1.帰還
アリマの街を出てから2日目、イソウの街に到着した。傭兵ギルドの前に魔導車を停めて、建物の中に入る。
「こんにちは、ギルドマスターのヤクロウさんおられますか?」
傭兵ギルドの受付嬢に取次をお願いする。
「ご予約取られてますでしょうか?」
流石、ギルドマスターである。予約がいるようだ。
「ああ、すみません。取ってないです。今、会うのは難しいでしょうか?次となると、いつ此処に来れるか分からないので」
「そうですか。ちなみにお名前伺ってもよろしいでしょうか?」
「ああ、アシダ トモマサと言います」
「え!アシダ トモマサ様!?あのドラゴンスレイヤーの!すぐに、ギルドマスターに確認してきます」
ドラゴンスレイヤーって何?そんな風に呼ばれてるの。厨二病は、20年以上前に卒業したんだ。止めてくれ。
俺が、驚いている隙に裏へ引っ込んで行く受付嬢。その呼び名広まってないでようね?勘弁してくださいよ。
そんな事を考えていると、聞いた事のある声がした。
「トモマサ君、帰ってきたか。良かったよ。アリマの様子を聞いて心配していたんだ。色々聞きたいし、こっちの応接室に来てくれ」
ギルドマスターのヤクロウさんだった。ヤクロウさんに連れられて応接室に入る。
「いや、1人も欠ける事なく帰ってこれたんだな。良かった良かった。さらに新しいパーティーメンバーまで増やして。流石、ドラゴンスレイヤー トモマサ君、若いねぇ」
コハクを見ながらニヤニヤするヤクロウさん、どうやら勘違いしているようだ。
「違いますよ。コハクは、俺の彼女じゃないですからね」
「ふーん、コハクはか。他の子達は彼女なんだね」
さらにニヤニヤするヤクロウさん、駄目だ、なんだか話術に嵌ってる気がする。話題を変えねば。
「そんなことよりも、ドラゴンスレイヤーって何ですか?受付嬢にも言われましたし、まさか流行ってるんですか?」
「おお、ドラゴンスレイヤーな、『明けの明星』のスバルが言い出してな。ドラゴンを斬った刀の『ドラゴンごろし』と合わせてすっかり定着したな。『ドラゴンごろし』を持つドラゴンスレイヤー トモマサってな」
マジか、『ドラゴンごろし』ってあれだろ?バーサーカーが振り回す鉄塊だろ?あんな剣持ってねぇよ。ぱっと見普通の日本刀だよ。その上、ドラゴンスレイヤーとか何してくれてんだ、スバルさん。俺の悲痛な顔を見たヤクロウさんがさらに続ける。
「何だ?嫌なのか?変な奴だな。最高の二つ名だと思うんだけどな。スバルも含めこの辺りの傭兵達は、敬意を込めて呼んでるぜ。街を救ってくれたってな。だからそんな顔するなよ。それに、どんなに嫌がってももう変えられないと思うぜ。それだけのインパクトがある出来事だったからな」
『赤い○星』とか『世紀末救○主』とか痛い二つ名に比べて、まだマシだと納得するしかないか。そう思って溜息を出すとヤクロウさんが、この話は終わりだとばかりに苦笑いしながら机の上に布袋を置いた。
「忘れん内に渡そう。丹波抜刀隊パーティーに向けてドラゴン討伐の報酬だ。金貨300枚ある。どう分けるかは、パーティー内で決めてくれ」
「金貨300枚も貰っていいんですか?」
「何を驚いている。街を、延いては王都を救ったんだぞ。少なすぎるぐらいだ。けど、シンイチロウ王子が、あまり目立ちたくないトモマサ君達は、金額を増やしても喜ばないだろうというので、この金額に抑えたんだ。だから、この金だけは何がっても貰ってくれ。そうでないと困る。こちらの面子が立たないからな」
