0004-05
「どうじゃ? どんなに頑張っても愛しの姫君は帰ってこないじゃろ?」
「そんなことないっ。だって、フィーちゃんは強いもん!」
ユグドラシルは願っていた。だからこそ、もう一度叫ぶ。
「フィーちゃん!」
「だから、何度も言っておるじゃろう」
呆れたように虚狐が言う。その声は届いたとしても無駄であると。
「さて、そろそろ妾も飽きてきたところじゃ。本気で──うんっ!」
「フィーちゃんなの!」
明らかに一瞬だけ、口調が変わった。虚狐も驚いたような顔をしている。まさか、一瞬でも肉体の主導権を奪われるとは思いもしなかっただろう。
「小癪なっ! なぜ、なぜじゃ! なぜ、想い人を殺されてもなお、心を折らずにいられるのじゃ!」
「それは、フィーちゃんの心が強いからだよ。ユグは分かったもん」
ユグドラシルがどや顔で告げる。エリミアナは油断無く虚狐を見る。ティンカーリュやヴォルフを見ている隙はない。
長い長い戦いで、肉体が疲弊している。集中していなければ、意識はストンと落ちてしまう気がした。
「私はフィーネ。エルドライド王国王女よ。王は誰よりも気高く強くあるべきなの。
そして、虚狐。あなたの問いに答えるわ。問題大有りよ。契約? 願い? 代償? 悪いけど、覚えてないのよね、私。知ったこっちゃないわ。
それに、これは私の心が強くなかったから始まったの。それに、私は対して強くないわ。皆に支えられて強く見えるだけなんだから」
しっかりとした口調でフィーネが語りだした。虚狐から主導権を奪ったのだろう。
その姿にユグドラシルがぱぁ、と顔を綻ばせる。嬉しいのだろう。
ゆっくりとヴォルフの所へと歩いていく。ヴォルフに近づくにつれて涙が溢れそうになっている。でも、決して落とさなかった。
「フィーネ殿、か。我が不甲斐ないせいで。ヴォルフ殿を助けられなかった。すまない、すまないっ。護れなかったっ!」
「大丈夫よ。ここまで綺麗に治してくれてありがとう」
「ありがとう。ヴォルフ。私の最愛で最強の騎士。あなたの事は、きっと忘れないわ」
ゆっくりと、ヴォルフの頬にキスをした。これは最初で最後のキスであろう。
「何を勝手に、しておるっ! このからだぁ、わらっわの物ぞっ!」
「えぇ。仲良く共有しましょう。でも、まだ私の番よ。夜行性のあなたは、黙ってみておきなさいっ!」
一瞬だけ虚狐が出てきた。でも、それを押さえ込みフィーネはヴォルフを目に焼き付けている。
「フィーネ・エルドライド。汝の願いを叶えてやろう。何でも願うといい。世界樹の名において、叶えてやろう。なぁんてね」
フィーネに後ろから抱き付いて、そんなことを言うユグドラシル。その言い方は今までの子供っぽい口調ではなかった。まるで、多くの者を導く先導者のようだった。
「会いたいよ……ヴォルフに。でも、死者は生き返らない。それに、もう何も誰かに私の願いを叶えさせない。道は自分で切り開くものだから」
「その心意気だよ! その気持ちを忘れなかったら、フィーちゃんはどんな困難にも負けない。だから、これは最後のユグのわがまま」
ユグドラシルがそう言うと、詠唱を始めた。服装は、戦闘用の服ではなく巫女装束へと変化している。
「森羅万象を司る世界樹よ。我が賜ったのは三度の生物の転生許可。今、目の前の死者の魂を精霊への転生を赦したまえ。我が名は、ユグドラシル。世界樹を守護する元精霊なり」
ユグドラシルを中心に、大きな半透明な大樹が現れる。それは、明らかに世界樹の形をしていた。
ヴォルフに世界樹から雫が落ちる。ピチャンと小さな音を立ててヴォルフに落ちた。
するとヴォルフの身体から様々な植物が生えてきた。小さな赤い花弁をいっぱいに咲かせた花。無臭で、さわさわと風も吹いていないのに揺れる花。
その時だった。
「ひめ、さんか?」
「ヴォルフっ!」
フィーネの目の前にはヴォルフが立っていた。前のフィーネのように少しだけ半透明で。
「ささ。これがユグのわがまま。契約したら、もう二度と離れないよ?」
ユグがにやっ、と笑って二人に持ちかけた。