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1.アイリーとイルナ

「よし、今日はここまで」


 野良仕事の区切りがついたのでアイリーはようやく手を休めた。草原に腰を下ろし、水筒の水で喉を潤す。母親が数日前から体調を崩したので今は一人で畑仕事をしていた。まだ17歳の少女だが、子供の頃から畑仕事は手伝っているので代わりは十分果たせている。今日はこの後、地主に今月分の返済金持っていく用事があった。


(一生こんな生活なのかなあ・・・)


 晴れた空を見上げながらアイリーは考える。アイリーの住むカンキ村はメロガダン王国内の村ではあるのだが、国の中では一際貧しい村だった。大きな店や酒場などは無く、村人の大半が農業での自給自足で暮らしていた。学校も教会も無く、アイリーは親友のエルータが道具屋の娘だったので辛うじて文字を覚える機会があった。エルータの家で見せてもらった本に載っていた都会の話は小さな頃のアイリーの心を躍らせた。


(巨大な機獣きじゅうを倒す勇者の乗る巨鎧きょがい、お姫様のいるお城、神秘の魔法都市。本当にそんなものがあるのかなあ)


 知識としては知っていても、見た事の無いものは信じられない。小型の機獣は見た事あるし、巨鎧を見かけた事もある。でも、それ以上の想像は難しい。隣町までは行った事があっても、そこもカンキ村に比べては都会でも、寂れた町なのには変わらない。アイリーの中に村を出たいという気持ちが燻ぶっていた。


(エルータはミラカーンの町まで行ったんだよなあ。村をいずれ出るって言ってたし、あの子なら有言実行しそうだな。って、あんまり道草食ってても駄目だ)


 アイリーは気を取り直して家まで戻るのだった。


********


「ただいま」


「おかえりなさい」


 戸を開けるとアイリーの母は家の掃除をしていた。


「お母さん寝てないとダメって言ったでしょ!」


「でも体を動かさないともどかしくて。

ゴホッ、ゴホッ」


「ほら、言った傍から。しばらくはアイが家事全般もやるって言ってるでしょ。ほら、寝てて」


 アイリーは母の手を引っ張って寝室の窓側にあるベッドまで連れていく。リビングと寝室しかない平屋の小さな家だがアイリーと母の二人暮らしには十分な広さだった。母がベッドに寝た事でようやくアイリーは安心する。本当は医者に見せたいのだが、村に医者はおらず、隣町から連れてくるにもお金がかかり、今の家の所持金では厳しいものがあった。


「支払いも私が行こうと思ってたんだけどねえ。タンスの一番上に今月分のお金の入った袋があるから、タイメルさんの所に持って行ってね」


「支払いはアイがいつもしてるんだから大丈夫だって」


 タイメル家は村一番の地主でこんな辺境でもそれなりの生活をしている。今の当主は特に強欲で金にものを言わせて村では嫌われていたが、殆どの家が土地かお金を借りているので頭が上がらない。それに好色で母親をそういう目で見ている事もアイリーは分かっていて、支払いは出来るだけアイリーが行く事にしてたのだった。


「それじゃあ行ってくるね」


「ああ、頼んだよ。晩御飯の支度は出来てるから午後は好きにして大丈夫だからね」


(お父さんが生きてればなあ)


 タイメル家へ向かいながらそんな事を考える。アイリーは父親の顔を殆ど覚えていない。アイリーが3歳ぐらいの時に戦争に駆り出され、帰って来なかった。国からお金は貰ったが、それも貧しい農家の暮らしで使い切り、5年前の大飢饉で領主への支払いが出来なくなり、土地を担保にタイメル家からお金を借りる事で何とか生き延びたのだ。そこから毎月返済はしているが、利子が高く、全額返済の目途も立たず、苦しい暮らしは続くのだった。


********


「それでは失礼いたします」


「よう」


 支払いを終わってタイメル家を出ると、そこには太った青年が立っていた。タイメル家の次男だ。


「なんか用?」


「例の話はどうかと思ってな。お前は口は悪いけど、顔と身体だけはいいから貰ってやろうって言ってるんだぜ」


 アイリーはこの男が大嫌いだった。いや、村にいる少ない若者達でもこいつを好きな奴なんていないだろう。頭も悪く、力も弱く、太っていて醜い。長男は家を継ぐ為にそれなりに勉強をしているようだが次男は自由にさせているようで、地主の子だという事で威張り散らし、立場の弱い家の子を子分のようにしていた。数ヶ月前、結婚すれば借金も帳消しに出来ると言い寄ってきたのだ。アイリーにその気は勿論無いが、立場上はっきりと断れずにいた。


