10.片腕の青騎士
遺跡からの脱出は順調だった。道順はレイネンが記憶しており、敵も中型の機獣までで手こずる場面も無かった。途中で先に入ったハンターの巨鎧の残骸を確認し、個人を特定出来る物があればそれを持ち帰った。ハンターギルドに届ければ、どのハンターが亡くなったか判別出来るだろう。
遺跡を出ると既に日は暮れており、急いで機動馬車に戻って一番近いトラマトの町で一泊する事に決めた。さすがに町に入るのは2回目なのでシリミンは耳と尻尾を隠して教団関係者として門を通り抜けられた。機動馬車は前回同様教団の土地に止めさせてもらう。
ハンターギルドに寄ってから軽く食事をし、宿を取って休む事になった。2人部屋を3部屋取ったのだが、リムールとレイネンが同じ部屋なのはいつもだが、シリミンがアイリーから離れないので、エルータとセリュツで残りの部屋に入る事になった。ただしリムールはアイリーにくれぐれも変な事をしない(されない)よう、同じベッドに入らないようにと釘を刺したのだった。
「ボク役目果たせなかった。次はもっと頑張る」
部屋に入ると珍しくシリミンが落ち込んでいた。遺跡内でスーライの能力が落ちるのは想定外だったが、だからといって、シリミンが落ち込む事は無いと思う。
「誰だって得意じゃない事もあると思うよ。みんな無事だったし、シンちゃんは悪くないよ」
「アイお姉ちゃん優しい。でも、イルナ何でも出来る。少し羨ましい」
アイリーはここで初めて周りの人がイルナの事を羨ましいと見ていた事を理解した。確かにそれぞれ巨鎧やスーライに得意な事はあるが、総合的に高性能なイルナは特別なんだと思う。アイリーはそれがとても嬉しくなってしまった。
(ダメダメ、今はシンちゃんの気持ちを考えないと)
アイリーはシリミンが座っているベッドの隣へ移動した。
「おばあさんがシンちゃんはまだまだ強くなるって言ってたよ。だから、今はそこまで無理しなくてもいいんじゃないかな?」
アイリーはそう言ってシリミンの頭を撫でてあげる。シリミンは気持ちよさそうな顔をしてアイリーにすり寄る。本当に猫みたいだな、とアイリーは思う。
「戦い以外でアイお姉ちゃんがして欲しい事ある?料理、掃除、お風呂、マッサージ、何でもやるニャア」
「そう言われてもここは宿屋だし、特にないかなあ。マッサージ頼んだらまたリムちゃんに怒られそうだし」
「そうニャア?」
シリミンは擦り寄りながらアイリーの顔を見上げてくる。大分甘えてる状態なのだろう。
「うん、ちゃんと距離感を考えなさいって。だから、今日はアイの布団に入ってきたらダメだからね」
「うん……」
シリミンは明らかに寂しそうな顔をする。胸が痛いが、寝苦しくなる事もあったので、ここは妥協しない事に決めた。それぞれのベッドに入るとシリミンがアイリーをじっと見ているのに気付く。
「じゃあ、寝るまでシンちゃんのお母さんの事を教えて欲しいな」
「うん。ボクが生まれてすぐにとうちゃんは死んで、かあちゃん1人でボクを育ててくれた。あ、ばあちゃんもたまに見に来てくれたけど。かあちゃんは狩りが得意で、ボクに色々教えてくれた。罠の張り方、獲物の居場所、弓の撃ち方、魚の捕り方。ボクかあちゃんが大好きだったニャア」
「へえ」
アイリーは自分の母も同じだったと思い出す。
「それに、かあちゃんは村一番の美人だった。色んなオスから子供が欲しいって言われたけど、ボクがいるからもう産まないって言ってた。ボクが一番大事だっていつも守ってくれてた。だからあの日の狩りに、ボクは置いてかれた。村の近くに機獣が出たからニャア」
「うん」
「危険だったけど、村の備蓄も少なくて、一番強いかあちゃんが狩りに出た。かあちゃんはちゃんと獲物を仕留めていた。でも、機獣に出会って、村から離れるように引きつけて、殺されてたニャア。村を飢えからも機獣からも守ったかあちゃんは立派な狩人だ。だからボクは決めたんだニャア。強くなって村も、大事な人も守れるようになるって」
アイリーはシリミンがいつもより感情的で、力強く感じられた。エルータもリムールもみんな強くなろうとしている。自分ももっと努力しないと、とアイリーは思いながら眠りについたのだった。
********
翌朝、結局布団にはシリミンが入ってきていたが、特に睡眠は妨害されなかったので、スッキリした目覚めだった。リムールを尋ねると起きていたようで、剣の稽古の続きをお願いする。
「今日は趣向を変えて、巨鎧同士での模擬戦を行いましょう。ただし、イルナを使うのは禁止ですわ」
「え?どういう事?」
リムールの提案で模擬戦を行う事になったのだが……。
(何これ?イルナと全然違うじゃない)
アイリーが乗ったのはこの間遺跡で発掘した灰色の騎士型の巨鎧だった。まずコクピットの中が大きく異なり、イルナより狭く、よく分からない機器で埋まっている。
乗り込む際はまずはズボンのような形状の下半身を固定する器具に足先から腰までをすっぽり入れる。ワイヤー状のもので固定されているイルナと同じ事をしているのは分かるが、全体の安定感がまるで違った。歩行の感触はイルナが生身の状態で歩いてるのとほぼ同じなのに対して、少し重い鎧を着て動かしている感じだった。
上半身は腕の肩から先、指先まで宙に浮いた長い手袋に手を通す形で固定する。イルナと同じではあるのだが、手に持つ武器の感覚は薄っすらとしか感じず、動かすのも足と同じく鎧を着ているような重さを感じる。そして、手はその他の巨鎧の機能にも使うので、指先の動作で直接巨鎧の腕を動かすのと別の機能を使うので切り替える。一時的に腕の連動を解除し、ボタンやらレバーやらを操作するのだがとてもややこしい。今までイルナがやってくれていた事がどれだけ便利だったかを実感させられた。
