5.建国の父
ヤヨイ、俺、アズキ、他数名のメイドが集まり、光に包まれた瞬間に景色が変わった。転移は、あっさりと終了しイチジマの街に到着した。
「もう着いたのか。……呪文は、詠唱しないのか? 」
「不要よ。戦いの最中に、呪文名を言うことがあるけど、あれは、他の人に魔法を使うことを教えてるだけだし。大体、魔素に人の言葉が分かるわけないじゃない」
そりゃそうなんだが、言霊的な考えもあるじゃないか。魔法を初めて見る俺はかなりドキドキしてたのに、あの緊張を返してほしい。
到着したのは、ヤヨイの屋敷の転移用の部屋ということだった。この部屋だけは、いつ転移してきても良いように、何も置いてないらしい。事前情報の無い場所に行く場合は、事前に入念に魔法で探ってから行く必要があり余計に魔素が必要になるようだ。過去に、土砂崩れで地形が変わってて土の中に転移なんてこともあるらしい。転移してきたものは、物質を押しのけるようなのでどこにでも行けるのだが、土の中だと転移後に潰されてしまうことも考えられる。慎重な運用が求められる魔法であるようだ。
帰ってきて早々俺は、また、ぼーっとしている。かれこれ2時間ぐらい放置されてる。ヤヨイは、やることがあるからと出て行った。アズキもお茶を持ってきてくれてからは、どこかに行ってしまった。話す相手もいない、暇つぶしのネットもない。退屈で眠くなってきた。寝て起きたら、元通りってことはないだろうなぁ……などと考えてると、頭をバシバシ叩かれた。
「やっと起きたわ。相変わらずなかなか起きないわね」
寝てたらしい。
「出かけるから、支度して」
どこ行くんだ?と思ったが、教えてくれそうもない。それでも気になって聞いてみたが案の定、「来ればわかるわ」だって。
「どこでも行きますよ~」と言いながら、付いて行く。
屋敷を出て驚いた。隣が城だった。しかもただの城じゃない、ディ○ニー顔負けの白亜の城だった。出てきた屋敷も凄かったが、白亜の城ほどでは無い。ヤヨイは城に用があるらしい。門番も顔パスで奥へ奥へと入っていく。廊下を右へ左へと曲がり、迷いなく進んでいった先で一つの部屋にたどり着いた。
俺もう絶対に1人では帰れない。
入った部屋は、無人だった。中央辺りに円卓。椅子が、10個ほど。会議室のようだった。
「ここに座って」
ヤヨイが一つだけある豪華な椅子を指して、指示してくる。
この椅子って、王様とか偉い人が座る椅子じゃないのかと思ったが、立ってるのにも疲れたので素直に座っておいた。
ヤヨイは、隣の椅子に座っている。ほどなく、メイドが「お越しになられました」と、3人の男を室内に通した。
入口辺りに立つ男たち、恰幅の良いおじさんが一人、派手なマントに冠なんてかぶってる。その右横に中学生ぐらいかな?背も高い2枚目顔、左横に60代ぐらいの線の細いローブの爺さん。一列に並んでいる。
俺も立ったほうが良いかと、立とうとした所で、
「ご生還、おめでとうございます。建国の父よ」
真ん中のおじさんの言葉の後、3人が頭を下げている。
「……………………建国の父? 」
ヤヨイを見てみる。にやにやと笑っていた。
「父さんのことよ。何か言ってあげれば? 」
「はぁ?……はぁ~~~~~~~~? 」
部屋中に俺の声が響いた。
変な声が出た。何言ってんだ?二日前に目覚めたばかりの俺が『建国の父』なわけないだろう。目の前の男たちも、俺の変な声に困惑の表情を浮かべていた。
「ヤ、ヤヨイ?何隠してるんだ?ちゃんとわかるように説明してくれ。みんな困惑してるだろう? 」
ひとしきりにやにやした後、「しょうがないわね」と皆を座らせて説明してくれた。
今のこの国を丹波連合王国と呼び、領土は昔で言うところの九州から北海道まで広がってるとのこと。王都はイチジマの街で、他の各都市は貴族たちが治める形式だそうだ。だが、魔物が徘徊する世界であるため、点々と街があるだけで昔ほど人間の領域は広がっていない。
そして、重要なのは、妻のムツキとヤヨイで国の形を作り上げた事だ。国の形を作り上げた後に次女カンナを初代女王に置いた。目の前の男たちは、この国の国王、王子、国王補佐らしい。国王一家は、カンナの子孫である。
「……・いや、驚いた。王国なんて作るか普通。まぁ、でも睦月ならやりかねないと思ってしまう所が恐ろしい。しかし、何もしていない俺が建国の父って無理がないかい? 」
「何もしていない……ね。この国が、今の形になったのは間違いなく父さんのおかげよ。全く、世界が滅ぶ予測でもあったの?物凄い準備がしてあったわよ」
準備かぁ。確かに、トラクターの代わりに農耕馬飼ったり、簡単な道具を作れるように鍛冶炉を作ったりはしていた。いわゆるロハスとか自給自足とか言った考えの生き方だ。
他にも、様々な作物の種を自分で採種して保存してたな。肥料を自分で作ったりもしたな。それでも、他の誰かがやっているような細々したことを纏めてしていただけだった。
「その細々したものが、細部にわたってまとまった書類として残ってたの。おかげでイチジマの街は、早くから立ち直っていけたの。もっとも、母さんの辣腕もすごかったけどね」
「それにしても、建国の父は、無いなぁ……」
やっていたことは完全に趣味であり、そんな大それた称号をもらうのは、畏れ多い。
「だってさ、シンちゃん」
「ははぁ、『建国の父』の称号は、お気に召さない様子、すぐに封印させていただきます。ただ、称号はすでにこの国の伝説となっておりますので、撤回は無理であることをご了承願います」
自分では何もしてないのに伝説って……何の嫌がらせだ?
