こちら、転売対策所です 8 査問委員会
今朝、永井三監から書面を見せられた。内容は、査問委員会への呼び出し。昨日のうちに覚悟はできていたので、動揺することはなかった。
指定された会議室のドアをノックする。
「入りなさい」
たった数文字の言葉だが、返ってきた声の調子から厳粛な場だということはわかった。
「失礼致します」
ドアを開けると、見るからにお偉い方々が視界に飛び込んできた。
「そこに座りなさい」
正面の中央の席に座った白髪混じりの男が言う。この人が例の監査部長、宮瀬監長だろう。
コの字型に配置された机の中央に、ぽつんと置かれた椅子に腰を下ろす。前を見ても横を見ても、威圧感があった。あまりの圧に、身動きが取れなくなってしまうのではないかと錯覚させられる。
「所属と名前を聞かせてもらおうか」
「警備課所属、倉原れもん三等対策士です」
「ほう、警備課ねぇ」
宮瀬監長は警備課という部分を強調させ、ニタニタと笑う。
「査問内容だが、昨日、拳銃の携帯許可がないにも関わらず、人質を取った男に拳銃を発砲したということで間違いはないかね?」
「はい、間違いありません」
「普通は怖くて発砲なんてできないんじゃないの? 人を殺してみたいとかあったんじゃない?」
「あのときは、人質を助けることしか考えていませんでした」
「しか? 助けることに失敗した場合などは考えていなかったの?」
「いえ、考えていました」
「だけどさっき、人質を助けることしか考えていなかったって言ったよね?」
「先程のは言葉足らずでした、訂正致します」
堂々巡りで話しづらいことこの上なかった。
「君、光羽学園出身だよね? あの名門から進学せずに就職するなんて、異例だよ。尚更、拳銃を撃ちたいとかあったんじゃないの?」
「いえ、私が就職した理由に拳銃は関係ありません」
久しぶりに聞いた。あの大嫌いな母校の名を。
「じゃあ、何で対策員になったの?」
「転売で悲しむ人を減らしたいと思ったからです」
「そんなありふれた理由で、対策員になるとは思えないんだけどねぇ」
宮瀬監長が訝しげな目で見てくる。
わかってる。そんな目で見たくなる気持ちはもう充分にわかってる。
私は地に足を付けて生きるのが下手くそだ。苦しみから逃れようとして、更に苦しい道を選んでしまう。本当は誰かに止めてほしい。私にはその誰かがいなかった。嘘だ、最終的に止めてくれる人がいなかっただけで、止めようとしてくれる人は何人もいた。
違うんだ。私は、本来歩むべき道とは違った道が選択肢に含むことを考えさせられない環境で生きたかっただけなんだ。
「もし、弾を外していたらどうするつもりだったの?」
宮瀬監長の声で、一気に現実へと戻される。
「一発目の軌道を参考に修正をして、もう一発撃っていたと思います」
「聞き方を変えよう。人質に当たっていたらどうするつもりだったんだ」
「人質に当たる技量でしたら、端から、発砲していなかったと思います」
「つまり、自分の技量に自信があったと?」
「一発目で犯人に命中させる自信はありませんでしたが、人質に当てない自信はありました」
「その自信の根拠は何だ」
「養成学校時代、射撃の訓練で全ての弾をほぼ中心に当てるところまで持っていけたからです」
そう言い終わった瞬間、お偉い方々からざわめきが起こった。完全な中心に全てを当てれたわけではないので、何も凄いことではないというのに。
もしかして、その程度の技量で発砲したことが問題だったのだろうか。
「静粛に。処分内容を発表する」
結局、自分の処分が軽くなったのか重くなったのか掴めていないまま、処分内容の発表になってしまった。
固唾を飲む。
「倉原れもん三等対策士を一週間の停職処分とする」
……一週間。妥当な処分なのだろうが、一週間分もの給料を失うのは痛かった。
「君みたいな優秀な人間は、一回挫折を味わっておくといい」
宮瀬監長は、吐き捨てるようにそう言った。
私が優秀な人間のわけがないから、警備課に所属する私に向けた嫌味なのだろう。
こうして、査問委員会は閉幕した。理不尽な処分が下されなくて良かったと心底ほっとするばかりだった。