そして、一番の違いは外の景色の見え方だった。イルナはどうやっているかは不明だが、アイリー自身がイルナの大きさで外に立っているような状態で風景が見えていた。しかし、灰色の巨鎧の中から見えるのは正面にある大きなモニターだけだ。モニターには巨鎧のカメラから見えている景色が映し出される。巨鎧の手を動かせば、それがモニター内に見え、盾を正面で構えれば、殆ど盾の裏側でモニターが埋まってしまう。
一番困惑するのは距離感だ。モニターの中の手が映っている場所が手が届く範囲なので、モニターを見ているアイリーからするととても違和感を感じてしまう。コクピット内で振り返っても後ろが見える訳ではなく、モニターの無いコクピットの裏側が見えるだけだ。モニター内に上下左右後ろの映像も小さな窓で出てはいるが、アイリーはまず正面の映像に慣れる事から始めなくてはいけない。
「ねえ、本当に普通の巨鎧で稽古する意味はあるの?」
リムールに簡単な乗り方や操作方法を教わり、剣型の起動武器で灰色の巨鎧を起動させはしたが、歩くのもままならず、アイリーは疑問を投げる。
「アイさんは一般的な巨鎧という物を知らな過ぎますわ。別に操縦が上達する必要はありませんが、他の巨鎧がどう動かし、どう見えているかを覚えておく事には意味はありますわ」
「マスター、ワタシもリムール様の意見に同意致します。敵を知る事は戦いには有効です」
イルナは他の巨鎧で稽古をすると聞いて、是非見学したいと付いてきたのだ。今は聖教団の広い訓練場にイルナとルルト、そしてアイリーが乗っている灰色の巨鎧が立っていた。
「分かったけど、リムちゃんはこんな操縦方法であんな戦い方が出来たんだ。というか、他の人もだけど、みんな凄いね」
「まあ、訓練と慣れである程度は誰でも動かせるようになりますわ。兵士型や騎士型は特別な事をしなければ、基本は手足を動かすだけですし」
リムールのルルトは神官型なので、それに加えて魔法などの特殊動作も使いこなす必要がある。本人はあまり言わないが、かなりの努力をしてきたのだろう。それを考えると、自分もやらなければと思えてくる。
「うん、私もやってみるよ。お願いします、先生」
「わたくしは甘くありませんわよ」
早速ルルトが模擬戦用の剣で打ち込んでくる。アイリーはイルナに乗っていた時と同じく、剣でそれを受けようとする。が、距離感が掴めず、タイミングが合わない。ルルトの剣は灰色の巨鎧の肩に打ち込まれた。“ガンッ”という音と共に、衝撃がコクピット内に走る。全身が重くなり、立っていられなくなって、膝を付く。そして何よりアイリーが驚いたのはコクピット全体の振動だった。身体が揺れ、一部が壁に当たる。保護されてはいるが、もっと強い1撃だと搭乗者自身が怪我するだろう。
「動きが鈍いですわよ。今度はそちらから打ってきなさい」
「分かった」
アイリーもやられたままは嫌なので、今度はこちらから打って出る。が、届いた、と思った剣はルルトの少し前で空振りする。もっと近く、と近付いて剣を振ると、今度は近過ぎて剣を振る前に拳に盾を当てられて押し返される。
「巨鎧の一歩の距離、剣の届く範囲。それを身体に覚えさせる必要があるんですの。まあ、今はそこまでやる必要はありませんが。では、もう少し巨鎧からの見え方を覚えておいてもらいますわ。アイさん、場所は動かず、ルルトがどこに居るか追って下さい」
「はい」
ルルトは真正面からこちらに全速力で走って来る。と、ある瞬間ルルトの姿が消えた。上半身を捻って、モニターを左右に振るが、やはりどこにもいない。
「見失いまして?下ですわよ。下部を映している画面がありますわよね?」
言われて上下左右が映っている小さい画面を見ると、確かに下に腰をかがめたルルトがいる。イルナだったら顔を下に向ければ斜め下が見えるが、普通の巨鎧のカメラは直近の斜め下は別のカメラから見ないと見えないのだ。
「視線の切り替えは隙を生む事にもなりますが、敵を見失わない為には気を付ける必要があるんですの。ただ、即座にそれが出来る搭乗者は少ないですわ。ですから、相手の斜め下、左右、後ろと素早く動いて追い切れないようにすれば、死角からの攻撃が出来ますの」
「そっか。分かったけど、アイには普通の巨鎧を動かすのは難しいな」
「まあ、誰でもすぐに思うように動かすのは難しいですわ。ですが今後もたまに乗ってみるのはいいと思いますわよ」
モニターの大きさや範囲も巨鎧によって異なり、特殊型にはイルナのような360度画面がある物もあると説明された。それから数十分は色々試してみたが、アイリーにとってはイルナがどれだけ快適かを知れた事が一番の感想だった。
「リム様、電報が届いていました」
朝食に呼びに来たのと同時にレイネンはリムール宛の電報が届いていた事を知らせる。連絡手段としては手紙があるのだが、定期的な交通手段が無く、運び屋や行商人などのついでに送られるものなので、確実に届くとは言えない。それとは別に、異変後に見つかった機械で、都市と都市の間を文字での連絡が取れる機械があり、それを使って、特定の個人に連絡を入れる、電報が生まれた。ただし、正式な身分証明が必要で、金額も高いので、貴族や国が使う物になっている。それとは別に電報の機械はハンターギルドが主要都市部同士でのやり取りで使ったり、情報ギルドが隠し持って使っているという。
「ありがとう、レン。教団からかしら?まあ、食事の後に確認してきますわ」
