4.オグチの街2
翌朝、目覚めると甘ったるい香りと柔らかいものに包まれていた。
目を開けても前が見えない。起き上がろうにも、頭をがっちりホールドされているようで起き上がれない。
じたばたしていると、だんだんと締め付けがきつくなり呼吸が苦しくなって来た。顔をもぞもぞと動かして呼吸を確保しようとする。
「あ……ん」
どこかで聞いたような艶のある声が聞こえてきた。デジャブである。
その声と感触で思い出した。
「あ、アズキ、離じで」
声を絞り出すと拘束が解かれた。
「旦那様、おはようございます」
素敵な笑顔であいさつされる。布団の中でだ。この子は、なんでまた俺の布団に居るんだ?
「おはよう、アズキ。挨拶は、まぁ必要なのだが……今回はどうして布団に入ってきたのかな? 」
「え、っと、旦那様がうなされてましたので、介抱して差し上げようと抱きしめていたのですが、しばらくして旦那様のすやすやとした寝顔を見てますと私も眠くなってしまい、寝てしまったようです」
何を言ってるんだ。わざわざ布団に入らずに起こしてくれればいいのにと思ってると、
「最初は、起こそうとしたんですが、全く起きる気配がありませんでしたので、……申し訳ありません」
「……」
1000年にも及ぶ寝坊の前科がある俺。そういわれてしまうと、何も言い返せない。
「頼むから、もう勝手に布団に入らないでくれ。それと、その呼び方!『旦那様』って何か変じゃない?夫婦じゃないんだから、普通に名前で呼んでくれ」
「分かりました。まだ、夫婦じゃないですものね。トモマサ様と呼ばせていただきます」
何か言い回しが気になる。「まだ」とは、どういうことだろうか?考えていると、扉をノックする音が聞こえてきた。
アズキが布団から出て、さっと身だしなみを整えでドアに向かい、外に居た見知らぬメイドと話をしている。
「ヤヨイ様からの伝言です。本日、午後よりイチジマの街に帰ります。午前中にご準備をお願いします。分からない事は、私にお聞きください。ヤヨイ様は、術の準備に入る為、お会いする事は出来ません」
準備ね。昨日買った日用品を持って行く以外は特に持ち物も無い。実は、暇なのでは無いだろうか。それならやりたい事がある。アズキにやりたい事を言ってみた。
「外に出てもいいのかな?もう一度街並みを見てみたいんだ」
「構いません。ただ、お一人では危険ですので私も同行いたします」
過保護だなとも思ったが、何の土地勘もない子供(中身はおっさんだが)を一人で外に出すのは無理かと思い直す。
でも警護がと言われるかと思ったが、なにも言わないな。昨日のはヤヨイの護衛だったのだろう。
「うん、それでいいよ。一緒に行こう。でも、その前に、一人で、朝風呂もいいかな? 」
「分かりました。ご案内いたします」
昨日は、ヤヨイとアズキのお陰で温泉を堪能できなかった。なので、一人でと念を押して温泉に入る。
それでも、ひょっとしたらアズキが入ってくるのではないかと警戒していたのに……来なかった。
逃げる準備をしたままだったので落ち着かない温泉になってしまった。
来ないなら、言ってくれよ。ゆっくり楽しんだのに……。
行くとは誰も言ってないので、ただの一人相撲なのだが。
朝食後、昨日の馬車で街へ出る。
「どこか行きたいところは、ございますか? 」
「昨日は高級そうな店ばかりだったので、庶民の市場に行きたいな」
もうほとんど疑ってはいないのだが、一応確認しておきたい。下町的な雑多なところなら嘘をつく事は出来なさそうだしな。
「分かりました。この時間ですと、朝市が立ってるはずです。そちらにご案内いたします」
「あと、魔法が見たいんだが、アズキは使えるのか? 」
「申し訳ありません。私は使えません。基本的に獣人は、目に見えるような魔法は苦手です。魔素を筋力に使っているので。魔道具なら使う魔素量が少ないですので使えるんですが」
「そうなんだ。なら、魔道具の店に連れてってくれ」
「分かりました。朝市の後、ご案内いたします」
馬車で近くまで行ってもらい、昨日見えた商業街に降り立った。常設の店だけじゃなく、ゴザを敷いて商品を並べている露店もある。商品も、多種多様で昔のフリーマーケットを思い出す。その中でもやはり食べ物が多い。これまでの食事でもわかっていたが、米、麦、大豆、野菜たちに大きな変化は無いようだ。肉も売られているが、数が少ない。畜産はあまり盛んではないのだろうか?アズキに聞いてみると、「このあたりの肉類は、狩猟にて捕られたものになります。魔物の肉もあります」とのことだった。
「魔物の肉って食べて大丈夫なの? 」
「はい。大昔は、忌避されていたようです。ですが、現在では、味も良く魔素量が増えますので、貴族の方なども好んで食べられています」
アズキの返答に、俺は少し驚いた。育てた牛より野生の魔物のほうが美味いってことのようだ。おかげで畜産は流行ってないらしい。
