7.退却
山道を進んでいたアイリー達だが、イルナの能力の解放を使った為、従来の移動速度が出せず、複数の敵に囲まれてしまっていた。
「アイさんは戦闘を避けて下さい。わたし達4機で何とかします」
「アイお姉ちゃんはボクが守る」
レイネンのロガンとスーライと同化したシリミンが前に出る。
「これ位の数なら大丈夫だから任せてね」
「先程は戦闘行為をしていないのであたしもまだまだ動けるよ」
セリュツがソシアの魔法の準備をし、シームもスザフで右側へ回る。
「みんなありがとう。私も自分の身ぐらい守れるから、気にせず戦って」
そして敵の巨鎧が攻撃を開始した。
「マスター、敵は機動力の高い探索型が4機と兵士型が5機です。特筆すべき敵はいないようですが、数は倍なので注意して下さい」
「イルナもありがとう。無理させちゃってごめんね」
「いえ、ワタシはマスターが無事であればそれで十分です」
アイリーはイルナに槍を作ってもらい、なるべく敵と距離を取る戦い方をする。こういう時パワーは無いが、素早い探索型がアイリーは一番戦い辛いと感じた。スーライは敵3機を引き付けつつ戦い、ロガンも敵2機と交互に打ち合う。スザフが敵2機を引き付けて、ソシアはその敵を魔法で攻撃しつつ、他の巨鎧へも魔法を放つ。仲間の行動のおかげでアイリーの元まで近付く敵は1機の探索型だけだった。
「くっ!」
相手が短剣を高速で突いてきた為、アイリーは脇腹に攻撃を受けた。急に相手の速度が上がったと感じる。
「マスター、ダメージは大した事はありません。敵の巨鎧は特殊技能で速度を上げました。注意して下さい」
イルナに言われて気を引き締める。相手は連続して攻撃をしてきて、いくつか小さなダメージを受ける。一方、こちらの反撃は避けられてしまう。
(確かリムちゃんにこういう時の対処法を聞いたな)
アイリーは頭を働かせる。普段通りのイルナなら相手の速度が上がろうが対処出来たが、今のイルナは一般の巨鎧ぐらいの性能で、攻撃を避けるので精一杯だ。そしてアイリーは攻撃を受けながらリムールが言っていた事を思い出す。
(速度が上がっても相手はそれを使いこなすのは難しくて、攻撃が単調になるから、そこを反撃すればいい、だっけ)
アイリーは確かに相手の突きの速度は速いがそれが直線的である事に気付いた。
(だったら!)
アイリーはイルナで攻撃を避けつつ、迫ってくる敵に向けて槍の先を置くようにする。すると相手は攻撃する勢いを止められず、槍が腹の装甲に食い込んだ。アイリーは踏ん張って回避を止め、槍を逆に押し込む。敵は槍を抜く事が出来ず、そのままコクピットまで貫通したのだった。
「アイお姉ちゃん、こっちは終わったよ」
スーライの方を見ると、3機の巨鎧は爪の攻撃で残骸と化していた。スザフとソシアもソシアが魔法で敵を足止めし、スザフが短剣でコアを破壊して3機目の巨鎧を破壊し終わったところだった。
「こっちも、これで最後です!」
レイネンはロガンで兵士型の巨鎧の攻撃を躱し、胸に短剣を突き刺した。それで兵士型の巨鎧も動かなくなる。2対1の戦いでも一人で奮闘してくれたようだ。生き残りが出るとアイリー達が逃げた方向の情報が流れるので、心苦しいが生きていた敵の搭乗者にもとどめを刺す。
「イルナ、リムちゃんの反応は無い?」
「まだ反応は掴めていません。居場所が敵に知られる為、通信装置も使用していないようです」
通信装置で発信すればある程度の距離でも感知出来るのだが、それは敵にも知られる為、アイリー達も通信装置の機能は切っていた。セリュツが受けた連絡から、リムールが最後に連絡したのはナイシの町の北西の山の向こうだという事は分かっている。機動馬車は山道や森の中は移動出来ないので、リムールが向かう先は北だろうとは予想していた。だが、山道を北へ移動し、山向こうの街道沿いを山の上から何度か確認したが、今のところリムールが乗っている機動馬車は確認出来ていなかった。
