9.イチジマの街
暫くだけ、連日投稿します。
授業は、最初の週だけ5日連続で行われ、その後は週に三回月水金で行う予定のようだ。魔素コントロールまでを一気に教えてしまい、自主練するようにと言う事らしい。
今日は、その5日の授業が終わった土曜日、ゆっくり寝れる日なのだが、朝からアズキが部屋に来ていた。もちろん匂いを嗅ぐために。
「アズキ、おはよう」
一連の行為……匂いを嗅ぐだけだが……が終わりかけたころ目が覚めた。
「トモマサ様、おはようございます。すぐに朝食になさいますか?それとも、もう少し休まれますか? 」
アズキが、お腹の匂いを嗅ぎながら聞いてきた。少し休みたいのだが、その間ずっと匂いを嗅がれそうなので起きることにした。
「朝食にしよう。その後、魔素コントロールの自主練かな」
「分かりました。朝食の準備をいたします」
ちょっと残念そうにアズキが朝食の準備に出て行った。着替えをして食堂に行くと、ヤヨイが待っていたので一緒に食事を始めた。給仕はアズキだ。今日のメニューは、ご飯に、豆腐の味噌汁、卵焼き、魚の煮凝り、煮豆と純和風の朝食だった。美味かった。特に煮凝りが。何の魚か聞いてみたら、魔物だと……魚の魔物もいるのか。そりゃそうだな。美味いなら何でもいいけどね。
「今日、図書館に行こうと思うんだが、どのあたりにあるんだ? 」
先生から本を読めと言われてたこと思い出した俺は、図書館の場所を知りたくてヤヨイに聞いた。
「図書館?街の?官公庁があるあたりの端っこになるから屋敷からは、少し遠いわね。歩いても行けるけど、急ぐなら馬車がいいわね。もしくは、図書室なら王城にもあるわよ。父さんなら自由に使っても構わないわ。蔵書量は、国で一番よ」
そりゃそうだろう。要は国会図書館だろ?ありとあらゆる本がありそうだが、今は一般常識的な本が読みたいだけだ。
「うーん、今日は、街の図書館に行くことにするよ。街も見たいしね」
こっちに来て未だ街に出ていない俺は、図書館よりも街の方が気になっていたのだ。
「そう。詳しい道は、アズキが知ってるから案内してもらって。よろしくね、アズキ。ちゃんと、手をつないでいくのよ。迷子になるから」
ヤヨイににやにやしながら言われた。また、揶揄ってやがる。
「ヤヨイ様、了解しました」
いつの間にか帰ってきてたアズキが、普通に答えていた。手をつないで二人で図書館とか、まるでデートだな。傍目からは中の良い姉弟ぐらいにしか見えないのだろうが……。
朝食後、魔素コントロールの自主練をした。すっかり日課になっている。アズキは、「支度をします」としばらく外していたが、自主練が終わる前には、帰ってきていた。
アズキの服が変わっていた。いつものメイド服ではなく、蒲公英色のワンピースであった。黒い髪と尻尾によく似合う色だ。初めて見る私服にどぎまぎする。
「どうですか、この服。ヤヨイ様に頂きました」
アズキに聞かれて、困ってしまった。普通にかわいいと言えばいいのだろうが、40歳のおっさんには恥ずかしい。仕方がないのでうんうんと頷いて誤魔化しておいた。それだけでも、アズキはうれしかったようだ。尻尾がはちきれんばかりに振られていた。
屋敷を出て二人で歩いていく。
「まっすぐ、図書館に向かいますか? 」
「少し街も見たいな。1000年前のもので残ってるものってあるのかな? 」
アズキの問いに答える。21世紀を感じられるものを見てみたい。街を徒歩で移動していく。オグチの街より大きい、首都だし当然か。
歩いていて気が付いた。山の形が変わっていない。おかげで、現在位置が分かってきた。王城は、日裏ヶ城跡地に建てられたようだな。裏山の高谷山山頂には、物見櫓が立っている。そして、あそこに谷があるということは、ちょっと行くと俺の家だな。
「アズキ、近くに俺の家があるだろう?いや、家のあった場所か。近くに行けるかな? 」
「え、分かるんですか?流石です。家は無いですが、跡地には資料館が立ってます。ご案内します」
