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記憶は失くせど、盟約は失われない  作者: ころさめ
第二章 泉の少女
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第6話 この世界について

 この世界、特にプレージュ大陸においてなくてはならないものとされているのが「魔流素まりゅうそ」である

 魔流素とは、プレージュ大陸全土において数多に存在する元素であり、それを操ることによって超常的な現象を引き起こす、いわゆる魔術を行使するために必要とされる元素である

 それを体の中に取り込んで放つ、あるいは空気中にあるものを消費することで、火を放ったり、水を生み出したり、風を操ったりすることが可能となる


 魔流素は基本目に映ることはないが、魔術により魔流素が練り上げられた時や、魔流素の濃度の高い場所では光る粒子のように見え、それが「魔粒子まりゅうし」と呼ばれている。魔粒子自体は白色をしているが、魔術を行使する際には発生させたい現象に合わせて魔流素の練り上げ方が変わり、それによって魔粒子の色も様々に変化を起こす

 と、いうのがリアによる魔流素、魔粒子の説明だった


「―――っていうかお前、シルなんとかって名前の浮いてるやつを召喚してたじゃねーか。何でそんな魔術を使えるのに魔流素すら忘れてるんだよ」

「シルなんとかじゃなくてシルフィアな」


 リアが説明を止めて逆にこちらに聞いてきたため、ひとまずシルフィアの名前を訂正する。改めてシルフィアを呼び出した時の事を思い起こそうとしてみるが、あの時は自分の中で魔術を使うといった意思はなかったように思う


「あの時はシルフィアが名前を呼べって頭の中に直接語りかけてきたから、その通りにしただけなんだよ。召喚術を使ったというよりは、名前を呼ぶのをきっかけとして召喚術が発動したっていう感じが近いんじゃないか」

「うーん、言葉をトリガーにして発動する魔術ってのはあるけど、名前ってのはわかんねーな。それも無学のやつが発動できるような魔術となると聞いたことねぇや」


 リアが悩ましげに言い、それから「ま、そもそもオレも魔術については詳しくないんだけどな」と一言付け加えた。そういえばシルフィアを召喚した時に魔術師に対して嫌そうにしていたことから、あまり魔術については語りたくないのかもしれない


 リアは洞穴に入ってからもフードを被っていて、セレムを首巻きに擬態させたまま口元を隠しているため細かい表情は窺い知れない。ただ体を抱えている姿からは寒そうにしているのが伝わってくる

 何か火を起こせるものがあれば良かったのだが、あいにく手持ちにはあの半透明の石しかなく、リアも持っていないとのことだった

 だからといって近くに寄り添うのもリアが嫌がるだろう。あの羊毛のような髪が体を暖める効果があることを願いつつ、リアの気を紛らわすことができるよう質問を続ける


「シルフィアを呼び出すときに、なんだか自分の活力が奪われたような感覚に襲われたんだが、それも魔流素が関係してるのか?」

「魔流素は体に取り込むと身体能力を上げる効果をもたらすからな。プレージュ大陸に生きる生物は息をしたり、水を飲んだりすることで自然と魔流素を体の中に蓄えているけど、あの召喚術で体内の魔流素を消費しちゃったことで、活力が奪われたように感じたんだろーよ」

「なるほど、泉の水を飲んだときに活力を取り戻したように感じたのはそのせいか」


 一人で納得していると、リアはいや、と否定するように言う


「ただ水を飲んだだけで活力を取り戻したと感じるほど回復はしないはずだ。一応魔流素を多く含んだ水もアイテムとして売られていたりはするが、多分今回はあの泉が旧聖地だっていうのも無関係じゃないだろーな」


 旧聖地といえば洞穴に来る前に泉を指して言っていた言葉だ。ただの聖地ではなく旧聖地というのも気になる


「その、旧聖地ってのはなんなんだ?まず聖地がどういうものかもわからないが」

「聖地ってのはその名の通り神聖とされている場所だな。プレージュ大陸には聖地とされる場所がいくつかあって、その多くが魔流素を多く含有している土地で、そこから地脈を巡って大陸中に魔流素が届けられていると言われてる」