「このまま山の上を北へ向かう?それとも一旦西に移動して街道に降りる?」
「街道沿いは敵に発見されやすいと考えられます。山道なら追手もすぐには来ない筈ですし、リム様も街道を外れて北へ向かっていると思います」
「あたしも山道でいいとは思うけど、追手の代わりに機獣は出て来そうね」
「皆さんのエネルギー量は大丈夫ですか?」
シームの機獣という言葉が気になり、アイリーはエネルギー量を確認する。イルナに関しては元々のエネルギー量が多いので、今は機能が落ちてはいるが、しばらくは問題ないそうだ。ロガンは透明化でそれなりにエネルギーを使用していて、予備の光輝石を使っても2日が限度だという。シリミンのスーライとザーレは同化しなければ問題無いが、戦闘はスーライがあと3時間、ザーレは山道なので魔法を使わなければ丸1日戦えるそうだ。ソシア自体は予備の光輝石で4日は動くが、搭乗者のセリュツ自身の魔力がかなり使われ、戦闘はあと2回でそれ以上はどこかで休まないと魔法が使えないという。スザフは攪乱用の煙は半日は使えないが、エネルギー自体は3日分はあるそうだ。
「残りのエネルギー量を考えると、今日中にはリムちゃんと合流したいところだね。機動馬車があれば交代して休めるし、予備の光輝石もあると思うし」
「マスター、食料や水、そしてみなさんの睡眠や休憩も考えれば、もっと急いだ方が宜しいかと」
「そうだね、他のみんなは大丈夫かな……」
アイリー達を除いて山道に逃げて来た友軍の機体はいなかった。撤退するとしても向かう先はまだ王国領の町か村になる。北には大きな町もあるが、山を越えて行くのは遠回りであり、先ほどのシームの言葉のように山には機獣も多い。北を目指す者は東の森を進んで行くだろう。あとは同時に攻略作戦をしていた部隊と合流する為に南に向かう者も多いと考えられる。どちらが敵に見つかり易いかは一概には言えない。戦闘でエネルギーが減っている機体も多いので、途中で休憩を余儀なくされる味方もいるだろう。アイリーはなるべく多くの者に生き延びて欲しいと願うのだった。
「ボク、まだ元気。ボクが先導する」
同化を解き、熊型の形態をとったザーレの上に乗ったシリミンが言う。ザーレは土の力に関連している為か、山道での動きが軽快だった。
「分かった、シンちゃん、お願い。みんなも周りに注意しつつ、北へ進もう!」
「「はい!」」
アイリー達は気を取り直して山道を進んだ。
********
「アイお姉ちゃん、ザーレが敵の気配がするって」
山道をそれなりに進み、高い山を越えて周囲の風景が森に変わった辺りでシリミンが動きを止める。
「イルナ、反応は?」
「もう少し進んだ先に微かに機獣と思われる反応があります。迂回しますか?」
「……遠回りするとリムちゃんと距離が離れると思う。機獣を倒しながら進もう」
「うん、分かった」
アイリーが少し悩んで決断すると、シリミンはスーライを呼び出して同化する。ザーレでなくスーライを選んだのは森の中での戦闘は小回りが利くスーライの方がいいと判断してだろう。
「マスター、ワタシも回復が完了し、いつも通りの戦闘が出来ます。シリミン様と二人で前に出て戦いましょう」
「そうだね。大型がいた場合は私とシンちゃんで戦うから、レンちゃん、セツさん、シームさんは援護をお願い」
「「了解」」
スーライを先頭にアイリー達は前進する。すると目視出来る範囲に機獣が姿を現したのだった。
「大型3体に中型6体、小型10体の機獣を確認しました。エネルギー残量を気にして戦うには厳しい数です」
