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†the Last desire  作者: 人見
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3:聳懼―こわいこわいこわいこわいよこわいおそろそろしい。

 

     ◇

 

 夜の闇を銀色の直方体がヘッドライトで切り裂く。人間で言うおでこの辺りに行き先が印された電車に俺達は乗っていた。

 何故か住所より二県も北(らしい)にいた俺達は帰宅ラッシュに逆らって上り電車に乗っている。

 この19:00という時間、そして上りであっても乗っている人は案外多い。さっき下りのホームに殺到する人を見ただけに変な気分だ。

 

 携帯に向かう人、文庫本を読む人、漫然と立ち尽くす人。

みなが一様に目的地に向かって進む。只方向が同じと言うだけで、こんな狭い空間に赤の他人と一緒にいる。

 正直な話し、あんまりいい気分はしない。基本、人肌の生温さみたいなものが嫌なんだ。

 ……とそんな事を思ってられたのもそこまでだった。

「おい、動くぞ。」

 黒神が俺の肩を突く。

 目の前にはまさに此処に座ろうと寄って来る人影が。俺達は人には見えないから、しょっちゅう上に座られそうになるのだ。

 黒神曰、人は俺達に触れないから、上に座られはしないけど、お互いいい気分はしないそうで、さっきからこうして何度も移動しているのもその為だった。

 空席を見付けてふぅと座り込む。

 「間もなくハトー。ハトに到着です。1番線に到着、お出口は右側です。」

変に響く間延びした声が次の駅名を知らせた。

 程なく電車は駅に滑り込む。1番線と言っても、改札まで行くには何段階段を上るかわらない様な途方もなく大きな駅だ。窓の外を見ると『波斗』と書かれた看板。成る程だな。

 ドアが開き、人が乗り込む。意外なことに俺達のいる車両に乗ったのはたった一人だった。端の方の車両だからだろうか。路線が寂しい路線なのか。

 乗って来たのは少し

「おっ」と思わせる程の可愛い女の子だった。

 歳は俺と同じくらい。高校の制服の様なものを着ていて、スクールバッグを肩に提げて脇に抱えている。そこらの女子高生が使う様な薄い紺色のやつだ。やや童顔目の顔立ちはきれいに整っているが、きれいよりも可愛いが似合う。

 暑いのか中程までたくし上げられている袖から伸びる腕も、最近の女子高生の例に洩れず短いスカートから伸びる脚も、華奢な見た目に反せずすらっと細い。……大人は眉をひそめるが、最近の若者の風潮に内心ガッツポーズをしたのは大人も同じだと思う。

 女の子はすっと車内を見渡してから俺達の向かいに座る。

 と、少し左腕を気にかける様な仕種をした。

 捲くった袖から伸びる、剥き出しの華奢な腕をさっと摩る。

 その様子を見ていると、不意に目が合った・・・・・

 しかし直ぐにすっと逸らす。

 それは日常ではなんの引っ掛かりもない些細なことだけれど、今では何だか引っ掛かった。

 彼女は膝の上にバッグを置き、バッグとおなかの間に左腕を入れて、何とは無しに前を向いている。

 けれど、しばらく観察してみると、その目の先に気付いた。彼女の視線の先、その焦点が合う処には、人形があった。

 

 彼女はつぁらを見ている・・・・・・・・

 何で?いや、確かに黒スーツの男が天使の人形を手に着けていたら変だよな。けれど、俺達は見えない筈だ。

 俺達は霊で……。そうだ。そうだ、そうだよ。ただ視線がこっちを向いてるだけだようんだって俺達は見えないのだから全くただ視線が向いてるだけで勘違いするなんて俺は随分自意識過剰になってるらしいな俺達は見えない彼女は見ていない見ていない見られていない見られていない見られていない見られていない見られていない見られていない見られていない!!!!!

