機械式で無い安い物が選ばれてしまう事、もう一つはエネルギーに光輝石を使っていて、壊れた場合まず修理出来ない為だ。発掘された機械を調査、研究している人や町はあるのだが、優先されるのは日常で便利な物や巨鎧の方なので、機械式の武器防具は謎が多いままだった。

 リムールが先導して武器や防具の店を見て回る。お金持ちの家の割にはリムールは無駄遣いに厳しく、安くて効率的な服、武器、防具を見繕っていき、アイリーもエルータも殆ど言われるままに買ってしまっていた。


「さて、必需品の買い物が終わりましたわ。ここからが本番ですわよ」


「え?まだ買い物続けるの?」


「当たり前ですわ。女子たるもの身嗜みが一番大事ですわ」


 リムールが入っていくのは豪華な建物の衣服の店だった。アイリーとエルータは飾ってある服の値札の値段の桁に驚き、ボロボロの服を着ている自分達が相応しくないと委縮する。


「なんでさっきまであんなにケチケチしてたのに、今度は高級店に入るんだよ」


「リムール様はお洋服の事だけはタガが外れるんです。ただし、沢山は買わず、1着だけお気に入りを探すんですよ」


「アイさん、こっちに来て。このドレスなんていかが?」


 リムールが手に持ったのは確かに綺麗だが、胸や腰の露出度の高いドレスだった。しかも値段がアイリーの手持ちの半分程で、町でひと月は豪遊出来る金額だった。


「えーと、選んでくれるのは嬉しいけど、最初はもうちょっと安めの服がいいかなあ」


「そうですの?このお店はこの町では一番センスのいいお店でしてよ。

まあ、そうですわね、安くていいお店も知ってますから、まずはそちらで見てみましょう」


 リムールも自分と庶民の金銭感覚の違いは理解したようで、その店での買い物は諦めてくれた。そしてリムールに案内されて別の店へ移動している最中。前方で何か騒がしく、少しだけ人が集まっているのが見えた。


「何かあったのかな?」


 アイリーは気になって小走りで近付き、その様子を見に行く。3人もそれに続いた。


「その子からその汚らわしい手を放せって言ってるでしょ!」


「うるせーな。俺達が連れて行くって言ってるんだから余所者は黙ってな」


 一人の背の高い金髪の少女がいかにも荒くれ者な容貌の3人の男に突っかかっていた。よく見ると男達の真ん中に小さな女の子がいて、男に手を握られておろおろと狼狽えている。どう見ても悪そうなのは男達なのに、町の人達は遠目に眺めるだけだ。なんで少女の手助けをしないんだろうとアイリーは思った。


「助けなくちゃ」


「アイさん、やめておきなさい。あの女性はエルフですよ。捕まってる子も獣人の子供ですわ。どちらも亜人ですし、理由も知らずに関わらない方がいいですわよ」


 リムールに言われてよく見ると、確かに長い金髪の少女の耳は頭頂部と同じぐらいの高さまで長く、子供の方も人間のような耳は無く、頭の横に猫のような可愛い耳が生えていた。アイリーは亜人種を見たのは初めてで、珍しい物が見られて嬉しいと思う。と同時に、亜人種だから助けなくていい、という理由はアイリーには無かった。


「でも、放っておけないよ」


 アイリーは考え無しに騒動の中心へと走り寄る。エルータもリムールも急な事でそれを止められなかった。


「なんだあ、てめーは」


「大の大人が寄ってたかって子供を連れてくのはどうかと思います」


「何も知らねーのに口出しすんじゃねーよ。俺たちゃこの子に頼まれて道案内をしてやってるんだぜ」


「そうなんですか?」


「そんな訳無いでしょ!こいつらハンターギルドに案内するって言ってその子を攫おうとしてるのよ!!」


「エルフの嬢ちゃんもいちゃもん付けるのはいい加減にして欲しいんだけどなあ。そっちが攫おうと考えてんじゃねーのか?」


「違うわよ!!そもそもハンターギルドはあっちじゃない」


 エルフの少女が言っている事は確かで、男達が向かおうとしているのはアイリー達が来たハンターギルドと反対方向だった。向かっているのはエルータから近付かない方がいいと言われた裏町だろう。アイリーはエルフの少女が正しいと判断は出来たが、どうすればいいかが分からなかった。腰には先ほど買った短剣があるが、男達に剣で勝てるとも思えない。第一アイリーには生身の人間相手に剣を構える勇気は無かった。イルナがいれば何とでもなるが、今は町の外れに預けた機械馬車の中で、呼んでもすぐには来ないだろう。