「能力の解放は出来ないんだよね?」
「可能ですが時間も短く、今後の行動を考えると行わない方がいいでしょう」
「分かった。大型は私とシンちゃんで何とかするから、3人は中型からお願い」
「了解です、なるべく早く倒して援護します」
「魔力は少ないけど、出来る限りフォローするわ」
「あたしも頑張るよ」
レイネン達も疲れている筈だが、その言葉は心強かった。
「大型はジャイアント2体と顔が3つある更に巨大なジャイアントの亜種1体のようです。その1体が一番強敵でしょう」
「シンちゃん、一番大きいのは私がやるから、シンちゃんはジャイアント2体を任せていい?」
「うん、大丈夫」
言葉を聞いてシリミンは早速ジャイアント2体の方へスーライで走る。
「イルナ、大剣でいこう」
「分かりました」
アイリーは長く太い大剣を作ってもらい、顔が3面あるジャイアントの方へ走る。3つの顔は正面と右斜め後ろと左斜め後ろを向いており、背後に死角がない事が分かる。手にはアイリーの大剣より大きい金属のこん棒を持ち、それで叩かれたら終わりだと感じた。レイネンのロガンとシームのスザフは中型の群れに既に飛び込んでおり、セリュツはソシアから電撃の魔法を放ち中型を複数攻撃していた。
「イルナ、行くよ!」
「はい、マスター」
アイリーも気合を入れて3面ジャイアントへ突撃する。まずは剣を横に振って左足に1撃入れる。イルナと同じ太さぐらいの足はそれを受け止め、深く剣は入ったが足のフレームで止まったのを感じた。そして即座に相手の反撃が来る。剣で受けるのは不味いと思い、アイリーは急いで剣を引き抜いて右へ飛びのく。アイリーの居た場所に巨大なこん棒が振り下ろされ、その衝撃で大地が揺れる。地面には大きな窪みが出来ていた。
「相手は大振りですが、その1撃は凄まじい威力です。リーチも長いので注意して下さい」
「ありがとう、イルナ」
早く終わらせたいが、3面ジャイアントの足の傷も再生が始まっており、その固さ、再生能力の高さを思い知らされる。味方にフォローをお願いしたいが、4機とも戦闘中ですぐには無理そうだ。特に2体のジャイアントを引き付けつつ戦っているシリミンには逆にフォローが必要そうだった。
「コアの場所は分かる?」
「左胸、右胸、腹の3箇所に高エネルギーを確認しており、3個コアがあると推定出来ます」
「1撃じゃ終わらないんだ。やっぱり頭かな」
頭部を潰せば倒せる可能性が高い。問題は高さだ。イルナの倍位の高さにある頭部はジャンプすれば届くが、飛べば死角の無い敵なので叩き落されるだろう。射撃武器で目つぶししようにもあの再生力では3面潰している間に再生してしまう。一人で、相手に気付かれず、頭を攻撃する方法があればいいが……。
「マスター、回避を」
「うわっ」
イルナに言われて横に振られたこん棒を何とか避ける。考えている時間も無いようだ。
「イルナ、スーライみたいに爪を両手両足に付けられる?」
「出来ますがどうするんですか?」
「相手が大きいならそれに合わせた戦いをすれば。爪に変えて!」
アイリーは思い付きのまま行動を開始する。武器を爪に変えたアイリーはスーライのように姿勢を低くし、3面ジャイアントににじり寄る。相手はこん棒を振り上げ、それで叩き潰そうとした。アイリーは相手の動きをよく見て、ギリギリのところでこん棒を後ろに飛んで避ける。こん棒が大地に叩き付けられ、地面が揺れた。
(そこだ!!)
アイリーは駆け出した。こん棒が持ち上げられる前にこん棒の上を駆け、更に3面ジャイアントの腕の上を登る。足の爪がうまく腕に刺さり、何とか落ちずに進めた。3面ジャイアントが動きに気付いて腕を持ち上げるが、既にアイリーは頭部近くまで登っている。
(いける!)
