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記憶は失くせど、盟約は失われない  作者: ころさめ
第一章 記憶喪失
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第2話 呼び声の主

「へ?」


 どこから聞こえた声か分からず辺りを見回すが、周囲には少年以外に人らしき姿はなかった

 不思議に思っていると、突きつけられた少年の剣が眼前に迫る


「うおっ!危ねえ!」 


 間一髪首をひねって避けて、続く攻撃を躱しながら慌てて距離をとる


「おいおい、やけに余裕綽々だな。一応これでも刺さるし切れるんだけどな」

「いや、今なんか声がしなかったか?呼びたまえとかなんとか」

「はあ?なんも聞こえてねーよ」


 心底おかしそうに少年が言う。空耳か―――と思ったところに再び声が響く


 ―――名を呼びたまえ。既に盟約は交わされている


「ほらほら、また聞こえた!」

「……聞こえねーよ。記憶だけじゃなくて頭もおかしくなっちまったんじゃねえか?」


 空いている左手で頭をとんとん、と指差しながら少年が言う。いや、しかし今度ははっきりと聞こえていた。少年が嘘を吐いている様子はないということは、この声は自分にのみ聞こえている?―――そんな事が可能なのだろうか


 声について考えていると、少年が再び仕掛けてくる。正直なところ尻尾を巻いて逃げ出したいが、そんなことをしたら逆に少年に茂みの中に逃げられて、森の中をさまよい続ける羽目になってしまうだろう。そうすると懐に飛び込んで打撃を与えて剣を奪うしかないが、少年もそのことを承知の上かあまり攻めて来ずリーチ差を使っての突き攻撃がメインだった

 このままじゃジリ貧だな……と思っていると、再び声が聞こえてくる


 ―――我が名を呼び、助けを乞え。さすれば盟約に基づき、我が力をそなたに貸そう


 相変わらず声は聞こえているが、その声はどこからか呼ばれているというよりも頭に直接響くように感じられた。やはり特殊な力を使って直接自分に声が届けられているのだろうか

 その声が言うには名前を呼べばどうやら助けてくれるらしい。個人的には藁にもすがりたい気持ちなのだが、そもそも記憶を失ったばかりで相手が誰なのかも分からないし、当然盟約と言われても何のことかさっぱり分からなかった


 ―――我が名はシルフィア。この世の数多に存在し、かつ存在していない我を方向付けるのはそなたとの盟約であり、その名だ

 

 言っていることは良く分からなかったが、懇切丁寧にその名前を教えてくれた。―――ええい、こうなりゃやけだ!


「良く分からんが……盟約に基づき、我に力を貸したまえ!シルフィア!」


 少年に怪訝な顔をされつつ、繰り出される突き攻撃を避けながらとりあえずそれっぽいことを言ってみる

 すると、攻撃を仕掛ける少年の剣とこちらの間の何もない空間に風が集まりだした。お互い咄嗟にその風から離れるが、風は段々と強くなり枯れ葉や木の枝が巻き上げられてゆく


「てめぇ、魔術師かっ!」


 少年が異変を感じてこちらを睨みながら言った。首巻きがなくなり口元が見えることで窺い知れるようになった顔立ちは背丈同様の幼さが感じられたが、その表情は苦い顔をしていた。魔術師に何か嫌な思い出でもあるのかもしれない

 魔術師という単語に聞き覚えはあったが、自分がそれだという実感はなかった。ただ、名前を呼んだ後から妙に疲労が感じられ、活力とでも言うべき力が抜き取られたような感覚だった。これがシルフィアとかいうものを呼び出す代償なのだろうか


 渦巻いていた風が強くなり立つのも辛くなってきたあたりで、不意にその風が弾け飛んだ。巻き上げられていた枯れ葉や枝、石などが散らばる中、その中心にいつの間にか細身の女性が現れていた

 その姿をみて少年がぼそりとつぶやく


「どこから現れやがった…………浮いてる?」


 そう、その女性は宙に浮いていた。それだけではなく、薄い布を着飾った可愛いとも美しいともとれる風貌に、緑色の光の粒子をまとったその姿は、どこか神秘的に感じられた

 その女性―――シルフィア?は閉じていた目をゆっくりと開くと、その姿に似合わぬニッと笑った表情でこちらに話しかけてくる


「やあ、久しぶりだね……いや、この場合は初めましてかな?」

「えっと、シルフィア……さん?」

「そうさ、僕が君と盟約を交わした風の精のシルフィアだ」


 両手を腰に当ててふふんっと得意げに胸を張るシルフィア


「なんか、さっきまで聞こえていた声と口調も話し方も全然違うんだけど……」

「何事も最初が肝心って言うでしょ?荘厳さを感じないと呼び出してくれないかも知れないじゃないか」


 そうは言っても直接届けられた声や、その容姿とあまりに印象が違い過ぎて拍子抜けしてしまった。ただ、何もないところで光をまといながら浮いているその姿と、自らを風の精と称していたことから、尋常ならざる者なのは確かなのだろう