「ちょっと宜しいですか?」


「なんだあんたは」


「わたくし聖教団の神官騎士ですの。揉め事でしたら正式に町の保安所に行ってお話しされたらいかがでしょうか?もしお忙しいのでしたら、その子の案内はわたくし達聖教団で行いますよ」


「あ、あんた聖教団の騎士か。ま、まあ子供の案内ならあんたらに任せた方がいいかもな。じゃあ俺達は忙しいから行くぜ」


 3人の男達のリーダーらしき男がそう言い、男達は子供の手を放して路地裏へと消えていった。


「大丈夫?」


「怖かったでしょ?もう大丈夫だからね」


 アイリーとエルフの少女が獣人の子にそれぞれ声をかける。解放された獣人の子は少しだけ逡巡し、それからアイリー達へと駆け寄った。


「ありがとうお姉ちゃん!」


 獣人の子が抱き付いたのはアイリーだった。アイリーは抱き付かれるとは思ってなかったので、そのまま後ろに尻もちをつく。何を思ったか獣人の子はそのままアイリーの顔をぺろぺろと舐め始めた。


「ちょ、くすぐったいよ」


「えー、自分が最初に助けたのにー。いいなー」


 エルフの少女はその様子を羨ましそうに眺める。アイリーは無理矢理剥すわけにもいかず、成すがままにされていた。


「ちょっと、アイさん!路上で何をしているんですの。はしたないですわ、もう。ここは人目に付き過ぎるので行きますわよ」


 リムールとエルータがアイリーから獣人の子を引き剥がし、アイリーは何とか解放された。確かに周囲の人々からの注目の的にされていたので、リムールが知っている飲食店へと6人は足早に移動したのだった。


「まず最初に、アイさん。わたくしが助けなければどうするつもりだったんですの?あまりに考え無しに行動し過ぎですわ。相手が大人しく引き下がったからよかったものの、下手をしたら暴力沙汰でしたのよ?」


「ごめんなさい。あと、リムちゃん、ありがとう」


「ちゃんと反省して下さいね」


 リムールはしおらしくなったアイリーを見て、ようやく口調が柔らかくなった。6人で飲食店の隅のテーブルに座り、飲み物と軽い食事をとりあえず注文していた。


「えーと、事の経緯はあんたに聞けばいいのか?」


 エルータがエルフの少女の顔を見る。


「そうね、自分が説明するわ。まずは助けてくれてありがとうございます。事の発端はこの子が怪しい男達に連れられて裏町の方へ向かっていたのを見かけた事。まあ獣人の売買は珍しくないけど、鎖に繋がれてる訳でも無いから怪しいと思ったわけ。で、何をしてるか尋ねたら、そりゃもう分かり易く怒り出してね」


「獣人の売買が珍しくないって本当ですか?」


「アイ様は都会には来ていないので知らないですよね。亜人のお二人を目の前に言うのは失礼だと思いますが、隠していても話が進まないのでわたしが説明します。エルフや獣人などの亜人は都会の人間達から危険だ、とか、汚らわしいとかの理由で嫌われている事が多いのです。亜人の方達もそれは承知で、なるべく町や都市には近付かない不文律が出来ていました」


 レイネンが話す事はアイリーも薄っすらと知っていたが、理解出来ていない内容だった。エルータはこの町にもたまに行っていたので、理解しているかもしれない。獣人の子は黙って話を聞いていて、特に表情は変わらない。エルフの少女は少し苦々しい顔をしていた。


「亜人といっても、エルフはそもそも数が少ないのもあり、知的なイメージもあるので、そこまではっきりと嫌われてはいません。ドワーフに関しては巨鎧の武器を作るなど、人間の商売相手としての認識が強く、受け入れられてはいます。問題は獣人で、凶暴で、野蛮なイメージがあり、人々は近付かず、また、珍しさから好事家に高値で売られるので、町で見かける際は商品である可能性が高いのです」