家の跡地に資料館……何か、嫌な気配がする。
「アシダ王家の資料館はこちらです」
アズキに言われて見た先には、大きな建物が立っていた。有料だったので立ち去ろうとしたが、アズキがお金を払ってしまったので仕方なく中に入った。
かなり痛い資料館だった。
俺のぼろ家を再現したミニチュアに始まり、俺の残した農業の資料たち、止めは、気まぐれに書いていた日記まで公開されていた。写本であるが。丁寧に歴史家のコメントが付いていた。日記を公表するってプライバシーの侵害じゃないのか。今すぐ、公開をやめさせたい。破り捨てたい……。
あんなものに銅貨5枚も取るのか?俺の展示が、1/3ぐらい占めていた。何の嫌がらせだ。
他は、妻や次女、後世の王様たちが主題だったようだが。
ちなみに、貨幣は、白金貨、金貨、銀貨、銅貨、銭貨とある。紙幣は無い。文明的には江戸時代に近そうだし仕方がない。銭貨=1円、銅貨=100円、銀貨=1万円、金貨=10万円、白金貨=1千万円である。鉱物の原価に近い価格になっているそうだ。
街では、銭貨、銅貨、銀貨あたりが主流で使われている。金は貴重で数があまり無いためだ。日本の金鉱山は、はるか昔に掘りつくされて残ってないから仕方がない。今は、魔法で少しづつ作り出したり、土の中から集めたりしているとカリン先生が言っていた。白金貨も、プラチナと金から作り出すようだ。比率は極秘で王様や国の銀行頭取など数名しか知らないらしい。聞けば教えてくれそうだけど、偽造するつもりもないので必要ない。
話を戻そう。
「はぁ~、来るんじゃなかった」
資料館から出た俺は、ため息しか出ない。
「素晴らしい資料館でした。トモマサ様の偉大さを改めて実感しました」
アズキが、べた褒めである。やめてほしい、日記の中のポエムなんて人に見せるための物じゃない。
「早く、別のところに行こう」
いつまでも目を輝かせてるアズキの手を取り歩き出す。手を繋いで歩くのも恥ずかしいのだが、今はそれどころではない。
しばらく歩くと、商業区に着いた。手を離そうとしたが、アズキが「ヤヨイ様のご指示ですので」と言って離してくれなかった。尻尾がぶんぶん振れている。嬉しそうなので諦めて歩いていく。
オグチの街とは、桁違いの店の数だった。穀物、野菜、米、服、装飾品、家具、雑貨、大きな総合店的な物まである。さらに隣の筋は、レストラン街で和食、洋食、喫茶、和菓子屋にケーキ屋まである。21世紀のこの辺りはのどかな田園風景だったのにすっかり都会になっていた。見てるとお腹が空いて来たので、何処かに入ろうと提案してみた。
「どちらに入りましょうか?代金はヤヨイ様から預かったお金がございますので、ご心配なく」
完全に娘のヒモと化しているのだが、その意識が日に日に薄れていってる気がする。
何を食べようかと考えながら、現在の季節を思い出す。そう、今は秋である。秋の丹波と言えば、味覚の宝庫。その中でも甘みと言えば、やはり丹波栗だろう。
思い付いた視線の先の団子屋に、ちょうど『丹波栗たっぷり栗羊羹』の張り紙があったので、そちらに入ることにした。
熱いお茶に甘い栗羊羹。至福のひと時である。おっさんと言うより爺さんである。40代はまだおっさんだからきっと趣味である。
アズキも美味しそうに食べていたので良しとしよう。
「アズキぐらいの年だと、ケーキのほうが良かったんじゃないのか? 」
「いえ、私、和菓子好きですよ。父も餡子が好きで、それで私の名前が『アズキ』ってなったぐらいですから」
和菓子好きで『アズキ』か。31世紀でも名前の付け方はベタだった。
ひとしきり和菓子で盛り上がった後、店を出て、ようやく図書館にたどり着いた。
図書館は、立派な建物の中にあった。広い玄関から中に入ると、左半分は役所、右半分が図書館となっていた。役所には用がないので普通に図書館に入っていく。すぐに本に向かおうとしたところで、カウンターの司書さんから声がかかった。
「すみません、本を読まれる場合は、保証金が必要です。お支払いの上でお入りください」
