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4.本気

「あなた、あなた!いつまで寝てるの!!早く起きなさい!!!」


『ばし~~ん』という音と共に俺が目を開けると、そこは見慣れた我が家だった。そして横には妻がいた。


「あれ、睦月。・・・俺は死んだのか?」


「何言ってるの!まだ生きてるわよ。」


「え、という事は、ここはまた夢の世界か。えっと俺は、何してたんだっけ?えっと、あ、ドラゴンと戦ってたんだ。」


「戦ってた?あなた、後ろの方でチョロチョロしてただけじゃないの?自分の彼女達を矢面に立たせて何してるのよ全く。あの子達を守ってあげるのではなかったの?早く起きて助けなくいいの?」


睦月が、鬼の形相で非難してくる。


「え!心外だな。ちゃんとサポートしてただろ?それに、俺なんかよりあの子達の方が強いんだから仕方ないだろう。悲しいけど。ドラゴンもあの子達だけで倒せるよ。きっと。」


「あなた・・・本気で言ってるの。本当にあの子達がドラゴンなんて強大な魔物を倒せると思ってるの?」


「え?倒せないの?」


俺の言葉を聞いた、睦月、さっきまでとは打って変わって哀しげな表情で語りかけてくる。


「そんな事、出来るわけないわ。あれは、上級ドラゴンよ。これまで、誰も倒した事のないほどの脅威なのよ。現に今、彼女達は窮地に追い込まれてるわ。」


「上級?下級じゃなかったのか?」


「ええ、進化個体よ。」


進化した上級ドラゴン。これまでに誰も倒した事のないドラゴン。その言葉が、俺の頭を駆け巡る。


「・・・無理だ。俺がいたところでそんなのに勝てるわけがない。」


「諦めるの?」


「ツバメ師匠の剣術、アズキの体術、カリン先生の属性魔法、カーチャ王女の回復魔法、シンゴ王子の戦闘術そんな個性が集まっても勝てない相手に、俺が出来る事なんてないよ。俺は、ただの一般人なんだぞ。剣も魔法もまだ一年も習ってないんだぞ。

・・・やっぱり無理だ・・・。」


だいたい俺は、子供の頃から喧嘩すらした事がない臆病な人間なんだ。その俺が、上級ドラゴンなんて倒せるわけがない。


「勝てるわよ。あなたが本気を出せば。」


「適当なこと言うな!」


睦月の言葉に俺は、怒りの声をあげた。あまりにも無責任な声に聞こえたからだ。


「適当では無いわ。勝てるわよ。そのあなたの膨大な、それこそ、上級ドラゴンすら凌ぐ魔素と21世紀の知識があれば。」


「魔素と知識?確かに俺の魔素は多いよ。でも、魔素だけ多くても上手く魔法が使えるわけでは無い。たとえ知識があっても。そうだろう?」


魔法のある世界で生きたんだ、睦月も知ってるだろう。


「あんな、みんなの後ろでチョロチョロ魔法使ってるだけで勝てるわけないでしょ!もっと考えなさいよ。折角、知識があるんでしょ?何遠慮してるか知らないけど、あなた今まで、全力で魔法使ったことあるの?」


「そんな事、急に言われても。俺は、カリン先生の教えに従って魔法使ってるよ。それ以上、どうすれば良いかなんて何も思いつかないよ。俺がそんなに頭良く無いの知ってるだろう?」


なんだか悲しくなってきた。俺が、どれだけ頭を使っても大した案は出てこない。某ラノベの腹黒メガネみたいな策士にはなれないんだよ。


「本当に困った人ね。魔道具の開発には、あれだけ頭が回るのに。昔から言い争いですら苦手だったものね。今回だけは、時間も無いしヒントをあげるわ。だからちゃんとあの子達を守ってあげるのよ。もちろん弥生もね。」


