0001-03
エルドライド王国 某所
「ヴォルフ、どうだった? 温泉は」
「姫さんか。気持ち良かったぞ。それに面白い旅人も見た」
「へぇ。その人はどんな人だった?」
「姫さんと同じぐらいの年齢の子供と、獣型の契約精霊。そして女の契約者だったぞ」
「ふーん。精霊と契約してるんだ……仲間になってくれそう?」
「あ? そりゃぁ、無理だろ。旅人が好んで厄介事に首を突っ込む訳がない」
「そっかぁ。残念だなぁ。それと、ヴォルフ、えっち。女の人の裸を見たんだ……」
「って、ちげぇよ。見てねぇよ。ったく」
「はいはい」
「いつか、姫さんがここから出られるようになるといいけどな」
「それをヴォルフが見つけてくれるんでしょ?」
「そうだったな」
※※※
「女の気持ち良かった~。ね、エリ!」
「えぇ。ずっと布で身体を拭くだけだったからね。スッキリした」
「マスター。我はやはり風呂は好きになれない」
ティンカーリュ以外は好評だったようだ。今はまた宿に戻る道中である。先程の男の姿は見えない。どこか違うところに行ったのだろうか。
ユグドラシルはキョロキョロと辺りを見回しては物珍しげにしている。ここら辺には屋台が多くあるようで、色々な場所から美味しそうな匂いが漂ってきている。
「エリ、あれ食べたい!」
指していたのはクェイを売っている屋台だった。
クェイとは、小麦を水で溶いた生地を薄く焼いて砂糖漬けにした果物やジャムなどをくるんで食べる菓子である。なぜか、どの国に滞在しても絶対に売ってある。
「クェイか。毎回食べてるよな?」
「そうだよ! 色々な国で味が少し違うの!」
笑顔で催促してくる。その顔に負けて、ユグドラシルに小銭を渡した。それを握りしめて屋台に向かってダッシュしている。
「いいのか? マフラー。あんなに甘くしといて」
「いいでしょ? 度が過ぎてないからね」
そう言いながら屋台で注文しているユグドラシルを見つめていた。その仕草は、母親のようである。
「まったく。親バカなのかも知れないな。マスターは……」
そんな敬愛するマスターを見てため息をつきながら少し嬉しそうにティンカーリュが呟くのだった。
「買ってきたよ! はい。これ、エリの分~。こっちはティンの分だよ~」
「マスター、三人分の金額を渡したのか?」
ユグドラシルがクェイを三つ持って、戻ってきた。その姿を見てティンカーリュが驚いた、というよりも呆れたように質問する。
「違うよ? ほら、そこの看板に書いてある金額の通り渡したよ」
そう言いながら、かなり離れた小さな看板を指差した。ティンカーリュがどんなに目を細めても黒い点にしか見えない。
「すまない。マスター。我には見えない」
「そう? けっこう小さいけど、見えるよ? ユグ、ありがと。お金はどうしたの?」
小首を傾げながら言った。エルフという種族上、目がものすごく良い。夜でもくっきり見えるほどに。それが災いしてか、眩しいのが苦手だが。
ユグドラシルの頭を撫でながらクェイを受け取った。
「ユグの持ってるお金から出したの! たまにエリがくれるヤツ! いつもお世話になってるから!」
好きなことに使っていいよ、と言ってちょいちょい渡した小銭をきっちり保管していたらしい。それを使ったとのこと。
「ユグ……ありがとね」
そんな姿に少し涙目になっているエリミアナ。もはや、母親にしか見えない。サプライズでささやかなプレゼントを初めて貰った時の嬉し恥ずかしの顔である。
「これ! ティンの分。いつも、守ってくれてありがと!」
「ふん。ユグドラシル、そそっかそお前の世話は疲れるんだぞ……これからは、もう少し落ち着いて、だな。なんだ、その。ありがとう」
ふん! と向こうに顔をやって礼を言った。そんな精霊達の会話をニヨニヨしながら見ているエリミアナ。
「じゃぁ、食べてから宿に戻ろっか」
「うん!」
「そうだな。マスター」
人通りの邪魔にならなさそうな壁際によってクェイを食べ始めるエリミアナ達。エリミアナとティンカーリュはオレンジジャムの、ユグドラシルはブドウジャムのクェイを食べていた。
「美味しい~」
「そうだな。オレンジの皮のほろ苦い感じが我は好きだがな」
「確かに……ここのオレンジ、かなり美味しいやつだね」
モソモソと食べている。時間帯的には、もうそろそろ夕方である。そろそろ夕食の支度が終わっても良いぐらいの時間帯である。
「夜飯、どうしよう。なんか、クェイ食べたから軽くでいいかな?」
「そもそも、我達は食事をする必要は無いがな」
精霊には消化機関などなく、食べたものは全て分解されて魔力へと変換される。そのため、完全な娯楽なのだ。食事という行為は。
「それじゃぁ、旅の携帯食でいいや。明日と明後日は観光して、その次の日からは次の旅路の準備をしようかな」
「そうだな、マスター。計画は大事だ」
エリミアナ達が会話している間も、ずっとユグドラシルはクェイを食べていた。小さくかじって食べている姿はハムスターのような愛らしさであった。