「マスター、避けて」
イルナの言葉で3面ジャイアントの左拳が迫っている事にアイリーはようやく気付いた。
(間に合わない!)
アイリーはせめてもと腕を前に持ってきて防御の態勢を取る。しかし、拳はアイリーには届かなかった。何かが3面ジャイアントの左拳に当たり、その動きが止まったのだ。
「間に合いましたわ。まったく無茶ばかりしているんですから」
「リムちゃん!?」
森の奥から2体の巨鎧が現れ、その1体がリムールのルルトだと分かる。拳を攻撃したのは神聖魔法の衝撃波だろう。
「話は後ですわ。まずはそのジャイアントを倒してしまいましょう」
「うん!」
アイリーは姿勢が崩れたので一旦地面に降りる。リムールの存在はアイリーを勇気付けた。ルルトともう1体の薄黄色の神官型の巨鎧が3面ジャイアントに斬りかかり、相手がそちらに気を取られる。アイリーは再び3面ジャイアントに近付く。そして3面ジャイアントはルルトの方へこん棒を振り下ろした。
「今ですわ!」
ルルトを回避させつつリムールが叫ぶ。
「行くよ!!」
アイリーは再び3面ジャイアントの腕を駆け登る。今度は2体の巨鎧がそばにいるのですぐにはアイリーに拳は飛んでこない。そしてアイリーは3面ジャイアントの顔の前まで登り切った。
「トドメ!!」
両腕の爪がジャイアントの顔を切り裂いた。3面の顔は全て破壊され、頭部が粉々になった。しばらく3面ジャイアントは頭が無いまま暴れたが、頭部は再生出来ないようで、その動きは完全に止まった。
「こっちも倒した」
同じタイミングでシリミンもスーライで2体のジャイアントを破壊していた。
「リム様、ご無事で!!」
「レン、生きていてくれて良かったですわ」
レイネン達も戦闘が終わり、アイリー達の元へとやって来る。
「この辺りは機獣が多いです。長居は無用ですのでまずは機動馬車へ」
「えーと、ケミツさん?」
「はい、以前お会いしました、神官騎士のケミツ・ドワントです。今はシュワイア様の護衛の為に同行しております」
薄黄色の巨鎧に乗っていたのは以前会ったリムールの同僚のケミツだと分かった。
「ケミツさん、その呼び方は…。いえ、そうですわね、まずは機動馬車に戻りましょう」
「ちょっとだけ待って、この機獣は珍しいし、コアが生きて残ってる。時間はかからないからレンちゃん、シームさん、手伝って」
「はい」
セリュツは倒した3面ジャイアントの胸の装甲を取り外して中のコアを取り出し始めた。
「セツさん、今やらないとダメですの?」
「今後役に立つかもしれないわ。数分ならいいでしょ?」
「分かった、私が見張ってるからなるべく早くね」
正直アイリーも今やる必要性を感じなかったが、セリュツの言う事が正しい事もあると思い、止める事はしなかった。
「リムちゃんはどうして森の中を?」
「アイさん達の事ですから、こちらと合流しようとすると思いましたの。それで、なるべく山沿いを行きましたが、機動馬車が進めるのは森の前まででしたので、機動馬車を隠し、それから付近をケミツさんと捜索していたのですわ」
「私は危険ですし、先に進むべきだと忠告したのですが、結果はシュワイア様のお考え通りでした。やはりシュワイア様の洞察力には敵いません」
「そんな事ありませんわ。ただ、アイさん達が心配だっただけですの」
「とにかくありがとうね、リムちゃん、ケミツさん」
来てくれた事で助かったのは事実なので、二人にお礼を言う。しばらくして、ソシアが3つのコアを取り出したので、アイリー達はリムールの機動馬車まで移動した。
********
無事にリムールの機動馬車に辿り着いたアイリー達は巨鎧を機動馬車に格納し、白嵐騎士団の有事の際の合流地点と決めていた、北の町、ナイツメへ向かって移動を開始した。巨鎧での移動に比べて機動馬車での移動は道が限られ、敵に見つかり易いが、それでも巨鎧のエネルギーを温存し、搭乗者も休める事を考えれば利点は多かった。
