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2.赤髪の神官騎士

「あ、そうだ、エルだ!」


 戦いが終わり、ようやくそこで親友の事を思い出す。巨鎧に乗って好きに戦っていたが、その戦いに巻き込まれていないだろうか。


「ご友人の生命反応に問題はありません。保護対象として監視下に置いており、意識は失っていますが、大きな怪我は見当たりません」


 アイリーの視界の右上に窓が開き、そこに倒れているエルータの映像が映っていた。直感で窓の方角へ向き直るとそこに実際に倒れているエルータが見える。


「イルナ降ろして」


「了解致しました」


 アイリーの地面に立っている感覚が消え、見えていた景色が消える。そして目の前のハッチが開き、イルナの手の平の上へとアイリーは優しく押し出される。そのまま手は地面に下がり、アイリーは生身で降り立つ。


「ありがとう」


「ここで待機しますのでご用があればお呼び下さい」


 アイリーはエルータの元へと駆け出す。外に出た事で現在が夜である事を思い出した。イルナの中では昼間のように周りがよく見えていたのは何かしてくれていたのだろう。


「エル、起きてエル!」


 エルータを膝の上に抱き、少し揺らしてみる。するとエルータは反応し、ゆっくりと目を開いた。


「え、と、ここは?」


「エルはグリフォンに吹き飛ばされて意識を失ってたんだよ」


「……そうだ、光輝石だ!」


 思い出すのがお宝の事なのが実にエルータらしい。でもそのおかげでアイリーの心配は吹き飛んでいた。


「グリフォンはどうした?倒したわけじゃないよね?」


「あそこ。へへ、アイが倒したんだよ」


「って、あれ、巨鎧があるじゃん。どういう事?」


 アイリーはエルータが倒れていた時の事を説明する。イルナが言っていたよく分からない事は理解した範囲で説明した。


「うーん、見た事無いタイプだ。騎士型でも無いよなあ。やっぱり特殊型かな?」


 話を聞いた後、エルータはイルナの周りをグルグルと回って観察し始めた。とりあえず元気そうな点でアイリーは安心している。騎士型や特殊型は巨鎧に付けられる区分の事で、その機体の長所で分けてそう呼んでいるらしい。


「イルナは何型?」


「ご友人のおっしゃっている型式区分が理解出来ておりませんので回答出来ません」


「本当に喋るんだもんなあ。これ売れば大金になるぞ。しかし武器が鍬って……」


「しょうがないじゃん、使いやすい武器を想像したらそうなったんだし」


「武器の形状はいつでも好きなように変更出来ます」


「武器を自由に作れるのがこの巨鎧の特殊技能かあ」


 特殊技能とは巨鎧がそれぞれ一つか二つ持つ、個別の技や特技だと聞いた事がある。アイリーも巨鎧が武器を作れると聞いた事が無いので、エルータの言う通りなのだろう。


「あっ、家に帰らないとお母さんが心配してるかも」


「そうだな。色々聞きたい事や調べたい事はあるけど、とりあえずお宝を持って村に帰ろう。グリフォンの首も賞金が出るから持ってくんだぞ」


 機獣はハンターの資格が無くても頭部を持っていけば賞金は出るそうだ。なのでグリフォンの首を切り離し、光輝石はイルナに武器の代わりに網を作ってもらって詰め込んで村まで帰る事にした。アイリーはイルナに乗り、エルータもイルナの肩に座る事で行きよりずっと早く帰れそうだ。


「マスター、質問してもいいでしょうか?」


「うん、いいけど」


「この世界の事を教えて下さい。現在ワタシの知識にこの世界の事は何も入力されておりません」


「何か怪しくないか?なんでそんな事を?」


 コクピットでの会話は外にいるエルータにも聞こえるようにしていたので、さっそく口を挟んできた。


「ワタシの務めはマスターをより安全に戦わせる事です。周囲の環境、状況、その他あらゆる情報を集める事が不可欠となります」


「いいよ、何でも話すから。エルは心配し過ぎだって」


「そうかな。まあアイがいいなら好きにすればいいと思う」


「で、何が聞きたいの?」


「巨鎧とは何でしょうか?」


「イルナの事だけど、呼び方の方かな。発見した人が名付けたんだと思うけど、巨大人型機械鎧で長いから略して巨鎧ってみんな呼んでるんだよ。地下の遺跡から発掘された、多分太古の人達が作った鎧なんだと思うよ。さっきエルが言ってた兵士型とか騎士型とか魔術型とか、それぞれ得意な戦い方によってクラスが分かれてるんだって」