 呆気にとられていると、シルフィアがスッと前方を指差した


「あれ、逃げちゃうよ?追わなくていいの?」


 指差した先には、こちらに背を向けて右足をかばいながらも駆け出している少年がいた。超常的な現象に恐れたか、あるいは2対1の構図になって不利になったと判断して逃げ出したのだろう。シルフィアに気を取られていた間にもう見えなくなりそうな場所まで逃げられていた


「ま、逃がしはしないんだけどね」


 慌てて追い掛けようとする横で、シルフィアが腕を凪ぐ様なしぐさを見せる。すると、突然逃げていた少年の周囲に、シルフィアが現れた時よりも強い竜巻が巻き起こった


「うわ、ぐぅうううううっ……!!」


 突然の出来事に少年は身を縮こまらせるが、風のあまりの強さに軽すぎる体重では支えきれなくなったのか大きく吹き飛ばされた


「ぐっ、がっ!」


 体5つ分ほど飛ばされた先にあった木の幹に身を打ちつけた衝撃で悲鳴が漏れる。それと同時に、少年の持っていた剣が手から離れた

 突然の現象に驚いて、少年を追いながらシルフィアに尋ねる


「今の、お前がやったの?」

「そうだよ?さ、チャンスだ、盗られた石を取り返そう」


 シルフィアは飄々とした顔でそう言いながら走るこちらの横を浮遊しながら付いて来る。風の精とは言っていたが、実際にその尋常ならざる力を見せられると少し恐ろしさを感じた

 それにしても、あの石をわざわざ取り返そうということは、シルフィアと何か関係があるのだろうか


「そういえば、あの石って結局なんなんだ?」

「うーん、そうだね……あかしみたいなものだね」

「証って、なんの証だよ」

「それは、僕と君の盟約の証……かな」


 まあ、正確には少し違うんだけどね?とおどけた顔でシルフィアは付け加えた。物言いからはぐらかされているような感覚があったが、追求は後回しにすることにした

 吹き飛ばされた少年のそばまで近寄って、様子を伺う。少年は打ち付けた体を痛そうにしながらううぅ……と呻くだけで倒れたままだった

 シルフィアが必要そうにしていたため、恐る恐る盗られた石の入っている小袋に手を伸ばすが、抵抗される様子はなかった。小袋を開けて中身を取り出すと、そこには光る半透明な石……ではなく、森の中にも落ちてそうな普通の石が入っていた


「あれ、こんな石だったっけ」


 薄目で見ていたから違うという確証がなかったため、念のためシルフィアに確認してみる


「いや、違うよ。多分それはフェイクで別のところに隠しているんじゃないかな」


 ということは、少年が大事なものかどうか聞いてきたときに右手で小袋を押さえていたのも、そこにあの石が入っていると思わせるためのフェイクだったのかと感心する。ただ、この幼さでそういったテクニックを身に付ける必要がある境遇だったと考えると、喜ばしいことではないのかもしれない

 小袋にないということは少年がやっていたように体を物色しなければならないが、少年は少し痛みが引いてきたのか体を起こして尻餅をついた格好のまま、こちらをキッっと睨み付けてきた


「くそっ、それ以上近寄るんじゃねぇ……」


近寄ったら抵抗すると言わんばかりの少年に少し躊躇していると、シルフィアがゆっくりと空中から降りてきて地面に立ち、転がっている剣を手に取った


「そんなこといっても得物はここにあるし、またさっきみたいに風の力で吹き飛ばしてもいいんだよ?生殺与奪権はこちらにあると思うけどね」


 シルフィアは笑顔を崩さず脅すように言った。その言葉に少年はくっ、と声を詰まらせるだけで反論は出来ないようだった


「じゃあちょっと失礼して……」


 抵抗されにくくするため、少年の後ろに回って羽交い絞めするような格好で上半身を起き上がらせる。少年は胸元で留めた下半身まで覆えるフード付きの上着を着ていたが、何故かやけにフードや背中の部分が膨らんでいて、綿が詰まっているような感触があった

 とりあえず上半身から片手を使って上着やその中を漁っていると、起き上がらせるときには抵抗してこなかった少年が嫌がる素振りを見せ始めた


「ちょっ、てめっ、どこ触ってんだ!」


 ん?と反応に疑問を感じながら身体をまさぐっていると、そういえば柔らかい体をしているなと思い、はっとして下腹部を触ってみる

 すると、男なら付いているはずのものが付いていなかった


「お前……女だったのか」


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