宿屋の下にある飯屋に集まって朝食を取り、アイリー達が団らんしている間にリムールは電報の確認をしに出ていった。しばらくして慌てた様子のリムールが戻ってくる。
「レン、どうしましょう。大変ですわ!」
「リム様、何かありましたか?電報の発信者はどなただったのですか?」
「家からの電報ですわ。なんでこんな時に言ってきますの」
「リムちゃん、何かあったの?私に手助け出来る事はある?」
アイリーはあまり見ない混乱した様子のリムールに話を聞いてみる。
「お見合いの為に帰省するよう言ってきたんですの」
「「お見合い?」」
レイネンとシリミン以外のみんなで声を出して驚く。その後リムールの説明で、教団の仕事で家を出る前からお見合いの話が合ったのだが、断り続け、半年以内に交際相手を見つけて連れ帰ると適当な理由を付けて旅に出たのだという。既に半年以上経っているが、勿論その後の連絡はしておらず、家の方から連絡が無いから勝手に話を進めたと言ってきたようだ。
「リム様も17歳で、大貴族の娘です。交際相手がいない場合、周りの貴族や豪商からのお見合いの話が山のように来ているのです」
「わたくしにそのつもりはありませんわ。お父様だって母様とは恋愛から結婚しましたのに、どうして、わたくしはお見合いさせられなければいけませんの。
あ、そうですわ!」
と、リムールが何かを思い付いた。
「恋人が出来たと嘘の報告をすればいいんですわ。で、その方と共に旅をしていると言えば、今の仕事も続けられますわ。となると、この中の誰かに男装してもらって、演技をしていただければ」
そう言ってリムールは5人を見回す。
「レンはそもそも顔が割れてますし、シンさんは幼過ぎますわ。セツさんは耳は帽子でどうにかしても、その胸は無理ですわね。となるとエルさんかアイさんか。エルさんは胸はちょうどいいですけど、身長がわたくしより大分小さいので厳しいですわね」
「ほっといてくれ」
エルが胸の事を言われて文句を言う。
「アイさんなら、身長はわたくしより高いですし、胸はきつく締めれば何とかなりそうですわ。顔は可愛過ぎるかもしれませんが、童顔といえばありですわね。髪を切るのはさすがに迷惑ですし、長髪の男性もいますから、髪型を変えれば行けそうですわ」
「え、ちょっと待って。それって決定事項なの?」
「アイさん、ここはリム様の為を思って協力して頂けませんでしょうか」
「あたしもアイの男装は見てみたいな」
「アイお姉ちゃんオスになるの?」
「面白そうだから自分も大賛成ね」
レイネン以外の周りは面白がってるようにしか見えない。
「ちょっと、リムちゃん、本当に私じゃないとダメ?それこそハンターギルドか教団から良さそうな男性に演じしてもらってもいいんじゃない?」
「わたくしに拒否反応が出て、それでお父様にバレますわ。アイさんなら普通に話せますし、手を握ったり、抱き締める位の演技も自然に出来ると思いますわ。わたくしの今後の人生に関わりますの。どうしてもダメですの?」
リムールに真剣な目でにじり寄られる。さすがにここまでされて断れるアイリーでは無かった。
「分かったよ。でも、いずれは本当の事を言わないとダメだからね。リムちゃんに好きな人が出来るのが一番いいんだけど」
「ありがとうございます。でも、わたくしは今の仕事を続ける限り、恋人は作らないつもりですわ。そもそも世の男性はお父様のような強い人がいませんもの」
リムールの父親は最強とも言われる青騎士なので、それを求めるのはさすがに酷なのでは、とアイリーは思った。ただし、アイリーも男性と付き合う事に興味が無いのは一緒なので、それを強要されるリムールに同情はしていた。
「では、早速アイさんの男装の服を見に行きましょう」
「「はいっ!」」
アイリーはみんなに玩具にされるのを覚悟するのだった。
********
「うん、これでいいですわ」
「胸は苦しいし、なんかおでこもスースーするよー」
1時間ほど着せ替えや髪形を弄られ、その後もどういう設定がいいか話し合われた。結果として凄腕の新人ハンターという設定になり、服装、髪型が決められたのだった。髪型は前髪を後ろに流し、上の方は男っぽく整え、長髪自体は縛らずに背中に流す形だ。服は男性用の少し洒落た皮鎧で、下は少しブカブカのズボンを穿いている。喉元はマフラーで隠し、腕と足も太目の服で隠せば女性らしい部分は見えなくなる。胸は布でなるべくきつく締めて、無理矢理服の中に押し込んでいた。今は機動馬車の中で実践を行っている。
「歩き方はなるべく大股で、声はなるべく低く、口調は丁寧口調で女性っぽい言い方をしなければ、いつも通りで大丈夫ですわ。歩いてみて下さい」
「こう?」
男性っぽい歩き方は分からないが、なるべく大股で、堂々と歩く。胸は苦しいし、鎧は重いし、服もサイズが合ってないので違和感しかない。
「アイお姉ちゃんカッコいい」
「うーん、まあまあですわね。家に戻るまでにもう少し練習が必要ですわ。次は挨拶です。セツさんはお父様役を、エルさんはお母様役をお願いしますわ」
「自分で良ければ」
「別にいいけど、適当だよ」
「では、レンもこっちに来て、お父様、お母様、ただいま帰りましたわ」
「おお、リムールにレイネン、よく帰ってきた」
「おかえりなさい、リムール、レイネン。そちらの方は?」
劇のようなものが始まってしまった。シリミンは楽しそうに見ている。アイリーも覚悟を決めるしかない。
「初めまして。私はリムールさんとお付き合いさせていただいている、アイリー、じゃなかった、アイロー・クリアロンと言います」
「ほう、娘と付き合っていると。お仕事は何を?」