「なるほど、今の人間が作製したのではなく、古代の物を発掘、型式分けしたのですね」


「むしろおまえ自信が知ってるんじゃないのか?いつ、誰が自分を作って、どう呼んでいたのかとか」


「製作時の記録は何も残っておりません。ワタシが覚醒したのはマスターの叫びからで、それ以前の記録は一切ありません。機体名称はマスターには告げましたが自立補助演算機付属型機動歩兵、型番RZS-107です」


「他には無い?どういう敵を対象として作られたとか、同時に作られた他の機体の事とか」


「同型の機体が同時に作られていた可能性は高いですが、それが存在するかは分かりません。機体の目的はパイロットの生存率を最優先とし、あらゆる敵対勢力と戦える汎用性を持たせた、という事は理解しております」


「何を言ってるかよく分からないよ。それより他にも聞きたい事があるんでしょ」


「機獣とは何か教えて下さい」


「機獣は巨鎧が発見された時期と同じ位に現れた、光輝石を栄養源にしている機械の化け物のこと。機械で出来た獣だから機獣って。さっき戦ったグリフォンは大型で飛行する、強い方に分類される奴だよ。小型だとゴブリン、中型だとオーガ、大型だとジャイアントっていう人型の機獣がいるのは知ってる」


「ありがとうございます。ではマスターの村の規模、生活の事を教えて下さい」


 本当に役に立つか分からないがアイリーは村の事やどういう生活をしているかを話す。アイリーの村はエルータ以外に機械を持つ者もおらず、100年前の大異変前とあまり変わらない生活だった。もし大異変が起こらなければ他の町も似たような生活をしていただろうとアイリーは話しながら思った。質問の内容は広がり、国の事、戦争の事などに移る。


「つまり現在人間は巨鎧を使って国同士の戦争を行い、その戦争状態はまだ続いている、という事ですね」


「そう。私達の住むメロガダン王国もストルイカ帝国と戦争中。でも、姫騎士様率いる紅薔薇騎士団もいるし、きっと王国が勝つよ」


「マスターもこの国の民ですから、ワタシを使って戦争に参加されますか?」


「戦争に?それって人間同士の争いでしょ。うーん、それは嫌だなあ」


「そりゃそうだよ。そもそもアイはイルナに乗り続けるって決めた訳じゃないでしょ」


「そうだね。売れば大金になるんだし」


「現在の所有権はマスターにあります。判断は全てマスターに委ねます」


 アイリーは考える。今まで考えもしなかった力が目の前にある。それを簡単に手放していいのだろうか、と。


「村が見えて来たよ。とりあえず光輝石はあたしの家に運んで、明日町へ持っていこう」


 巨鎧が現れた事で村は少し騒動になったが、エルータが説明し、グリフォンが排除された事も周知され、とりあえず大きな問題にならずに収まったのだった。


********


 翌日、大量の光輝石とグリフォンの頭をイルナで隣町まで運び、想像以上のお金が手に入った。グリフォンの件は本当に一人で倒したのかハンターギルドに詳細に聞かれたが、アイリーは起きた事を正直に話すしかなく、最終的に半信半疑だが頭が本物だという事で賞金は出たのだった。エルータは賞金はアイリーの物だと最初は言ったが、そもそも光輝石を見つけたのもエルータのおかげだし、アイリーはイルナも手に入ったので光輝石のお金も含めて半々の取り分に落ち着いた。

 村に帰ると村人はアイリー達のグリフォン退治に浮かれていて、質問攻めに合い、イルナにも物珍しさで人が集まって、なかなか家に帰れなかった。その後アイリーが取った行動は隣町から連れてきた医者に母親を見てもらい、その間に借金を少し上乗せして全額返済した。タイメル家を出ると次男が追ってきたが、次男にははっきりと結婚の話を断ったのだった。タイメル家の人々の呆然とした顔は今までの恨みを少しだけスッキリさせてくれた。


