3.約束
「しっかし凄い機動馬車だねー。教団のでしょ?わざわざこんな辺鄙な所まで来るなんて」
アイリーが一通り何があったかを説明すると、エルータは機動馬車や朱色の巨鎧を物珍しそうに観察し始めた。馬車とは言いつつも馬も無く、車輪も無く、どうやって動いているのかアイリーには見当もつかない。アイリーも赤髪の少女も巨鎧から降りて集まっていた。
「この機動馬車は形式上は教団の物ですが、実際はシュワイア家の物なんですよ」
「シュワイア家って聞いた事あるな、えーと誰だっけ」
「レン、余計な事は言わなくていいですわ。
ゴホン。今回の模擬戦はアイリーさんの勝ちという事で、グリフォンの件は認めますわ。でも、貴方の戦い方はまるで出来てないです。その巨鎧の能力は凄くても、そんな戦い方ではいつか命を落としますわよ」
水色の髪の少女レイネンが言っていた、赤髪の少女リムールがいい子だという事は何となく分かってきた。
「助言ありがとうございます。でも、私はまだ戦い続けるか決めてないし……」
「そうだ、アイに話をしに来たんだった。隣町の人から聞いたんだけど、キルウイの町の周辺に最近スケルトンの群れが出るようになったって。あそこには親戚のおじさんが住んでるし、あたしとアイとイルナで退治しに行かないか?」
「スケルトンですって?詳しく話を聞かせなさい」
エルータの話に食いついたのはリムールだった。
「話をするのはいいけど、そもそもあんた達は何者?聖教団の関係者だってのは分かるけど」
「そうでしたわね。わたくしは聖教団神聖騎士団遊撃部隊所属、リムール・シュワイアですわ。ハンターが退治を行わない機獣を退治するのがわたくしの役目ですの」
「わたしは同行しているレイネン・シュワイアです。一応リムール様の妹になります」
「一応ではなくて妹でしょ。レンはシュワイア家の養子になって、今は二人で旅をしていますの」
「じゃああたしも自己紹介を。この村の道具屋の娘でエルータ・ガイロだ」
「知ってると思うけど、私はアイリー・クリアロン。で、こっちがイルナ」
「イルナです、よろしくお願い致します」
「え、複座式でしたの?でしたら勝負の話も変わってきますわ」
イルナから声が出たのでリムールは当然の反応を返す。ごく少数だが二人乗りの複座式の巨鎧も存在する事はアイリーも知っていた。
「えーと、イルナは巨鎧の名前で、喋る事が出来るんです」
「喋る巨鎧?そんなもの聞いた事ありませんわ」
「話が逸れそうだから、元に戻そう。スケルトンの件を話すよ」
エルータもこのままだと埒が明かないと思ったのか、イルナの事は一旦置いて、スケルトンの件について説明を始めた。問題が起こっているのは二つ隣の町のキルウイで、そこには町を守る巨鎧も常駐しているが、数日前から町の周囲にスケルトンが大量に出るようになり、実際住人にも被害があったという話だった。
「分かりました。この件はわたくし達教団で対処すべき案件です。ですので、貴方達は手を引いて下さい」
赤髪の少女、リムールは今までにない真面目な顔で語った。聖教団で対応してくれるならそれに越した事はない。ないのだが、何かがアイリーの心に引っ掛かっていた。
「すみません、スケルトンとはどのような機獣なのでしょうか?」
そんな中、質問をしたのはイルナだった。
「スケルトンは機獣の中でも特殊な、不死型と呼ばれる機獣の一種だよ。元はゴブリンとかの人型の機獣だったんだけど、身体の大半が破壊されて、頭脳とコアの一部が動作しているものが変化するんだって。元の機獣には再生不可能の為、頭部にコアを移し、身体の装甲を捨てて動作に必要なフレームだけの姿になったもの、だって。まあ、本に書いてあったことだけど」
「スケルトンの恐ろしさはコアが胴体に無いので身体を破壊しても、頭が無事ならすぐに再生してしまう事ですわ。装甲が無い分ゴブリンより動きも速く、頭部はゴブリンの時より頑丈になるのでゴブリン以上に恐れられていますの。また、エネルギー容量がゴブリンより少ないので昼間は残骸に擬態し、夜になると動き出すのも対処が難しいとされている点ですわ」
