8.魔道具作成授業
復元魔法騒動もひと段落し、普通の学園生活が始まった。
昨日も泊まりに来ていたカリン先生と目覚めのキスをしてから食堂に行くと、いつものようにアズキが朝食の準備をしていた。
「おはよう」とアズキにもキスをする。足元では、いつの間にか近寄って来ていたルリが頭をスリスリしているので頭を撫でてあげると「うみゃー」と気持ち良さそうに鳴いている。まるで、「おはよう」と言っているかのようである。
そうこうしているうちに朝食の準備が出来たようだ。
「「「いただきます」」」「うにゃー」
3人と一匹で食事を取る。白米に味噌汁に焼き魚に卵焼きと純和風な朝食だ。もちろんルリは別メニューと言うか生肉だが。
「アズキさんの料理は本当に美味しいですね。私ではここまでの味は出せません」
「大丈夫ですよ。カリン先生。ここの食材は良いものばかりですから。ここで料理すればカリン先生も同じ味を出せますよ。今度作ってみたらどうですか? 」
「そうね。今度は、アズキさんと一緒に作りましょう。良いですか、アズキさん」
「はい、よろこんで」
アズキの同意を皮切りに2人は料理の話で盛り上がっている。
カリン先生とアズキで料理か。厨房が華やかで良いなぁ。でもこの寮、厨房と食堂別々なんだよね。貴族の屋敷としてはこれが普通なんだろうけど、21世紀の小市民の俺的にはダイニングキッチンが懐かしい。女の子達がキャキャキャと料理するのを眺めるのも楽しそうだし。卒業して独り立ちしたら是非そんな家を作りたい。料理の話に入っていけない俺は、一人そんな妄想をしながら朝食を食べ終えた。
授業前に職員会議があるからと先に出掛けるカリン先生にお出かけのキスをして送り出した後、俺とアズキはゆっくりと教室に向かう。ルリも俺の横を付いて来ている。
今日の午前中の授業は、今、俺が1番興味のある魔道具作成の授業の日だ。
最初の数回は、魔道具の歴史などの講義のみだったが、前回ぐらいから簡単な魔道具作成の実習に入って来ており、前回は、火を起こす魔道具を作成した。
適当な魔石に生活魔法の着火を定着させれば完成する簡単な魔道具だ。本来は使い勝手を上げるために魔石を長めの棒に付けたりするのだがそこまではしていない。棒に魔石を付けるだけなので誰にでも出来るからだ。それでも、初めての魔道具作成にワクワクしてしまった。
「今日は、湯沸かし器を作るって言ってたな」
「はい。魔法ケトルですね」
魔法ケトル、電気ケトルの魔法版だ。水を入れて魔素を込めると湯が沸くと言う簡単な代物だ。金属ケトルに加熱の生活魔法を定着させた魔石を付けるのだが、意外と難しいらしい。沸騰後に自動で動作を停止する機能が必要なためだ。このあたりの制御をどう魔法で実現しているのか楽しみだ。
寮から5分ほどで教室に着く。中には、既に数人の生徒が来ていた。
俺とアズキも空いている席に座ると、それに気づいた二人の学生が声をかけてくる。
「「おはよう。トモマサ君、アズキさん」」
「おはよう。タケオ、ヤタロウ」
「おはようございます。タケオ様、ヤタロウ様」
この二人、同じ授業で仲良くなった友達だ。フジサワ タケオとイワサキ ヤタロウ。二人とも『A』クラスの一年生で13歳だ。タケオは関東の小さな街の領主の三男で、ヤタロウは四国の大きな商人の後継だそうだ。初めは『S』クラスの俺に遠慮してたようだったが、授業終わりに教室でルリと戯れていたら、「撫でても良い? 」と話しかけて来た。二人とも実家には魔獣がいるらしいのだが、一般の寮では中々飼えないらしく連れてこなかったそうだ。お陰でモフモフ禁断症状がとか言っていた。今も、「「ルリ。可愛いね」」と言って二人でモフモフしている。たまに、アズキにも話し掛けてるのでルリだけでなく美人メイドと話をしたい欲求もあるようだ。もっともアズキの方は、メイドとしての返答しかしないので会話は盛り上がらないのだが。
ちなみに、関東出身のタケオに「獣人だけど大丈夫? 」と聞いたのだが、「うちの街では差別は無いよ。あれは一部の大きな街だけだよ。それに差別的な人は、王都の魔法学園になんて通わないよ。ニッコウ魔術学園に行くんだ」との事だ。