 と、つぁらが彼女の視線に気付いたのか、ぴょこんと彼女に手を振った。

 彼女は驚いた様に目を見張り、それから胸の前で小さく手を振り返した。

 俺の咽がごくっと鳴るのが判った。

 

見えている・・・・・

 

 俺が思わず取った行動は腕組みをして目を閉じている黒神の肩を突くことだった。

「何だ?」

不機嫌そうに黒神が俺を見る。

「め、目の前の女の子、俺達が見えてるみたいなんだ。」

俺が言う。

 胃がひっくり返りそうだ。声が震えないようにするのがやっとだ。

「ふーん。そうか。まぁ、そんなこともあるさ。」

黒神はしかし、事もなげに言い捨てた。

「霊感の強い人なんて別に珍しくもないだろう?」

……な、成る程。

「た、確かにそうだよな……。」

だけれど、俺にはそれじゃあ済まない。見えない、それがこんなにも俺に平穏をもたらすのだとは夢にも思わなかった。

 余りのショックにちらっと黒神の横顔を盗み見ると、驚いた事に、黒神は目を見開いて固まっていた。

 今まで感情をあらわにすることなどなかった黒神の、薄暗い、無機質な、銃口の瞳に映るのは、動揺と、恐怖。否、あれは畏怖だ。驚きと畏敬、そして恐怖。

 ……何で?

 その視線の先には彼の女の子。彼女は可愛らしい顔を苦痛に歪めて左腕を摩っている。

 そこには摩訶不思議な刻印が浮き上がっていた。

 左手の甲の刻印を中心に、左腕の肘までに紋様が浮き出している。それは、皮膚を引っ掻いたときの様に赤く、しかし入れ墨の様にはっきりと。

 彼女はそれを苦しそうに摩っていた。

 「う、動くぞ、動こう。」

そう言った黒神の声が震えている。その見開かれた目は、蛇に睨まれた蛙の瞳の様な、自分と比べて物凄く大きな存在を目の前にした小動物のそれに似ていた。


 

     ◇

 

 彼女の正面を足早に去ってから俺は黒神に訊いた。

「今のは……何?」

しかし黒神は寡黙にして答えない。

「世の中には知らない方がいいことがあるのですよぅ。」

と、つぁらが執り成す様に言った。

 え?

『しラナイほうガイイコトガアル』?その言葉に俺の頭は真っ白になった。

 何、?か、何かが、出て、あれ?ちょ、っ?、れ?

「お、……お前、は、知っているんだろ……?」

「ふえっ?」

つぁらが声を上げる。

 幼い女の子の声で。全く不意を突かれた、無防備な、警戒心など微塵もない声。

 冷静な自分が声を上げる。

『あー俺、こんなことでキレるような奴だったんだ。』

 うる、さい……五月蝿いっ、五月蝿いっっ!!

 俺の中から何か沸き上がって来る。真っ白な怪物。全てを壊したい、壊して終わりにしたい、と願う怪物。

 抑えが、効かない。理性は、理性は?!理性はいないのか?!バカンスにでも行っているのか?!戻って……戻って来、ない。

 「お前は知っている。お前も、お前も。お前達だけが知ってればいいと、言うのだな?」

 黒神の瞳は既に銃口の瞳に戻っている。それを細めて、俺を見て。

 『俺は本当にこれでいいのか』

 冷静な自分の声。

 しかし哀しいかな、その声は既に怪物に呑まれた俺には届かない。

 「そうやって……俺を弾いて……お前達は……。」

 声が、聞こえる。

『お前は知らなくていいよ』

嘲りの表情

『知らぬが仏ってやつだよ』

俺を見下ろして

『沈黙は金とも言うからな』

せせら笑う

『あんたに教える意味なんてないわ』

侮蔑の意味で

『じゃぁ、あたしが教えてあげようか?』

にこやかに

『えーマジ?それって凄くカワイソウじゃん?』

詐りの

『でもぉ、凄く知りたそうだしぃ』

親切

『あんたって……………』

 

 「     」

 つぁらが何か言うのだけが判った。

「黙れぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 脳から電気信号が放たれ、神経を駆ける。その指令に筋肉は忠実に従った。一瞬にして縮み、バネの様に伸びる。