「5人が無事で何よりでしたが、他の方はどうしましたの?」
機動馬車の休憩室でアイリー達はようやく一休み出来、リムールと情報のすり合わせを始めた。機動馬車の運転は聖教団のケミツが引き受けてくれており、イルナも敵の接近に注意してくれているので、しばらくは大丈夫だろう。
「他の白嵐騎士団のみんなは潜入組だった4人を脱出させる為に残って戦ってくれたんだ。でも、みんな強いし、別ルートから撤退して無事だと思う」
アイリーは自分が信じる為にもそう言葉にした。
「そうでしたか。わたくしが参加出来ていれば、ルルトの力でもっとうまく撤退出来たかもしれませんわね」
「リムちゃんに責任は無いよ。それに、王都と連絡がつかなくなった時点で撤退していればもっと被害は少なかったかもしれない。それこそ私の責任だよ」
「アイちゃんはやる事をやったと思うわ。連絡がつかなくなった時に撤退しても砦が放棄されたなら挟み撃ちになったかもしれない。どっちが正しかったかなんて分からないわよ」
「そうです。きちんと情報を整理して、その場その場で正しい判断をしていたとわたしも思います」
セリュツとレイネンの言葉を聞き、アイリーは少しだけ心が軽くなる。
「二人ともありがとう。そうだね、過去の事で悩んでもしょうがないよね。リムちゃん、王都の事を聞かせて欲しい」
「そうですわね。アイさん達がナイシの町への最終攻撃を始める前に王都付近に敵の部隊が確認されましたの。それでも数はそこまで多くないようで、王都防衛の部隊で十分防げる予定でしたわ。しかし、アイさん達が最終攻撃を始めた頃に巫女様が王城が敵の手に落ちる予言をしましたの。それを受けて王族など一部の者が目立たないように脱出を始めましたわ。その時には各作戦の司令官に連絡が付かなくなり、グストさんがそれぞれに直接連絡するよう準備したのですわ。
わたくしは機動馬車を持っていたのでガダルザン砦とナイシの町攻略部隊へ連絡する役目を名乗り出たんですの。ちょうど王都の教団施設に戻っていたケミツさんも同行してくれる事になり、敵の総攻撃が始まる前に何とか王都を出る事が出来ましたの。その後王都がどうなったかはわたくしにも分かりませんわ」
リムールが王都であった事を説明してくれる。どういう戦いがあったのかは分からないが、帝国皇帝の発表のタイミングが正しいと考えると、かなりの早さで攻め込んで城まで落としたと考えられる。
「リムちゃんのご両親はどうしたの?町を脱出出来た?」
「混乱を抑える事と敵に知られない為に、巫女様の予言の話は限られた者にしか伝えられてないのですわ。わたくしはグストさんの手伝いをしていたので運良く知る事が出来ましたが。ですので、わたくしの家を含めて、貴族も市民も事前には何も知らされず、王都に残っていると思いますわ」
リムールの悲しい表情を見て、アイリーはしまったと後悔した。リムールにしてみればアイリー達への連絡に行かず、知り合いだけでも王都から逃がす事も出来た筈なのだ。
「ごめん、リムちゃんの気持ちも考えなくて」
「気にしないで下さい。そもそも本来はわたくしも戦場に立っているべきでしたもの。こうして皆さんが生きて戦いから逃げ延びられた事がわたくしの喜びですわ」
「大事でしたのにリム様やシュワイア家の為に何も出来ず、本当に申し訳ございません」
「レンも気にしないで。あのお父様達ですよ、帝国が攻め入ろうが簡単にやられたりしませんわ。実際、大貴族という立場は敵に占領されても有効だと思います。もちろんそれがいい事だとは思いませんが。
そうでした、これをアイさんに渡してと預かってきたのですわ。グストさんからの密書です」