ニッコウ魔術学園については、カリン先生に聞いた事がある。旧エド国首都ニッコウの街にある学園だ。イチジマの魔法学園に匹敵する程の規模の学園で、ライバル視しているようだ。主にニッコウ魔術学園の方が。天才と呼ばれたカリン先生は両学園から誘いがあったのだが、いろいろ比べてイチジマの魔法学園を選んだそうだ。何でも向こうは、魔術学園と言いながら魔法の得意なエルフですら差別し入園を許可していないらしい。生粋の人族、しかも旧日本人しかいないそうだ。その上、貴族の特権意識も強く魔素量多いカリン先生など大貴族のボンボンに有無を言わせず囲われるのが目に見えてたので、両親にイチジマの魔法学園を勧められたそうだ。
そんな事を思い出していると、ソウイチロウ先生が教室に入って来た。ソウイチロウ先生は、髭面のガッチリしたドワーフの先生だ。挨拶もそこそこに授業を始める。
「今日は、魔法ケトルを作るぞ。先ずは、先生が作ってみせるからよく見とけよ。今回から術式が少し増えるから魔法盤を使う。初めての奴も多いだろうから使い方から説明するぞ」
そう言うと先生は、20cm×17cmぐらいのタブレットのような板を出して来た。あれが魔法盤のようだ。先生が魔法盤に魔素を込めると魔法盤表面が輝いた。起動したようだ。
「魔法盤ってのはな、魔法術式を書き込む補助具だ。複雑な術式になるととても頭の中では纏めきれないのでこうやって魔法盤に順番に記述していくんだ。そうすると間違いが少なくて済むし、修正をかけることも簡単だ。その上、同じ術式を何度でも書き込める。便利だろ。今の魔道具作成では必要不可欠な道具だ。
この魔法盤だが授業の間は学園のものを貸し出すので自由に使っていい。
ただ、課題で授業中以外に使う場合もあるのでなるべく自分で購入して欲しい。街の魔道具屋か学園の購買で売ってるので検討してくれ」
口で説明しながらも槌が似合いそうな太い指で魔法盤をなぞって行く。器用な先生だ。そうこうしているうちに魔法ケトルの術式が完成したようだ。
「術式が完成したら、書き込みたい魔石を手にしてインストールの魔法を実行しろ。それで、定着できる。『インストール』」
魔法盤が一瞬輝いて定着が完了したようだ。ソウイチロウ先生が、金属の鍋の窪みに魔石を入れる。
「これで完成だ。鍋の部分の作り方は、錬金魔法の授業でやるので今日はこのケトルもどきで我慢してくれ」
そう言って、下を指差すソウイチロウ先生の足元には、窪みのある鉄鍋が大量に置いてあった。
「さて、これから実際に皆にやってもらうのだが、一つ気をつけてほしい事がある。それは、この魔法盤についてだ。この魔法盤、起動している間ずっと魔素を使う。大体、毎分10ぐらいだ。魔法学園の生徒なら1時間ぐらいで無くなることはないだろうが、気をつけて作業するように」
毎分10って事は、人族の平均が100ぐらいって言ってた気がするから、1日10分しか作業できないってことか。魔道具作るのも大変なんだな。俺ぐらい魔素量があれば24時間使ってもなくならないから関係のない心配だが。
説明の終わった先生が、魔素盤とお手本の術式が書かれた紙を渡してくる。
「全員手元に魔法盤と参考の魔術式は渡ったかな?それじゃ、作業を始めてくれ」
先生の話は終わたようなので、俺は、魔法式の紙を手にとって見ていく。
魔法式は、起動後、加熱の魔法を温度計測で測った温度が設定温度以下の場合に起動し続けるという簡単な術式をであった。
俺は、早速、魔法盤に魔素を込めると、画面上に『Maso』と文字列が表示される。なんだか、某リンゴのパソコンメーカーの製品みたいだな。ロゴまで似てる。コッチは、柿みたいだけど。
起動した魔法盤に魔法式を書いていく。書くのは、専用のペンを使う。慣れると指でも書けるみたいだけど、初めてなのでペンを使う事にした。何せ、フリーのお絵かきソフトに指で文字書くって難しい。魔法陣なら書けそうな気がするが、今回の課題は、魔術式タイプなのでペンが良さそうだ。個人的には、キーボードが欲しいのだが魔法盤にはそんな機能は存在しないらしい。
