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記憶は失くせど、盟約は失われない  作者: ころさめ
第二章 泉の少女
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第5話 涙の雨

 その泉は、想像していたよりも大きな泉だった

 森が突然開けたかと思うと、横長の楕円を少し歪にしたような形をした泉が目の前に現れた


 大きさが分からないという程大きくはなかったが、泉の外周を走って回ろうとすると10分近くはかかるだろう

 あれから雨脚は強まり本降り状態になっていたが、泉の水はまだ濁らず底が見えるほどに青く透き通っていた

 早速飲もうと泉に近付こうとすると、袖をくいっと引かれる。振り向いた先では、リアが遠くを指差していた


「あっちに洞穴があるからそこで雨宿りしとくわ。ゆっくり水を飲んでから来いよ」

「おう、分かった。―――いや、ちょっと待て」

  

 リアの指差す先には確かに洞穴があったが、言い方に違和感を覚えたので確認する


「お前、水飲んでる間に逃げる気じゃないだろうな」

「………………」


 聞いた先のリアはこちら視線を合わせようとしない。そのまま顔をじっと見ていると、ヒュー、ヒューと音にならない口笛を吹き始めた

 

「その反応からして図星だろ!」

「あー!わかったわかった!逃げなきゃいいんだろ!くそっ、ここにいてやるからさっさと飲め!」


 リアはやけになった風に言った。その返事に満足して、泉に近付いてしゃがみこんでから両手で泉の水を掬い上げる。水に異常がなさそうなことを確認してから、口元に持ってきて一気に飲み干した


 ごくっごくっ、と冷たい水が喉元を通る感覚を味わいながら、そのまま何度か水を掬ってから飲むを繰り返す。喉が渇いた時に水を飲むと甘く感じるというのは本当のことなんだなと思いながら、それとは別に、自らの芯の部分が満たされていくような不思議な感覚を覚えた


 それはシルフィアを呼び出したときに失われた活力を取り戻すような感覚だった。最後に水を飲んだ時の記憶は既に消え去っていたが、ただの水を飲んだ時に感じるものとは違うような気がした


 不思議に思いながらも水分補給を継続するが、その間にも雨は強さを増してきていた。ある程度喉が癒えたところで、体が冷える前にと切り上げようと顔を上げる。すると、泉の中心で何かが水の中から出てくるのが眼に入った

 雨音で遮られて音は聞こえなかったが、始めは魚が上げた飛沫かと思ったそれは、よく見ると―――


(人……?)


 その何かは人の姿をしていた。下半身は泉の水に浸けたまま上半身のみ姿をさらけ出している

 十台半ばから後半ぐらいの、濡れた白金の髪を腰まで下ろし、切れ長の目にスッとした鼻立ちの整った顔をしている美しい少女だった


 白い布を纏っていたが、濡れて張り付いて細く白い身体をさらけ出している。そして何よりも特徴的だったのは背中の布の間から小さな羽が生えていることだった


 更に彼女の周りには白色ではあるがシルフィアの周囲にあったものと同じような光の粒子が揺らめいていた

 憂いの表情を浮かべて天を見上げたその横顔に見惚れていると、表情が更に悲しげに歪んでゆくのが見えた。あれは―――


「―――泣いている?」


 いや、あれは涙ではなく雨粒か。その悲痛な表情から錯覚を起こしているだけだった

 しかし、彼女は何故あんなところで悲しげな表情をしているのか―――と考えていると、不意に背中から強い力で押され、堪えきれずにバシャッと泉に顔から突っ込んでしまう

 何が起きたのかと、一瞬パニックになりかけるが、それと同時に後ろから怒ったような声が聞こえた


「何じっと見てやがるこの変態野郎!」


 どうやらリアに後ろから蹴飛ばされたようだ。泉から顔を上げて服の袖で顔を拭ってから、その理不尽な行いに抗議する


「お前なぁ……見るのをやめて欲しいにしてもこれはいくらなんでもやりすぎだろう」

「逃げるなって言って人を待たせておきながら、水も飲まずに濡れ透け女を凝視してるのが悪いんだろーが」


 非難がましい目でこちらを見ながらリアが言った。雨が降っているからか、いつの間にかフードを被りなおし、セレムを首巻きモードにして首に巻いていた

 それにしても濡れ透け女というのはひどい表現だが、リアらしいと言われればそうかもしれない


「いや、濡れ透けとか関係なくあんなところに人がいたらそりゃあ気になるだろ」

「てめぇは前科があるから信用ならねーな。お近付きになって濡れた懐を弄りたいとでも思ってたんじゃねぇのか?」


 どうやらリアは石を探すとき身体に触られたのを根に持っているようだった

 その行いと言い草に苛立つが、相手が子供だと思い出しぐっと堪えて落ち着いて反論する


「この雨の中で泉に入っているなんて風邪引くかもしれないし、悲しそうにしてるように見えたから気になっただけだって」

「さて、どうだかな。旧聖地にいる魔粒子を《まりゅうし》まとった天亡族てんぼうぞくとか、危ない匂いしかしねぇからオレならできるだけ関わり合わないようにするけどな」

「え、なんだって?旧聖地?まりゅうし?てん・・・なに?」


 リアから発せられた新たな聞き覚えのない単語につい聞き返してしまう


「あーもうわかったわかった!そこら辺も説明してやるから、とりあえず水を飲むのがもういいなら洞穴に行こうぜ。こっちが風邪引いちまうよ」


 そう言うとリアは寒そうに体を抱きかかえた。上着やフードを被りなおしてはいたが、それでも内側の服までかなり濡れているので寒いのは確かなのだろう

 こちらも雨に濡れている上に、冷たい水を飲んだことで体がかなり冷えてきていた。泉の少女が気にはなったが、洞穴に向かうことを優先するべきだと判断し、リアにわかったと了解の意を伝える


 洞穴に向かう前に泉の少女をちらりと一瞥する。そう遠くはないものの、声が雨音に遮られていることもあり、天を見上げたままこちらに気付いている様子もなさそうだった

 ただ、歩き出そうと視線を逸らす時に、泉の少女が誰かへ懇願するかのようになにかを呟くのが見えた

 あの口の動きは、おそらくこうだろう


 おゆるしください―――

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