「えーと、ハンターをしています」
「それじゃ駄目ですわ。もっと堂々と自分の仕事をアピールして。今までしてきた事を前に出して」
「じゃあ、もう一度。お仕事は何を?」
「はい、ハンターをしていて、大型の機獣を倒して村を救ったり、邪教団に攫われた人を助けたりしました」
「まあ凄い。でも、本当にリムールの恋人ですの?本当に仲良くやっていますの?」
エルータが悪そうな顔をして質問してくる。
「本当ですのよ。アイさんとはとても気が合いますの」
そう言ってリムールはアイリーに寄ってきて、腕に胸を押し付けてくる。女性同士で、カップルを演じてるだけなのだが、変な気分になってくる。リムールはアイリーに何か言うように目で合図してきた。
「そ、そうです。リムちゃんはとってもいい子で、いつも助けられてます」
「ちゃん付けは駄目ですわ。いい子って言い方もおかしいですわ。褒めるなら気が利くとか、料理が上手とか、お洒落で可愛いとかにして下さい」
「でも、リムちゃんの料理食べた事無いし、咄嗟に思い付かないよ。剣技が凄いとかだったら分かるけど」
「なら、それでいいですわ。ただし、わたくしよりは剣の腕は上の設定なので、それを忘れないで下さいね」
そんな感じでアイリーがヘトヘトになるまで練習は続いたのだった。その後、改めてリムールが王都へ向かう事について話した。
「私用で申し訳ありませんが、次の目的地は、わたくしの家がある王都メロガダンです。アイさん以外の方はどこか別の場所で待っていて下さってもいいですわよ」
「あたしは付いて行くよ。王都は見てみたいと思ってたし」
「ボクもアイお姉ちゃんに付いてく」
「自分も王都の方は気になってたので、問題ないわ。戦争の状態も見ておきたいし」
「戦争は今はまだ大きな動きはないと聞いています。でも、帝国の進攻が始まれば、王都も危険な状態になります。皆様、その事は覚えておいて下さい」
「わたくしは心配していませんわ。姫騎士様の紅薔薇騎士団がいる限り、王都に敵が近付く事はありませんわ」
「そうだよね」
アイリーに戦争の事はよく分からない。ただ、姫騎士の紅薔薇騎士団が強い事はよく知っている。リムールがこう言っているのだから、大丈夫なのだろう。邪教団の件も心配だったが、まだ双子の情報も何も入って来ず、まずはリムールの件を済ませておきたいと思った。
必要な荷物を買い込んで、一行は南西にある王都メロガダンへ向けて機動馬車で出発した。
********
「へー、本当に精霊の4元素を武器に使っているのね」
「あの遺跡自体が4元素の研究をしていた施設なのかもしれないと思うんだ」
機動馬車の格納庫でセリュツはエルータの巨鎧のコクピットを覗き込み、エルータと興味深そうに会話していた。アイリーはイルナの装甲を拭きながらその様子を聞いている。格納庫には3体の巨鎧が追加され、今は7体の巨鎧が積まれている。もう1体入るスペースはリムールのクローゼットや荷物置き場にされているので格納庫は埋まっている状態だ。お金に困っていないので、灰色の騎士型も紺色の特殊型も売らずにそのまま積んであった。
「自分はエルフだから分かるけど、武器のエネルギーに関しては確かに精霊力を何らかの方法で取り込んで、それを放出できるようにしてあるわ。巨鎧自体は他の巨鎧と変わらないけど、その部分だけはエルフの精霊召喚やシンちゃんのスーライみたいな精霊力で動いてるわね」
「やっぱりそうなのか。精霊魔法は見た事無いけど、それの応用なら、適した使い方を考えておかないとな。あとはここら辺のゲージと、レバーやスイッチの関係も解明しておきたい」
「精霊関係の本ならいいのがあるから貸してあげるわね。あと、純粋な精霊力の放出ならシンちゃんと連携して何か出来るかもしれないわ。自分も時間がある時に調べさせてもらってもいい?」
「ああ、その方が解明が早いかもしれないし、好きに見てくれていいぞ」
見た目は全然異なる二人だが意外と息が合うんだな、とアイリーは思った。自分が機械関係がさっぱりで、今までエルータの話も頷くくらいしか出来なかったので、嬉しい半面、少しだけ寂しさも感じていた。
「マスター、別にそこまで拭いていただく必要は無いですよ。装甲は自然再生していますし、昨日も拭いていただきました」
「でも、これはアイがやりたくてやってるだけだから。イルナは二人の会話の意味分かった?」
「ワタシも精霊魔法や精霊力の知識はありませんので、おおよそでしか話の内容は理解出来ておりません。資料を閲覧出来ればもう少し理解は出来ると思います。必要であれば資料を持ってきていただければ理解出来るように学習いたします」
「イルナは本が読めるの?どうやって?」
「コクピットの中まで運んで頂ければ、後はマニピュレーターでページを送ってスキャン出来ます」
イルナはコクピットを開くと、いつもアイリーを支えている半透明のケーブルを人の手のような形に変えてみせる。
「凄い、そんな事も出来るんだ。じゃあ、みんなから本を借りてきて持ってくるよ」
「マスターの手を煩わせるのは申し訳ないので、気が向いた時で大丈夫です」
「相変わらず仲いいわねえ。しかし、本当に興味深い巨鎧だわ」
エルータとの話が終わったのか、セリュツがアイリー達の方へやって来た。イルナはコクピットハッチを閉じて、動きを止める。
「セツさんが今まで見てきた巨鎧でイルナと同じような巨鎧は無かったんですか?」
「自分も別にそこまで沢山見てきた訳じゃないけど、ここまで全体的に高機能で、かつ、喋る補助機能は見た事無いわ。特殊型はどれか1つの機能に特化してる事が多くて、エルちゃんの巨鎧もある意味、射撃型というより精霊力の使用に特化した特殊型ね」