「ごめんなさい。初めて来たので、すぐに入るところでした」
「お若いのに勉強熱心ですね。えっと、おひとり銀貨5枚となります。お二人で金貨一枚ですね。なお、本を汚されたり破損されたりした場合は、返金できませんのでご了承ください」
アズキが、金貨一枚出して、入館証をもらっていた。
しかし、入るのに銀貨5枚ってすごく高い気がするんだが、本て貴重なんだな。印刷技術が進んでないんだろうか?そういえば、魔法の授業でも教科書無いな。気を付て読もう。俺の金じゃないけど。
「あと、貸し出しには、無料の会員登録が必要です。ただし、一冊あたり金貨一枚の保証金が必要となります。また、貴重な文献などは、貸し出せない場合もありますのでご了承願います。詳しくは、館内の案内板をご覧ください。それと、お探しの本などございましたら、お声がけください。それでは、ゆっくりしていってください」
アズキが、入館証を首にかけてくれた。子供じゃないんだから渡してくれたら自分でするのに、いきなりかけてくるんだもん。恥ずかしい。
蔵書は、そこそこあった。歴史書、文学書、学術書、もちろん魔法書もあった。俺は、『丹波連合王国の歴史』と『初級魔法』の本を取って読み始めた。
「トモマサ様。そろそろお昼ですが、如何いたしますか? 」
読みふけっていた俺に、アズキが声をかけてきた。
「おお、もうそんな時間か。アズキも良い本があったか? 」
「はい、久しぶりにゆっくりと本を読めました」
「それは、良かった。さて昼だったな。近くに美味しい店はあるかな? 」
さっきの団子屋は美味かった。あのあたりならいい店がありそうだが。
「すみません。私は店を知りません。司書様に聞いてみたら如何でしょうか? 」
その後、司書に聞いたところ、和食と洋食の店を教えてもらったので、和食屋に行ってみた。今が旬の丹波黒枝豆の豆御飯が名物らしい。
「美味い」
「美味しいです」
畳の小上がりに通された時に、黒豆尽くしを頼んだ。しばらくして出てきた料理は、ゆでた枝豆から始まり、黒豆豆腐、そして黒枝豆の豆ご飯。デザートも黒豆きな粉のわらび餅と黒豆を堪能した。食後は、黒豆茶を飲んで寛いだ後、店を出た。支払いは、もちろんヤヨイの金である。本当のヒモになる日は近いかもしれない。いや、そうならないためにも図書館で頑張らなければならない。
図書館で本の続きを読んでいく。アズキは、書士に礼を言いに行って何やら盛り上がってるようだ。
美味しいケーキの店の話をしている。食後によくケーキの話なんてできるもんだ。甘いものが別腹なのは、31世紀でも変わらないらしい。帰りに買って帰ろうかな。ヤヨイに土産の一つも持ってってやろう。やはりヤヨイの金なんだが、そこは気にしないことにした。
夕方までみっちり本を読んだ。朝選んだ本が終わった後は、『サルでもわかる獣人の種類』や『誰でも倒せる魔物』なんて本を読んでいた。どちらも軽いタッチの本で疲れた頭でもすいすい読み進められた。ちなみに猿獣人はいないらしい。人間が猿獣人だという人もいるようだが。
帰りに司書お勧めのケーキ屋に寄ったら大量のケーキを買うはめになった。なんでも屋敷のメイドさんたちに差し入れするらしい。アズキがいつも一緒に働いてる人たちだというので奮発して買った。ちょっとしつこいけど言っておこう!俺の金じゃないけど……。
気持ちの問題だね、気持ちの。
帰り道、大量のケーキのほとんどをアズキが持っていた。「俺ももっと持つよ」と言ったのだが、「大丈夫です」と断られてしまった。俺って非力だからな。あずきに全く敵う気がしないし。少しは、体を鍛えた方がいいのかもしれない。
翌日、すれ違うメイドたちからお礼のラッシュを浴びた。アズキ、なんて言って渡したんだ?礼を言うならヤヨイだろ?言われるたびに心が削られていく。早く稼げるようにならないと俺の心が持たないかもしれない。ヒモになるにも強靭な精神が必要だと学んだ出来事だった。
いつもありがとうございます。