でも、伝説を撤回する事は出来ないか。古事記とか日本書紀撤回しろって言っても無理な事は解る。
「国の根幹に関わりそうなので無理は言いません。ただ、俺のことをその称号で呼ぶのをやめてもらえれば良いです。王様」
「王様などと、恐れ多い、私のことは、シンタロウと呼び捨てていただきたく願います」
ええ~、いくら子孫でも王様呼び捨てとか無理無理。しかもその名前って、昔の映画で見た勝○太郎思い出してしまう。何気に顔も似てる気がして来てますます無理そうだ。本当に俺の子孫なんだろうか?信じれらない。頭髪の量だけは俺の子孫的だが。
でも、どうやって納得してもらおう。王様から見たら俺なんて、ひいがいくつ付くかわからないぐらいの爺さんだもんな。呼び捨てとか厳しいか。
そうだ、撤回が無理なら、俺は別人ってことにしてもらおう。王様にお願いしてみる。
「え、いや、しかし、『建国の父』たるトモマサ様の願いでもあるし……ヤヨイ様いかがいたしましょう? 」
「ふーん、いいんじゃない」
軽い、軽すぎる、本当にいいんだろうかと勘繰ってしまうが、言い出したのは俺だしな。これからの人生、伝説の人とかいうポジションで生きていくとか精神的に無理だし。
「とある宗教では主神として崇められてるし、隠さないと大変なことになるわよ」
ヤヨイが、ニヤニヤしながら更なる情報を出してきました。
主神って……・、ラノベなんかで最後に神にって話はあるけど、最初からかよ。完全な嫌がらせだ。絶対にばれないようにしよう。
「それでは、表向きヤヨイ様の養子ということでいかがでしょうか?将来は、貴族として独立する予定の」
国王補佐のおっさんが、提案してきた。
「親子逆転ね。楽しそうだわ。それでいきましょう。見た目も子供だし、トモマサって名前も珍しくないし、他は何も変えなくても行けそうね。手柄をたくさん立てて、最終的には母さんの公爵家を継いでもらおうかしら?今は、誰も名乗って無いしね」
ヤヨイがすごく乗り気だ。にやけ顔がだんだん悪い顔に見えてきた。何させられるか怖い。出来れば21世紀と同じく農業して暮らしたいのだが、言い出せる雰囲気でないな。
「そうしますと、何も発表できないですね。せっかく私の代で、帰狭していただいたのに何もできないなんて。凱旋パレードを考えていたのですが……」
王様が物凄く残念そうだ。
「そうそう、父さん、春から学校に行きたいそうよ。シンゴ君と同じ学年になるから仲良くしてあげてね」
ヤヨイの言葉に、王様の横に座っていた男の子が立ち上がった。
「トモマサ様、第五王子のシンゴと申します。ともに勉強出来る事とても嬉しく思います。よろしくお願いします」
シンゴ君、すごく爽やかに握手を求めてきた。イケメンで背も高い、しかも王子様、リア充の境地みたいなやつだ。俺の子孫だなんて信じられない。俺も、「よろしく」とちょっとカッコつけてみたら、後ろでヤヨイが笑ってやがった。娘よ、あまり父さんをいじめないでくれないか?不相応な称号に、ただでさえへこんでいるのに……。そんな感じで、会談は終わった。
〜〜〜
王城の横手には、立派な墓地があった。中央の小高い丘の上には、かなりの大きさの石碑が建てられている。『建国の母』である妻と、『初代女王』である次女の墓だった。俺は、ゆっくりと石碑へと続く道を登っていく。振り返るとイチジマの街が一望出来る最高の場所だった。墓の前にたどり着いた俺は、そっと手を合わせた。もう少し感情的になるかと思ったが、あまり気持ちが盛り上がらない。不思議だ。
「まだ、2日目だもの心が死を受け入れてないのよ」
ヤヨイが、教えてくれた。確かに、まだ、実感がない。家に帰れば「おかえり」って出迎えてくれるんじゃないかと思ってしまう。そんなものか。
「また来るよ」と呟いて墓を後にした。
いつもありがとうございます。




