閑話 シンイチロウ王子の悩み
夏休み前のある日、俺は王城図書室で過去の本を漁っていた。
「うーん、料理のレシピも良いんだけど、今欲しいのは、材料力学の本なんだよなぁ。前きたときに見た気がするんだけど、どこにあったかなぁ」
王城図書室、その中でも梵書の扱いを受けかねない分野の本を探している。
「お、金属学か、これでも行けるかな? 」
時空魔法で保存されている本を取り出し読み始める。学生時代に一度学んだ分野ではあるが、ほとんど忘れているので1から勉強である。
集中して読んでいるところで、俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
「トモマサ様、トモマサ様。お忙しいところ申し訳有りません」
気づいた俺が顔を上げるとシンイチロウ王子が、萎れた顔で立っていた。
「これは、シンイチロウ王子。ご無沙汰しております」
「いや、トモマサ様、お忙しそうな所、申し訳有りません。少し相談があるのですが、宜しいでしょうか?あと、此処には、王族かヤヨイ様の関係者以外は入れませんので、もっと楽に話していただいて構いません」
いや、楽にと言われても、次期王様には、敬語が1番楽なんですけど。
「まあ、話し方はさておき。相談ですか。私に出来る事なら良いのですが。調べ物も、そんなに急ぎではないですので今お聞きしても宜しいでしょうか? 」
「あ、いや、シンゴの様に普通に話して欲しいのですが……。無理は言えない
ですね。それで、相談なのですが、実は、復元魔法で復元して欲しい部位があるのです」
復元?不思議に思った俺は、シンイチロウ王子を足元から見ていく。
「シンイチロウ王子、何処か欠損部位があるのですか?見た限り問題なさそうですが」
そう、シンイチロウ王子、全くの健常者のように見える。
「確かに、生きて行く上でほとんど問題ないのですが……」
シンイチロウ王子、とても言いにくそうだ。マリ教授は、アソコの膜を復元させたかった様だし、シンイチロウ王子にも何かあるのだろう。ただ、男に膜は存在しないので、何かは見当が付かないが。
「遠慮せずに言ってください。誰にも言いませんから」
「そ、そうですね。では、遠慮せずに。実は、頭髪です。髪の毛を復元したいのです。このままでは、妻に捨てられてしまいます」
シンイチロウ王子の言葉に俺の視線は、思わず上の方を見てしまう。
確かに、薄い。まだ、20代だというのに、既に頭皮が見えそうなほどだ。
見てるだけで俺は、哀しくなって来た。俺も、30歳を前にして髪が薄くなっていた事を思い出したからだ。
それでも、妻に捨てられるとは思えないが。怖い奥さんなのだろうか?
「す、すまん、シンイチロウ王子。俺の家系は、昔から若ハゲが多いんだ。俺もそうだったが、苦労をかけるな」
「いえ、トモマサ様を責めている訳ではないのですよ。父上も30前には薄かったと聞いてますし」
やっぱり家系なんだな。1000年後の子孫なのにそんな変なところだけ残ってるってどれだけ優性遺伝なんだ。
「すぐに復元魔法をかけるよ」
「いえ、お待ちください。実は、既に復元魔法が使える治療師にも魔法を掛けてもらったのです。何度も。ですが、ダメだったのです。毛は伸びるのですが、新しくは生えて来ないのです。そこで、恐れ多いのですが、トモマサ様の知恵をお借りしたく相談に参りました」
なるほど。既に復元魔法を試したのね。しかし、何で復元しないんだ?
ハゲの原因が加齢だからか?でも、全員が禿げる訳ではないんだよな。遺伝だからか?うーん、人間が獣人になったりエルフになったりするこの現代、魔法ならそんな法則なんて無視しそうなんだけどな。
「取り敢えず、一度試して見ますね」
「は、はい。お願いします」
「『復元』」
お、一応発動した。シンイチロウ王子の頭皮に産毛がちょっと生えた。
「と、トモマサ様。う、う、産毛が生えました!!!! 」
シンイチロウ王子、髪を触りながら大絶叫である。よほど嬉しいらしい。
気持ちは分かる。分かるよ。でも、少し静かにして欲しい。確かに発動はしたのだけど、使用魔素量が半端ない。10000も使ってる。
ある意味失敗だ。だが、知識はあるらしい。その知識を特定するのが、難しいのだけど。
俺は、喜び叫んでいるシンイチロウ王子をほったからかして、昔、ハゲで悩んでいた時のことを考える。あの時は、ネットでいろいろ調べたな。ハゲの原因。
ストレスとか食生活とか頭皮の汚れとか色々書いてあった気がするけど、どれも漠然としすぎなんだよな。もっと、こう科学的な原因があった気がするんだ。何だっけか?
