こちら、転売対策所です 2 遂に
ここ数ヶ月、散々目にしてきた紺色の制服をいざ着てみると、居たたまれない気持ちになった。
遂に、対策員になってしまった。
世間から税金泥棒と言われているこの仕事に誇りを持てないのもそうだが、原因は他にも思い当たった。
スマホで時間を確認すると、高校時代の友人……、からメッセージが来ていた。
『今日から本格的に働くんだっけ?笑
れもんと一緒に大学行きたかったなぁ』
『例年より問題が難しかったし、倍率も高かったから
しょうがない笑笑』
笑を2個も付けて返したが、全く笑えなかった。
『あんな簡単な問題、誰でも解けるよ。この私でも解けたんだから』
『地頭の良い人は言うことが違うね』
『それにしても、対策員になるって凄いね。私だったら無理』
『何で?』
『税金泥棒って思われたくないし笑』
メッセージの語尾に付いている笑は、本当に心の底から笑っているのだろう。
私は無理して友人と同じ大学を受け、落ちた。身の丈に合った大学を受けなかったのは、マウントを取られたくなかったから。
不合格を知ったとき、私はこう思った。
今後一生、マウントを取られるくらいなら、いっそのこと就職してしまおう。就職ならベクトルが違うから、マウントを取られづらいはずだ、と。
もう、疲れてしまったのだ。競争社会に。勉強も運動も大してできない私は、いつも誰かが悦に浸る為だけに存在していた。
そんな浅はかな考えで、私は対策員になることを選んだ。これで良かったのだろうかという自問自答が常に付き纏う。
ふと時間を見ると、朝礼開始3分前だった。スマホを鞄に投げ込み、更衣室を後にする。
勢いよく警備課の部屋のドアを開けると、対策員全員が起立していて、朝礼がいつ始まってもおかしくない状況だった。
「すみません、遅くなりました!」
勢いよく頭を下げる。少し伸びたショートカットが視界を奪った。
「遅い!」
部屋全体に響く大きさで、加波二士の一喝が飛んできた。
「席はあそこだ」
すみません、と頭をぺこぺこさせながら、加波二士が指差したところへと向かう。
「また新人を辞めさせる気かい?」
加波二士に話しかける明るめの茶髪の男性がいた。
「これくらいで辞めるような奴ならいらない」
「誰だって、粋なり怒鳴られたらびっくりしてしまうよ。あと、その人相も慣れるまでは怖いかな」
「黙れ」
ただでさえ怖かった加波二士の顔は、更に険しくなってしまった。
「加波、蒼井、静かにしろー。これで全員揃ったかー?」
口調はだいぶ軽いのに、この人の一言で、場の空気が一気に固く締まった。
永井海陸三等対策監。
ここに配属されることが決まり、見学に来たときに顔を合わせたので名前を覚えていた。
永井三監は、貫禄からして他の対策員とは違っていた。流石、一つの課をまとめている人物なだけはある。
「今日の現場は、関東スーパーアリーナだ。国民的アイドルグループ、仮面男子のライブツアーが行われる。俺たちの仕事は、チケットの本人確認と会場周辺での高額売買の取り締まりだ」
仮面男子。女性に人気のアイドルグループだ。仮面男子をよく知らない私でも、頭の中に彼らの曲のサビを流せるくらいには有名である。
「今日から新人の倉原が配属されたが、倉原は加波とペアを組んでもらう。わからないことばかりだろうから、皆んなでサポートしてやってくれ」
永井三監の説明によると、チケットの本人確認は二人一組で行うらしく、私は加波二士とペアでやるらしい。
「倉原さん、大丈夫かい? 不安そうなオーラ全開だけど」
背後からの声に振り返ると、加波二士とは真逆の、穏やかなオーラ全開の蒼井……一士が立っていた。
「ええっと、蒼井一士ですよね! よろしくお願いします!」
胸元に付けられたバッチを見れば、階級はわかる。蒼井一士の方が加波二士より上だが、先程のやり取りからして同期なのだろう。
「もう名前を覚えてくれたんだ。嬉しいよ」
「加波二士とのやり取りが印象に残っていまして」
「あー、さっきのあれね。加波は人相は悪いけど、なんだかんだ言って面倒見はいい奴だから大丈夫だよ」
「そうなんですか?」
「倉原に余計なことを吹き込むな」
気がつくと、鋭い目つきをして加波二士が側に立っていた。
「準備はいいか?」
「はい、大丈夫です」
このときの私は、対策員という仕事があんなにも辛いものだということをまだ知らなかった。