「今お母さんが病気で忙しいから、その事はちょっと考えられない……」


「俺が医者を呼んでやってもいいんだぜ」


「大丈夫です。忙しいのでそれじゃ」


 アイリーは下卑た視線を避けるようにそそくさとその場を離れた。子供の頃は借金も無かったので弱い者いじめをしている次男にアイリーが殴りかかったりしていたのだが、今は立場が逆転していた。腕力なら野良仕事しているアイリーの方が今も強いだろう。


「苦々しい顔してどうしたの?」


「エル!」


 帰り道で声をかけてきたのは親友のエルータだった。アイリーはさっそく先ほどの不快な出来事を早口で話す。


「まあ、アイは村一番の美人だし、胸だってあたしみたいに小さくないもんね。でもあいつに惚れられてるなんてゾッとする」


「えー、エルだって十分美人だと思うけどなあ。眼鏡だってかけない方がいいんじゃない?」


「まあ目が悪い訳じゃないけど、これは発掘品で高性能なんだって。あたしは見た目よりお宝が気になるの」


 親友で幼馴染のエルータは道具屋の一人娘で、頭も良く行動的だ。アイリーとは同い年で今はこの前誕生日が来たアイリーが17で一つ上ではある。小さい頃は危険も顧みず二人で村の周りを探検したりしていた。やがてエルータはお金や物に固執するようになり、特に発掘品の機械をお金を貯めたら買い集めている。


(本当に美人なのに)


 アイリーはエルータをじっと見る。身長はやや高めのアイリーに比べて小さく、子供のようにも見えるが、肩まで伸ばした薄緑の髪と少し釣り目の同じく薄緑の瞳は十分美人で、眼鏡はその顔を知的に見せていた。一方アイリーは少し丸い顔とやや大きめな薄茶の瞳が子供っぽく見えないかと気にしていた。同じく子供っぽく見える要因のポニーテールの茶色の長髪は、野良仕事には邪魔なので切りたかったのだが母親が勿体ないというので切れずにいる。


「それより聞いて聞いて。昨日の夜、あたし見たんだ!」


「何を?」


「流れ星!!裏山辺りに落ちるのを。ねえ、見に行かない?もしかしたら光輝石が見つかるかもしれないし」


 流れ星は大災害の原因となった悪しきものの一方、その下から遺跡が見つかったり光輝石が見つかったりする宝の地図のような存在になっていた。実際に落ちた場所をアイリー達は見た事が無く、アイリーにも興味はあった。


「でも光輝石があったら機獣も寄って来るんじゃない?巨鎧も無いのに発掘なんて危険だと思う」


 機獣とは巨鎧と同時に遺跡から沸いたと思われる機械の怪物だ。光輝石を栄養源とするので光輝石を求めて人々を襲ったりもする。巨鎧は戦争の兵器とは別に機獣に対する武器としても活躍していた。だから流れ星の跡や遺跡を調査する事は危険を伴い、本来は巨鎧を持ったハンター達が一攫千金を求めて行っている。


「この辺りで見かけるのは小型のゴブリンやウルフぐらいでしょ。あたしはこの間買った機械式のボーガンがあるし、それ位なら何とでもなるって」


「でも大型のグリフォンが山奥で出て、今は賞金がかかってるって聞いたよ」


「東の方だって聞いてるし、大丈夫だって。お母さん病気なんでしょ。少しでも光輝石が見つかれば医者にだって見せられるんだよ」


 その言葉でアイリーの心は揺らぐ。本来大型の機獣が出た場合、国から騎士団が派遣され、退治される流れだった。しかし今は隣国と戦争状態であり騎士団が手一杯の為、ハンターに賞金を出して退治させて対応していた。ここは辺境の村なのでハンターはいないし、わざわざ出向く者もおらず、放置されている状況だった。