聞けば、これ以上の金額になると、イチジマの本部で、授与式を執り行う事になるという。まだ、未成年でランク外の俺が、授与式なんて出た日には、丹波連合国中に名が売れることは必然だろう。復元魔法復活でただでさえ目立ってるのに、これ以上、名を売りたくはない。生き残るためには、遠慮せず行動するつもりなのだけどね。
「分かりました。金貨、遠慮なく、いただきます。ありがとうございます」
「ふぅ、これで一つ片付いたな。それと、もう一つ、トモマサ君が成人したら傭兵としてのランクがつくのだが、このランクを『ミスリル』から始めさせて貰おう。他のメンバーも『銀』から始めて貰う。いいかね?」
『ミスリル』って、どれぐらいのランクだっけ?俺が、首を傾げてるとヤクロウさんが教えてくれた。
傭兵ランクは、鉄、魔鉄、銅、銀、金、ミスリル、オリハルコンと上がっていくとの事だ。普通は、当然、鉄ランクから始まるのだが、ランク外の期間の貢献度や登録までの経験、例えば騎士等を踏まえてもう少し高いランクから始まる事もあるそうだ。実際に俺たちも大量の魔物を持ち込んだ実績を買われ、銅ランクぐらいから始められるようになっていたらしい。
ちなみに、鉄=初心者、魔鉄=初級、銅=中級、銀=上級、金から上は、最上級扱いで、ミスリルやオリハルコンは名誉ランクだとか。
「そんな名誉ランク貰えないですよ」
「申し訳ないけど、拒否権はないよ。ヤヨイ様が認めてしまったからね」
なんだと!ヤヨイの奴め!また、俺が困るような事を勝手に決めやがって。
1人憤る俺の怒りをよそに話は進んでいく。
「確か、1人成人してたね。カリンさんだったかな?ランクをあげられるけど、どうする?今上げてもいいし、トモマサ君と同じタイミングで上げてもいいよ」
「あ、それでしたら、トモマサ君と同じタイミングでお願いします」
カリン先生の答えにヤクロウさんが大きく頷く。
「分かった。それで進めさせて貰おう。それから、最後に、これはお願いだ。ドラゴンの素材を幾つか売って欲しい。皆の装備を見る限り、かなり使っているようだが、まだ余ってるだろう?どうかな?」
「素材ですか。確かにまだまだありますね。何が欲しいですか?」
「お、良いのか?助かるよ。カイバラの領域で倒されたのに何の素材も持ってないとかイソウの傭兵ギルドとして問題だからね」
確かに、傭兵が倒したのに最も近い街に売らないとか、仲が悪いと勘繰られても不思議ではないな。
「そんなに大した物はいらないんだ。鱗と皮と肉と血ぐらいで」
俺は、言われた部位をアイテムボックスから出していく。
「こんな物で十分だ。代金は、いくらぐらいだ?」
「えっと、よく分かりません」
素材の価格、俺に分かるはずもない。普通の魔物でも分からないのに。
「そうか。それなら、白金貨5枚でどうだ?」
なに?そんな価格なのか?鱗数枚と3m四方ぐらいの皮と10kgほどの肉と1Lぐらいの血が白金貨5枚?
「討伐の報酬より高い?」
「いや、言っただろう?討伐報酬は、本来はもっと高いって。まぁ、その低くなった討伐報酬の代わりに素材を高く買ってる面もあるのだけどね」
なるほど、そこで帳尻を合わせようとしているのか。
「もっと安くても良いのですよ?ギルドが損してしまいませんか?」
「ははは、大丈夫だよ。トモマサ君。オークションならこの肉だけで、白金貨3枚ぐらい出す貴族はいるから。他を合わせても白金貨10枚を下回る事はない。オークション手数料を引かれてもギルドは、大儲けだよ」
なんだその価格。肉に白金貨だと?
