10.魔導車開発
寮に帰った俺は、書斎に直行する。ルリは、アズキについてリビングへ向かった。ブラッシングしてもらうようだ。いつの間にかすっかりアズキに懐いている。主人の俺よりも。あまり構ってやってないからだろうか?それともご飯をアズキが用意するからだろうか。家でペットにすら相手されないお父さんみたいになって来た。
その問題は、また考えるとして。
「まずは重力魔法だな」
重力魔法の資料を読んで行く。高校の物理の教科書からの抜粋だった。
『2つの物体に働く力は、其々の重量に比例し、距離の2乗に反比例する。』などと、懐かしい話が書いてある。
「昔、習ったなぁ。でも、この知識だけだと使えないんだよな。後のページは、ニュートンの話とかだし、なんの知識が必要なんだろう? 」
ちょっと考えてみるが何も思い付かない。
「取り敢えず、試してみるか。『重力』」
手にしているペンに重力魔法をかけてみると、ペンは、フワフワと上に動き出した。
「お、一応発動した。使った魔素量は……げ、1000近く減ってる。うーん、失敗だな。でも、発動するって事は、知識は持ってるって事だよな」
魔法が切れて落ちてきたペンをキャッチして、もう一度頭の中を整理する。
他に重力に関係することと言って思い出されるのは、量子力学の話だな。アインシュタイン曰く、『重力則ち万有引力は、重力場と呼ばれる時空の歪みである。』だっけか?
「よし。重力場をイメージして発動してみよう。『重力』」
再度、ペンに向けて重力魔法を発動する。今度はペンが一瞬で消えた。魔法は、もう止めてるのに何処に行ったんだろう?
「げ、天井に刺さってる。魔素量が多過ぎたんだな。今度は、少なめで、『重力』」
一瞬だけペンを重くする。すると、天井から抜けたペンがゆっくりと降りて来る。
「うん、成功だ。魔素も1以下しか使ってない。これなら、かなり重たいものでも動かせそうだな」
また、遺失魔法を復元させてしまった。こんな簡単な事、これまでの人は、気付かなかったんだろうか?不思議だな。
「コンコン」
「はい、どうぞ」
ノックオンが聞こえたので返事をすると、扉からカリン先生が顔を出した。
「カリン先生、来られてたのですか。済みません。挨拶もしないで」
「良いのよ。今来たところだし。それで、何してたの?何時もなら、ルリと遊んでる時間なのに書斎に籠って」
カリン先生にマリ教授に教えてもらった魔法の事、その内、重力魔法が出来た事を話して行く。
「流石ですね。トモマサ君。また一つ、遺失魔法を復活させたんですね」
「昔の知識が役にったっただけですよ」
「それでもよ。今の学者がどれだけ頭を捻っても出来ない事をしてるんだから、もっと誇って良いと思いますよ」
そんなものなのだろうか?1000年前では、それほど特殊な知識とは思えないのだけどな。
その後は、魔法を見せて欲しいと言われてペンを浮かせてみたり、自分とカリン先生の体も浮かせてみたりして楽しんだ。
宇宙遊泳みたいで楽しかった。カリン先生は、かなり怖いのか俺に抱きついて離れなかったのでついでに押し付けられる胸の感触も楽しんだ。
抱き合ってキャーキャーと言ってるところにアズキが夕食に呼びに来て、白い目で見られてしまった。カリン先生も俺を食事に誘いに来た事を忘れていたらしく、アズキに謝っていたし。
食事中に、アズキに重力魔法が使えた事を教えると、物凄い目を輝かせて「流石です」と言っていた。また、必要以上に崇拝されていそうで少し怖い。魔法を見せて欲しいと言われたので、「後でね」と言って、風呂上りにベッドの上で見せてあげた。
無重力でするナニは、難しかった。普段は、出来ないような格好でできるのは楽しいのだけど。
カリン先生には、無重力を遠慮されてしまったので、魔法無しで普通にナニしてから3人で寝ました。
〜〜〜
翌日午前中は中級属性魔法の授業を受けた。
中級属性魔法の授業では、土魔法の一種である錬金魔法の説明を受けた。この錬金魔法、土から金属の精製、金属を混ぜて合金の作成など、金属加工を行う上では、必須の魔法であるようだった。
魔導車の作成にも必要な魔法なのですぐに使うだろうし、かなり真面目に話を聞いておいた。
いや、いつも真面目に授業聞いてますよ。本当ですよ。興味の無い時に、眠い事もあるけど……。
昼からは、寮に戻って、一方通行魔法の研究である。
「この魔法、資料少ないなぁ」
渡された資料を見る。半ペラ1枚しかない。内容は、当然ラノベの一節だった。
「これ読んで、再現出来るわけ無いなぁ。ただのファンタジー小説だしな」
全く役に立たない。どうやら、1から考える必要があるようだ。
「ベクトル操作って事は、力の大きさと向きを変えるって事だよなぁ」
野球のボールで考えてみよう。ピッチャーに投げられたボールは、横への力と下への力で進んで行くんだよな。それなら、変化球はどうやって曲がるのかだな。確か、ボールの回転による空気抵抗の差で曲がってるはずだ。
「ボールは、投げた瞬間に挙動が決まってるんだものな。ベクトル操作って感じでは無いな」
力の向きを変えるか。
「うーん、思い付かないな。この魔法は後回しにしよう」
今欲しいのは、回転を生み出すことである。横方向の力を直接生み出せれば、優れた動力となるのは確かだが、必須では無いので。
