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こちら、転売対策所です 3 初めてのお仕事!

 関東スーパーアリーナは、平日にも関わらず人でごった返していた。皆、カラフルなタオルやリストバンドを身につけていて、目がチカチカする。


 先程から私は、入場受付口で加波二士から本人確認の説明を受けていた。


「本人確認の仕方は簡単だ。チケットに印刷されたQRコードをこの端末で読み取ると、お前が持っているタブレットに顔写真が表示される。顔写真と本人の顔が違っていたらアウトってわけだ」

 

 加波二士の表情は真剣そのものだ。浮足立っている群衆との乖離から、これは仕事だということを改めて実感させられる。


「何か質問はあるか?」


「タブレットに表示される顔写真は、チケット購入者がチケット購入時に提出したものなんですか?」


「その通り。チケット購入時に、身分証明書と顔写真を提出することが決まりになっている。提出されたそれらとファンクラブ会員証の情報が一致しない場合は、購入すらできない」


 直ぐに無言の空気が襲った。他にも、何か当たり障りのないことでも聞いておけばよかったかなと後悔をする。どう話題を振っていいのかわからないし、何よりも怖い。


 ちらっと加波二士を見ると、目が合った。


「そろそろ開場だ」


 その言葉から一分も立たないうちに、群衆の列が動き始めた。


 流れるように、タブレットに表示される顔写真と本人の顔を見比べていく。顔のパーツを覚えて、比べるだけの簡単なお仕事。今のところ、全員一致しているし、本当に自分は税金泥棒なのではないかと思えてくる。


 あれ、この子。


 違和感は突然にやってきた。髪型は写真と一致しているが、何かが違う。そう思ったときには、


「加波二士!」


 と、声に出していた。


 加波二士は、すぐに事態を察したみたいだった。


「このチケット、どこで買った?」


 加波二士は、強い口調で女の子に問い掛ける。


「ファ、ファンクラブから正規に買いました」


「身分証明書とファンクラブ会員証を見せてみろ」


「いや、その、でも……」


「見せられない理由でもあるのか?」


 女の子は黙った。そして、観念したかのように鞄の中に手を入れた。ゆっくりと学生証と会員証が差し出される。その手は震えていた。


 それらを受け取った加波二士は、タブレットを操作し、会員証と交互に睨みつけた。


「色々と一致しないな。倉原、この子を第1テントに連れて行け。詳しい話はそこで聞く」


「わかりました」


 女の子の手を引き、テントに連れて行こうとする。だが、女の子は動く気配がなかった。


「行くよ?」


「待って!」


 女の子は涙目になりながら、私を見ていた。


「このチケット、冬休みにバイトして8万円で買ったやつなんです」


「8万!?」


 つい、驚きの声が出てしまう。


「それだけ仮面男子が好きなんです……」


 今にも泣き出しそうな女の子は、ぽつりぽつりと語り出した。


「これを楽しみに、数ヶ月間生きてきました。もう二度と転売には手を出さないから、お願いします。通してくれませんか。ほんと……、お願いします」


「加波二士……」


「構わん、連れて行け」


「ちょっと! 加波二士に人の心はないんですか! その言い方はないです!」


 気がついたら、私は声を上げていた。


「倉原、お前は何もわかってない。俺たちの仕事は、転売を取り締まることだ。その一環として、転売からチケットを買った奴も取り締まる。何故なら、転売元を特定することができるからだ。転売から買う奴は、犯罪に手を貸してるのと同じだ。お前は犯罪者を野放しにするのか?」


「でも、彼女も転売の被害者じゃないですか。私は、こんな酷いことをする仕事なんてしたくないです!」


 そう言い終わると同時に、頰に衝撃が走った。


「なっ、何するんですか!」


「これ以上何か言うのなら、公務執行妨害としてお前を拘束させてもらう。それが嫌なら、こいつを大人しく第1テントに連れて行け」


 加波二士は、手錠を私の目の前にぶら下げて言った。


「……わかりました」


 こう言うしかなかった。


「それと」


 加波二士は、辺りを見渡した。


「写真を撮っていた人は、消してください。肖像権の侵害になります。よく、転売から買った人がネットに晒されていますが、あれも犯罪なので」


 私は、痛む頰をさすりながら、呆然とその場に立ち尽くしていた。


「何をぼーっとしている。もう一発殴らないとわからないか? 」


「いえ、連れて行きます」


 私は泣きじゃくる女の子の手を引いて、テントへと向かった。更にえげつないことを知るのは、もう少し先のことだった。


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