0002-03
物語としては、化け狐が王国中で悪さをして、最終的に王女を殺してしまう。それに怒った王が、《堕覇の聖杯》と呼ばれる杯に化け狐を封印するまでのお話だった。
かなりハラハラさせられる劇であり、ジャグリング男は悪役として出てきていた。
明るくなった、ステージの上で今日は終わりだという旨の話が終わった。これで、ミルストフィン劇団の演劇が終わったのだろう。
「よぉ、旅人。名前は確か……エリミアナだったか?」
「えぇ、そうよ。ヴォルフさん」
劇が終わって、ヴォルフが話しかけてきた。ヴォルフの隣には少女が立っている。その少女をじぃ、とユグドラシルが見ていた。何か気になることでもあるのだろうか。
「ま、夜道には気を付けろよ?」
「心遣いに感謝しとくは。行くよ、ユグ、ティン」
ヴォルフの言葉を間に受けずに、そのままテントの外へと向かって行った。あまり長話をする気になれなかったのだ。
外は、もう真っ暗だった。当たり前なのだが、夜道を照らす光など星か月しかない。そんな暗い夜道をエリミアナ達は歩いていた。時折、人とすれ違うのだが挨拶しても何も返ってこない。それに、酷く虚ろな表情をしている。
「ケケケ」
そんな笑い声が聞こえた気がした。ユグドラシルもティンカーリュも笑い声が聞こえたのか辺りを見回している。
「ユグ、ティン、どっちから聞こえた?」
「前の方から」
「バカ。後ろだ」
全員がバラバラな方向から声が聞こえたと言う。おかしすぎる。反響した声ではなかった。ただ、ケケケと小さく聞こえただけである。
「ユグ、黒鋼樹の双剣用意しといて。ティンも障壁、いつでも張れるように」
「了解」
「うん!」
ユグドラシルの腕輪が、双剣の形へと姿を変えていく。ティンカーリュの左右が一瞬だけ黄色く輝いた。
「隠れてないで、出てきたらどうだ?」
「ケケケ。ナモナキ人族メ」
それは狐の獣人であった。上半身は露出し刺青のような奇妙な幾何学模様が書かれている。エリミアナはどこかで見たことのあるような顔だと思っていた。
「こっちとしては、戦いたくないんだけど。それと、名前を教えてもらっても?」
「妾ノ名は虚狐。黙ッテ、魂ヲ差シ出ストヨイ」
「お断りだよ。ユグ、ティン、残念だけど戦闘だよ」
虚狐がこちらに向かって走ってくる。その速度は見えないほどに早い。その鋭い爪がエリミアナの首に突き刺さる前に、ユグドラシルが動いた。
「はぁっ!」
双剣が虚狐の腕に叩き込まれる。だが、腕が折れるという事もなく軌道を変えるだけに留まってしまう。
その僅かな時間を利用して、エリミアナが回避する。
「桜吹雪っ!」
ながれるように、ティンカーリュの花びらほどの小さな尖った障壁が虚狐に向かって飛び交う。硬いものと硬いものがぶつかり合う音が闇の中で響く。
「樹槍!」
ティンカーリュが虚狐の動きを止め、ユグドラシルが地面から大きな木の槍で突き刺そうとする。
「ナメルナ! タカガ精霊ゴトキガ!」
樹槍を片手で受け止めて、無傷の虚狐が居た。さすがにここまで、固いとはエリミアナは思っていなかった。
この街中という狭い空間では、エリミアナの魔弓 アルヴェを放ったら下手すると一般人を矢で殺めてしまう。だから、精霊の二体に頼りきりになってしまう。
だがこの状況では、もうそんな事を言ってられない。魔弓 アルヴェを取り出そうと思っていた時、不意に虚狐が話し出した。
「愚カナ人族ヨ。今日ハ、ココマデニシテオコウ」
「逃げられるとでも?」
「無論ソウダ」
ゆっくりと闇と同化してしまった。どこにいるのか、もはや分からない。だが、取り敢えず虚狐はこの場から居なくなったことは分かった。
「ティン、ユグ。お疲れ様」
「もう疲れた~。でも最近、あんまり強い人と戦ってなかったから楽しかった!」
「辺りには人の気配もありません。一応、我は安全だと思う。確かに、ユグドラシルの言うことも一理あるかもな」
「それじゃぁ、宿に戻って寝ようか。警戒は怠らずに、ね」
エリミアナのそんな言葉に、二体は同意して宿に戻っていった。劇団の方から、声が聞こえた気がしないでもないが疲れているエリミアナ達にとってはどうでもよいことだった。