少し先に行くと、美味そうな香りがしてきた。テイクアウトの屋台が並んでいる。焼き肉串、唐揚げの店が多い。祭りの夜店に来た気分だ。
「トモマサ様、なにか、買われますか?お金ならヤヨイ様から預かっておりますので遠慮なさらず、おっしゃってください」
準備の良いことで、驚いた。ますます、娘のヒモ化している気がする。なるべく早く身の振り方を考えないと、このまま寄生してしまいそうだ。とか思いながらも、せっかくなので戴くことにする。
魔物肉の串焼きとお好み焼き的な物があったので買ってみる。もっと食べたいが、流石に食べすぎになりそうなので断念した。
串焼きの肉は、鳥の腿肉に近い感じだった。店の店員に何の肉か聞いてみると、サンダーバードだと答えが返ってきた。雷鳥のことかと思ったが、どうやら本当に電気を纏った鳥らしい。この辺りでよく出没する魔物で、一撃で仕留めないと纏った電気で体が焦げて食べれなくなるそうだ。
ちなみに、お好み焼きだと思ったものは、豆腐田楽であった。美味いのだが、子供の体にはもうちょっと油っ気がほしいところだった。
次は、魔道具の店に行った。魔道具って兵器みたいなイメージだったのだが、売っていたのは、火を起こす道具、水を浄化する道具、洗濯する道具など、白物家電みたいなものだった。
火を起こす道具をアズキに使ってもらう。ただの石ころみたいな物から小さな火種が出てきた。ライターと同じだな。魔道具師により少しの魔素で動くように日々進化しているらしい。エコの精神は、ここでも健在なようだ。
ちなみに兵器みたいな魔道具は、国が管理してて資格のある人にしか販売していないそうだ。
他にも、雑貨を置いてる露店を冷かしたり、鍛冶屋に行って農具や武器を見たりして昼頃には、屋敷に帰った。
〜〜〜
屋敷に帰り、ここ二日いる部屋でぼーっとしている。アズキは、部屋を出ており本当に一人だ。
「本当に1000年も経ってしまったのか」
自由に街を見て回り、世界が変わってしまったことを心が理解してしまった感じがする。残っていた猜疑心もすっかり無くなってしまった。
「俺は、これからどうすれば良いのだろうか? 」
先のことを考えるが、相変わらず考えがまとまらない。働こうにも、この現代の常識もないし子供の体だ。
「成長するまでは、どこかの保護に入るのが良いんだろうな」
しばらくは、娘のヒモになるしかないようだ。父親としては情けない限りであるのだが。考え込んでいるところで、ドアをノックされアズキが入ってきた。昼食の時間のようだ。
ヤヨイと二人で昼食をとる。帰る準備はできたようだ。街はどうだったかと尋ねられたので、魔物の肉を食べたことや、魔道具、農具、武器を見てきたことを話した。そして、時間の流れを体で理解したことも併せて話した。黙って聞いていたヤヨイが、口を開いた。
「父さん、この変わってしまった世界でどうしたい? 」
そう聞かれたが、返事が出来なかった。
「まだ、二日目だもんね。そんな簡単に返事はできないか。ゆっくり考えてね。特に体が小さい内は、保護者が必要だし。帰ったら学校に通ってみるのも良いかもね」
「学校なんてあるのか? 」
俺は驚いて聞き返してしまった。街中では子供が店の手伝いをしている姿がそこかしこで見られたからだ。
「あるわよ。もっとも貴族か金持ちしか通えないけどね」
「すごく金がかかるんじゃないのか?ヤヨイは、かなりの高給取りのようだけど、そんな負担はかけられないよ」
学校か、現代の基礎知識を勉強すれば就職に役立つんだろうと思うのだが、娘の資産を食いつぶすなんてダメおやじに俺はなれない。
「あー、大した負担でもないんだけど、父さんが気にするならしょうがないわね。特待生って方法もあるわよ。行きたいなら試してみたら? 」
3流大学しか出てない俺に、特待生ってハードルが高すぎるだろ。お前もよく知ってるだろ娘よ。無茶言うなって目で、ヤヨイを見る。
「前に説明したでしょ。父さん魔素量格段に多いんだから、魔法特待生になれるわよ。まぁ、ちょっとは頑張らないといけないけど」
慌てて説明してくれた。そうか、俺にはそんな能力が付いていたんだ。初めて1000年寝てて良かったと思える話だった。
「ヤヨイよ。俺頑張るよ!ヒモ親父にならないように! 」
「ヒモ親父ってそんなこと考えてたのね。試験は、年明け3月よ。半年ほどしかないから頑張ってね。……もっともどんな結果であれねじ込むけどね。私とアズキの未来のために。フフフ。」
後半何言ってるか聞こえなかったが、試験に向けて頑張ろう!
「ところで、どんな試験なんだ? 」
「ああ、帰ったら先生を紹介するわ。しっかり聞いて、勉強してね」
大きく肯く俺。結局娘に頼ってるんだが、仕方が無い。早い事独立できる様にヒモ親父にならない様頑張ろう。新たな決意を心に刻みながら、昼食を食べ終えた。
いつもありがとうございます。