「きちんと説明しておくと、獣人は人間が思っているほど凶暴でもなく、知能だって人間と変わらないんだからね。生活習慣の違いから野蛮だと感じるのは逆に人間の偏見が強くて、狭量なところだと知っておいて貰いたいわ」


「分かっていますわ。でも、聖教団の教義にも亜人は保護の対象に含まれておらず、王国としても正式な国民と認めていないのが事実で、それを市民に理解させるのは難しいですわ」


 アイリーに難しい事は分からないが、亜人の二人が町では普通に暮らせない事は何となく分かった。


「みんな説明してくれてありがとう。じゃあ、どうしてあなたはわざわざ町に来たの?ハンターギルドに行きたいって本当?」


「うん。ばあちゃんもニンゲンの町は危険だから慎重に、すぐにハンターギルドに行けって言われてて。ハンターギルドに依頼すれば、ボクたちの村の近くに現れた機械のバケモノを退治して貰えるって」


「機械の化け物って機獣の事?詳しく聞かせてくれる?」


 アイリーは獣人の子の話に興味を持ち、説明を促す。獣人の子が話したのは数日前から村の近くの森に機獣と思われる大きな化け物が数体現れ、そこに住み着いて狩りが自由に出来なくなった事、村で一番強く、人間の言葉が分かる自分を代表としてこの町に向かわせた事、そして丸1日かけて町に辿り着いたがハンターギルドの場所が分からずうろうろしていた事、そこを3人の男達が近付いてきたので道を尋ねると案内するからと無理矢理連れていかれたとの事だった。


「ボクもおかしいと思ったけど、町で争いをしてはいけないと言われてて。だから、助けてくれて、ありがとうニャア」


「ニャア?」


「ごめんなさい、まだニンゲンの言葉沢山喋るの慣れてない」


「可愛いー!!」


 エルフの少女が横に座った獣人の子を抱き締める。獣人の子は少し嫌そうにしていた。アイリーは獣人の子の言っていた事から一つの結論を導いていた。


「ねえ、ハンターギルドに依頼しに来たって事は、私達が手助けしてあげられないかな?」


「アイさん、さっき注意したばかりですわよ」


「でも、獣人の扱いがそんななら、ハンターギルドで依頼を出しても誰も対応してくれないよ。この子の村もいつ襲われるか分からないし、急いでるんだよね?」


「うん、急げってばあちゃんが。あなた達は機械のバケモノを倒せる?」


「もちろん、巨鎧を3機も持ってるし、任せて」


「……宜しいですわ、もうアイさんの好きになさい」


 話を進めてしまうアイリーにリムールは苦言を呈するのを諦めた。


「その話、自分も入れて貰っていい?」


「えーと、あなたもハンターだったりするんですか?」


「自己紹介しておくわね。自分はエルフの魔術師で、名前はセリュツ・ロモ。ハンターの資格も一応持ってるけど、本業は魔術師よ。そして、全世界の美少女の味方なの」


 言いつつエルフの少女、セリュツはウィンクをする。獣人の子以外がセリュツを怪しげな目で見つめた。


「何よ、その目は。いいじゃない、自分は可愛いものが好きなだけよ。この子も、あなた達もみんな可愛いし、助けてあげたいって思っただけなのに」


「エルフは人間嫌いだって聞いてたけど、あんた本当にエルフか?それに精霊魔法じゃなくて、魔術師っていうのも聞いた事がない」


「まあ、エルフの中では変わり者よ。エルフ達は森に籠って世界の変化に関わろうとしない。その姿勢が自分は嫌で、森を捨てて魔術師になる事に決めたの。魔術の腕は確かで、魔術型の巨鎧も持ってるわ。ねえ、自分もこの子を助けるのに加えてくれない?」