「その定義ですと、ワタシはマスターの保護に特化していると分類が出来ます」
「確かにそうとも言えるかもね。ただ、自分がもっと興味があるのはアイちゃんの方ね」
「私ですか?」
アイリーは突然自分の事を言われて戸惑う。セリュツに対しては前ほど苦手意識も無くなり、女の子関連以外なら尊敬出来る部分もあると思ってきていた。そんなセリュツが自分のどこに興味があるのだろう。
「女の子の魅力としての部分は置いておいて、面白い子だと思うわ。素直で、たまに空気が読めないけど、嫌いになれない。自分はどっちかって言うと論理で考えちゃうんだけど、アイちゃんは本能で動いて、それを突き崩すパワーがあると思うわ」
「そうかな。最近は周りに振り回されてる気もするけど」
「みんなパワフルだからねー」
二人して笑う。セリュツと自然と笑い合うのは初めてだった。
「セツさんはどうして人間の都市に出て来たんですか?エルフだと珍しいって聞きましたけど」
「そうねえ。アイちゃんは特別だから少しだけ話してあげるわ。
人間にとっては大分昔、大流星雨が降る前の事だけど、自分のエルフの里は比較的人間の町と交流がある場所だったの。まだ幼かった自分はそこで見た目は同じぐらいの人間の娘と友達だった。本当に仲良しで、ずっと一緒にいようね、って言ってた。まだ自分はエルフと人間の時間の流れの違いを理解してなかったから」
「うん」
アイリーもエルフが長寿で、セリュツが100歳を超えている事はあまり実感出来ていない。
「それで、あの大流星雨が降ってきた。エルフの里もその町もそこまで大きな被害は出なかったけど、それぞれの復興に追われ、会う事も出来なくなった。そして、巨鎧と機獣が現れた。危険を感じ、エルフの里が取った行動は完全な人間社会との断交だったの。一部のエルフは反対したけど、エルフ全体の長老が決めた事は覆らなかった。30年ほど経ち、里の周りの町の戦争が収まったみたいなので一部のエルフが外の世界を確認に出かけた。自分もそれに無理矢理同行させて貰ったわ」
「どうなってたんですか?」
「巨鎧と発掘された機械のおかげで人間の町の復興は凄まじく、逆に以前より発展していた。自分は友達だった娘を探した。生きていて、再び会えて嬉しかった。けど、その子はもう子供じゃなかった。既に子供が出来ていて、その子も見た目は自分より年上だった。向こうも自分を覚えていてくれて、会えて嬉しいと言ってくれたけど、時の流れの違いは自分にとってはとてもショックだったわ」
セリュツの表情は今まで見た事ない、とても悲しそうな顔だった。
「そしてエルフとしての種族は巨鎧と機械で発展した人間と大きく差がついてきていた。里に戻ったエルフ達の意見は2つに分かれたわ。一つはこれからも断交を続け、危険を回避する事。もう一つは人間との交流を復活し、巨鎧や機械の知識を取り込む事。自分はあの30年が無ければこんな事にならなかったという思いもあって、交流を復活する方を支持した。でも、エルフの大半は危険を回避する方を支持したの。だから、自分は家出同然にエルフの里を出たのよ」
「そうだったんですか。魔術師になったのはどうしてです?」
「それは、可愛い女の子が歳を取るのが嫌だからよ。人間や獣人もエルフと同じぐらい歳を取るのが遅くなれば、ずっと可愛いままでいられると思って、その研究をしてたの。まあ、まだその魔法は完成しないんだけどね」
「それが理由なんですね……」
それまでの話と打って変わってセリュツの個人的な趣味の研究だと分かり、アイリーはがっかりする。まあ、好きな事に打ち込めるのはいいのかもしれないが。
「そんな顔しないでよ。人間だって不老不死の研究は永遠のテーマと言ってる人も多いんだし、別におかしな研究じゃないわよ。実際、派生して役に立つ魔法が出来たりしたんだから」
「私は自然に生きるのがいいと思うけどなあ」
「愛する人が先に死んでしまっても?」
「え?」
セリュツが真面目な顔をして言うので、アイリーはドキッとする。アイリーはそんな事は考えた事が無かった。死は身近な物になったが、愛する者が死ぬイメージはまだ無かった。
「例えば、よ。見た目や言動はこんなでも、長く生きて、自分も色々考えてるの。エルフの里にいたら自分もそんな事は考えなかったと思うわ」
「でも、研究を続けたいなら、どうして一緒に旅をするんですか?」
「まあ、魔法都市も今は色々きな臭くて、他も戦争状態。じっとしてるより可愛い女の子の近くにいたいな、って。それに」
「それに?」
「色々予感してるのよ。ここに居ると何か見つかるんじゃないかって。あと、レンちゃんとシンちゃんが懐いてくれるまでは離れられないわ」
「それは無理なんじゃないですかね」
アイリーは微笑んだ。やっぱりセリュツは悪い人じゃないな、と分かって、嬉しくもあった。
********
王都までは4日程かかったが、大きなトラブルや戦闘も無く、戦火もこの付近までは広がっていなかった。
「あれが王都か」
「凄いね、大きいね」
アイリーもその巨大さに興奮する。町の周りには大きな石の塀が取り囲み、その上には等間隔で射撃型の巨鎧が並んでいる。遠くには更に大きい王城が見え、王都自体の大きさを実感した。町の入り口の門には騎士型の巨鎧が槍を持って待機している。レイネンが機動馬車を運転し、門へと進んでいく。
「お疲れ様です。シュワイア様の機動馬車ですね。どうぞお進み下さい」
他の商人などが入り口の検査で足止めされているのに対し、アイリー達はすんなりと門をくぐれた。