リムールが無理に明るい表情にして密書を取り出す。それをアイリーは受け取った。封を破る前に少しだけ考える。
「みんな、ちょっとだけ聞いて欲しい。イルナやエルが言ってたんだけど、もしグストさんが最初から帝国の差し金だった場合、王都が落ちるのも計画通りだった可能性がある。私はそんな事は信じたくないけど、みんなの考えを聞かせて欲しい」
アイリーは実際に王都が落ちた事で、その疑念が深まってしまっていた。それを考えるとこの密書の内容はアイリー達を罠に嵌める為の物である可能性が高くなる。
「わたくしは人柄としてはグストさんは嫌いですわ。態度も悪いですし。それでも、各作戦の為に必死に働いている姿は本当だったように思えます。何より巫女ルルン様が信用しているので、わたくしは帝国の手の者だとは思いませんわ」
「わたしも巫女様の事を考えると、信用していいと思います」
「ボク?うーん、分からない。ただ、会議の席で悪意は感じなかった」
リムールとレイネンは信用し、シリミンは判断出来ないが、悪人ではないという回答だった。
「自分は、信用までは出来ないかな。ただ、ここまでやって裏切り者だったら凄い役者だと思うけど、そんな人には見えないわ。だから、疑ってかかるのはいいけど、決めつけるのは駄目だと思うわ」
「あたしは個人的には裏切り者の線もあると思う。でも、王国の騎士団の一員としては信用する。巫女様や王様が選んだ人ですからね」
セリュツもシームも疑いはあるものの、裏切り者とは判断出来ない、といった回答だった。みんなの話を聞いてアイリーもようやく自分の気持ちが整理出来た。
「分かった。じゃあ、それを踏まえて密書を読んでみるね」
アイリーは密書を開封し、中身を読んでみた。
密書の要点は3つあった。一つは王都がここまで攻め込まれた理由だった。理由としては内部に情報を漏洩する裏切り者がいる為、と書いてあった。今後作戦は信頼出来る人物とのみ相談し、作戦内容も直前まで秘密にするようにという事が書かれていた。
二つ目は今後の対応へのアドバイスだった。まずは分散した部隊を集める事、次に王都奪還の為に王都付近の町に集めた部隊を送る事、最後にアイリーは絶対に生き延びる事と書いてあった。
三つ目は断定出来ないが、帝国が邪教団と手を組んでいる可能性が高いと書いてあった。邪教団が持つ情報を買い、邪教団の魔法の力を利用しているのではないかと。
「密書にはなんて書かれていましたの?」
全部を読み終わったアイリーにリムールが尋ねる。アイリーが気になるのは裏切り者の事だった。グストが裏切っておらず、他に裏切り者がいた場合、この中にもいる可能性があるかどうかだ。アイリーは元々旅をしていた4人はそうでない事を確信していた。そして残りはここに居るシームと運転席のケミツだ。シームは作戦で危険な任務をこなし、機体を中破していた。他にも偵察やこの間の潜入部隊にも入っており、その危険は高かった。何より紅薔薇騎士団に入っていたので裏切り者とは考え辛い。ケミツに関しては保留だが、聖教団である以上、邪教団と繋がりがありそうな帝国に寝返る可能性は低いだろう。アイリーはここに居る者は信頼出来るとし、密書の内容を簡潔に説明した。
「自分達にそこまで言っちゃっていいの?邪教団の件は自分も怪しいと思ってはいたけれど」
内容を聞いてセリュツが反応する。
「うん、ここに居る人に裏切り者はいないって確信してるから。それで疑心暗鬼になったら、それこそグストさんが裏切り者だった場合の策略にハマってる事になるし」
「そうですわね。わたくしも皆さんがそうでないと思いますわ。まあ、いざとなれば神聖魔法の虚偽確認の魔法をケミツさんに頼んでもらいますけど」
神聖魔法であれば裏切り者を見つける事も可能なのだろう。そう考えれば、グストも軍師になった時点で魔法で確認されている可能性は高い。軍師になった後で裏切ったなら話は別だが。