「ドラゴンって、そんなに美味しいのか?」
驚きながら俺の口から出た言葉に、カリン先生が呆れ顔で答えてくれた。
「トモマサ君。授業でも教えたでしょう?強い魔物の肉を食べると魔素量が上がるって。ちゃんと覚えてくださいよ?ですので、ドラゴンの肉なら魔素量の低い子供を持つ貴族が挙って買ってくれます。常識ですよ?一応、魔素量が多い肉ほど美味しいですしね。」
おお、確かにそんな話を聞いたな。なるほど、味よりも魔素量の問題なんだな。まぁ、味も良いみたいだが
「すみません、カリン先生。言われて思い出しました」
俺の答えに皆の笑い声が聞こえる。どうやら、皆知っていたようだ。常識だもんな、当然か。
「ドラゴンをも屠るトモマサ君は、常識に疎いのか。そして、彼女の尻に敷かれていると。うんうん、やっぱりそうでないとな!」
なにやら、ヤクロウさんがニヤニヤしながら1人納得している。
「私、尻になんて敷いてないですよ?」
カリン先生は、尻に敷いてると言われたのが恥ずかしいのか、赤い顔して慌てて否定している。
「ははは、カリンさんそんなに気にしなくても。大概の家庭では旦那は尻に敷かれてるものだからな」
その後は、ヤクロウさんが如何に|奥さんの尻に敷かれているか《ノロケ》を聞いて話は終わった。
〜〜〜
ヤクロウさんとの話も終わり、俺達は、魔導車で一路、イチジマの街へと向かう。
「アズキ、運転大丈夫?」
「はい、問題ありません」
イソウの街からイチジマの街までの運転は、アズキにお願いした。距離も少ないし、今日は帰って寝るだけだから魔素が無くなっても問題ないので。
その間、俺はと言うと、荷台でルリと戯れていた。猫と言うよりも豹のような大きさになり、コウベの領域でも魔物を狩れるほどに成長したルリであるが、産まれてから漸く6ヶ月ほど。まだまだ、甘えたい盛りのようだ。
座っている俺の足に頭を擦り付けてきたり、2本ある尻尾で顔をペシペシと叩いてきたりして、構って欲しいアピールをしてくるのだ。
最初は、魔導車改良の思案をしたいた俺であるが、あまりにしつこいので、上に乗りかかって全身でもふりまくってやった。
「ごろごろ、にゃー」
ルリの方も最初は気持ち良さげに声を出していたのだが、もふりがあまりに激しかったのか、途中から反撃を始め、尻尾で脇をくすぐってくる。
「こら、止めろ」
「にゃー!」
狭い魔導車の荷台で1人と一匹が暴れる。その度に車体が揺れるものだから、最初笑っていたカリン先生が見兼ねて止めに入ってきた。
「トモマサ君、やりすぎです。アズキさんが運転し辛そうですから、大人しくしてください」
「はい、すみません」
「にゃー」
俺が誤ってションボリしていると、ルリも同じように頭を下げていた。私も悪かったですと言わんばかりに。
「はは、トモマサ君、やっぱりカリン先生の尻に敷かれてるみたいだね」
やり取りを見ていたシンゴ王子が、そう言って笑い出す。そんな風にドライブを楽しんでいると、イチジマの街が見えてきた。
街の手前で、運転手を交代する。アズキも一応運転できるとは言っても人通りの多い王都を運転するのは怖いらしく、お願いされて交代した。
馬車に挟まれながら、大通りを行く。時間帯は、夕方少し前ぐらい。買い物客などの人通りが多い時間帯らしく道行く人々の視線が集まる。中には、指差して「何だあれは!」とか叫んでいる商人までいる。これまでのイクノやアリマの街でもかなり注目を浴びたのだが、やはり王都、注目度が半端ない。
「何だか、目立ちすぎかな?」
「今更だよ。トモマサ君」
俺の呟きに返事をするシンゴ王子、確かに今更である。結局、これぐらいならと割り切ってそのまま寮へと帰った。




