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2.マリ教授

ジワジワと呼んでくれている人が増えてきました。嬉しいです。

ここは、魔法学園にある研究棟。様々な魔法の研究を行う為だけの建物だ。研究棟は、学園内でも離れた場所に建てられており、また、建物にも強固な保護魔法が掛けられている。それは、稀に魔法に失敗して爆発を起こす人がいる為の保安上の措置である。


時間は、昼過ぎ、トモマサ達が、ちょうど昼ご飯を食べている頃だ。


「どうして発動しないんだ?まだ、知識量が足りて無いのか?手に入れた1000年前(科学文明時代)の文献によると、『キュアー』と言葉を言うだけで復元している様なのだが、科学のことはよく分からんな。せめて、前後の文献も有れば分かるのかもしれないが……」


マリ教授、どうやら何かの文献を手に入れた様だが、見当違いの物であるようだ。誰かの創作物だろう、呪文で怪我が治るのは、魔法であり、科学では無い事には気付かない。1000年も経てば、科学のことを忘れてしまったようである。

何度も『キュアー』『キュアー』と言いながら自分の下腹部に手を当てているマリ教授。一体何を復元しようとしているのか?


「ダメだ、私の破られた膜を復元して、あの馬鹿な男のことを忘れたいのに、望みは叶わないのか」


何だか、ダメな感じのするマリ教授。「今日は止めだ」と棚の酒を手にしたところで、ドアをノックする音がした。


「マリ教授、カーチャです。お話ししたい事があって参りました」


「おお、カーチャ王女。入学式は終わったのかい?研究を手伝うのは明日からという話だったが、何か急ぎの用かな? 」


手にした酒を素早く棚に戻してから、カーチャ王女を迎え入れたマリ教授。何事もなかったのように振舞っているが少し顔が引きつっていた。


「はい、教授、復元魔法の研究を進められそうな知識を持った新入生がおれらまして、その新入生に是非会っていただきたいのです」


「新入生が、遺失魔法である復元魔法に必要な知識を持っている? 」


マリ教授、怪訝な顔をしている。それはそうだろう。高々10代前半の学園生にそんな知識があるはずが無いのが普通だ。何年も研究しているマリ教授ですら持って無いのだから。


「はい。ひょっとすると他の遺失魔法についても何かご存知かもしれません。ですので、是非にお会いしていただきたいです。ただ、お話を聞く為には、守秘義務契約を行っていただく必要がありますけど。必ず有効な知識が得られると思います」


「守秘義務契約って、あの奴隷になるやつか?そこまで必要なのか?たかが、新入生の話を聞くのに。いや、カーチャ王女を疑っているわけでは無いのだがな」


カーチャ王女は、目を輝かせて返事を待っている。だが、どうしても納得が行かないマリ教授。

そもそも復元魔法が失われてから500年は経つと言う。何人もの先人達が復活の為に研究を重ねたが誰も成し得なかった事なのだ。そう、あのヤヨイ様ですら。それをただの新入生が有効な情報を持っている?とても信じられない。


「カーチャ王女は、その新入生から話は聞いたのかい? 」


「ほんの少しだけですが。でもその少しでもこれまで全く聞いた事の無い話でした。ですので、これは何としてもマリ教授に聞いて貰わないといけないと思い、こちらに参りました」


カーチャ王女が、幼少の頃から回復魔法を習っていた事は知っている。教えていたのは、国を代表する回復魔法の使い手ゲンパク先生である事も先日の自己紹介で聞いた。それほどの人から魔法を習ったカーチャ王女がどうして、何とか魔法学園の末席に置いてもらっている私のような者の研究室に来たのか不思議だったのだが、ここまで復元魔法の復活に意欲を持っているとは驚きだ。


「もう一つ教えてくれ。その学園生は、男か? 」


「はい、男性の方です」


男と聞いたマリ教授の顔が、どんより陰っていく。騙されて振られた男の事を思い出しているようだ。


「そいつは、私を奴隷にしたいだけなのでは無いのか?奴隷にして魔素量を上げたらどこかに売られるんだ。きっとそうだ」


「マリ教授、絶対にそんな事はありません!そもそも、あの方の魔素量は、マリ教授では足元にも及びませんよ。分かりました、そこまで心配なら、私も連帯で守秘義務契約いたします。マリ教授が奴隷にされるなら私もなります。それなら、よろしいですよね」


マリ教授の魔素量は、1500を超えており人族最上位クラスなのである。「この私の魔素量が足元にも及ばない?」その言葉に疑問を覚えるマリ教授だが、そんな事よりも、一国の王女が奴隷になる?こっちの方が重要だった。