「うーー。分かった、行くよ。ただし、危なそうだったらすぐ引き返すよ」


「もちろん。命はお金より大事だからね。この眼鏡は高性能だから大型の機獣の反応があったら分かるし、安心して」


「あんまり機械に頼るのもなあ。で、何か準備してくる物は?」


「水と携帯食と何か武器になる物を持ってきて」


「分かった、準備出来たらエルの家に行くから」


「了解、待ってるね」


 不安はあるもののアイリーも本来の好奇心は抑えられない。今からだと夕飯には遅れそうだし母親には用事が出来たから先に食べておいてもらおう、などと考えていた。


********


「で、それは何?」


「何って鍬だよ。知ってるでしょ」


「もちろん知ってるよ。あたしは武器になる物を持ってきてって言ったつもりなんだけど」


「鎌だとリーチが短いし、あんまり使い慣れてないから。一番手に馴染んでて、武器になりそうだったのが鍬だったんだ。これ結構しっかり出来てて、石ぐらいなら割れるし、小型の機獣相手なら十分だと思うよ」


 一旦家に帰って準備をしてきたアイリーだが、エルータは納得してなさそうだ。とは言ってもアイリーの家にはちゃんとした武器など無く、料理用のナイフより鍬の方が機獣相手の武器になるのは確かだった。服装は結局野良仕事で使っているズボンとシャツのままで、エルータも似たような恰好だった。鎧のような防具もお互い持って無いし、しょうがない。


「分かった。まあ、元々機獣の相手はあたしがやるつもりだったし、アイリーは荷物運びをしてもらえればいいか」


 そう言ってエルータは手に持った機械式ボーガンを見せる。小柄なエルータに対してボーガンは大きく、不釣り合いに見えた。


「本当に敵に当てられるの、それ?」


「もちろん。練習はしたし、飛んでる鳥も撃ち落とせた。まあ、機獣の相手をした事は無いんだけど」


 その言葉にアイリーは少しだけ不安になってくる。が、ここまで来てやっぱりやめにするのも嫌だった。機獣に出会うとは限らないし、難しそうなら逃げればいいと考える。


「じゃあ出発しよう。流れ星が落ちた辺りに着く頃には日が落ちてるかもしれない。灯りは持ってきたから、帰りは大丈夫だと思うけど」


「なるべく急いで行こう」


 家には病気の母親を置いてきているので、あまり遅く帰るのは嫌だった。


「もしさ、大量の光輝石が取れたら、村を出ない?」


 しばらく移動していると、エルータがそんな話をしてきた。


「村を?エルは出たいっていつも言ってるけど、アイはお母さんもいるし、無理かな」


 なるべく考えずに答えを返す。


「お母さんがしばらく働かなくても暮らせる位お金が入ったらどう?借金も全部返せて、お医者さんにも見てもらって、全快したら」


 アイリーにも村を出たい気持ちはあるが、父を亡くし、母一人を置いて出ていくイメージが沸かない。


「村を出たとして、どうするの?都会で働くの?」


「まだ決めてないけどさ、あたしとアイの二人でなら何でも出来る気がするんだ。あたしはお金を稼ぎたいし、色んな未知の機械を探したい。アイにだってそういうのあったでしょ」


「そりゃお城も見てみたいし、本当の巨鎧の戦いも見たいと思った事はあるよ。でも、それは本の中の話で、アイには無縁の事だから」


 アイリーは昔から自分の事をアイと言っていて、この歳になっても母親やエルータと話す時は私ではなく無意識にアイと言ってしまう。直そうと思う癖なのだが、いまだに抜けていない。


「まあ、お金があれば色々選択肢は増える。こんな村じゃなくて、お母さんと一緒に町に移住して、そこで暮らすのだって出来るんだ。アイももう17になったんだし、やりたい事をやってみたらどうかな」


「うん……。まあ光輝石があるとは限らないし、何となく考えとくよ」


 そうは言ったものの、アイリーの頭の中にはエルータにも話した事が無い、自分だけの想いがあった。戦争で父を亡くし、飢饉で土地の権利も奪われ、母親は不幸になった。この世界には不幸な人が多くいる。その理不尽がアイリーは嫌いだった。それを無くしたい、そういう人達を助ける力になりたい。そんな漠然とした考えが心の中にはある。しかしアイリーにはそれを行う力も知識も自由も無かった。だから、村を出る、という事を考えるのは止めたのだ。


********


「随分暗くなっちゃったね。本当にこの辺なの?」


 村を出てから数時間が経ち、初夏で日が長くなったといっても既に日は沈みかけていた。周りは所々木が生えた草原だが、今のところ流星が落ちた形跡は見つかっていない。


「方角は合ってると思うんだけどなあ。落ちてくのを見ただけだから、正確にどこに落ちたかまでは分からないし。かといって急がないと他に探しに来る人や機獣も集まるしなあ」