「とにかく、敵がいない今の間に休もう。次の戦いがいつ始まるか分からないし」
アイリーはそう言い、話を打ち切る。機動馬車の運転も交代制にして休む事にした。
「イルナはどう思う?」
アイリーは休む前にイルナに乗り込み、聞いた話や密書の件を説明する。動かさなければイルナの中でも十分くつろげ、ある意味アイリーはリラックス出来ていた。
「王都の状態がどうなっているか不明ですし、手紙の内容だけで判断は出来ません。しかし、グスト様がリムール様に連絡を頼まなければマスター達の危険は増しており、もっと被害は増えていたでしょう。そういった意味でグスト様への疑いはワタシとしては軽くなりました」
「そうなんだ。なら少しだけ安心出来たかな。王都が落ちて、リムちゃんの家の事とか心配はあるけど、王様達が無事なら、グストさんが何か考えてくれて、どうにかなると思うし」
「その点についてはワタシは楽観視出来ないと考えています。グスト様の戦略は優れていますが、帝国はその点も含めて対策しているようにも見えます。グスト様の力だけに頼らず、王国全体として戦う方法も考えるべきだとワタシはここまでの戦いを見て結論付けました」
イルナはアイリーから見ても色々と学習しているように思えた。
「イルナが軍師をやればいいんじゃないかな?」
「いえ、ワタシは命令を受け、それに答えるのが役目です。大量の部隊を操る方法に長けているわけでもありません。ただ、マスターが考えた作戦に対しての相談に乗る事は出来ます」
「アイが考えるの?それこそ無理だよ。でも、みんなの意見を聞いて、考えるのはいいかもしれないね」
「作戦もそうですが、戦いで重要なのは味方の士気でもあります。マスターは今までの戦いでその力を発揮出来ていたと思います。今後もその姿勢を貫かれるのがよろしいかと」
「そうかなあ。イルナも買い被ってないかなあ」
そう言いつつも、自分のやってきた事を褒められるのは嬉しかった。
「マスター、少しは休んで下さい。今後も戦いは続くと思いますので」
「うん、ありがとう、イルナ。色々無理させてごめんね」
「ワタシはマスターの役に立てるのであればそれで十分です」
アイリーはイルナに感謝しつつイルナから降りた。するとそこにはリムールが待っていた。
「アイさん……」
「リムちゃん!ありがとうね、連絡しに来てくれて」
「それはいいんですの。
ごめんなさい。出発前に変な事をして。
やっぱり迷惑だったですよね……」
アイリーはリムールが言っているのがキスの事だと気付く。リムールには悪いが、戦いが続き、その事は頭の隅に追いやっていた。
「ううん、迷惑なんかじゃないよ。あれね、レンちゃんも見てたんだって。アイの事励ましてくれたんだよね?だからこうやって無事生きて帰って来れたんだよ」
「レンが?そうですか。後でレンにも話をしないと。
やっぱりわたくしの自分勝手でした。戦争の最中だというのに、色んな人を混乱させて。あの事はもう忘れて下さいな」
リムールの顔はとても辛そうだった。アイリーはそれを見て胸が苦しくなる。
「リムちゃん、そんな顔しないで」
アイリーは自然とリムールに近付き、その身体を抱き締めていた。お互い鎧は着ていないのでその柔らかさが直に感じられた。
「アイさん?」
アイリーはリムールの顔が息が届くほど間近にある事に気付く。急いで身体を離そうと思ったが、リムールの手もアイリーの腰に回っていた。お互い硬直し、少しだけ時間が止まったように感じる。
「マスター、お取込み中すみません、敵の反応です。機動馬車を止めて下さい」
「え、イルナ!?」
イルナから声が聞こえて二人は一気に離れる。そして頭を切り替え行動に移る。アイリーは急いで機動馬車を止め、周囲の状況を確認するのだった。