「多くがってことは全部がそういう土地じゃないってことか」

「まあそうだな。単純に宗教的に大事な場所も聖地って言われたりするし、人間と魔族で聖地とする場所はブレがあるからな」


 宗教というのは歩いているときに聞いたトリフォール教のことだろうか。人間と魔族で信仰する宗教も恐らく異なるだろうから、むしろその状態で現在の人間と魔族で大きな対立が起こっていないのは奇跡的といえるかもしれない

 気になることは際限なく浮かんでくるが、とりあえずリアの話の続きを待つ


「んで、旧聖地ってのは数百年前に人間と魔族が戦争をする前に聖地とされていた場所のことだな。戦争後に何故か全ての地図や書物からその存在を抹消されて、人々もそういう場所が存在した、という認識はあってもそれがどこかっていうのは分かっていないとされる場所だ」

「ん?でもお前はこの泉が旧聖地だって知ってただろ。言ってることが矛盾しているじゃないか」

「そうそう、それがこんな森の中にオレがいた理由なんだよ」


 説明に熱が入ってきたのかリアが少し身を乗り出してきた。そういえばリアが森に居た理由を聞いていなかったなと思い返す


「自分のことで手一杯で聞いてなかったが、なんで森の中で追い剥ぎなんてやってたんだ?」

「盗みを働いたのは森のど真ん中で寝てるアホがいたから漁ってただけだが、雫の森に居たのは、この泉が旧聖地だって暗示してある書物を見つけたからなんだよ」


 アホ呼ばわりに一瞬むっとするが、気を失っていた場所を考えると反論できなかった

 しかし、暗示ということは、この泉が明確に旧聖地だという証拠があるわけではないのだろうか


「暗示ということだが、ここが旧聖地だというのは間違いないのか?」

「まあ、オレは書物の捜索を依頼されてそれを見つけ出しただけで、実際にこの泉が旧聖地だと解読したのは依頼してきた奴なんだけどな。ただそいつの言うことはオレはある程度信用している」


 説明を聞く限りだとこの泉が旧聖地だと確定しているわけではなく、あくまでリアとその解読した人がそう思っているだけのようだ

 ただ、本当にここが旧聖地なのだとしたら、これまで存在が定かではなかったものを見つけたことになり、かなり重大な発見のはずだ


「この泉が旧聖地だっていうのは既に色んな人が知っている情報なのか?」

「いや、知っているのはそいつとオレだけのはずだ」

「そんな大事そうな情報を俺に話しても良いのか?」

「ああ、本当に旧聖地なのかどうかの調査がてら、金目の物でもあったら頂こうと思ってこの泉に来たんだが、魔流素を大量に含んでいるのは分かったが金になりそうなものはなーんもなかったからな。オレにとっちゃもうこの泉は用なしだよ」


 リアはつまらなさそうに肩をすくめながら言った。元々旧聖地自体には特段興味はなかったようだ


「金目の物はなかったってことは、もうこの泉は調査済みだったってことか」

「お前を寝てるのを見つけたのがこの泉からの帰り道だったからな。この洞穴も調査した時に見つけた場所だが、くまなく探しても何にもなかった。とんだ無駄足どころか、追い回され風で吹き飛ばされて道案内までさせられるとか完全に災難だぜ」

「ま、それは盗みを働こうとした罰だな」


 からかうように言うと、リアはそれこそばつが悪そうにちっと舌打ちした

 リアから色々と聞くことによってこの世界について少しずつ分かってきたが、どれも初めて聞くと感じる話ばかりで、話をきっかけに何かを思い出すといったことは起こらなかった

 やはり過去の自分との繋がりになりえるものはシルフィアとの盟約とやらと、この石だけかと、腰周りのポケットに入れた石に触れながら考える。といっても、シルフィアは過去の自分について教えてくれそうになかったが