眉間にしわを寄せて脳みその奥の方を探ってみる。
「あ、あの、トモマサ様。どうされましたか?成功ではないのですか? 」
産毛が出て浮かれていたシンイチロウ王子だが、俺の渋い顔を見て冷静になったようだ。
「ん、ああ、使用魔素量が多くてこのままでは、一般で使えないのですよ。ですので、どの知識が必要か考えてるんです。ちょっとお待ちください」
「はい、わかりました」
俺が考え込む横で、じっと待てるシンイチロウ王子、嬉しそうに何かつぶやいている。
「この産毛、守らないと。これまで以上にワカメを食べて、野菜をとって、そうそう、大豆も食べてタンパク質も取らないとな」
本人つぶやいているつもりなのに段々声が大きくなって来る。
煩いなと思っているところで一つ気になった。ん?、タンパク質?……そうか、確かコラーゲンが減少して毛髪に必要な細胞が死んでしまうとか読んだ記憶があるな。
だからか、細胞だけ復元してもすぐ元に戻ってしまうんだな。
コラーゲンを生産するようにしたらいい気がする。
「シンイチロウ王子、もう一度かけますね。『毛髪復元』」
「おお、益々産毛が増えました。トモマサ様!!!! 」
またしても、大絶叫である。かなり煩い。
「今度は、成功ですね。魔素量も100ぐらいまで落ちました」
「さ、流石、トモマサ様です。感動です。何者にも変え難いこの御恩いかに返すべきか。……決めました。トモマサ様。
不肖アシダ シンイチロウ、生涯トモマサ様に忠誠を誓います。忠誠の証である私の剣をお受け取りください」
突然、片膝をついて臣下の礼を取り、剣を捧げる儀式を始めるシンイチロウ王子。
「や、やめてください。そんな大層な事してないですから」
「いえいえ、私は、もう決めました。何と言われようと、この言葉を翻す事はありません。剣をお受けください」
この後、何を言っても臣下の礼を辞めないシンイチロウ王子に、仕方なく剣を受け取りました。
次期王様からの忠誠なんて受け取っても困るだけなんだけど……。
「トモマサ様、ありがとうございます。それで、申し訳ないのですが、この魔法について一つお願いがございます」
「うん?誰かに教えましょうか?それとも紙に書いて渡しますか? 」
「いえ、それはおやめ下さい。この魔法は……」
シンイチロウ王子が、ものすごく饒舌に話をする。
この魔法がどれだけ革命的であるかという事を。また、薄毛に悩む貴族がどれだけ多いか。薄毛領主サロンがあるとか。この魔法があれば、この国が変えられるとか。
あまりの熱の入りかたにドン引きするほどに。
「えっと、要するにどうすれば良いですか? 」
「この魔法を使って貴族を、いや反対勢力と言ったほうが分かりやすいですね。その反対する関東の貴族を薄毛サロン、いやトモマサ様の下に取り込みます。ですので、この魔法については内密にしていただいて、私が、紹介状を書いた相手にのみ使っていただきたいのです。もちろん、トモマサ様が個人的に使われる分には問題ございません」
「……本気ですか?貴族ってそんな事で意見変えて大丈夫なんですか? 」
頭髪の為に、サロンのボスを裏切る。21世紀の政治家が、髪の毛のために政党を裏切るようなものだろう。この国、本当に大丈夫なのか?
「大丈夫です。行けます。トモマサ様はご存知ないと思いますが、薄毛の貴族は大変なんです。豊かな髪は、富の象徴とも言われ領民からも尊ばれる流風潮のために。王家は、皆、薄毛が強くて悩んでいます。毛の多い家系から姫を嫁がせたりしているのですが、あまり効果は無く……」
肥満が富の象徴の時代があったと聞いた気がするけど、今は髪の毛なのか。意味がわからん。
それよりも、すごいのはアシダ家の薄毛遺伝子か。どれだけ、強力なんだ。
「しかし、そんな風潮の中、良く国なんて作れたな」
「流石に、建国当時は違いましたよ。国を統一して落ち着いて来た300年ほど前から、この風潮が強くなったそうです。恐らく、王家に対する牽制の一つだったのだと思いますが、最終的に国に根付いてしまったようなのです」
「今回は、それを逆手に取るという事ですか? 」
「はい。もちろん、個人的に、妻に捨てられないために薄毛をどうにかしたいと言う欲望もあって、トモマサ様にお願いしましたが」
正直、そっちの欲望がメインな気がするけど、俺としてはどっちでも良い。
「アズキを解放するための法改正に役立つなら、いくらでも協力しますよ」
俺の返答に、シンイチロウ王子も安心したようだ。
「お任せください」と力強い言葉を残して図書室を出て行くシンイチロウ王子を見送って、俺は、元の本に集中していった。
〜〜〜
それから、一月程の間、国王を筆頭に領主、代官、騎士、聖職者、さらには大商人などこの国中の100名を超える権力者達が俺の元を訪れていた。皆、薄毛に悩む人達らしい。
俺が、軽く魔法を掛けてあげると、大声で叫ぶ者、滝のごとく涙を流す者、はたまた神のごとく祈り続ける者など多種多様な反応を示して帰って行った。俺に忠誠を誓って。
さらに年末には薄毛サロンは育毛サロンと名前を変え、丹波連合王国最大の勢力を持つようになる。
そのことを知った俺が「本当にこの国は大丈夫か? 」と盛大なツッコミを入れる事になるのは、もう少し先の話である。