エルータの説明をリムールが補足する。アイリーもそこまで詳しく知らなかったので、関心した。
「失礼を承知で聞きますが、リムールさんはスケルトンを退治出来るんですか?」
「もちろん、とは言えません。敵の規模は分かりませんし。本来は教団から救援を呼ぶべきなのですが、今は戦争中でその余力もありません。ただ、わたくしのルルトとレンのロガンの2体の巨鎧があります。スケルトンの相手は今までもした事がありますし、ご心配には及びませんわ」
リムールの横のレイネンの顔はどこか心配そうだった。それを見てアイリーは決心をする。
「私も一緒に行きます。実力は先ほどの通りです。キルウイの町には私の知っている人もいます。私は自分に力があるなら、それを力のない市民の為に使いたいです」
「ですから、先ほども言った通り、この件は聖教団で対応すると……」
「戦力は多いに越した事は無いでしょう?もし一緒に行かないなら私は勝手に行きます!」
「リムールさん、観念した方がいいよ。アイは一度決めた事は絶対に諦めないから」
「……分かりました。ただし今回だけです。わたくしの機動馬車で行きますから巨鎧を載せて下さい」
「ありがとうございます!」
「本来礼を言うのはこちらですよ」
リムールもアイリーの熱意に圧されてか、あっさりと諦めたようだった。もちろんエルータも一緒に行く事になり、簡単な準備をして一同は機動馬車へと乗り込んだ。
「思い出した!青騎士だよ、あの英雄の!!」
「突然どうしたの、エル?」
「シュワイア家だよ。青騎士ストラド・シュワイア。片腕の剣豪。救国の英雄の一人で国王の右腕って言われた人」
移動中の機動馬車の中、エルータが語ったのは昔本で読んだ王国の歴史に出てきた人の名前だった。
「そうですわ。ストラド・シュワイアはわたくしの父の名前。そのシュワイア家の長女がわたくしリムールなのですわ」
リムールは少し誇らしげに語る。リムールとレイネンは馬車前方の運転席にいたのだが、エルータの話を聞いて、運転はレイネンに任せ、後部の休憩スペースにやってきた。
「でもシュワイア家は今は大貴族だろ。なんで聖教団で機獣狩りなんてやってるんだ?」
「平民を守るのが貴族の務め。それにわたくしのお母様も聖教団の神官でしたのよ」
アイリーの想像する貴族とそれはかけ離れていた。アイリー達の住むカンキ村も貴族の領地に辺り、その貴族が税金を決め、集め、それを王国へ送っている。飢饉の時は貴族が税金を低くするべきなのだが、カンキ村を支配してる貴族はそのような事はせず、機獣が出ようが守ろうとする気配は微塵もなかった。だから村人達の貴族に対する印象はとても悪い。
「シュワイア家が私の村も管理してくれたらよかったのに」
「分かってますわ、多くの貴族が腐っている事も。だからわたくしはこうして旅をしているんですの」
「リムールさんは凄いんですね」
「い、今更褒めたって嬉しくないんですからね」
口調がキツイ所はあっても本当はいい子なんだな、とアイリーは思った。そして、その生き様が羨ましいとも。多分彼女は地位も名声もお金も持って生まれたが、それに甘えず、その力を弱き者の為に使おうとしているのだろう。
(私に出来る事はなんだろう)
アイリーは考える。今まで見てきた世界が小さ過ぎて、外の世界がどんな事になっているかが分からない。戦争をしているのは知っているが、それが人々にどう影響しているかも。今の自分にはイルナがある。それにどんな意味があるのだろう。
「珍しく真面目な顔してるんだな」
「え?変な顔してた?アイは頭が悪いのに考え事なんかしちゃったよ」
「いいんじゃないか。それにアイが馬鹿だとは思わないよ」
エルータは自分より自分の事を理解しているんじゃないかと思う時がある。今は彼女の言葉がただ嬉しかった。
「お二人はどういうご関係ですの?」
黙ってこちらを見ていたリムールが聞いてくる。
「どういうって、幼馴染だよ。年齢も同い年であたしが16で、アイリーはこないだ17になったばかり」
「わたくしも17ですわ。同い年でしたのね。エルータさんは小さいからもっと下かと思ってましたわ」