「アイは凄い事してきたのね。それにあの大きな鎧もアイのなんでしょ」


 家に帰ると医者に診てもらい、薬を飲んで少し元気になった母が待っていた。


「まあ大体エルのおかげなんだけどね。でも病気が大したこと無くて本当に良かった」


「大丈夫って言ってたでしょ。お薬ももらったし、明日には野良仕事に戻れるわ」


「駄目駄目、まだ安静にしてなくちゃ。それにお金は借金を返してもまだたくさんあるんだし、しばらく働かなくても生活出来るって」


 事実今回手に入ったお金は借金と医者に払った金を引いても半分も減っておらず、数年働かずに二人で暮らせる額が残っていた。土地の権利書も戻ってきたし、自給自足していけば不自由なく暮らせるだろう。


「ねえ、アイは本当は何がしたいの?」


 夕食の際、母親がそう切り出した。エルータに聞かれた件もあり、色々考えもしたが、やはり結論は決まっていた。


「アイはここでお母さんと暮らせればいいかな。あ、お母さんが町で暮らしたいっていうなら、イルナを売って町で暮らすんでもいいよ」


「私の事はどうでもいいの。お母さんね、アイには苦労ばかりかけて、何もしてあげられなかったなあって。綺麗な服も読みたい本もアクセサリーも買ってあげられなかった。だから、これからはアイのしたいようにして欲しいって思ってるの」


「だから、アイはお母さんと一緒がいいって。まあいずれは結婚も考えてなくはないけど……」


「アイは本当に嘘が下手ね。でも急がなくていいから、アイのやりたいようにやってね」


「……分かった、ありがとうお母さん」


 母の優しさが嬉しく、だからこそ離れたくないとも感じる。自分が離れたら母は本当に一人になってしまう。エルータのように家族を置いて村を出るなんて決断はやっぱり出来ない。


********


 次の日、アイリーが1人で畑仕事をしていると、それは現れた。巨大な鉄の塊がアイリーの家の方へ向かってきたのだ。嫌な予感がしてアイリーは走り出す。


「イルナ!」


 アイリーは家の方に向かいつつ叫ぶ。すると家の裏にいたイルナはジャンプして家を飛び越え、アイリーの近くまで歩いてきた。


「機獣ではありません、あれは巨鎧を乗せた輸送機械です」


 機動馬車という、巨鎧を乗せて走る機械の馬車があると聞いた事がある。イルナの説明からおそらくそれで間違いないだろう。しかしなんでそんなものがうちに。と、近付いてきてその馬車の横に見覚えがある紋章が付いている事に気付く。


「聖教団の紋章?って事は教団の馬車かな」


「輸送機械の中の巨鎧は2体です。機体に乗り込んで待機しますか?」


「敵じゃないと思うから大丈夫。ただ、準備はしておいて」


 聖教団はこの世界で一番大きい宗教の団体で、王国と正式に手を結んでいる。この村は小さ過ぎて教会は無いが、隣町には教会があり、村でも信者の人はそこまで毎週お祈りに行っていた。アイリーの家もエルータの家も特に特定の神を信じている訳では無く、縁は無い筈だ。やがて機動馬車はアイリーの家の近くで止まり、馬車の前の方の扉が開き、そこから二人の人物が降りてきた。


(女性?しかも二人?)


 一人は見た事のある教団の白いローブを羽織った赤髪の少女だった。ローブの上には胸鎧を着けており、腰には剣も刺している。確か神官騎士という聖教団の巨鎧乗りがいると聞いた事がある。髪は長く毛先がロールしており、青い釣り目と整った顔は気品を感じさせた。もう一人は赤髪の少女より頭一つ小さく、子供のように見えるが、召使のような服を着ており、そこまで子供でも無い事が分かる。水色のショートヘアが目に掛かり、顔はよく見えない。態度もどこか大人し気で主人と従者という関係に感じられた。


「貴方がグリフォンを倒したアイリー・クリアロンさん?」


「あ、はい、そうですけど」


 アイリーがそう言うと赤髪の少女はアイリーを上から下まで値踏みするように見る。


「嘘を付いているのではなくて?見たところ身なりもただの農家の娘ですし、きちんとした戦闘訓練をしているようには見えませんわ。それに横の巨鎧も手足が細く、とても大型の機獣を倒せるとは思えませんし」


「嘘なんてついてません。それにイルナは本当に強いんですよ」


 自分の事を馬鹿にするのはいいが、イルナを貶されてアイリーは少しだけ憤慨した。


「分かりました。ではわたくしと模擬戦をして下さらない?もしわたくしから一本でも取れたら貴方の言っている事を信じますわ」


「なんなんですか、あなたは突然」


「ご、ごめんなさい。お嬢様は本当はいい人なんです。ただ、退治しに来たグリフォンが先に退治されてて、それを女性が1人で倒したと聞いて、お金を騙し取っているんじゃないかと疑っているだけで……」