「凄いね、リムちゃん特別扱いなんだ」
「王族、貴族は覚えられていますわ。まあ、あまり特別扱いしないで欲しいのですけど」
「このまま家に向かいますね」
機動馬車は大通りをゆっくり進み、リムールの家へと向かっていく。町は活気があり、大きな店も多く、ハンターらしき人達もよく見かけた。戦争状態の町とは思えない。
「人いっぱい。凄い」
「確かにこの規模の都市は世界に数える位しかないかもしれないわね」
「あそこの道具屋とか見てみたいな」
アイリーも含めて都会に来たのは初めてなので、田舎者の反応しか出来ない。綺麗なドレスを着ている人もいれば、屈強な騎士も見かける。まさに本の中の世界だ。
「まもなくお屋敷です。アイさんは男装をお願いします」
「そうですわね」
アイリーはリムールに連れられ、格納庫にあるクローゼットで男装の準備に入る。胸を締め付けられ、用意した服を着る。髪型はリムールが大体のセットをし、機動馬車を止め終わったレイネンが仕上げをする。
「さあ、練習の成果を見せて下さいね」
「うん、出来るだけ頑張るけど」
アイリーはやっぱり違和感しか感じない。本当に騙せるのか不安だ。
「申し訳ありませんが、エルさん、シンさん、セツさんはしばらくここで待っていて下さいね。後で呼びに来ますので」
「見に行きたいけど、邪魔にしかならないだろうし、シンが暴れないように見てるよ」
「ボク大人しく出来る」
「魔法で見てたらダメかしら?」
「魔法感知の結界があるので、反応すると思います」
「分かったわ。後でどうなったか教えてね」
3人を置いてアイリー達は機動馬車を出る。他にも巨鎧が置いてある大きな倉庫を出ると、そこには広い庭園が広がっていた。
「凄い。これリムちゃんのお屋敷の庭なの?」
「そうですわ。男性役なのですから、あまりはしゃがないで下さいね」
「うん、分かった」
そうは言うものの、アイリーは広い庭園から目が離せない。中央には噴水があり、周りに小川が流れ、花壇や薔薇のアーチなどが美しい。外でもお茶が飲めるテーブルやベンチがあって、どれも高級そうだった。
「久しぶりの帰宅ですね、リム様」
「そうね、少しだけ懐かしいわね」
声から嬉しさが伝わってくる。ここでリムールが育ち、レイネンと出会ったのだろう。思い出の場所に帰って来れたのに嬉しくない訳はない。
「アイさん、ここからですわよ。気を引き締めて下さい」
「はい!」
目の前には大きな豪邸が立っている。アイリーにはお城のように見える位だ。その門の前にレイネンが先頭に立って進む。門の前にはレイネンと同じ従者の服を着た女性が立っていた。
「おかえりなさいませ、リムール様、レイネン様。アイロー・クリアロン様、ようこそいらっしゃいました」
女性が深々とお辞儀する。アイリーの事は電報で知らせていたので、自分が偽名のアイローだと分かっているようだ。
「ただいま帰りましたわ」
「ただいま、ハルサ」
レイネンはその女性に抱き付く。女性は笑顔になってレイネンの頭を撫でる。
「お二人ともお元気そうで何よりです。旦那様、奥様がお待ちですよ」
「失礼します」
女性が扉を開け、リムールとレイネンが中に入ったのでそれにアイリーも続く。中は広いロビーになっていて、そこには背の高い中年の紳士とドレスを着た美女が立っていた。
「おお、よく帰ってきた、娘達!!」
紳士は駆け寄ってリムールとレイネンに抱き付く。よく見ると左腕が肩から先が無く、袖だけがぶらぶらと浮いている。片腕の剣豪、青騎士ストラド・シュワイアに違いないだろう。
「お父様、ただいま帰りましたわ」
「ストラド様、ただいま戻りました」
リムールもレイネンも笑顔でその抱擁を受ける。二人とも父親が大好きなのだろう。
「リム、見ないうちにまた成長したんじゃないか?顔も母さんに似てますます美人になったな。レンも大きくなって、父さん抜かされるんじゃないか」
「あなた、今日はお客様も一緒なのですよ。そこまでにしておきなさい。リム、レン、おかえりなさい」
「ただいま、母様」
「奥様、ただいまです」
リムールとレイネンは母親の方に同じように抱擁に行く。立ち尽くすアイリーの前にストラドがやって来た。
「ようこそおいで下さった。私はリムールとレイネンの父で、ストラド・シュワイアと申します」
「は、初めまして。私はリムールさんとお付き合いさせていただいている、アイロー・クリアロンと言います」
「クリアロンさん?すまないが出身はどこですかな?」
「出身はミラカーンという町です」
「そうか、うむ、宜しく頼む」
それだけ聞いてストラドは何か納得したようで、アイリーの肩を強く叩いた。背はアイリーより一回り大きく、見かけによらず力強いと感じる。とりあえず名前と出身地は間違えずに言えた。出身地をカンキ村にしなかったのはあまりに田舎出身だとそれで他の人にバカにされる可能性も考えてだった。こちらの様子に気付いてか、急いでリムールがこちらに戻ってくる。
「電報で伝えた通り、わたくし、この方とお付き合いしていますの。ですから、お見合いの話は取りやめて貰えませんか」
「電報は読ませてもらったが、本当にあのリムが恋愛を?ちょっと色々と聞かせてくれないか」
「あなた、こんな所で立ち話は止めて下さい。お話はお茶でも飲みながらゆっくりしましょう」
リムールの母に言われ、全員応接室へと移動する。応接室も豪華で高そうな絵画や調度品が飾ってあった。席に着くと複数の召使がお茶やお菓子を準備する。レイネンが手伝おうとしたが、先ほどのハルサという名の召使に座っているよう止められていた。しばらくは5人でお茶をしつつ雑談する。アイリーはボロが出ないようにほぼ相槌を打つだけだった。