リムールの視線がエルータの胸を見ている事が分かる。確かにエルータの胸はアイリーに比べて小さく、控えめだ。アイリーは普通の女性よりは大きいかな、と思うがリムールの胸はアイリーより更に一回り大きく見えた。
「どこ見て言ってるんだよ。まだ成長中だ。それに連れの子の方がもっと小さいだろ」
「レイネンは14ですもの、小さくて当たり前ですわ。それにレイネンは今のままでも十分可愛いので問題無いですわ」
「どーせあたしは可愛く無いよ」
「そんな事無いって。それにエルはおしゃれに気を使わないから」
「そうですわね、貴方達の服装はもう少しどうにかした方がいいと思いますわ」
リムールは鎧を脱いで、聖教団の神官のローブを着ているが、アクセサリーなども付けて、高貴さを感じさせる。一方アイリーは野良仕事がしやすいようにボロボロのシャツにオーバーオールのズボン、エルータも動きやすさ優先で身体にぴったりしたシャツに汚れが付いた布のズボンをはいてるだけだ。
「お金も手に入ったんだから服を買いに行こうよ」
「えー、だったら新しい機械を買いたいよ」
「都の流行の服でしたらわたくしが見繕って差し上げますわよ」
話しているうちにアイリーは楽しくなってきていた。これからの戦いの事も忘れて。
「お嬢様、もうすぐ町に着きます。あと数時間で日が暮れるので、早めに町の人と話をしませんと」
「そうでしたわね。話の続きはスケルトンを退治し終えてからにしましょう」
レイネンの呼びかけでリムールの顔が変わる。やはり戦い慣れているんだな、とアイリーは自分の甘さを実感した。
キルウイの町は想像以上に荒れていた。昨晩にスケルトンの大規模な襲撃があり、町の住民数人が亡くなり、光輝石を保管していたり、光輝石を使った機械を持っていた家は破壊されていた。何より町の護衛の巨鎧2体が破壊された為、町を逃げ出した人達もいるようだ。
「見た事もない巨大なスケルトンが現れ、巨鎧を破壊したんだ。普通のスケルトンも数十体はいて、町の若者も対処が出来なかった」
生きていたエルータの叔父に話を聞く事が出来、アイリーとエルータは状況の確認をした。リムールは町の教会へ話をしに行っていて、叔父ととの話が終わった頃に戻ってきた。
「町の人は教会と集会所に集まってもらう事になりましたわ。敵は北側から来るそうですから、わたくしとアイリーさんで討って出て、エルータさんとレンは町の入り口で守りを固めて下さい」
「分かった。エルは大丈夫そう?」
「火薬はもう無いからボウガンだけだけど普通のスケルトンなら平気だと思う」
「あの、わたしがエルータ様も守りますのでご安心を」
レイネンが静かに言う。
「そういえばレイネンさんの巨鎧は機動馬車の中でも見てないけど、どこに積んでるの?イルナは確かに2体って言ってたし」
「ふふ、まあそうですわよね。安心して下さい、レンはわたくしよりも強いんですわよ」
なんかリムールに誤魔化されてしまった。しかしリムールより強いとは本当なのだろうか。それから日暮れまでに準備をした。町の北側の門の前に機動馬車を置き、その上にエルータは立ってスケルトンを狙い撃てるようにする。アイリーのイルナとリムールの朱色の巨鎧ルルトはその前方で待機し、レイネンは機動馬車の中にいて準備をしていた。
「マスター、前方にスケルトンの群れを確認しました。数112体、更に後ろに大型と思われる機獣の反応がありますがこちらは動きはありません」
敵が動き出したのはやはり日が暮れて町の周りが暗くなってからだった。イルナは勿論、リムールとレイネンの巨鎧も闇夜での戦闘は可能という。エルータも機械の眼鏡のおかげで、闇夜での射撃は可能であり、夜だからこちらが不利、という程では無かった。
「リムールさん、スケルトンの群れが出てきました」
「こちらも反応を確認したわ。討って出ましょう」
アイリーは横のルルトに速度を合わせて前進する。武器は小型のスケルトンを掃討しやすいように柄の長いハンマーにした。
「武器に重量がありますので振り回されないよう加減して使って下さい。聞いているスケルトンのデータから軽く当てるだけで粉砕出来ます」
「分かった」
「行きますわよ!」