「分かった、もう少し探そう」


 そう言って数十分後、丘の向こうに明らかに自然に出来たとは思えない窪みが見えてきた。


「あれだ、微かにだけど光輝石の反応もある!」


「焦らないで。機獣がいるかもしれないし、ゆっくり近付こうよ」


 エルータの眼鏡の機能は詳しくは知らないが、光輝石や機獣を捉えられるとは聞いている。ここはエルータの眼鏡を頼るのが一番だろう。


「機獣の反応が複数ある。まだこちらには気付いて無いだろうから、あそこの岩陰から覗こう」


「うん」


 二人して岩陰に移動し、窪みの方を覗き込む。そこには直径20メートルほどの地面をえぐった穴が開いていて、その中心地辺りに数十体の機獣と、沢山の薄っすら光る石、光輝石が見えた。機獣は光輝石を飲み込んで栄養補給しているようだ。


「どうする?あの数はさすがにまずいんじゃない?」


「いやいや、あの数の光輝石があれば、かなりの大金になる。それに敵は小型のゴブリンとウルフだけ。こっちには秘密兵器もあるし、大丈夫。アイは鍬であたしが撃ち漏らした敵を殴ってくれるだけでいい」


「信じていいんだよね?」


「ああ、任せて」


 こうなったエルータは止められないし、ここは覚悟を決めるしかない。エルータに続いてアイリーは窪みの上に立った。


「そのお宝はあたしんだ。そこから離れろ!」


 機獣に言葉が通じるとは思えないが、エルータは声を上げて注意を引く。すると機獣達はこちらに気付き、食事の邪魔をするものを排除する為に動き始めた。先に寄ってくるのは4つ足の狼のような姿のウルフだ。全身は金属で鈍く光り、関節部以外は装甲で覆われている。スピードがあり、その牙と爪は脅威だが、知能は低く、集団で連携する事も無いので、冷静に対処すれば人間でも退治出来る。


「行くよ」


「うん」


 エルータは機械式のボーガンを構え、ウルフに向かって矢を放ち始める。眼鏡の力か、エルータの射撃の才能かは分からないが、寄ってくるウルフの頭に矢が刺さり、次々と倒れていく。それでも数が多い為、数匹に1匹ずつぐらい矢の隙間からこちらまで登ってくるウルフが出てきた。


「てやー!!」


 アイリーは気合を入れて鍬をウルフに振り下ろす。相手は窪みを上ってきているので、地の利はこちらにあり、思ったよりすんなりとウルフに当たった。鍬の刃はウルフの首に刺さり、頭と胴体が分かれ、窪みの下へと転がっていった。


「その調子、どんどん行こう」


「だね」


 やがてウルフ達は敵わないと感じたのか、散り散りに逆方向へ逃げていった。で、その後ろから来たのはゴブリンだ。背丈は人の子供程度だが、力は人間以上で、殴ったり、棒で叩かれれば人間でも重傷を負う。一方全身金属なので動きは遅く、走って逃げれば逃げられる。


「ゴブリンは鍬だと倒すのが大変だから、押し出してこちらに近付けないようにして」


「分かった」


 そう言いながらエルータはボーガンで同じようにゴブリンを撃つ。胸の中心にあるコアか、頭の中心に当たればゴブリンは倒れるが、それ以外に当たった場合は少し怯んでから再びこちらに寄ってくる。動きもウルフほど直線的ではなく、持っている棒や板で矢を防ぐ事もするのでウルフのように掃討は出来ないみたいだ。


「どうするの?」


 アイリーは上がってきたゴブリンを鍬で押し返すぐらいしか出来ず、そろそろ数が増えてきて限界を感じていた。


「あたしが合図したら後ろに走って。3、2、1、今!!」


 言われてアイリーとエルータは全速力でさっきの岩の方まで走り出す。ゴブリンもそれを追ってこようとしたが……。


『ドーーーーンッ!!』


 アイリー達の背後で爆発音がし、その衝撃を背中に感じる。


「何したの?」


「ちょっと高かったけど、いざという時の為に火薬を買ったんだ。まあ下の光輝石があれば安いもんだけどね」


 戻ってまだ生きていた数匹のゴブリンに止めを刺し、機獣は辺りからいなくなった。


「日が暮れちゃったね。って、綺麗……」


 アイリーは窪みの下にある無数の光輝石が夜の闇に輝くのを目にして声を挙げた。一つの大きさはまちまちだが、大体が手の平に乗る位のサイズで、それ自体が輝き、目を凝らすと不思議な紋様が石の表面に書いてある。