 アイリーはエルフの少女を眺める。身長は4人の中で一番背が高かったアイリーより更に高く、その割に細くて、胸は反して物凄く大きい。リムールよりあるだろう。綺麗な金の長髪に、緑色の切れ長の目、長い耳が無ければ絶世の美少女として注目を浴びただろう。それに比べると獣人の子はレイネンより小さく、銀髪もボサボサで一見男の子にも見える。銀髪から猫のような耳が生え、紅い目も猫のようで今は室内だからか外にいた時よりまん丸になっていた。顔も人間のようだが、薄っすらと毛が生えていて、手足も銀色の美しい毛並みが見える。ズボンからは可愛い銀色の尻尾が覗いていて、自由に動いているように見えた。

 アイリーは少し考え、信用出来るかは置いておいて、味方が多いに越した事は無いと思った。


「この子の村を助けたいの気持ちが本当なら、一緒に行きましょう。いいよね?」


「反対してもややこしくなるだけですし、今回はアイさんに任せますわ」


「あたしも」


「はい」


 リムールに続いて、エルータもレイネンも受け入れてくれた。


「よし、じゃあ善は急げね。あなたの村に案内してくれる?お名前は?」


「え、と……」


 セリュツがにじり寄ってきたので獣人の子は狼狽える。尻尾を見るとぴんと伸びていて、警戒しているんだろうとアイリーは感じた。


「まず名前を聞いてもいい?私はアイリー・クリアロン」


「えっと、ボクはシリミン・ポワイポ。お姉ちゃんたちが助けてくれるニャア?」


「うん、だから村まで連れて行ってくれる?」


「分かった。これ、村の地図」


 セリュツが不満そうな顔をしているが、とりあえず放っておく。獣人の子、シリミンが取り出したのは獣の皮のようなものに書かれた何かの暗号のような地図だった。アイリーにはよく分からない。


「誰か分かる?」


「恐らく、この模様が山岳で、これが河川です。ちょっと待って下さい。

この町周辺の地図と照らし合わせると、この印がミラカーンの町で、ここが獣人の村かと。シリミン様、合ってますか?」


「そう、ここがボクの村」


「レンちゃん凄いね」


「レンは頭のいい子ですもの、当然ですわ」


 リムールはレイネンの事はいつも嬉しそうに話す。


「この距離でしたら、日が落ちる前に機械馬車で獣人の村まで移動出来ます。すぐに出発しますか?」


「心配だし、急ごう。セリュツさんもいい?」


「もちろん。町の北門に巨鎧を持って待ってるから」


「それじゃあシリミンちゃんの村を助けに出発しよう」


 アイリーは早速の人助けに気持ちが昂っていた。機動馬車にシリミンとセリュツと彼女の巨鎧を乗せ、さっそく目的地への移動を開始する。が、出発して数分経った時だった。


「マスター、機動馬車を止めて下さい、敵が待ち伏せしています」


 格納庫からイルナの声がして、機動馬車を止めて一同は状況の確認をする。


「確かに街道の先に6機の巨鎧が待ち伏せしてました。おそらく昼間の男達かと」


 姿を消してレイネンがロガンで状況を確認してきてくれた。一般的な巨鎧である兵士型が3機とロガンと同じ探索型が3機の計6機の組み合わせだった。恨みを買ってこちらの動きを探っていたのだろうというのがリムールの予想だった。


「機動馬車は全速力の巨鎧には追い付かれます。迂回も不可能でしょうし、進むなら戦闘は避けられないかと」


「話し合いで何とかならないかな?」


「無理ですわ。巨鎧を持ち出したのですから、その子を渡すか戦うかの2択になると思いましてよ」


「シリミンちゃんを渡すなんて選択肢は無いよ。だったら戦おう」


 アイリーの提案に反対者はいなかった。エルータが機動馬車を運転し、シリミンは助手席に。アイリー達4人はそれぞれ巨鎧に乗り込んで、いつでも外に出られる準備をしていた。


「マスター、武器はどうしますか?」


「搭乗者を殺さずに倒す事って出来る?」


「スタン機能を付けた武器でしたら可能です。しかし、再び襲われる危険を考えると、相手の巨鎧のコアを狙うか、搭乗者を戦闘不能にする事をお勧めします」


 アイリーは考える。襲ってきたからといって、相手を殺す必要があるのかと。


「リーチの長い槍にスタン機能を付けて。それで作って」


「了解しました。ただし敵の巨鎧にスタン耐性の機体があった場合、通常の槍に変化させますが、それで宜しいですね?」


「うん、いいよ」


 イルナが自分を守る為に言っているのは分かるのだが、相手をなるべく殺したいのではないかと考えてしまう。イルナは戦う為に作られたのだから、間違ってはいない事も理解はしているのだけれど。