リムールの叫びと共に戦闘が開始される。スケルトンの大きさは1.5メートル程度で6メートルほどある巨鎧と比べるとかなり小さい。リムールのルルトは草を刈るように斜め下に剣を振るってスケルトンを破壊し、近付くものは盾で吹き飛ばしていた。
「たあああああ!」
アイリーはハンマーを地面すれすれに構え、掃除でもするように走りながらスケルトンを吹き飛ばしていく。数は多いが、戦力差は圧倒的だった。
「マスター、新たな敵の反応です。町のそばにスケルトンが79体出現しました」
「え?」
そこでリムールが言っていた、スケルトンが残骸に擬態する、という話を思い出す。町の方を見るとエルータがボウガンで応戦してるが、弱点が頭部だけなのでなかなか数が減らないように見えた。
「リムールさん、町の方にもスケルトンが。一旦戻りましょう」
「いいえ、心配いらないですわ」
「レイネン・シュワイア、参戦致します」
機動馬車の方からレイネンの声が聞こえる。が、その巨鎧の姿は見えない。しかし見る見るうちに町の前にいるスケルトンが破壊されていった。どう見てもエルータの攻撃ではない。
「え?」
「彼女の巨鎧は完全ステルス機能が実装されているようです」
「あれがレンのロガンの特殊技能、“消失”ですわ」
リムールが戦いながら嬉しそうに言う。確かに姿が見えないならリムールより強いだろう。アイリーも安心して近くのスケルトンの掃討に戻った。
「マスター、大型がこちらに向かってきています」
「わたくし達向きの敵のお出ましですわね。おそらくジャイアントのスケルトンですわ」
残りのスケルトンが数体になったところでその敵は姿を現した。身の丈8メートルはある巨人の骨組み。頭部の一つ目が闇夜に赤く光っている。手には巨大な鉄の棒を持ち、イルナのハンマーと同等の破壊力がありそうだ。
「攻撃を受け止めると少なからずダメージになります。避ける事を考え、隙を見て頭部を攻撃して下さい」
イルナは簡単そうに言うが、ハンマーを振り上げてもギリギリ頭部に届くかという所で、ジャンプでもしないと当て辛い。ルルトの剣なら更に難しいだろう。
「わたくしが敵の注意を惹きますわ。後ろに回り込んで攻撃しなさい」
「ありがとう!」
「お礼は勝ってからですわ」
そう言いながらリムールのルルトが巨大スケルトンに近付いていく。スケルトンはリーチを生かして鉄の棒を振り下ろし、その衝撃が地面を揺らす。ルルトは寸前で飛んで避けたが、結構ギリギリに見えた。
「マスター、急ぎましょう」
「うん」
なるべく敵の注意を惹かないように巨大スケルトンの周りを大きく回っていく。その途中でルルトが剣を敵の脛に当てたりしたが、すぐに再生し、致命打にはならないように見えた。敵は鉄の棒を横に振ってルルトを捉えようとする。ルルトは跳躍でそれを避けるが、無理な跳躍でバランスを崩し、着地後に膝をついてしまう。
(やらなきゃ!)
巨大スケルトンの斜め後ろまで来たアイリーだが、このままではリムールが危ないと全速力で敵に向かって走り、跳躍する。
「とああああああああ!」
スケルトンが鉄棒を振り下ろす前にハンマーを頭に振り下ろした。敵の頭部はひしゃげ、背骨のフレームに突き刺さり、胸のあたりまで食い込んでいった。振り下ろそうとした鉄の棒は手から落ち、ルルトの目の前に転がる。そして巨大なスケルトンは地面へと倒れ、起き上がらなくなった。
「お見事ですわ」
ルルトが立ち上がり、リムールは少し震えた声で称賛した。アイリーも何とかなった事でホッとしている。
「いい動きでしたよ、マスター」
「ありがとう」
イルナの言葉も心なしか優しく感じられたのだった。
「こちらも完了しました」
町の方に戻ると、スケルトンの残骸の上に初めて見る巨鎧が立っていた。水色の小型の巨鎧。両手には小型の剣が握られている。これが姿が見えなかったレイネンの巨鎧、ロガンなんだろう。ルルトに比べて小さい機体はリムールとレイネンの対比のように見え、可愛らしい機体という印象を受けた。
「凄いな、その探索型の巨鎧。そんな特殊技能だったらかなり値の張る奴だろ」
3人が巨鎧から降りるとエルータは興味深そうにロガンを眺めていた。