 だだ、まだリアに聞いていないことが一つあった


「泉の羽の生えた女の子のことを、てんぼうぞく……だっけ?って言ってたが、あの子も魔族の一種なのか?」

「あー、天亡族てんぼうぞくも人間以外の知的種というくくりで言えば魔族だが、一般的には魔族扱いされることは少ないな。天亡族は、なんというか特殊なんだよ」

「特殊?」

「そう、元は天よりの使者として地上に降り立った種族で、天への戻り方を喪失した、すなわち天を亡くしたから天亡族と呼ばれているとされてる。地上に魔流素をもたらしたのも、人間種に魔術を教えたのも天亡族と言われてるな。ま、どれも神話上の話だけど」


 リアの話は途方もなくスケールの大きい話だったが、リアがうさんくさそうに言っていることから考えるに、そこまで信じられている話というわけでもなさそうだ


「とはいえ、少数しかいない種族なのに今も魔流素を多く含む聖地のほとんどを管理しているのが天亡族なのは事実だ。トリフォール教でも天亡族は神の使い扱いしているし、戦争の前から人間に崇め祭られていたから、魔族とは人間からの扱いはかなり違うと考えたほうが良いな」

「なるほど、確かにそれは特殊だ」

「ただ、最近は魔族から大きく非難されている種族でもある」


 と、口調を強めに変えてこちらを指差しながらリアが言った。最初は説明するのを面倒くさがる素振りを見せていたが、なんだか段々とノリノリになっているような気がする。意外と人に説明するということが好きなのかもしれない

 その気分を阻害しないように、うまく乗せられるように返事をする


「そりゃまた何故?」

「元々魔族においても天亡族を特別扱いしていたんだが、最近プレージュ大陸を巡る魔流素の量が減っていて、それが聖地を管理する天亡族が意図的にやってるんじゃねーかって言われてる」

「それでなんで魔族が非難するんだ?」

「魔族や魔物は、人間と比べて魔術を含めて魔流素を扱うのが上手い種が多いんだよ。対して人間は魔術よりも道具を扱うのが上手く、数が多いから、魔流素が枯渇すると大陸内でのパワーバランスが崩れるってこったな」

「でも、魔族と人間は停戦協定を結んでいるって言ってただろ」

「停戦協定というか、不戦と融和の誓いだな。ただ、これも数百年前に立てられた誓いだから段々と形骸化しているし、さっきも言ったように未だに魔族を迫害している人間も多いから、魔族も人間もお互いに信頼しきっているわけじゃねぇ。魔流素が枯渇すると、人間に攻められた場合に魔族が対抗できなくなるから死活問題なんだよ」


 リアの話は聞いていると、なんともきな臭い話だった。どこへ行っても世界は争いから逃れられないものなのかとため息を吐く

 と、そこでふとどこへ行ってもという自分の考えに疑問を持つ。どこへ行ってもというのは何と比較して感じたことなのか。まるで自分はどこか別の世界からこの世界に来たみたいではないか

 ただ、そこから記憶を手繰り寄せることができない。そのもどかしさに自分の頭を押さえていると、リアが心配そうに覗き込んできた


「おい、大丈夫か?風邪でも引いたか?」

「いや、大丈夫だ。ちょっと疲れただけだよ」

「ま、おめーの頭にゃオレの説明は難しすぎたかな。といっても大体説明はし終わったしちょっと休んどけよ。ただ寝るんじゃねーぞ、体が冷えるからな」


 リアの煽ってるんだか気遣ってるのか分からない物言いに苦笑しつつ、了解、とだけ返して言われた通りに休むことにした

 改めて自分は世界について何も知らないということを思い知り、これまでどう世界と関わってきたのか、色々と思うところはあったが、やはり自分の過去や身の振り方に向き合うのはこの森を抜けてからでも遅くはないのだろう

 今は、こちらを気遣ってくれる同行者がいることに感謝しつつ、雨音に耳を傾けながら体を休ませることにする

 出来るのなら、今一度リアの髪にうずもれながら休みたいと思ったが、また嫌がられてしまいそうなので言葉にするのはやめておいた

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