0003-05
「ユグが連れていかれたね……」
「追いかけるか? マスター」
あまりにも突然だったので、エリミアナの心の声が漏れたようだ。それに反応してティンカーリュが聞いてくる。
「いや、いいよ。どうせ、帰ってくるでしょ。多分」
エリミアナが弾き飛ばされた黒鋼樹の剣の左側を拾いながら言った。
「そうか。そうだ、フィーネ殿。依頼を請けるのだ。どうすれば良いのか、分かっているのだろう?」
ティンカーリュがフィーネに聞く。どうすれば、この国を終わらせられるのかと。さすがに、全員を殺して回るのは死んでいるとしても後味が悪い。
「えぇ。王宮に侵入して虚狐の本体を倒すわ。この前、襲われたのは虚狐の影なの。おそらく。本体ではないわ」
「シンプルだな。だが、シンプル故に難しそうだな。マスター」
フィーネの答えに、ティンカーリュが唸る。確かに難しい。まず王宮までの侵入の際に虚狐からの攻撃を受けるであろう。それも予測すらできない様々な攻撃が。
「隠し通路とかはないの?」
「ありません。いざとなったら、転移魔方陣で逃げる手筈だったので。それも私が使ってしまったので起動しませんよ」
正面突破しかできないというかなりの鬼畜さ。敵が何もせずに指を咥えて待っててくれる、なんてご都合主義な考え方はしない。
「それじゃぁ、あの二人が帰ってくるまで準備だね。ティン。宿に戻るけど、どうする?」
「あぁ。そうだな」
「私もついていきます。いいですか?」
エリミアナは答えずにそのまま宿の扉を潜った。ティンカーリュが首でついてこい、と言うような動作をしてから入っていく。
エリミアナは、蒼龍のローブを出していた。薄緑色のローブを羽織ったエリミアナは普段のだらしない姿からは想像できないほど強そうだ。
その後、魔弓 アルヴェを構えた。魔力が凝縮し矢の形を作った。アルヴェは魔力があれば矢要らずの弓であったりする。
それ以外の鞄などは全て外して、機動力に特化させている。ティンカーリュは目立った変化はない。
「失礼ながら、フィーネ殿は戦えるのですか?」
「戦えないわ。この体じゃ、魔法を放った瞬間、死んでしまうわよ。どうせ私はお荷物ですよ」
「だが、王宮内は誰よりも知り尽くしているのだろう? 我は守護の精霊。フィーネ殿をしっかりと守って見せよう」
拗ねたようにフィーネは言った。それを聞いてから、フォローのようにティンカーリュが言う。そんな話を聞きながら、エリミアナは戦闘準備を終わらせた。尤も、まだまだ出発は先だろうが。
「フィーネさんは、この王国を終わらせた後はどうするの?」
「私は、旅をしようと思っています。旅先で住みやすそうな場所があればそこに定住しようとも思っています」
「そっか。なら、旅人になるんだね」
エリミアナが微笑みながらそう言った。穏やかな雰囲気が部屋の中を支配していく。そんな空気の充満した部屋で、ティンカーリュはアクビをしながら外を眺めていた。
「あの。エリミアナさんが旅人になったきっかけを教えて貰えますか?」
「ん? あぁ、いいよ。どうせユグ達が帰ってこないと出発できないしね。あれは──」
※※※
「って、訳なんだ」
「へぇ、何だか凄いですね。私もエリミアナさんみたいになりたいです」
エリミアナがユグドラシルと出会うまでの話をしていると丁度、外に聞き馴れた声がし始めた。ユグドラシルの声だ。
「ただいま! エリ。ヴォルフおじさんからね、技を教えてもらったの!」
「すげぇな。ユグの嬢ちゃんの学習能力は見ただけで覚えて模倣まで出来るなんて! ありゃ、才能だな」
「ありがと! それに、ヴォルフおじさんの教え方が上手だったもん!」
いつの間にか無茶苦茶仲良くなっている。教えて貰っている時に、仲良くなったのだろう。剣、交えれば飲み仲間と言うわけである。
「それでどうすんだ? 姫さんと作戦会議したんだろ。いつ王宮に乗り込む? 俺はいつでもいいぜ。今からでもな!」
「ユグもだよ!」
ヴォルフとユグドラシルが仲良く言った。そんな二人を見ながらエリミアナは黒鋼樹の剣をユグドラシル返す。その時フィーネが言った。
「突入は明日の朝でいい? 皆」
「いいよ。ね? ティン、ユグ」
「了解だ」
「うん!」
「わかったぜ、姫さん」
三人と二体の声が宿の一室で響いた。