「そもそもなんで急に電報でお見合いの話なんて送ってきたんですの?」
家に帰って調子が出てきたようでリムールが根本的な疑問を投げる。
「この人が寂しかったからですよ。もちろん私も寂しかったですけどね」
「そうじゃない。リムール、今この国が戦争中なのは知っているだろう?」
「勿論ですわ。ですが、そこまで戦況が悪化しているとは聞いていませんわ」
「確かにそうだが、いつ王都まで戦火が広がるかは分からない。だから私は何か起こる前にお前の花嫁姿が見たいと思ったんだ」
「花嫁!?結婚はまだ早いですわ。まだやりたい事だって出来てませんのに」
「リム、お父様の言う事も確かなのですよ。国かあなたに何かがあれば、2度と会えなくなるかもしれないのです。だから、元気なうちにあなたがいい方と結婚する所が見たいんです」
「嫌な話をすると、戦争が長引いたせいで必死に権力にしがみつこうとする者が増えている。うちは新興貴族でも、王家との縁があって、見合いの話が山のように来る。去年まではまだ何とか誤魔化せたが、歳が17を過ぎると周りから色々言われてな。もちろんリムの意思は尊重したいと考えているさ」
青騎士という印象からストラドはもっと無骨か厳しい人だとアイリーは想像していた。しかし実際に会うと、優しい父親なのだな、と思い、自分の父親もこんな人だったのだろうかと考える。
「お父様たちの考えは分かりましたわ。わたくしは今、アイさんと仲良くやっています。今すぐ結婚は出来ませんが、いずれ結婚を報告に来ますわ。これで、周囲の方も納得しますわよね?」
「うーん。すまないが、アイローさんが見合いを断る口実の為に連れて来た、知り合いのハンターという可能性がある。アイローさん、娘との出会いを聞いてもいいですかな?」
「はい。私がハンターとして大型の機獣を倒した後、その噂を聞いたリムールさんが勝負を挑んで来たのが出会いでした。模擬戦で私が勝ちましたが、リムールさんの剣技も素晴らしく、意気投合して一緒に旅に出る事になりました」
真実を混ぜた方が嘘がバレにくいという事で、相談して決めた話をする。
「アイさんの巨鎧での剣の腕はなかなかですのよ。生身ですとそこまででは無いですけど」
「確かに見たところ、そこまで体格は良くないですな。いや、失礼、ハンターなら巨鎧の操縦が重要ですからな」
「いえ、その通りで、私はハンターを始めたばかりで、まだまだ修行中です」
「アイさんのおかげで邪教団に攫われた人々も救えたんです。わたしもアイさんは立派な方だと思います」
「レンに好かれているなら、本当に立派な人かもしれませんね」
「うむ、やはり難しい事は好かんな。巨鎧で手合わせを願おう。私に勝ったら娘と正式に付き合う権利をやろう。が、負けたなら別の者との見合いをさせてもらう。いいですかな?」
「お父様。何を言い出すんですの」
やはり怪しさは拭えないようで、簡単には認めて貰えないらしい。ただ、親子揃って勝負で決めるあたり、本当に似てるんだとおかしくなってしまう。
「いいでしょう。私も男です。リムールさんの為に戦います」
「それでこそだ。じゃあ騎士団の訓練場でやろう」
「ごめんなさいね、こういう人なんです。付き合ってあげて下さいね」
「お父様もアイさんも、もう!」
母親が謝り、リムールは予定通りいかなかったので怒っていた。機動馬車を騎士団の訓練場まで運び、ストラドは格納庫にあった青い巨鎧に乗ってそれに続いた。
「アイさん、父様は強いですわよ。まあ、条件は付けてくれると思いますが、本気で行って下さいね」
「ごめん、リムちゃん。つい乗っちゃって。でも、イルナなら何とかなると思う」
「わたくしが無理を言って進めた話です。アイさんが負けても怒ったりしませんわ」
リムールと話しつつイルナに乗り込む。
「マスター、胸がきつくないですか?一旦緩めましょうか?」
「出来るの?」
「はい、任せて下さい」
コクピットに入るとイルナが固定前にアイリーの身体にケーブルを伸ばす。器用に皮鎧や上着を脱がせ、中の布を解いていく。
「全部脱がせますか?その方が自然な動きが出来ます」
「えっと、じゃあ、パンツ以外は」
ズボンも脱がされ、パンツだけの姿になると、ケーブルで固定される。周りの視界が見えるようになると、パンツだけで外に立ってるようで恥ずかしくなる。
「ちょっと恥ずかしいかな」
「分かりました、これでどうでしょう」
アイリーを取り巻くケーブルの一部に色が付き、身体にぴったりの白い服を着ているみたいになる。
「うん、気にならなくなった。ありがとう」
騎士団の訓練場に着いたので、アイリーは外に出る。訓練場には既に青い巨鎧が立っていて、アイリーを待ち構えていた。青い巨鎧はストラド同様に左腕が無く、右手に長い模擬戦用の剣を持っている。レイネンを除いたみんなは訓練場を取り巻く観客席に座った。
「これでも国を代表する騎士だった事もある。5分間で一本でもこちらの巨鎧の胴体に剣を当てればそちらの勝ちだ。逆にそちらが身動き出来なくなったらこちらの勝ち。いかがかな?」
「それで問題ありません」
アイリーは少しだけ楽しくなっていた。英雄と手合わせ出来るのだ、そんな機会は滅多にない。身体もいつもより軽く、行ける気がした。
「わたしが審判をします。始めと言ったら始めて下さい」
レイネンがロガンで訓練場に入って以前と同じく審判をしてくれる。アイリーも訓練用の剣を手に取り、青い巨鎧、青騎士と見合う。
「始め!」
レイネンの声で模擬戦が始まる。すると青騎士は猛スピードでこちらに走ってきた。
(速い!)
