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†the Last desire  作者: 人見
2/4

1:邂逅―そして彼等に出会った。

      ◇


 夢を見た。一目で悪夢とわかるようなどろどろしたものじゃない。でもそれは確かに悪夢だった。

 俺はその中で意味の解らないものを沢山みた。


びりびりに裂かれた生徒手帳

白い花

涙で歪んだ女の顔

ひっくり返った机

蒼白く光るモニター

膝を抱えて泣く男の子

仁王立ちで見下ろす女の子

白い仮面

嘲りの表情で辺りを囲む

ひびの入った写真立て

ひびの入らない殻

外から叩くは……

そして響き渡る女声

「自*****て*****なさ*****た*****が*****じゃない!」

ぇ……何……?


     ◇


 俺が気付いたら目の前に見知らぬ天井が見えた。

 くぐもった騒音が絶え間無く響く。時折振動が駆け抜けた。

 あれ、何か、この天井低くないか?大人は立てないよな。これじゃ。と、漠然と思った。

『気が付いた様だぞ。』

『……裕紀……ゆう、き』

『急いで***』

『***が***』

 幾つもの知らない声とよく知っている女の声。

 おい……そんなに泣くなよ。正直泣かれたくないんだ。

 声を出そうとしても声は出なかった。ひゅーひゅーと空気の漏れる音ばかり。

 おかしい。俺は別に体に異常があるわけじゃないのに。

 体の痛みも今は何処か遠いものになっている。言うなれば、フィルタ越しみたいな感じ。フィルタといえば映像もそうだ。曇りガラスから部屋の中を見る様な歪んだ景色。

 ものとものの境界、輪郭、か?それがぶれる。曖昧だ。

『***、***。』

 ……耳もか。くそ、嫌な世界だ。どうしたら治るんだろうか。寝たらなおるかな。

 ……うん。寝よう。

『裕紀……生きてるのよね?ねぇ、裕紀……』

 おやすみ。起きたときに健康だといいな。


「あれぇ、セッカク気付いたのに、また寝ちゃうんですか?」

 幼い声。フィルタ越しじゃない明瞭な声。……誰?

「目を開けて下さいよぅ。わたしが見えるでしょう?」

 言われるままに目を開けると、俺の頭上に何かがある。

 人形?

 その人形は、よかったですよぅ、気付いて。とか言っている。

 丸い顔にひらひらの服、頭に輪っかがついている。

 天使だ。天使の人形。下から手を入れる、操り人形。

「ホント、このまま死なないでよかったです。」

 さっきからよかったよかったと繰り返す天使は、動きこそ手を擦り合わせてみたり、顔を振ってみたりと嬉しそうだけど、表情はそうじゃない。

 そのガラスの瞳は俺を映すだけで、なんの輝きもないし、口はぱくばくと動くばかり。人形だから当たり前なんだけど、嫌だ。嫌な感じがする。

 多分その嫌悪感が露骨に剥き出しになったのかもしれない。天使は淋しそうな仕種をして引き下がった。

「すまん。こいつが変なことしたか?」

 横からの声の後、顔が覗く。瞳の見える薄いサングラスをかけた、ぼさぼさ頭の男の顔。

「いや……と、言うよりあんたは何だ?」

「何だ、はご挨拶だが仕方ないよな。」

 こんなナリだしな。と呟いて男は紫煙を吐き出した。

 左手で。右手にはさっきの天使がはまっていた。

 おい、ここは……と言いかけた俺を男が手で遮る。

「お前さんの言いたいことは解ってる。」

それでも男は紫煙を燻らす。わかってんなら止めろよ。

「でも俺は他の人には見えないからな。だから大丈夫。」

「は?………」

「ちなみに、今お前さんは他から見ると気を失ってる。」

話しが見えん。

「キミ、ゆっくり呼吸を整えて下さい。」

幼い声が割り込む。

 男がだらんと下げた右手からその声がする。天使が声に合わせてひょこひょこ動いていた。見事な腹話術だな。とぼんやり思いながら、見ていると、

「……ハイ深呼吸ぅ。2回短く吸ってぇ、1回長く吐くぅ。」

吸ってっ吸って、吐いてぇ、と天使は宣った。

「ハイ、ひっひっ……」

「ちょっと、その呼吸法だと生まれるよ?!生まれちゃうよ?それ!確かに此処、救急車だけど!」

 ……?、きゅうきゅうしゃ?って救急車?!

 え?何で?俺、どうした?

「どうしました?」

天使が首を傾げる。

つまらなそうにしていた男の顔が真剣だ。

 やばい。頭が混乱する。痛い。痛い。体より、頭。

 思い出せ、俺に何があった?動け海馬、光れシナプス。

 頭痛!止めよ頭痛!

 と、そこに男が手をかざした。

「ま、無理矢理思い出してもいいことはない。」

ゆっくりやろう。と男が言う。

 まぁいいか。此処が救急車なのは確かだし、だったら俺は事故にでもあったんだろう。おいおい判っていくさ、と言う男の言葉を信用しよう。

 

     ◇

 

 救急車が病院に到着した様だ。振動が徐々に収まり、がっくんと完全に停止する。幾つもの手が俺に伸びて、運び出す。

 ・・・・・・?ちょっと、俺は?おい、置いて行くなよ!