「レン、余計な事は言わないで。それにお嬢様じゃなくてお姉さまと呼びなさいっていつも言ってるでしょ。わたくし達は姉妹で、主従関係では無いんですよ」


「申し訳ございません、リムール様」


「だから……」


「分かりました、受けて立ちましょう」


 話が終わらなそうだったのでアイリーが返答してそれを止めたのだった。このまま長居されても母親が心配するとも思ったのだ。リムールというのは赤髪の少女の名前なのだろう。


「そうですか。では騎乗して待っていて下さいな」


「ごめんなさい、少しだけ付き合って下さい」


 水色の髪の少女は頭を下げつつ機動馬車へ向かうリムールに付いて行く。


「イルナ、相手が傷付かないように手加減出来る?」


「武器の刃を加工すれば大きな傷にはならないと思います。今回の武器はどうしますか?」


「鍬だとカッコ悪いから、私の振りやすい長さの剣にしてくれるかな」


「了解しました、ではお乗り下さい」


 アイリーはハッチの開いたイルナのコクピットへと入っていく。身体が固定され、視界が開ける。見ると機動馬車の右側の部分が上に上がり、そこから1体の巨鎧が現れた。朱色の美しい巨鎧で、右手には長剣、左手には大きな盾を持ち、盾の中央に聖教団の紋章が入っている。おそらく神官型の巨鎧だ。アイリーは今まで意識してなかったが、確かにリムールが言っていた通り、神官型の巨鎧は手足が太く、ずっしりして力強そうだが、イルナの手足はそれに比べて細く、力強さは感じられない。


(でもグリフォンを押し返したし、1撃で倒せたし、あの巨鎧より強い筈!それにイルナの方がスマートで美しいし)


 大型の機獣は複数の巨鎧で狩るのが一般的で、1体で倒すのは英雄だと聞いていた。だから、その強さをアイリーは信じている。


「どちらかの武器での攻撃が相手の頭か胴体のどこかに当たれば1本とします。わたくしが5本取る前に1本でも貴方が取れれば貴方の勝ちです。多少の故障ならわたくしの神聖魔法で修理出来ますのでお互い手加減は無用です。宜しいですか?」


 朱色の巨鎧からリムールの声が聞こえる。巨鎧の機能で声外に出しているのだ。


「別に1本勝負でもいいですよ」


「わたくしは姫騎士様に次ぐ女性騎手だと自負しております。それでもそんな大口が叩けますか?」


「そっちこそイルナの事を知らないからそんな事言ってるんだと思います。1本勝負でお願いします」


 アイリーも言ったからには引けなくなっていた。


「では審判はレイネンで。合図をお願い」


「はい、それではお互い20メートル離れて下さい。

はい、そこで向かい合って。では、始め!」


 レイネンと言われた少女の合図で戦闘が始まる。アイリーの手の中には相手と同じ位の長さの剣が握られている。


「マスター、落ち着いて。ワタシの言った通りに動いて下さい」


「分かった、お願いね、イルナ」


「ではゆっくりと剣を構えつつ距離を詰めて下さい」


 相手もこちらを見定めているのか、速攻はしてこず、ゆっくりとお互いに近付いていく。


「相手は盾を持っています。狙うのは剣を持っている方の胴部分、相手の攻撃を弾いて、即座に狙って下さい。力もスピードもこちらの方が上です」


「分かった」


 出来るか分からないが、巨鎧との戦闘経験も人間相手の武器での戦いも経験が無いので、イルナを信じて動くしかない。すると突然相手の巨鎧がスピードを上げた。


「シールドでの体当たりが来ます。シールドは1本にならないので踏ん張って耐え、次に来る剣での攻撃を弾いて下さい」


「え?え?」


 イルナの言葉を理解する前に巨鎧の盾がぶつかってくる。反動で吹き飛ばされるが、イルナの中のアイリー自体に痛みも大きな衝撃も無く、ただバランスを崩された感覚だ。


「上から来ます」


 アイリーは目の前に迫る攻撃を必死に剣で防いだ。が、剣がぶつかる反応が思ったより軽い。


「フェイントです、後ろに下がって下さい」


 アイリーはとにかく状況を理解するより先にイルナの言葉に従う。すると直前までアイリーがいた場所に相手の剣が横に薙ぎ払われていた。


「わたくしの攻撃をよく避けられましたね。でもまぐれは続きませんわよ」


 相手の声に少しだけ焦りが感じられた。攻撃に自信があったのだろう。しかし焦りという意味ではアイリーの方が大きかった。下手に攻撃すれば避けられそうだし、かといって受け身でいても先ほどと同じようになりそうだからだ。