「アイさん、貴方巨鎧との実戦は初めてですわよね。躊躇ったら駄目ですわ。相手の巨鎧が動かなくなるまで破壊する。そのつもりが無ければあなたが死にますわよ」


 聖教団の神官騎士であるリムールですら人間相手の実戦をした事があり、相手を殺す事に戸惑いは無いと感じる。アイリーは自分に人間相手の戦いの覚悟がまだ出来ていないと実感した。


「申し訳ないけど、今回は自分にやらせて貰っていいかな?あなた達はこの巨鎧の実力を知らないし、一度魔術師の恐ろしさってのを知っておいて欲しいんだ」


 格納庫の正面にいたセリュツの乗った金色の飾りの入った紫色の巨鎧から声がする。


「一人で6機の相手をするの?」


「もちろん。多分あなた達の出番は無いわ」


「分かりましたわ、お手並み拝見致しますわ」


 戦う準備が出来ていないアイリーにとって、セリュツの言葉は少しありがたかった。


「敵と接触するよ。一応話はしてみるけど、すぐに出られるようにな」


 運転席からのエルータの声が格納庫に届く。外との会話の内容も格納庫で聞こえるようになっていた。


「何か御用ですか?」


「さっきはよくも馬鹿にしてくれたな。獣人と持ち物を置いて立ち去れば、命までは取らないぜ」


 おそらく先ほどの3人組のリーダー格の声だろう。想像以上の無法者で、交渉にすらならない。


「みんな!」


 エルータの声で機動馬車の左右の壁が上がり、左からセリュツの巨鎧と透明なロガン、右側からルルトとイルムが飛び出す。6対4で数では負けている。以前読んだ本では巨外での戦いで重要なのは数だと書いてあった。どれだけ巨鎧やパイロットに性能差があっても、1機で複数の巨鎧を倒すのは困難だからだ。だからといってイルムが負けるイメージはアイリーには無かった。


「じゃあ、さっそく自分の出番ね」


 セリュツの巨鎧が一歩踏み出す。敵の6体の巨鎧はそれぞれ近くの巨鎧に向かって走り出した。アイリーが戦うしかない、と思った時にそれは起こった。敵の6機の巨鎧の内3機が反転し、突然味方の巨鎧を攻撃し始めたのだ。


(え?仲間割れ?)


「おい、お前、何してんだ!!」


「ち、違うんだ、身体が勝手に」


 ならず者たちが動揺しているのが手に取るように分かる。セリュツの巨鎧は杖を持った手を上に上げたまま身動きしない。1機の敵の巨鎧は裏切ったと思われる巨鎧のコクピットに剣を突き立てた。が、その巨鎧はそれでも動きを止めず、相手の巨鎧に斧を振り下ろす。2機の探索型の巨鎧は数度の攻撃で簡単に破壊されていた。


「おい、何やってんだよ!!」


「親方、逃げてくれ!」


 裏切っていない巨鎧は兵士型の1機になり、裏切った巨鎧3機が残り1機にじりじり迫る。


「うわーーーー」


 最後の1機は逃げようとしたが、裏切ったうちの2機が飛びつき、残り1機がトドメを刺した。そして裏切った巨鎧同士が今度は武器を互いに振り下ろす。そうして6機の巨鎧は動かなくなった。どの機体もコクピット部分に致命打が入っている。搭乗者は即死だろう。アイリー達が一切武器を振る事も無く戦闘は終了した。


「これって……」


「どう?自分の巨鎧の能力。凄いでしょ?」


 アイリーは紫の巨鎧の能力の凄さより、目の前で起こった凄惨な状況と人の死が気持ち悪くてしょうがないのだった。


「マスター、精神状態が乱れています。落ち着いて深呼吸をして下さい」


 イルナの言葉もアイリーには薄ぼんやりとしか届いていなかった。

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