0003-04
宿の裏にはかなり広いスペースが開いている。そこで模擬戦をやるようだ。
ヴォルフは長い長剣を両手持ちし、切っ先をユグドラシルに向けている。刃は潰してあったりはしない。実剣である。
「双樹剣」
ユグドラシルもいつものように、黒鋼樹の双剣を作り出した。それを一回、降ってそのままヴォルフに向けている。
「審判は私がやるわ。良いでしょ、エリミアナさん」
「えぇ。もちろん」
フィーネが両者の真ん中に立った。そして、ゆっくりとルールを伝えていく。
「降参させた方の勝ち。それと、周りに引いてある線から出たら負け。殺してはいけない。OK?」
「いいよ~」
「早くやろうぜ」
「始めっ!」
始めにユグドラシルが仕掛けた。近くにまで寄ろうとしたのだろう。確かに、ヴォルフの長剣は近くに入ってしまえば攻撃はしにくい。
「甘いっ!」
「うぉっ!」
横薙ぎの一閃。ユグドラシルの双剣は、なんなくその衝撃に耐えるが反動で吹き飛ばされる。
「力は強い。だがな、技は無いな」
「ん~。どういうこと?」
ヴォルフの呟きに反応して、返答を返す。だが、意味は分からなかったらしい。普通に剣を握り直している。
普通なら、激しい衝撃により握力が低下してしまうし激痛が手に走るはずである。
だが、ユグドラシルは精霊である。人の形をしているだけで痛覚がない。このような激しい戦闘時にはあらかじめ痛覚を遮断しているのだ。
なので不意討ちされると最初は痛がったりする。
「化け物か、嬢ちゃん。手が痺れねぇのか? 俺だって多少は痺れてんのに」
「ユグの名前は、ユグドラシルだよ。嬢ちゃんじゃない! それに、ユグは精霊だよ?」
再度、攻撃を仕掛けていく。今度は高く飛んで、上からの体重を乗せた攻撃。
「そっか、そっか。ユグの嬢ちゃん。力だけじゃできねぇこともあるんだぞ。こんな風に、なっ!」
剣と剣を絡めて、薙ぎ飛ばす。面白い程に吹き飛ぶユグドラシル。本人も驚いているようだ。
「ぬぐぐ。また飛ばされた……」
「今度はこっちから行かせて貰うぜ?」
ヴォルフが剣を構えて走って来た、かなりの速度で走ってきており回避などできない。
上段からの振り下ろし。それを右手の剣で押さえている。反撃と言わんばかりに、左の剣で脇腹を狙って突き刺す!
だが、読まれていたのか交わされてしまう。それと同時に少しだけ力が抜けたのか、ユグドラシルに迫る長剣。
「おりゃっ!」
後ろに下がりつつ、左手の剣を投げた。飛んで来た剣を、上に振り上げる動作の際に弾いてユグドラシルとは反対方向に飛ばす。
「耐えきれるか?」
「ん~、どうだろう」
獰猛に笑ったヴォルフを見ながら、ユグドラシルが少しだけ笑った。
ここからヴォルフの猛攻が始まった。さすがは国家騎士団を纏めていた団長である。実力は凄まじい。
ユグドラシルも全て受け止めていたが、ジリジリと後ろに下げられてしまう。力では圧倒的にユグドラシルの方が強い。四倍はあってもおかしくない。だが、一度でも強引に弾いて、反撃を与える事はできなかった。
それほどまでに、ヴォルフの技がすごかったのだ。膨大な力を受け流し、あげくに自らの剣撃の威力を高めたり。
多彩で、見たこともない技に生まれて初めてユグドラシルは圧倒されていた。
「むぅ。強い、でも。ユグは負けない!」
「負けそうになってるヤツの言う台詞か?」
ヴォルフが突っ込む。だが、ここで負けず嫌いが発動し、ユグドラシル自身の能力を使った。
「樹壁!」
右の剣を壁に変えて、一度だけ攻撃を弾く。自身の力を全て弾き返されてできた隙を使って、ユグドラシルがもう一度、黒鋼樹の形を変える。
「樹槍!」
七つの槍がヴォルフに向かって飛んで行く。これで、最後に突きを入れようとしている。
だが、必要最低限のそれもヴォルフの長剣に防がれてしまう。
「終わりだっ!」
「樹槍!」
最後に放った樹槍は、全て交わされてしまった。しかも、ユグドラシルの首元にはヴォルフの長剣が添えられている。
完全にユグドラシルの負け。
「すごい。ユグが負けたの初めて見たかも」
「我もだ。あの男。中々に強いな」
見守っていたエリミアナとティンカーリュがそう言った。ユグドラシルが小さく、それでも悔しそうに「降参」と言って模擬戦は終わった。
「ヴォルフの勝利!」
「中々、強かったぞ。ユグの嬢ちゃん」
「むなぁっ、負けた! ヴォルフのおじさん。強いね。それと、技って何?」
試合中、ずっと疑問だったのだろう。そんな質問を、していた。
「ユグの嬢ちゃん。技ってヤツを教えてやるよ! 旅人、ユグの嬢ちゃんを少し借りて行くぞ!」
そんな事を言って、ユグドラシルを連れてヴォルフが走り去っていった。興奮しているようにも見えた。
見た目は11歳程の少女の手を取って走っている様は、誘拐犯にしか見えなかった。