そう言いながら、俺の耳元に口を近づけてくる睦月。


「〇〇に〇〇〇をかければ良いのよ。さぁ、行ってらっしゃい。」


そんな声を聞きながら、俺は夢から目覚めて行った。


~~~


「よくも、トモマサ様を!!!」


「フギャー!!!」


トモマサが跡形もなく消えたのを見て、いつもは冷静なアズキがドラゴンに突っ込んでいく。だが、怒りで単調になった動きをドラゴンに捉えられ、尻尾で薙ぎ払われる。それでもあきらめないアズキ。何度も何度も突っ込んでボロボロである。

ルリも同様だ。ドラゴンに突っ込んではアズキと共に薙ぎ払われている。

カリン先生もアズキとルリの回復に氷魔法にと何度も繰り返しているが、ドラゴンには全くダメージも与えられていない。

シンゴ王子に至っては鎧が砕けボロ雑巾のようになり転がっている。カーチャ王女が必死で回復魔法をかけているから、一応生きているようだが。


「アズキさん、そろそろ魔素が切れます。」


「分かりました。カリン先生は、シンゴ王子とカーチャ王女を連れて逃げて下さい。その間に私がドラゴンを食い止めます。」


「ダメですよ。アズキさん。死ぬ気でしょう?」


カリン先生の言葉に、アズキは顔を歪める。


「良いのです。カリン先生。トモマサ様がおられない私に、未来など無いのですから。」


「はぁ、仕方が無いですね。スバルさん、私達がドラゴンを引き付けますから、あちらの2人を連れて撤退してください。ルリも撤退を手伝ってください。皆さんの撤退を確認したら、我々も撤退しますから。」


「分かった。すまん、恩にきる。」


2人の覚悟が分かったのだろう。『明けの明星』のメンバーが頭を下げて撤退していく。スバルさんは、シンゴ王子を担ぎカーチャ王女と共に撤退を始めた。

だがルリは、話を理解しているだろうにも関わらず撤退せずただトモマサがいなくなった地点を睨んでいた。


一方、ドラゴンは、周りからの攻撃が無くなったタイミングで回復魔法をかけている。目や翼の傷が塞がっていく。流石に復元までは出来ないようであったが。


「カリン先生、私に付き合う必要は無いのですよ?ルリも逃げる気は無いようですし、私とルリで食い止めますから。」


「何言ってるんですか、アズキさん。あなたは、私の新しい家族です。新しい妹です。もちろんルリも。決して置いて逃げたりしません。それに、アズキさんとルリでは、ドラゴンを止められないでしょう?」


「それは、カリン先生がいても同じではないですか?」


妹と面と言われて嬉しいのか、少し赤い顔でアズキが言う。


「はは、痛いトコを突いてきますね。この妹は。」


間もなくドラゴンが動き出そうと言うのに笑いあっている2人、本当の姉妹のようである。どう見ても、カリン先生が妹だが。


「さて、そろそろですかね。」


「はい。カリン姉さん。」


「にゃっ。」


言うだけ言って、動き出したドラゴンに突っ込んでいくアズキとルリ。


「姉さんか。懐かしい響きね。もっと聞きたいわ。」


少し驚きながら昔、スワ湖のほとりでよく遊んでいた子に姉と呼ばれ親しんでいた事を思い出したカリン先生だったが、決意を新たにアズキとルリのフォローに集中してく。ただ、少しでも長くドラゴンを留めるために。


時間にして数分程だろう。魔素の切れたカリン先生は、傷付いたアズキを抱き締め座り込んでいた。ルリも血を流して倒れている。


「流石にもう完全に魔素が切れました。最も弱い回復魔法すら発動しません。アズキさんの血を止めたかったのに。・・・それにしても、トモマサ君ったらどうせ死ぬなら私もかばって死んでほしかったですね。」


「私の事を解放してくれると言ってたのにいなくなってしまいました。嘘つきですね。」


「これ以上彼女はいらないとか言いながら、街で可愛い子を見つけては眺めてますしね。」


「耳と尻尾を触ったのに結婚してくれませんでした。」


「他にも・・・」


言いたい放題の2人である。最後には、


「トモマサ君の馬鹿たれ~。死ぬなら最後まで面倒見て死ね~。」


「本当です。トモマサ様のニブチンが~。」


などと叫んでいる。

攻撃を警戒して様子を見ていたドラゴンだが、動くことが出来ないと理解したようで、息を吸い込みブレスを吐いてきた。目の前にドラゴンのブレスが迫る。2人は目を閉じて死を覚悟した・・・が、そのブレスが2人に届く事は無かった。


~~~


「2人とも勘弁して下さい。」


いつまでも、届かないブレスの代わりに声が聞こえたので、目を開けたカリン先生の前に憮然としたトモマサが目の前に立っていた。血を流し過ぎたせいか、気を失ってるアズキを抱きしめたまま。


「あら、トモマサ君、私達も死んだのね。アズキさんもツバメさんもいるし、あの世?で暮らしましょうか。」


死んだと思ってた俺を見たせいか、カリン先生が変なことを言い出した。


「いやいや、カリン先生、気が早いですよ。まだみんな生きてますから。」


「え、でもブレスを浴びて生きているわけ無いじゃない。」


「ああ、氷壁アイスウォールが間に合って良かったです。まぁ、俺の近くにいてくれたお陰ですけどね。ともかく、あのドラゴンちょっと倒して来ます。」


そう、トモマサは、死んでなかったのである。ツバメ師匠を捕まえて、土魔法で土中に逃げ込んだのであるが、その時に頭を打って気を失っていたのである。その気を失ってる夢の中では、妻に叱られるし、頭の上では、大声で罵倒されているのだからゆっくり寝てられないと起きてみたらこの有様であった。


「え、ドラゴンを倒すって、それが出来ないから死んだんじゃないの?あれ、生きてるの?」


「まぁ、見てて下さい。」


自信満々のトモマサに、カリン先生、頷くしか出来ない。

ブレスを打ち終えて敵を殲滅した気になっているドラゴンの前に、突然現れたアイスウォール。そして、その横から出てきたトモマサに驚いたドラゴンが、再度ブレスを吐こうとタメに入る。