「夜になると光って見えるんだよ。ただ、その分、他の人間や機獣にも見つかり易くなるんだけど」


「これって流星に入ってたのかな。それとも地面にあったのかな?」


「まだはっきりと分かってないって。あたしとしては流星に入ってたって方がロマンチックだとは思う」


 空からの贈り物、というと本当に天の恵みのように感じる。アイリーとエルータは窪みの一番下まで降り、光輝石をエルータが持ってきた袋に詰め始めた。


「機獣はあたしの眼鏡と同じく光輝石を見つける機能があるんだ。だけど、この袋に入れればその反応を消す事が出来る」


 エルータの持ってきた袋はこれも町で買った、光輝石を機獣から隠せる袋らしい。帰りに襲われない事を考えれば確かに重要だな、とアイリーは思った。


「この量全部持ってくつもり?なんか入れても入れても地面が見えてこないよ」


「うーん、全部持って行きたいけど、袋に入る量も、あたし達が持てる量も限りがあるし、今日は持てるだけ持って、土を被せて明日また来よう」


 エルータに諦める、という選択肢は無いようだ。まあこれだけあれば医者も呼べるし、もしかしたら借金も全額返せるかもしれない。そう考えるとエルータに同意するしかない。


「アイ、ごめん。今すぐ全部置いて逃げて……」


「え?なに?」


「眼鏡に大型の反応が……」


 とエルータが言っているうちに、アイリーにもその異様な存在が感じられた。闇夜の中、星を横切る大きな影。空を飛ぶ機獣、グリフォン。それは物凄い速さでこちらに近付いてきていた。


「早く!!!!」


 エルータは叫びながらボーガンを構え、空に向かって放つ。が、グリフォンは怯まずそのままこちらに向かってきた。ボーガンの矢はグリフォンに当たるが弾かれていた。空を飛ぶ為の大きな翼と4本の太い脚、嘴を備えた顔、全てが金属で出来ていて分厚い装甲に覆われているからだ。


(どうしよう)


 アイリーは身動きが取れない。逃げる、という行為はしたくない。逃げたい気持ちはあるが、エルータを置いていくなんて出来ない。かといって武器は鍬だけだ。あんな大きな機獣に効くわけがない。エルータは敵が怯まない事を理解し、アイリーが逃げやすいようにと考えてか村と反対の方向へ走り出す。グリフォンは矢を放った相手を追って、そちらに方向転換した。このままだとグリフォンがエルータを襲うまで数秒だろう。


(駄目だ!)


 自然と身体が動いていた。鍬をもってエルータに迫るグリフォンへ向かう。グリフォンは右足を上げ、今にもエルータに振り下ろそうとしていた。


「たああああああああ!」


 何とかしないとと鍬を思いっきり振り下ろす。鍬はグリフォンの金属の翼に当たり、弾かれ、空を舞う。アイリーはその反動で後ろに飛ばされ倒れた。ただ、そのおかげか、エルータ自体にグリフォンの攻撃は当たらず、近くの地面がえぐれ、エルータも反動で宙を舞って地面へと叩き付けられた。


(どうしよう)


 武器は無くなり、グリフォンは攻撃を邪魔された事に怒ってか、こちらに向きを変えた。エルータがターゲットじゃなくなったのは嬉しいが、このままでは二人とも殺されるのを待つだけだ。グリフォンは地上に降り立ちゆっくりこちらに進んでくる。アイリーは身体が動かず、後ずさりすら出来ない。


「助けてーーーー!!」


 アイリーが最後に出来たのは叫んで助けを呼ぶ事だけだった。周りに誰もおらず、助けなど無いと理解していても、足掻かずにはいられなかったのだ。声に反応してグリフォンは逆に興奮し、速度を上げてこちらに迫ってきた。全長10メートルはありそうなその巨体は簡単にアイリーなど踏み潰せるだろう。


(神様!)


 叫びは言葉にならず、最後は祈るだけだ。目を瞑るアイリー、しかし、グリフォンからの攻撃は来なかった。


「救援要請を確認致しました。対象の生命維持を最優先とします」


 目の前から若い女性の声が聞こえる。が、どこか無機質な印象を受けた。ゆっくりと目を開く。するとそこにはグリフォンの肩を掴み、受け止める、白い機械の巨人が立っていた。


(巨鎧?いつの間に?)


