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記憶は失くせど、盟約は失われない  作者: ころさめ
第二章 泉の少女
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第4話 魔族と人間

 人間と魔族が混じり合う大陸、プレージュ大陸

 それは東西に長く、主に中央から東側に人間が治める12の国が存在し、主に西側に魔族が治める5つの国、そしてその中間にそれぞれの種が混ざりあった評議会の治める2つの国が存在している


 数百年前に行われた人間と魔族の覇権を争う大規模な戦争以来、プレージュ大陸では大きな争いは起こっておらず、人間と魔族は共存とまでは行かずとも、それぞれが協力し合いながら日々を過ごしていた


 そして、プレージュ大陸からやや南南東に位置する、比較的大きな領土を持つサンタレア王国の、およそ4割を占めるのがこの雫の森である

 人間に主に信仰されている宗教であるトリフォール教の、神が流した涙の一雫によってこの森が生まれたと伝えられていることが由来とされている


 起伏が少なく、木々も比較的まばらに存在するため、ある程度開拓が進んでいて、いくつかの公道も存在するという。ただその広大さ故に、公道を離れて一人探索に出かけると、そのまま帰ってこれなくなる者も多くいるとされている


「―――っていうかお前本当に何も知らねぇんだな。大陸から説明しなきゃならんとは思わなかったぜ」


 と、この世界について説明している羊魔と人間のハーフの少女―――名はリアと言うらしい―――が、この森についてまで説明し終えたところで呆れたように言った


「知らないんじゃなくて、忘れたんだって」

「忘れるにしたってそんなことまで忘れるかぁ?ふつー」


 訂正してみるものの、リアはあまり納得はしていないようだった

 リアは頭の後ろで手を組みながら隣で並走するように歩いていた。一度脱がした上着は着直していたが、フードや首巻きは外して楽そうにしている


 つい角やふやわふわな髪に目がいってしまうため、隠さなくて良いのか?と聞いたら、念の為にしてただけだしいいよ、ぶっきらぼうに言っていた

 始めは首巻きに擬態していたセレム―――どうやら粘態族ねんたいぞくと呼ばれる魔族らしい―――は後ろからぴょんぴょん跳ねながら付いてきている


 あの後―――リアから石を取り返した後、そのふわふわな羊毛を堪能すること約10分、すっかり満足してリアを開放すると、抱きつかれている間に段々と大人しくなっていたリアは疲れが溜まっていたのか、いつの間にか眠ってしまっていた


 起こすのも可哀想かと寝かせたまま、そばにいたセレムをつついて遊びながら待つこと小一時間。目が覚めたリアは最初は戸惑い、セレムの体が3つに分けられて俺にお手玉にされている姿を攻撃されていると勘違いし、焦ってセレムを取り返そうとしていたが、よく見るとセレムが楽しそうにしているのを見て脱力していた


 セレムの体を揉んで遊んでいたら体が突然二つに分離したときは驚いたが、どうやらセレムは好きなように体を分離することができるようだった


 リアはその後、ため息を吐いて落ち着いてから、「約束通り森を出るまで案内してやるよ」と言ってきたのだが、走り回ったりした影響で喉が乾いていたのでまず水が欲しいと伝えると、注文の多いやつと言いたげな嫌そうな顔をされてしまった

 ただその後に、手持ちの水が少ないからまず水が飲める場所へ行こうと提案してきたので、その案を採用して向かっているのが今だった


 途中、先導していたリアが突然「面倒臭くなった」と言い出して手にしていた方位磁石を渡してきたので、今は逆に俺が方角を確認しながらリアを先導する形になっている

 リアが言うには65度の方角に10分ぐらい歩いたらでっかい泉に着くはずだとのことだったが、それなりに歩いたもののまだその姿は見えてきていない

 

 ただ歩いている時間を使いここの世界についてリアに質問することで、知識を得るのは有意義な時間ではあった


「確かリアは羊魔と人間のハーフ―――半魔だって言ってたよな?まずその魔族っていうのは何なんだ?羊魔っていうのは羊と何か関係があるのか?」


 魔族についての質問をリアに投げてみる

 理由は分からないが、人間という概念はある程度イメージ出来たものの、魔族はぼんやりとしたイメージしかなかった。今は己のことを人間だと勝手に認識しているが、もしかしたら魔族である可能性も否定は出来なかった


「魔族っていうのは人間以外の知的生命体の総称だな。この大陸の大多数を占める人間が勝手に言い出した定義だが、それを逆手に取って魔族間での結束力を高めるために、人間の侵略に対抗するためのプロパガンダとしての言葉に用いられたりもしたらしいぞ」


 今は言語が共通化されたから魔族側も日常的に使っているけどな、とリアは一言付け加えた


「羊魔族、あるいは羊魔ってのは羊の特徴を持っている種族ってだけで羊と直接関係があるわけじゃねぇよ。いや、あるのかもしれないがそういうのは学者とかが関知する領域の話だな」


 改めてリアの角や髪を眺めてみても、羊の特徴にそっくりなように見える。これで人間とのハーフなのだから、純粋な羊魔の場合もっと特徴は顕著に現れるのだろうか

 こちらが眺めているのに気が付いたのか、少し恥ずかしそうに右角を撫でながらリアは続ける


「ただオレを見れば分かる通り、人間は羊とは交雑できないが、羊魔とは交雑できるんだから、羊魔はどちらかといえば人間に近いんじゃねーかな。魔族の多くは人間や他の魔族と交雑できるから、人間と魔族はそんなに遠い種族というわけでもないんだろうよ」