「まずは、Loopを作って、温度が一定以上でIF分岐でLoopアウトか。ふむ」
魔法文を書いて行く。と言うか、完全にプログラムなんですけど。仕様はC言語に近い感じだが、魔法陣でも行けるそうなので厳密な決まりではないようだ。
農業を始めるまで働いていた会社ではシステムエンジニアしていた俺としては慣れた作業だ。10行程度のプログラミングなどものの1分もあれば書ける。
サクッと書いた俺は、インストールするべく魔石を魔法盤の窪みに設置する。
「インストール前にデバッグ出来れば完璧なんだけど。そんな機能は無いよな。まぁ、魔石には上書きインストール出来るだけましか」
そう、この魔法盤の最大の利点は魔法式の消去が出来ることだろう。これにより簡単にトライ&エラーすることが可能となっていた。
複雑な魔法式は、実際に動かして見ないと結果が分からないことも多い。例え、魔法式の構文を間違ったとしてもインストールはできてしまうのである。魔法式的には無限ループに陥ることも有り得るのだ。最も魔石内の魔素が無くなれば止まるので早々問題にはならないのだが。
最後に、もう一度魔術式をチェックして、インストールを実行して用意してある鉄鍋に魔石をセットしたら完成だ。
「さて、試運転だな。先ずは、水を、『水球』」
鉄鍋を水で満たして魔石を起動する。1分ほどで水がお湯に変わって魔石が動きを止めた。
「お、トモマサ君、早いね。ちゃんとケトルとして機能したようだ。他の皆が苦労していると言うのに素晴らしい」
「ありがとうございます」
礼を言いならが、周りを見ると皆、魔術式を理解するのに苦労しているようだった。プログラミングの知識があれば簡単に出来るのだろうが、31世紀の人達がそんな事を知っているはずも無い。
「しかし、こんなに早く出来てしまうとは、困ったな。まだまだ時間はあるんだが、どうしたものかな」
「作りたいものがあるので、その魔法式考えていて良いですか? 」
「お、どんなものが作りたいんだ? 」
俺の提案に、先生がノリノリで聞き込んでくる。
「そうですね。先ずは、自動……馬なしで動く馬車かな? 」
俺は、自動車と言おうとして、やめた。自動車が科学の代名詞みたいに言われ恐れられていた事を思い出したからだ。そんなもの作ると言った日には、犯罪者扱いされかねないから。
「ほほぅ。魔導車だね。なかなかの難題だよ」
「魔導車?そのような言い方をするのですね。開発は進んでいるのですか? 」
どうやら、俺と同じ事を考える人はいるようだ。ここは詳しく聞いておこう。研究している人に聞くのが1番の近道だから。
ソウイチロウ先生が、魔導車について教えてくれる。
魔導車、魔法の力で動く4輪の車の事らしい。かつて帰狭者の1人が魔石で動く車を提案したのだが、周りの反対に会い断念したとの事だった。大変革から150年程しか経っておらず、魔虫の発生原因が判明しないのに科学的な物を作る事への忌避感が強過ぎたそうだ。あと、経済的にもまだまだ安定しておらず人が乗る程の大きさの魔道具など作るだけの余裕が無かった事も原因のようだが。
「そんな事があったのですか。全く知りませんでした」
「それは、そうだろう。800年近く前の話だ。本にも残っていない昔話さ。俺は、偶然にご先祖様の日記を見つけて読んだに過ぎないのだから」
話に出て来た帰狭者って、ソウイチロウ先生のご先祖様なのか。凄いな。そんな古い日記が残ってるなんて。
「日記は、その魔導車の構想図面とともに劣化防止の時空魔法をかけた上で保存されていた。余程作りたかったようだね」
「先生、構想図面見せてもらう事は出来ますか? 」
魔導車の構想図面、とても興味がある。
「お、見たいかい?それなら、この後は空いてるかい?俺の研究室に来てくれ」
そう言い置いてソウイチロウ先生は、他の生徒の様子を見に行った。
残った俺は、1人、魔導車をどう実現するかを考えたり、行き詰まっているアズキに助言したりして授業時間を終えた。
いつもありがとうございます。
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