「旦那様、いえ、ストラド・シュワイア様が過去の冒険で発見したものだと聞いています。わたしには勿体ない機体です」
「わたくしも乗った事がありますが、とても普通の人に扱えるものじゃありませんわ。レン、貴方だから使いこなせるのだからもっと自信を持ちなさい」
「ありがとうございます、リムール様」
「様付けはやめなさいって言ってるでしょ。さて、町の人に報告に行きましょう。あと、あの、アイリーさん」
「はい?」
「確かに二人で来ていたら町に被害が出ていたかもしれませんわ。ご協力に感謝致します」
「そんな、大型を倒せたのはリムールさんが危ない役を買って出てくれたからですし、私も町を守りたいと思ったのでお礼なんて……」
「町の人を早く安心させてあげようぜ」
「ですわね」
4人は意気揚々と町の人に報告しに向かった。
報告後、夜も更けてきたので今日は町にただで宿泊させて貰える事になった。夕食を振舞われ、町の人からの沢山の感謝の言葉を浴び、宿屋の部屋に入った頃にはある意味戦闘より疲れ果てていた。2部屋借りられたので、アイリーとエルータ、リムールとレイネンで部屋を分けた。
「お腹いっぱいで動けないね」
「村の食事を考えると本当にご馳走だったな」
アイリーもエルータもそれぞれのベッドにのんびりと寝転がっていた。
「リムールさんもレイネンさんも凄かったね。二人でああやって機獣を退治して回ってるなんて立派だよね」
「そうだな、リムールのルルトは神官型なのに魔法は使わず、騎士型並みの剣技で戦うし、レイネンのロガンの隠密機能!あの探索型だと情報ギルドも傭兵団も喉から手が出るほど欲しがると思うぜ」
話の観点が全然違うが、そこがエルータらしくアイリーは微笑む。
「あたしも自分専用の巨鎧が欲しいなあ。今の手持ちじゃまだ買えないんだよなあ」
「そんなに高価なんだっけ?」
「一般的な巨鎧でも豪邸1軒分ぐらいの価値があるんだぞ。借金して買ってハンターになっても返しきれなくて辞める奴が多い位だよ」
そんな物をただで手に入れたアイリーは凄い幸運だったと改めて実感する。
「やっぱりこないだの光輝石のお金やグリフォンのお金もあげようか?」
「それは駄目だ。あたし一人でやったならそうだけど、あたしが誘ってアイと一緒にやったんだから、半分はアイの物。それだけは譲れないよ」
エルータはお金に汚い所はあるが、お金の価値を知ってるからこそ、こういうところははっきりとしていた。
「やっぱりアイみたいに流星の落ちた跡から発掘、っていうのがいいのかなあ。ねえ、アイ。やっぱり一緒に旅に出ないか?」
「え?」
「今回の戦いを見ていても、アイには人助けが似合ってると思う。自分の事より、他人を助ける事で輝けるんじゃないかって。あたしはそこまで人の為には動けないけど、外の世界を見て回れるんなら、アイの手助けを出来ると思う」
こちらを向くエルータの顔は真剣だった。アイリーは自分の感じていた事をはっきりと言われた事で思いきり心を揺さぶられた。
「でも、それじゃエルのやりたい事と違うんじゃない?エルはもっと自由で、縛られない生き方がしたいんじゃ?」
「あたしだけだとダメなんだよ。前の光輝石を見つけた時だってあたしは何も出来なかった。今回だって言いだしたのはあたしだけど、出来たのはスケルトンを数体倒す事ぐらい。それで思ったんだ。あたしでもアイリーが足りないところのフォローなら出来るって。まだあたしもアイも半人前だし、一緒にいた方がお互いの為になるんじゃないかって」
素直にエルータの言葉は嬉しかった。そして踏み出せなかったアイリーに決断の一歩を踏み出す勇気をくれた。
「うん、決めた。アイは旅に出るよ。この町みたいに機獣に襲われて、誰も助けが来ない人達を救う為に。明日お母さんにちゃんと話してみる」
「うん、応援するよ。もちろんあたしはそれと同時にお宝も探すけどね」
エルータがウィンクをする。二人でなら怖くない。いや、イルナも入れて3人でなら、だ。
「でしたら、ハンター登録をした方がいいですわね。町によっては身分証が無い者は立ち入りすら出来ない事もありましてよ。わたくしは聖教団の許可証を持っていますし、レンはハンターの許可証を持っていますわ」