重力魔法だけで回転を生み出す事を考える。
「円盤の左右で其々上下反対方向の力を加えれば行けそうだな。試しに作って見るか」
午前中に習ったばかりの錬金魔法で小型の水車のような物を作り出す。造形が甘いがそこはご愛嬌で。
そこに、重力魔法の魔術式を書き込んだ魔石をはめ込むと完成だ。購買で買って来た魔法盤に狩で手に入れた魔石を置いて作業する。
「本当は、複数魔石を付けれればより効率的なのだが、テストなので一つで勘弁してもらおう。それでは早速」
魔石に魔力を込めて発動する。一瞬だけ発動する上方向の重力魔法。ぐるっと円になってる部分が回って止まった。
「うん、行けそうだ。これを複数連結してやればパワーも取れるだろうし、動力として行けそうだな」
そこからは、早かった。魔術式を魔石が円盤の横にきたときに発動するように変更する。ちなみに右横にきたときは上方向、左横にきたときは下方向の力が発生するようにする。それを4つ付けて完成だ。
一通り試運転をして満足した俺は、ちょうどアズキが夕食に呼びにきた事もあって、今日の作業を終了した。
食後は、構ってもらえなくて拗ねていたルリとアズキを思う存分モフってから眠りについた。まだ、ルリには愛想をつかされていない様だった。良かった。
〜〜〜
翌日は、ちょうど魔道具作成の授業の日だった。
アズキとルリと教室に行くと、タケオとヤタロウが既に来ており魔導車の話で盛り上がっていた。
「2人ともおはよう」
「「おお、おはよう」」
挨拶もそこそこに話を始める。
俺が図面と日記を読み終えた後、タケオとヤタロウも図面と日記を借りて読んだようだ。やはり2人とも動力源がないことが気になったようだ。
「今、ヤタロウとも動力源について話してたんだけど、トモマサ君、何か良い方法考えた?俺たちでは何も思い付かなかったんだよな」
「ああ、ちょっと考えて魔道具作ってみたんだ」
俺の言葉に2人は、怪訝な顔をしている。高々1週間で動力源作ったなんて信じられないのだろう。
2人の前に、水車もどきを出す。
「これなんだけど」
早速、魔素を込めると円盤が回り始める。
2人は、相変わらず怪訝な顔をしたままだ。
その時、後ろから大声がした。
「おお、凄いな!これ!これだよ!これなら、動力になれるぞ」
いつの間にか現れたソウイチロウ先生が、水車もどきを持ち上げて叫びだした。
「び、吃驚した。ソウイチロウ先生いつの間に来たんですか? 」
俺は、驚いてしまった。全く気配を感じなかったからだ。タケオとヤタロウも驚いている。
「あ、ああ、すまんすまん。しかし、凄いな。この回る円盤。どうやって作ったんだ?ぜひ教えてくれ」
ソウイチロウ先生、大興奮である。
「えっと、授業終わってからで良いですか? 」
「お、そうだな。今すぐに聞きたい気もするが、授業もしないとなぁ。ああ、仕方がない」
未練タラタラのソウイチロウ先生。水車もどきを置いて教壇へと向かっていった。
「この回る円盤それ程のものなのか? 」
「いや、よくわからない。授業終わってから聞こうよ」
タケオとヤタロウは、納得がいかないようだ。ただ回るだけの円盤が動力になる。若い2人には、まだ想像力が足りないようだった。
〜〜〜
授業終了後、皆でソウイチロウ先生の研究室へ行く。
研究室には既にサチさんが来ていた。
「「「サチさん、こんにちは」」」
「はい、こんにちは」
俺とタケオとヤタロウで挨拶をするとサチさんも返してくれる。
ちなみに、アズキは、別授業のため来ていない。ルリは来ているが、着いて早々に昼寝を決め込んでいるようだった。構ってもらえないのが分かっているようで。
「さぁ、トモマサ君、どうやって動かしているのか説明してくれ」
ソウイチロウ先生に急かされて説明を始める。
「……という原理です」
「うーん、なるほど。重力魔法か。それは盲点だったな。遺失魔法は、担当外だから仕方がない。うんうん」
ソウイチロウ先生、1人で納得している。他の3人は、まだ、理解が追いついていないようだった。
「ソウイチロウ先生、この回転する円盤ってそんなに凄いことなのですか?独楽が回ってるのと同じにしか思えないのですが」
「そうか、サチでもそう思うのか。確かに、この円盤だけ見ればそう思えるかもしれないけど、これをもっと大きくしたらどうだ? 」
「大きく?うーん、水車ぐらいにって事? 」
サチさんは、頭の中で水車ぐらいになった円盤を考えているようだ。
「ああーー、そうか。水車の代わりになるって事か」
突然、タケオが声を上げる。会話を聞いてて気づいたようだ。その言葉に、サチさんもヤタロウも気づいたようだ。
「なるほど。確かに有用そうね。水が無くても水車が動くってことよね」
「そうだ。他にも手で回している道具、例えば農業で使う唐箕とか脱穀機とか石臼なんかにも使えるだろうな」
「「「おおーー」」」
「それは、凄い」
「汎用性が高そうね」
「金の匂いがしますね」
皆、有用性に納得したようだ。ヤタロウの発言は、商人の息子らしくてちょっと笑ってしまったが。
「それでは、まず、重力魔法を教えてくれ」
その後は、ソウイチロウ先生の頼みで重力魔法の勉強を始める。
数十年後、丹波連合王国を席巻するホンダ魔導車の開発は、ここから始まったのだった。
いつもありがとうございます。