瞬く間に距離を詰められ、攻撃が来る。
「左からです」
イルナの声で何とか反応出来て、攻撃を剣で受け流す。
「ほお、ではこれで」
が、その剣は流れるように跳ね上がり、アイリーの胸に当たった。アイリーは衝撃で後ろに飛ばされる。
「イルナ、大丈夫?」
「大丈夫です。しかし、強敵です。左腕が無いので相手の左側に攻撃を集中しましょう」
巨鎧にとって片腕が無い事は大きなハンデの筈である。が、青騎士の動きはそれがハンデではないように軽やかに、しかし重い1撃を放ってくる。その姿はさっきまでの優しい父親のストラドではなく、伝説の青騎士だった。
「やあああああ!」
アイリーは勢いをつけて反撃を行う。身体はいつもより軽く、集中力も上がっている。しかし、相手の左側を狙った攻撃は弾かれ、逆に足や肩に相手の攻撃を受ける。アイリー自身にダメージが来ないので何とかなるが、普通の巨鎧なら搭乗者にダメージが来ているだろう。
「相手は熟練の操縦者と思われます。マスター、すみませんが、データを取らせて下さい。まだ残り時間はあるのでそれまでに対策を考えます」
「分かったけど、イルナは大丈夫?」
「はい、相手も攻撃自体に加減をしてくれています。すみませんがお願いします」
「了解」
アイリーは何度も打ち込みに行くが、その都度反撃され、吹き飛ばされる。イルナの力を持ってしてもここまで差がつくものなのだろうか。
「アイさん頑張って下さい!!」
観客席からリムールの声援が聞こえる。他のみんなも応援してくれている。せっかくここまで来たのだ、リムールの力になってあげたい。
「済まないが手加減は出来ないぞ。欲しい物があったら本気で奪いに来ないとな」
「はい、その通りだと思います」
アイリーは一旦肩の力を抜く。相手はこちらの動きが読めるのだろう。だったら、想定外の動きをしてみたら。
「でやあああああ!」
アイリーは剣を前に構え、そのまま相手に突進する。勿論相手はそれを避け、背後から攻撃しようとした。アイリーはそのタイミングで思いっきり身体を回転させ、そこを狙った。が、攻撃はギリギリ届かなかった。
「凄い動きをするな。面白い」
「マスター解析出来ました。この順番で攻撃して下さい。相手からの攻撃は防ごうとしなくていいです」
イルナが相手に3つのマーカーを付ける。相手の左腕、左足、右脇の順である。
「分かった」
アイリーはイルナを信頼し、その順で攻撃を仕掛ける。
「はあああああ!」
左腕を狙った剣は上方に弾かれる。そのまま相手はこちらの胸を攻撃するが、意に介さず相手の左足を狙う。青騎士は剣では防げないので下がってそれを回避する。
「そこっ!」
アイリーはそのまま相手の右脇を狙った。相手はそれに反応して剣で防ごうとしたが、無理な体制からか、途中で剣が止まってしまう。アイリーの剣は見事に相手の脇に当たっていた。
「アイさん、一本です。残り時間1分15秒でした」
「いやあ、見事だった。久しぶりに興奮したよ」
青騎士は剣を置き、巨鎧のまま握手を求める。アイリーも剣を置いて、巨鎧で握手した。アイリーは相手の最後の動きがわざと止まったようにも見えたが、その事は誰にも言わない事にした。訓練場から屋敷に戻る途中でイルナに再び男装に戻してもらった。
屋敷に戻ると雰囲気は和やかになり、アイリーは完全に信頼して貰えたようだった。エルータ達も紹介し、みんなで夕食をいただき、その日は全員泊めてもらう事になった。食事が終わるとさすがに演技に疲れて、レイネンに案内して貰い、人のいないテラスでアイリーはくつろいでいた。
「ここに居ましたのね。アイさん、ありがとうございました」
やってきたリムールはいつもの聖教団の服ではなく、綺麗なドレスを着ていて、髪型もいつもよりかっちりと決めて、貴族のお嬢様だった。
「リムちゃん、その格好だと本当にお嬢様だね。でも、お見合いしてご両親を安心させてあげなくて本当に良かったの?」
アイリーは今日の一連の話で、その方がリムールも両親も幸せになれるのでは、と思えてしまった。
「わたくしの我儘だというのは分かっていますわ。でも、それでもわたくしは今出来る事を止めてまで幸せになりたいなんて思えませんの。アイさん、あなたを見て更にその考えは強くなったんですよ」
「アイが?私はリムちゃんとは違うよ。元々何も出来なかったから、イルナと出会って、出来る事が増えて、それが嬉しくて。リムちゃんは貴族として出来る事もあるんじゃないかな」
「戦争が起こって、困っている人達がいる。自分だけ安全な場所にいてお金でそれを援助するのは違うと思いますの。それはお金があれば誰でも出来る事。わたくしだけが出来る事をわたくしはやりたいんですわ」
リムールの決意が変わらない事が分かった。
「そっか。だったらアイはリムちゃんを応援するよ。今回みたいに困った事があればアイが手助けする。その代わりリムちゃんもアイが困ってたら助けてね」
「本当に貴方って人は。アイさん、貴方が男性でしたら、どれだけ良かったでしょうね。ねえ、踊りませんか?」
リムールが寄ってくる。リムールからはとてもいい香水の匂いがした。
「え、私ダンスなんて村の収穫祝いの踊り位しかしらないよ」
「いいからわたくしに付いてきて下さい」
手を引かれてアイリーはリムールとダンスを踊る。リムールの華麗なステップに比べてアイリーはどこかぎこちない。
(リムちゃんお姫様みたい。綺麗……)
リムールを近くで見ると見惚れてしまう。大きな豪邸でドレスを着た女性とダンスを踊る。アイリーは夢見ていた世界に触れられた事が嬉しかった。
「アイさんには必ず恩返し致しますわ。わたくしに出来る事でしたら何でもやります。相談して下さいね」
「うん、分かった。でも、アイはこうしてるだけで十分かもしれない」
月夜に照らされながら、飽きるまで二人でダンスを踊った。周りから見れば不格好かもしれないけど、それでも月夜にテラスで踊るの事はとても楽しく感じたのだった。




