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記憶は失くせど、盟約は失われない  作者: ころさめ
第一章 記憶喪失
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第1話 目覚め

 ゴソゴソ……ゴソゴソ……

 意識が覚醒を始めたときに、最初に認識したのは背中に感じるひんやりとした土と、体をまさぐられる感触だった


「んー?何にもねーなー」


 耳に聞こえてくるのは、服が擦れる音と、荒っぽい口調の子供―――少年?の声。状況と独り言の内容から察するに、どうやら仰向けに倒れているところを誰かに持ち物を物色されているらしい

 急に目を開けると相手に気付かれると判断し、薄目を開けて様子をうかがうと、そこにはフードと首巻きをして顔を隠した小柄な影と、木に囲まれている周囲の様子が目に入ってきた


 ―――ここはどこだ?と訝しむと同時に、そもそもの自分の記憶が抜け落ちていることに気が付く。自分は誰で、何をしていたのか、何故こんなところで倒れているのか、回想をしようとしても思い出すことが出来なかった

 記憶喪失、とその概念を思い出すことは出来たが、それについて考えるよりもまず現状をなんとかすることを優先したほうがいいだろうと判断する


 少年は胸元を物色していたが、何も見つけられず腰の辺りを漁り始めた。耳を澄まし、少年の視線が下を向いたであろうタイミングで目を少し開いて周囲を確認するが、他に人の気配は特に感じられなかった

 可能であれば少年から状況と場所を聞き出したいところだが、おそらく盗みを働いている相手に対して穏当に対話を行うのは難しいと思われることから、捕まえて話を聞きだすべきだろう


「お、なんかあるな」


 チャンスをうかがっていると、少年は腰周りの外側にあるポケットから光る半透明の石のようなものを取り出し、目元に掲げ、首の角度を変えながらほっほーんと鼻息荒く見回している


「これは、なかなかに……なかなかなんじゃねーの?」


 感嘆の声を出しながら、手触りなどを確認し始める。注意は明らかに石の方に逸れていた

 チャンスだ―――そう思った時にはもう体は動いていた。上半身を起こしながら右手を伸ばし少年の首巻きに手をかける


 にゅるん。


「なっ―――」


 掴んで引き寄せようとした瞬間、滑らかな感触が伝わり手が滑って掴み損ねる。明らかに感触が見た目と異なっていた


「やべっ!」


 驚いた表情を見せる少年に対して、しまったと思った瞬間にはもう少年は石を手にしたまま身を翻し、走り出そうとしていた。こちらも急いで起き上がりながら追う体制を取る。倒れていた影響か、少し背中が痛んだが走ることに支障はなさそうだった

 走り出したときには既に少年は木々の間に姿が消えようとしていた。周りの風景から察するにどうやらここは森の中のようだが、ある程度日の光が差すことからそこまで深い森ではなさそうだ


「待ってくれ!」


 待てといわれて待つ泥棒はいないだろうが、念のため声をかけてみる。少年の発した言葉の内容を理解できたことから、どうやら言葉の通じない相手ではないだろうということは察することができた。ただ、浅い森といえど記憶喪失の人間が一人森の中で取り残されて生き延びる自信はなかった

 幸いなことに靴は盗まれていなかった上に、己は成人男性の体形で、少年は人ならば十歳程度の体形をしていたため、普通に追えば追いつけないこともないだろう。ただ、少年は小柄なことを利用して木々の間を巧みにすり抜けていくので、見失わないように追うことだけで一苦労だった





「―――あいたっ!」


 森の中を駈けずり回ること3分程度、ぎりぎり見失わない位置にいた少年の姿が坂を上ったところで声とともに見えなくなる。急いで駆け寄ると、少年は右足を押さえた姿勢でこちらを向いていた。どうやら木の根に足を引っ掛けて転んでしまったようだ

 逃げられる心配が減り、一安心してひとまず呼吸を整える。はぁ……はぁ……というお互いの息づかいが聞こえる中、先に口を開いたのは少年のほうだった


「あんた、これがそんなに大事なものなのか?」


 そう言って痛そうに右手は右足の足首あたりを抑えたまま、左手を腰の辺りにある小袋にあてがった。どうやら半透明で光る石のことを言っているようだが、見覚えはなかった。ただ、なぜかその石のことを考えるとじくじくと頭が傷むような感覚があった


「いや、そういうわけでもないんだが……」

「じゃあ、なんでそんなに必死になって追ってきてるわけ?」


 そう問われ、一瞬どうするか考えるが、少しでも現状を把握するため正直に話すことにする


「情報が欲しいんだ」

「情報?」

「そう、ここがどこなのかとか、この森を抜けるにはどうすればいいのかとか……」

「あんな森のど真ん中でのんきに寝てた癖にここがどこかも分からないのかよ」


 こちらの話を聞いても少年の表情は冴えず口調からもこちらを警戒しているのが伝わってくる。もっともフードと首巻きに目元以外は隠されていて細かい表情までは分からなかったが


「寝てたというか……気付いたらあそこで倒れていたんだ。そもそも今は何もかもが分からないんだよ」

「何もかも?ってなんじゃそりゃ」


 そう言いながら少年は右足を気にしながらゆっくりと立ち上がった。少し痛そうにしながら右足首を回している。立ち上がっても自分の胸の下あたりまでしかない背丈を見て改めて小さいな……と感じながら状況の説明を続ける


「どうもこれまでの記憶がなくて、どうやってここに来たのかとか、これからどうしたらいいのかとか分からないんだ。だから森の抜け方とか知ってることがあれば教えて欲しい」

「……ふーん、そうなんだ」


 そう気のない返事を返しながら、少年はいきなりとんっ、とこちらに対して小さくバックステップを取った

 しまった、と思った時には少年は右手で首巻きを掴んで脱ぎながらこちらに振りかぶってくる。と、その手の中で首巻きの姿が形を変え始めた

 やはり見た目どおりの素材じゃなかったか―――と先ほど掴んだときの感触を思い出しつつ、逃げられるまいと前のめりになったところで、少年に変形を続ける首巻きを突きつけられる


「おっと、近づくなよおっさん。さっき体を漁った時に武器のたぐいを持っていないのは確認済みだぜ」


 そう言った少年の手には、首巻きから変形し彼の腕と同じぐらいの長さになった剣が握られていた。動物の毛を編んだような見た目から剣に変わる素材など聞いたことがなかったが、そもそも忘れてしまっているだけかもしれない

 それほど体が大きくない少年が腕ほどの長さの剣をそこまで重くなさそうに持っているところを見ると、その殺傷能力は疑わしいものの、口調から察するにある程度の威力はあるのだろう―――もちろんはったりかもしれないが

 フンッと鼻で笑ってから少年は言う


「あんたがどうなろうが知ったことじゃねーな。こちとら物を盗んだ奴相手に拘束もせず暢気に会話するような生ぬるい世界には生きてないんでね」


 これは少年がこけて追いついた時のことを言っているのだろう。確かにすぐ取り押えるべきだったのかもしれない


「そんなぬるいお人好し野郎はこのまま森の中でのたれ死ぬのがお似合いだと思うぜ」


 そういって少年はニヤリと笑いながらこちらを挑発してくるが、それに反して攻撃することなく少し距離を取った。かばう仕草を見せる右足がまだ痛むのか、あるいは体格差からか、攻めるのを躊躇っているようだ

 しかしこのまま逃げられると何も分からないまま森の中で一人になってしまう。かといって素手でリーチのある武器を持つ相手に向かうのも危険だ

 何とかこの状況を何とかする方法はないか考えていると、不意に声が聞こえてきた


 ―――名を呼びたまえ


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