「相手の機体のパワーも速度も想定範囲内ですが、予想よりいい動きをしています。よく訓練されたパイロットです」


「イルナ、どうすればいい?」


「マスター、焦らないで下さい。相手の攻撃はよく見れば受けるか避けるか出来る筈です。まずは攻撃を考えず、攻撃に当たらない事に集中してみて下さい」


 イルナが言っているうちに相手の巨鎧は攻撃を仕掛けてきた。今度は盾ではなく、普通に剣で攻撃してくるようだ。


(よく見て、って言われても)


 見ていると朱色の巨鎧は近付きながら剣を横に振ってくるように思えた。とにかく避けなければと一歩後ろに下がる。相手の攻撃は空振りに終わり、今度は斜め上から剣を振り下ろそうとしている。それならとアイリーは剣を構えてそれを受ける。


「そうです、その調子です」


 確かにイルナに言われた通り、回避に集中すれば攻撃は受けずに済みそうだった。相手の巨鎧は必死で、攻撃の速度が上がってきているように感じる。


「相手は攻撃の精度が落ちてきています。攻撃を避けたタイミングで剣を突き出して下さい」


「やってみる」


 こちらの回避や防御もどこかで失敗するかもしれない。だったらイルナの言う通り反撃に出るしかない。相手の剣で攻撃を弾くと、相手は無理な体勢から再び剣を振り下ろした。アイリーはそれを横に逸れて避け、そのタイミングで剣を巨鎧の脇腹へと突き出す。


「まだですわ!」


 しかしギリギリのところで相手は盾を突き出してそれを弾いた。お互い一旦距離を取る。


「いい感じです。もう少し早ければ一本取れました」


「そうだね」


 アイリーにも少しだけ戦いのコツのようなものが分かってきた。やっぱりイルナ自体は強く、自分がうまく動かせればいいのだと。


「ここまでやるとは予想外でしたわ。こちらも全力で行かせてもらいます」


 リムールはそう言うと朱色の巨鎧の盾を地面に捨て、剣を両手で構えた。


「望むところです」


 アイリーも気合を入れて相手を睨む。


「相手はスピードで一気に勝負に出るつもりです。相手より速く一撃を入れて下さい」


「うん!」


 イルナの助言は頭の片隅へと入れておく。今はただ、相手を倒したいと思った。


「行きます!」


「行くよ!」


 お互い全速力で駆け寄る。そしてより速く剣を振り下ろそうとする。どちらも避けようとはせず、剣は空中でぶつかり、一旦弾き返される。


「甘いですわ!」


 が、相手の巨鎧はそれを読んでいたように即座に体勢を立て直し、剣で突きを繰り出した。


「避けて下さい」


 イルナの言葉は突きとほぼ同時だった。しかし相手の渾身の突きは当たらなかった。反射的にアイリーは突き出された剣を剣で上に弾いたのだ。相手の剣は手を離れ宙を舞い、少し離れた地面へと突き刺さった。


「勝負ありです。アイリー様の勝ちです」


「勝った?」


 アイリー自身に勝利の感覚は無かった。剣を弾けたのはまぐれだったとも思う。


「お見事です、マスター」


「やったんだ、私……」


 徐々に勝利の喜びが胸に湧き上がってくる。まぐれでも勝ちは勝ちなのだ。そして相手の巨鎧が呆然と立ち尽くしているのに気が付いた。


「巨鎧と戦ったの初めてだったけど、あなたとても強いんだね」


「……弱いですわ。巨鎧の性能差があったとしても、実戦経験のない貴方に負けたのですから……」


「お嬢様……」


 そう言われると相手にかける言葉は無い。勝利の嬉しさも消えてしまっていた。


「騒がしいと思ったらあたしを置いて何してんのよ!」


 エルータが叫びながらやって来た。彼女が沈黙を破ってくれてとてもありがたかった。

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