 あろうことか俺の体は俺を置き去りにして運び出されてしまった。

 体中に何本もついているチューブとその先の袋が妙に目に付いた。

「行っちまったな。」

男がぽつんと言った。

「な、ど、どういうことだ・・・・・・」

のどの奥から搾り出すようにして声を出す俺。

「なぁ、なんていったら言いのか・・・・・・」

歯切れの悪い男。

「おい、俺だけ体から抜け出して、これってまるで・・・・・・」

「そう、キミは一度死んじゃったんですよ。」

あっけらかんと言ってのけたのは天使だ。こらこらと男が天使を嗜めているけれど、俺にはそんなことどうでもよかった。

 俺は、死んだのか?そんなことならもっと亜里沙に善くしてやればよかった・・・。

 もっと親孝行してやればよかった・・・。

 もっと目一杯遊びまくればよかった・・・。

 折角17年間も生きてきたのに、ここで終いか・・・?

 人生悔いが残らないように生きろって言うけど、そんなの無理だよな・・・。

 当時はよかれと思った選択も、後から見たら酷いもんだよな・・・。

 てか何でこんな安っぽい後悔しかしてないんだ?!俺は?

 一人で葛藤してると、男がしぶしぶといった感じに説明しだした。

「まぁ、正確に言うと死んではいなんだ。言うなれば仮死状態?危篤なんだよ。お前さんは。」

一気に言ってから紫煙を吐き出す。

「俺はお前さんの黄泉路の案内人ってことだ。」

そうでもしないと迷う奴が多いからな、昨今は。と唸る男。

「って事は死んでないんだな?」

仮死とか危篤とかはどうだっていい。重要なのはいま生きているかだ。

 “為せば成る”生きてりゃいいこともある。

「まぁな。でも生きちゃいない。お前さん次第だな。」

それって俺の心次第で未だ生きれるってことか?

「それは、どうやって?俺はどうしたら生きられる?」

意気込んで捲くし立てる俺を、男は五月蝿そうに眺めた。

「ハイハイハイ、ちょっと待って下さいねぇ。」

幼い声がして、同時に俺の顔に天使が覆い被さって来た。

「そいつの言う通りだ。ちょっと待て。」

勘違いするなよ、とその目が告げる。

 俺をしっかり見据えて、でも何の感慨もない瞳で。

 人を射抜く空虚の瞳、例えて言うなら、それは銃口の様だった。

 薄暗い、無機質な、光りの差さない瞳。

「お前さんは、『死んでいるのか』と問うのか?それなら答は否。死んでいない。『生きているのか』と問うのでも答は否。生きてもいない。」

医学的に言うなら仮死とか、お前さんの様に危篤とかかな。と男は付け足す。

「あなたに生きる意思があって、それを提示出来るのならば、『生きる』かもしれません。逆もまた然り、ですけどね。」

横から天使がにこやかな口調で俺の先程の胸の内の問いに答える。

 しかし、そこまで聞いて急速に疑心の闇が広がる。

 男と天使が天上から来たっていうなら、俺の死亡は決定的なのだろうか。という疑問が。

 天上って言うのはつまり全知全能の神サマがおわします処で、そこから男が来たなら、それは俺の死が決まっていたからに外ならない。

 だったら如何に抗おうとそれは無駄だ。

 そこまで考えた結果、俺の口から飛び出したのはこんな問いだった。

「それは……運命な、のか?」

どんな答を期待していたのだろう?

(イエス)と言って欲しかったのか?

幾年も前からの決まり事なら、諦めると?

 今までだってそうだった。

 子供のときから、何もかも運命の所為にしてきたんだ。

 だったら今回もそれでいいじゃないか。

 でも、その都合のいい言い訳は、今回ばかりは俺の味方じゃなかった。

「そうじゃない。」

え、と思わず顔が上がる。

見ると男は両手で何か手帳を覗き込んでいる。

ちなみに右手は天使だ。

口で器用に手帳の一端を掴んで|(咥えて?)いる。

「昨日、新たにお前さんの名前と死因、時間とかが浮かんできたんだ。」

もとから書いてあった名前を押しのけてな。と男は言う。

・・・・・・それってどういうこと?

思いが顔出ていたのだろう。天使がもごもごと説明する。

けど、聞き取れない。見事な腹話術だなぁ。

「つまりは、予想されていた未来じゃないってこった。」

ってことは、

「運命じゃないってことか?」

思わず口を衝いて飛び出した言葉に男がじろりと俺を睨んだ。

「まぁ、そういう言葉も存在するな。」

吐いて捨てるような言い方。

カチンとくる暇もなく、天使が喋り出した。

「未来って言うのは、色々な事柄が絡み合って出来るんですよぅ。だから、何が起こるかは正確な意味では全然判んないんです。」

だからぁ・・・・・・と続ける天使と男の声が被った。

「詳しい説明はまた後で、だ。取り敢えず移動しよう。」

声を被せる――同時に二つの声を出すなんて、そんな腹話術があるんだろうか。

声質も全然違うしなぁ。

この期に及んでそんな事を考えた俺はおかしいのだろうか。

でも解らないことはしかたがない。いまは一先ず俺の置かれた不自然の説明を受けよう。

取り敢えず男の提案通り、俺たちは救急車から出た。

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