「なるほどなぁ……」


 説明された内容よりも、まだ小さいのに交雑とか難しいことも知ってるんだなぁと感心する。追い剥ぎをするような割に育ちは良いのだろうか

 しかし人間と魔族で交雑可能となると……


「さっきセレムのような粘態族も魔族って言ってたが、それじゃあ人間と粘態族でも交雑可能ってことなのか?」


 後ろからうにょうにょとしながらついてくるセレムを横目で見ながら聞いてみる

 セレムの性別がどちらなのかは分からないが、その姿からは生殖というよりは分裂して増えてそうな趣を感じてしまう


「さあ、どうだろーな。オレは粘態族のハーフがいるって聞いたことはないからわかんねーけど。どちらかというと粘態族は魔族というより魔物に近いしな」

「ん?魔族とは別に魔物っていうのもいるのか?」


 また新しい概念が出てきたのでリアに聞き返す。記憶にはないが、なんとなくイメージ的に魔族と魔物は近しいもののように感じる


「魔物ってのは人間に対して特に脅威になりえる動物に対する呼称だな。魔族との違いは人型ではない種が多くて、知性を持たず正確な意思疎通が出来るかどうかが異なるって感じかね。実際、粘液種っていう粘態族とよく似た魔物もいるからな。粘態族は基本的にあまり喋らないし人型をしていないけど、言葉は通じるから一応魔族扱いされてる」


 確かにセレムはリアの言葉を理解して攻撃をしかけてきたりもしていた。それどころか直接言わずとも首巻きや剣、そして本来の姿へとリアの望みに応じて姿形を変えていたことから、言葉以上の意思疎通が出来ているとも言えるだろうか


 そもそもこの羊魔のハーフと粘態族はなぜ一緒に行動しているのだろうか。特別な信頼関係を感じるが、不思議なコンビのようにも感じる

 リアはこちらがリアとセレムを見て考えているのを訝しげにしていたが、そのまま説明を続けた


「だから人間と交雑できるかどうかは魔族か魔物かの違いにあまり関係無いんじゃねーかな。あと魔族とあまり交流の無い地域の人間は、魔族と魔物を同一視しているところも多くて、数百年前には魔族と人間で不戦と融和の誓いが結ばれたにも関わらず、未だに魔族に対して偏見を持っていたり、迫害しているところも多くあんだよ」


 リアはけっ、と吐き捨てるように言った

 そういえばリアは羊魔の特徴である角や髪を始めは隠していて、見られるのを嫌がっていた。セレムも首巻きに擬態させていたし、それらは今の話と無関係ではないのかもしれない


「この森を含む王国―――サンタレア王国って言ったか?その王国も魔族に対する偏見や差別があったりするのか?」

「あー……まあそうだな。サンタレア王国は魔族所領と少し離れてるし、ないことはないだろーな。オレらが魔族なのを隠していたのはどちらかというと目立たないようにするためってのがメインだけど」

「そうか……隠さないといけないなんて勿体無いな。可愛い特徴だと思うんだけど」

「かっ、可愛いって、何言ってんだお前は!」

 

 リアは怒りながらこちらから視線をそらした。どちらかというと照れているといった感じで、可愛いと言われることはそこまで嫌では無さそうに見える

 頭の後ろで組んでいた手を解き、そのまま背中に回してもじもじしながらこちらを見ようとしないリアを、ニヤニヤしながら眺めていると、不意に頬に水滴がおちた


 ん?と思って見上げると、木々の間から見える空がいつの間にか暗い曇り空になっていた。ぽつぽつと、段々とはっきりと雨だと分かるようになり、手にしていた方位磁石の上にも雨が落ちて水滴が確認できるようになってきた

 横を向いていたリアも空を見上げてぽつりと呟く


「まずいな……雨か」

「どうする?雨宿りできる場所を探すか?」


 この空の様子だと雨脚は強くなっていくだろうと感じての提案だったが、リアは否定するように首を横に振った


「いや、お前水が飲みたいんだろ?これから向かおうとしていたのはきれいな水が湧く泉なんだが、雨が降ると泥水が混ざって飲めなくなるぞ」

「あー、そりゃ確かにまずいな」

「まあ結構歩いたし、もうすぐ着くだろ。急ぐぞ」


 そう言うとリアは後ろを向いて「セレム、乗れ!」と呼びかけた。後ろを着いてきていたセレムはそれを聞いてリアの頭に飛び乗る。振り落とされないようにするためか、体の一部をリアの角に巻きつけている姿がまた可愛らしかった


 リアが走り出したのを見て、改めて視線を手元の方位磁石に戻す。木々を避けながらではあるが、針の先はリアに言われた通り65度を指していた

 リアに追い付こうと走り出したタイミングで、ふと思い出す


「そういえば、リアって右足を痛めてなかったか?背負っていってやろうか」

「へっ、てめぇに背負られるぐらいなら這って行ったほうがまだマシだね」


 先行するリアがこちらを向いて挑発するようにべーっと舌を出しながら言った。これだけ元気なら大丈夫だろう

 なんだかんだでリアやセレムと行動することを楽しんでいる自分に気付いてふっ、と笑みをこぼしながら、リアを追い抜き過ぎないよう気をつけて道なき道を駆けて行く

 その横では「何がおかしいってんだ!」と怒りながら走るリアと、その頭が振動するたびぷるぷる震えるセレムの姿があった

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