 疑問は尽きないが、助けられた事は確かだ。


「どこの誰かは存じませんが、ありがとうございます」


 とにかくお礼の言葉を言う。


「礼には及びません、まだ脅威は排除されておりませんので。ワタシには敵を破壊する権限が無く、攻撃を防ぐ事しか出来ません。排除するにはあなたの力が必要です」


「私の?どうすればいいの?」


「ワタシに乗って下さい」


「乗るって、私が動かすって事?」


「そうです、ワタシはまだ無人状態です。一時的に敵を縛りますので、その間に搭乗して下さい」


 その巨鎧の女性はそう言って腕からワイヤーのような物を飛ばし、グリフォンを左右からバッテンの形に地面に縛り付けた。


「でも私巨鎧を動かした事なんて……」


「その為に補助機能のワタシが存在しております。動作補助、レクチャー、調整、すべてワタシが行いますので安心して下さい」


 その巨鎧はそう言いながらこちらに振り向いた。闇夜に浮かぶ白を基調とした装甲に所々入った紅色が美しい。巨大なシルエットも細い脚、細い腕と身体の曲線も女性的なラインを感じさせる。少女のような声も合わせて、アイリーは女神が目の前にいるのではと錯覚してしまった。町で巨鎧を遠目に見た事はあり、本の絵でも見た事があるが、こんな美しい形の物は知らなかった。巨鎧はゆっくりと膝をつく形で身を屈める。胸の装甲が上方向に空いてコクピットと思われる空間が身体の中央に見えてきた。


「ハッチを開けました。手の平に乗って下さい、コクピットまで運びます」


 アイリーは言われるままに手の平に乗り、胸の装甲が開いたコクピットの前まで運ばれる。


「受け止めますのでそのまま飛び込んで下さい」


「分かった」


 アイリーはなるようになれと、思いっきりコクピットに飛び込む。すると足をふわっと包み込むように受け止められ、身体の向きもアームのような物で支えられ、正面に向き直る。


「ハッチを閉めて全身を固定します。身体を楽にして下さい」


「はい」


 言っている意味は分からないが、ともかく言われるままにする。ハッチが閉められ、周囲が真っ暗になった。すると身体の周りを蛇のようなものが這い回る感触に襲われる。明りも無いので何が起こっているか分からない。


「あっ、あんっ」


 蛇のような物は身体の周りを動いていたかと思うと一気にアイリーの身体を締め上げた。手、足、首、胸、そして股間に何かが食い込む感覚があり、アイリーは声を上げてしまう。が、それに痛みは無く、足の裏に地面を感じ、全身は普段より軽くなった感じがした。


「モニターを映します」


 そして視界が開ける。自分の体には四方八方から半透明のコードのようなものが絡み付いていた。が、それは感触としては殆ど感じない。そして視線の先には外が広がっている。コクピットの中に居た筈なのに、まるで自分が外に立っているような感覚だ。振り返れば後ろが見えるし、足は地面を踏みしめてるように思える。


「機体の状況を体長に合わせて再現してあります。機体との細かい差異はこちらで調整します。では改めて氏名、年齢、性別を教えて下さい」


 言っている意味は分からないが、それを今聞いていてもしょうがないと思い、ともかく言われた事に正確に答えた。


「氏名はアイリー・クリアロン、年齢は17歳、性別は女性です」


「了解致しました。クリアロン様、最終確認です。あなたはこの機体が原因で起こった紛争、破壊、殺人の責任全てを取る事を了承致しますか?」


 何を言っているのだろう、とアイリーは思う。が、行動には責任が伴う事は分かっている。そして今は躊躇している場合ではない。


「はい、全て私が責任を取ります」


「登録完了致しました。よろしくお願い致します、マスター」


 その言葉と共に視界に複数の四角い窓のような物が現れた。波やよく分からない文字が見えるが、それをいちいち聞いている場合では無いと頭の隅に追いやる。


「あと数秒で敵機体の拘束が外れます。戦闘の準備をして下さい、マスター」


「どうすればいいの?」


「武器を準備して下さい。マスターが一番扱いやすい武器を頭の中で想像して下さい」


「想像?こう?」


 すると今まで何もなかった手の中に何かが現れる。それは金属で出来た鍬だった。アイリーがコクピットの中で持っているなら外の巨鎧も同じく持っているんだろう。


「リーチのあるいい武器ですね。硬度はありますので思う存分振るって下さい」


「で、どう動かすの?」


「この機体は動作追従式の操作システムになっております。マスターが動く通りに機体が動きますので、普段の生活と同じ感覚で動かせます。ただ、機体の性能の方がマスターの動きより高性能ですので、いつもより速く動こうとすればそれも可能です」