 則ち――俺が気付いたときには目の前に剥き出しの黒神の右手があった。その右手はたった今までつぁらの為に持ち上げていたそのままだった。

 つぁらは、俺と黒神の間辺りにくたっと落ちている。下から手を入れる操り人形という特性から、顔にしか綿は入っておらず、服しかない体はぺたんと垂れ下がっている。

 「ぁ……。」

 激情の後悔は思ったよりずっと早かった。せめてもっと遅ければ、と言っても詮なきことだ。

 霞んだ視界が落ち着きを取り戻す。それと同時に、黒神の射す様な視線を痛い程に感じた。

 「ぁ、お、俺……あの……。」

 視線に耐えられなくなって顔を背ける。

 視線を逃がしたその先につぁらが、いた泣いていた。床にはいつくばって、背を丸めて、顔を歪めて、涙だけは見せまいと必死になって、泣いていた。

 泣いていたんだ。あの時、あの場所で。幾つもの足のすぐ傍で。

 一つの足が振られる。

 少し遅れて幾つもの足。

 無慈悲に無感動に。

 往復運動をする振り子の様に。

 只々無造作に無意味に。

 突き刺さる。

 腹に。

 背に。

 吐き出される唾液や胃酸。

 卑下た笑い声。

 涙と鼻水で汚れた顔。

 涙。涙。涙。涙。涙。

 涙。涙。涙。涙。

 涙。涙。涙。

 涙。涙。

 涙。

 …………。

 気が付いたときには黒神がつぁらをゆっくり拾い上げているところだった。そのつぁらの顔に涙はない。当たり前だ。

 「ぁ、あの……」

俺はつぁらに謝ろうと手を伸ばした。しかし黒神の右手に収まったつぁらは、ふぃと顔を背け黒神の胸に顔を押し付ける。黒神がそうしたのか、それともつぁらの意志なのか。

 伸ばした手は所在なげにふらついて、最終的には俺の頬を掻いた。痛い。

 黙りこくる俺を見てから黒神は言った。

「降りるぞ。」

俺にはそれに従う他なかった。だってそうだろう?彼らは俺なんか(・・・・)の為に来てくれたのだから!


     ◇


 住宅街の夜の道を歩く。

 やたら整備されたその町並みは何処かよそよそしい。家の敷地と道を区切るブロック塀。等間隔に道を円錐形に照らす水銀灯。ちっちりと全てが直角に交わる道。

 その決して太くはない。ましてや歩道なんてない道を普通にすたすたと歩く黒神と、少し遅れてとぼとぼと歩く俺。

 心なしか水銀灯も薄暗い。どんなに明るい灯かりの下でも俺の影はもう映らないんだよなと考えたりした。

 俺は一体何をしてるんだろう。

 何だか知らないうちに死にかけて。差し延べられた手を払った。謝ることも出来ずに、それでも傍にいてもらって。

 全く、情けない。

 視界には舗装されたアスファルトと俺のスニーカーが映る。

 俺なんか(・・・・)のために来てくれたんだ。そう思っても駄目だった。

 折角来てくれたのにな。恩を仇で返す様な真似してごめん。わざわざ来てくれてありがと。面と向かって謝れなくてごめん。さよなら。

 視界の内の俺の足は自然に、ホント自然に、俺を乗せたまま、脇道に逸れた。

 さよなら。さよなら。さよならだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひと時の激情に任せて拳を振るう。

 それによってこわれるものがあると気付くこともなく。

 ――否。気付いているのだ。

 知っているのだ。

 激情の訪れとともに眼界が狭まるだけ。

 

 少年とは人間と呼ぶにはまだ早い。

 経験も無く、自己の責任も負えない。

 それでも、感情は複雑化して、

 それでも、彼らはあまりに非力で、

 手にする手綱は細過ぎて、

 留めることも、

 諌めることも、

 ましてや、乗りこなすことなど、

 出来やしない。だから、彼らは、

 振り回され、

 翻弄され、

 呑み込まれる。

 流れに流されて、行き着く先は何か。

 

 ……何にせよ、難儀な話しだ。

     by kurokami miduki


んー。こんにちは。今は夜です。遂に“不思議不可視議相談所其弐”に“この小説は更新されていません”メッセージが出ちゃいました。確かに筆が明らかに遅いのは自覚していますし、一つのお話をあっちのカット、こっちのカットと書いているので全くもって進まないのです。はい。ですから、間にこんなの書いていたんだよ、とこちら、投稿致します。これも途中です。多分同じメッセージが出ることでしょう。でも長い目で見守って頂けると幸です。

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