「遅いよ。『短距離転移ショート・ワープ』」


口の下に転移したトモマサが、魔法で目一杯強化した拳を叩き込む。突然、口を閉じられたドラゴンは、またしても、口内でブレスを暴発させる。

トモマサは、その隙に、ドラゴンの首目掛け一刀を叩き込む。


『キン!』


「げ、どれだけ硬いんだ。刀が折れやがった。」


ブレスの暴発から立ち直ったドラゴンが、首元のトモマサ目掛け爪を振るって来る。それを、またしても転移魔法で回避したトモマサ。


「困ったな。隙を作って睦月に言われた事試したいのに。どうしよう。」


考えてるところに、また、ドラゴンがブレスをため出すので、口めがけて氷塊を飛ばすトモマサ。


「くそ、10秒くらいでいいから待ってくれよ。『重力上昇グラビティ・アップ』」


動きの早いドラゴンに文句を言いながら続けざまに重力魔法を発動させ、ドラゴンの全身を地面に陥没させる。


「魔素の消費が激しいけど、これで少しは時間が稼げるか?さて、やってみるか。」


ムツキのアドバイスを実行してみる。

その瞬間、地球が静止した。いや、そんな映画みたいな事にはならない。ただ、俺が身体魔法で脳を強化したため、思考速度が数百倍に加速して周りが止まったように見えただけだ。

そのまま、ドラゴンの倒し方を考えるトモマサ。


「全身氷漬け?氷魔法あんまり効いてなさそうなんだよね。それなら切り裂いたほうが確実か。

うーん、硬いものを切る。高水圧では硬いものは切れないし、刀の強度を上げるか。この間、読んだ金属学の本で何かあったような・・・。そうか、完全結晶にすると強度が理論値まで上がるんだったな。それで行こう。」


ウォーターレーザー。ラノベではよく書かれているが、実際には硬すぎるものは切れない。火を使いたくない、人命救助の場面などで使われる技術である。

代わりに刀を強くする事にした。折れた刀を回収し、錬金魔法を発動させる。

ちなみに、動いたり連続して魔法をかけたりするために、脳への身体魔法をかなり弱めた。脳と体の動きの調整が難しかったからだ。


「鉄以外の分子を除外、結晶構造に抜けがないように分子一つ一つをイメージして元の刀の形に・・・。うん、出来た。ついでに、切れ味を上げるために刃の部分は、単分子にしよう。某漫画の盲目剣士が使ってた刀だな。これがあれば、死が二人を分かつまで守れるからな・・・うん、これで、完成だ。理論上最も硬い鉄で最も切れ味のいい刀になったはずだ。それにしても、ごっそり魔素を持っていかれたな。残り1000程か。こんなに魔素を失ったのは、この世界にきて初めてだ。」


完全結晶鉄、不純物を一切含まない純度100%の鉄を結晶構造に一切欠損のない状態。この状態になると、理論値強度である普通の鉄の数十倍の強度を持つという。自然界では勿論のこと21世紀の技術力でも作成不可能な鉄を、膨大な魔素で無理やり作り上げるトモマサ。さらには、刃の薄さを分子一個分の厚みにする事により極限の切れ味までもたせてしまう。

正に鉄では最高の刀を作り上げる事に成功する。

試しに、近くの石に軽く当ててみると、何の手応えもなく真っ二つに切り裂かれた。切れ味は、最高。刃こぼれすらナシ。


「少しでも触ったら指が飛びそうだな。これならドラゴンも行けるかな?後は、俺の腕次第か・・・。」


最後に1番大きな問題を思い出してしまったが、時間もないので決行する事にする。現に、ドラゴンは、少しづつではあるが重力魔法に抵抗して立ち上がろうとしているのだ。

ドラゴンの動きを見たトモマサ、準備ができたタイミングで重力魔法を止める。突然重さがなくなったドラゴンは、勢い余って後ろに転けていた。

転んでいるドラゴンの首元に転移するトモマサ。ツバメ師匠に最初に習い、何千回、何万回と最も長くやった技とも言えない技。刀を振り上げて真っ直ぐ振り下ろす、剣道でいうところの面の動き。最も単純なその動きでドラゴンの首に刀を入れる。


『スポン』


刀を振り抜いたトモマサに聞こえる軽い音と共にドラゴンの頭が胴体から離れた。


〜〜〜


カリン先生たちのところに歩いて戻ってきたトモマサ。


「トモマサ君。ドラゴンはどうなったんですか?」


「倒しましたよ。何とか。」


トモマサの言葉に、安堵の表情を浮かべるカリン先生。

トモマサは、皆に回復魔法をかけながらポツポツと話していく。


「カリン先生、今回は怖い目に合わせて申し訳ありませんでした。俺は、この世界を甘く見ていました。ツバメ師匠やアズキ、もちろんカリン先生にシンゴ王子、カーチャ王女、皆がいれば勝てない魔物なんていないと思っていました。でも、現実は、違ったんですね。いとも簡単に殺されてしまう世界だったんですね。気を失ってる時に、妻に叱られました。あんたが、グダグダしてるから皆傷付いて行くのよ。しっかりしなさいってね。なので、必死に考えました。ドラゴンに勝てる方法を。最初からやってれば皆をこんなに傷つける事無かったのに、本当に申し訳有りません。」


決意を秘め語るトモマサの顔を、カリン先生は、ただ、眺めているだけだった。

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