 難しい言葉が多過ぎるが、とにかく動けばそのまま動くみたいだ、とアイリーは理解する。背後からギシギシと音がし、振り向くとグリフォンがワイヤーを振りほどこうともがいていた。ここでようやく、アイリーは自分の視界が人間サイズのものではなく、乗っている巨鎧と同等になっていると気付く。グリフォンが自分の背丈と同じ位だからだ。


「マスター、攻撃をして下さい」


「分かった」


 アイリーは恐る恐る手に持った鍬をグリフォンに振り下ろした。が、それはもがいてるグリフォンの頭に弾かれ、逆にワイヤーを切ってしまった。


「怖がらず、思い切り振り下ろして下さい。マスターの動揺はそのまま攻撃の威力に反映されます」


(そんな事言われても……)


 初めての事でアイリーはいまだにどうしていいか分からない。


「攻撃が来ます。マスター衝撃に備えて下さい」


 言われてグリフォンを見ると猛突進をしてきている。鍬を前に構え、それを受け止めようとする。が、突進の威力があり、アイリーは吹き飛ばされる。実際は巨鎧が飛ばされているのだが、乗っているアイリーにその感覚は無い。痛みはなく、衝撃も軽く押されてバランスを崩したと感じる位だ。


「この程度ではダメージはありません。姿勢制御はこちらで行います、マスターは力を抜いてください」


 吹き飛ばされた筈なのに、後ろから優しく抱き留められ、立ち上がらせてもらったように立っていた。グリフォンは強敵と認識してか、一旦宙へと舞い上がった。鍬のリーチでは届きそうにない。グリフォンが機獣の中でも厄介と言われるのはこの飛行能力の為である。


「ボウガンみたいな武器は無いの?」


「射撃兵器を出す事は可能ですが、あの大きさの敵には致命打にはなりません。補助しますので思いっきりジャンプして、そのまま武器を振り下ろして下さい」


「分かった」


 とにかく今は女性の言葉を信じるしかない。膝を曲げ、思いっきりジャンプしてみる。すると景色が一気に変わり、身体はグリフォンに並ぶ高さまで飛んでいた。


「今です」


「たあああ!!」


 必死で鍬をグリフォンに振り下ろす。逃げようとしたグリフォンだが、急な方向転換は出来ず、その背中に思いっきり鍬が突き刺さった。その威力はアイリーの想像以上で、グリフォンは鍬が当たった反動で地面へと急降下していき、叩き付けられ、そのまま動かなくなった。


「って、私も落ちるんじゃ……」


「大丈夫です、降下速度は落としますので、普通に着地する感覚でいて下さい」


 地面がみるみる近付いてきたが、途中でふんわりと減速し、確かに普通に着地した感じで地面に降りられた。


「敵の完全沈黙を確認致しました。戦闘お疲れ様でした」


「こちらこそありがとう。そうだ、あなたの名前は?」


「名称ですか?自立補助演算機付属型機動歩兵、型番RZS-107です」


「????、それってこの巨鎧のでしょ?そうじゃなくてあなた自信の名前。この巨鎧に乗ってるか、それか離れた所から話してくれてたんでしょ?」


「誤解されているようですね。ワタシはこの機体に付属している演算機です。人としての肉体は無く、どちらかと言えばこの機体そのものです。個別名称としては認識コードA7I33QTという物もあります」


「え?、あなた人じゃなかったの?女性の声だし、どこかにいるかと思ってた。じゃあ、型番とか認識コードとかそういうんじゃなくて、何か愛称みたいなのは無いの?」


「愛称ですか。えーと、イルナ、ではどうでしょうか?」


「それがあなたの名前?イルナ。うん、可愛い。よろしくね、イルナ」


「こちらこそよろしくお願い致します、マスター」


 喋る巨鎧がいると聞いた事など無く、イルナの言っている事の大半が理解出来なかったが、ともかく名前が分かった事で少しだけアイリーは安心したのだった。

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