「これです」
翌朝、昨夜の話をリムール達にするとリムールがハンター登録の提案をしてきたのだった。レイネンが服の中から取り出したのは紐を付けた小さなカードのようなもので複雑な紋様とレイネンの氏名、顔を模した絵が書いてあった。
「リムールの言う通りだな。確かにハンター登録すれば賞金の出てる機獣の情報が手に入り易いし、ならず者とは一線を画す。確か巨鎧が無くても従者として何名かは登録出来るんだよな」
「ええ。この町の町長にスケルトンを追い払った旨の証書を書いてもらい、わたくしが推薦人として名乗れば審査は通ると思いますわ。まあ、勝負を仕掛けた件は無礼でしたし、今回の件は助かりましたので、しばらく行動を共にしてもよろしくてよ」
「え?本当に?」
「お嬢様も信頼出来るハンターを探していたところなんです。ハンターでも徒歩より機動馬車があると格段に行動範囲が広がります。ご迷惑でなければ一緒に来て貰えませんか?」
「レン、どうして貴方は全部正直に言ってしまうんですか。わたくしの立場が無くなるじゃありませんか」
リムールとレイネンはいいコンビなんだな、とアイリーは思った。
「私達も旅の経験が無いですし、少しの間でも一緒にいられるならそれに越した事は無いです。よろしくお願いしますね、リムールさん、レイネンさん!」
「まさに渡りに船だな。よろしくな、リムール、レイネン」
「よ、呼び方はリムでいいですわ。だからわたくしもアイさん、エルさんと呼ばせて貰いますわ」
「わたしもレンとお呼び下さい、アイ様、エル様」
「うん、その方がいい。よろしくねリムちゃん、レンちゃん」
町長は喜んで証書を書いてくれ、心ばかりのお礼のお金も貰えたのだった。スケルトンの頭部は倒すのに破壊してしまったので残骸を集めても大した賞金にはならないという。なので放置し、町の人に好きに換金してもらう事になった。
「……ていう事に決めたの」
村への帰りの機動馬車の中、アイリーは巨鎧の格納庫に入り、一人でイルナに自分が決めた事を話していた。今まで見えてなかった水色の巨鎧のロガンも今は姿を現した形で格納庫に収めてある。格納庫は広さ的には8機巨鎧が入るスペースがあり、5機分は空と機材置き場となっていた。
「そうですか。マスターと離れ離れにならずに済んだ事はワタシも嬉しいです」
「本当?イルナにも感情があるんだね」
「感情、では無いと思います。ワタシは女性用の兵器で、適正搭乗者の範囲も狭いのです。健康で、体力もあり、行動力、判断力がある女性をマスターとする事が最もワタシを有効活用出来ると把握しています。今まで観察した女性の中では、マスターがもっともワタシに相応しい搭乗者でした。だから別の方をマスターとするのを望ましくないと判断しての発言です」
「うーん、難しい事はよく分からないけど、嬉しいって言葉が出たんだから、私も嬉しいかな」
「そうですね、マスターにはシンプルな言葉で喋るように心掛けます」
イルナと喋っているとエルータと居る時とはまた違った感情が出てくる。よく分からない所はあるけど、自分を認めてくれて、強くて、美しい存在。乗っていると本当に自分が強くなったと思えてくる。イルナ無しではもう生きられないんじゃないか、とさえ最近は感じて来ていた。
「私がイルナのマスターでいいんだよね?」
「はい、マスターが拒否するまで、アイリー様、あなただけがワタシのマスターです」
嬉しくなってアイリーはしゃがんだ姿勢で収まっているイルナに登り始める。
「マスター何を?」
「マスターとしての絆」
アイリーは肩まで登ると顔をイルナの頭部のマスク部分へ近付け、口付けをした。冷たくひんやりしていたが、なぜか心は温かくなった。
「こ、これは何かの習慣でしょうか?」
アイリーはイルナが動揺しているのを始めて見た。
「絶対に離れない、っていう約束かな。私も破らないから、イルナも破っちゃ駄目だからね」
「分かりました。絶対に約束を守ります」
機械と約束なんてバカみたいだな、と感じつつも、アイリーは嬉しくてたまらないのだった。