「いや、そんな事はさせられない。もし奴隷になってしまったらどうするんだ?私は国王様に殺されても文句を言えないではないか」


「大丈夫です。お父様も何も言いません。あの方の奴隷であれば、むしろ私はなりたいぐらいです」


「は?奴隷になりたい? 」


カーチャ王女の爆弾発言にマリ教授、驚きすぎて固まってしまう。


「それでは、契約しましょうか。契約用紙は持ってきております。あちらの許可も取ってありますので、あとは、私とマリ教授のサインと血判だけで大丈夫です。はい、私の分は終わりました。マリ教授もお願いします」


差し出された契約書を見ると確かにカーチャ王女も奴隷になる守秘義務契約がなされている。やり手の訪問販売セールスマンに押し切られている感じがするのだが、カーチャ王女の爆弾発言で固まったままのマリ教授は気付かない。言われるがまま、契約書にサインを入れてしまった。マリ教授の血判が入って、有効になった契約書は、一瞬の光の後、灰も残さず燃え尽きてしまう。


「マリ教授、ありがとうございます。それでは、トモマサ様を呼んで参ります」


大急ぎで研究室を後にするカーチャ王女。しかし、いつの間にトモマサの血判入り契約書を用意していたのだろうか?不思議に思う方がおられるだろう。実は、この手の契約書、今後必要になるであろうと、ヤヨイが大量に準備してアズキに渡していたのである。寝ているトモマサから血判まで取って。流石、1000年寝坊したトモマサ。血判程度の傷では起きなかったらしい。アズキとカリン先生と3人でナニして疲れていたのもあるのだろうが。


昼食後、とっとと寮の部屋で寛いでいたトモマサは、カーチャ王女に見つかって連れ出される。アズキとルリをモフって楽しんでいた所だったのを中断されて少し不機嫌な様子だ。


「カーチャ王女、明日ではダメなのですか? 」


「申し訳ありません。トモマサ様。もう少し、私のわがままにお付き合いください」


本当に美人は得である。王女の言葉に、トモマサは仕方がないと従ってしまうのだから。


「マリ教授、お連れしました」


よほど、嬉しかったのか、ノックを忘れたカーチャ王女。突然ドアを開けてしまう。それに驚いたのは、マリ教授、棚の酒瓶を掴んだところだった。笑いながら、酒瓶を戻すが後の祭りである。


「マリ教授、お酒は話の後でお願いしますね」


カーチャ王女に釘を刺されたマリ教授、赤い顔して頷いている。その姿にトモマサは、親近感を抱いていた。そう、昼間から飲む酒は美味いのを知っているからだ。今は、子供の体なので酒は飲めないのだが、かつては休日によく飲んでいた。娘達には嫌な顔をされていたが。


「さ、トモマサ様もお入りください」


促されて部屋に入る。10畳程の研究室だ。四方の棚は、本で埋まっている。机の上もだが。そんな中、比較的本の少ないソファーに腰掛けて話が始まった。


〜〜〜


「トモマサ様、こちらマリ教授。遺失魔法の研究をされていて、その中でも復元魔法に力を入れてらっしゃる研究者です」


マリ教授と呼ばれた先生、紫紺に近い長い髪を持ち、眼鏡を掛けたシャープな顔立ちの細身の女性だ。せっかく整った顔をしているのだが、身だしなみにあまり気を使ってないのか、髪がボサボサだ。アンニュイな感じを狙ってるのだろうか?いや多分ただだらしないだけだろう。服装も研究者らしく白衣を着ているだけだし。


「初めまして。アシダ トモマサです。復元魔法を研究されているそうで参考になるかわかりませんが、話をさせて頂きに来ました」


「初めまして。トモマサ君。キュウリ マリだ。よろしく頼む。それで、早速なのだが、君は何を知っているんだね? 」


何を?そう聞かれても困ってしまう。どうしたものかと悩んでいるとカーチャ王女がお願いししてきた。


「昼に話しされていた、アイピーエス細胞でしたか?について教えていただきたいのですが、よろしいでしょうか? 」


そう言えば、昼間にそんな事を呟いたからここに連れてこられたんだったな。


「IPS細胞ね。万能細胞と呼ばれていて、色々な器官に成れると言われていたな。でも、実用化までは辿り着かなかったと記憶してるけど? 」


「IPS細胞…………・何かの文書で読んだことがある。確か…………」


マリ教授、何か思い当たることがあるようだ。奥の本棚を順に探り出した。


「あった、これだ」


分厚い本を持って戻ってきたマリ教授。俺に本を見せてきた。


「これの事か? 」


京都大学で山○教授が……新聞記事を書き写した物のようだ。俺が昔読んだものと似た感じの記事だった。


「はい、この事ですね。これは、発見時の記事ですね。もう少し進んだものがあるはずですが、そちらは無いのですか? 」


「いや、残念ながら、私はこの本以外では見た事が無い。……しかし、何故君はIPS細胞について知っている?この本は貴重で君のような子供が見れるようなものでは無いはずだが。……いや、まさか……もしかして、君は帰狭者か?そうか、そうなのだな。それなら守秘義務契約するのも頷ける。最後の帰狭者が確認されて500年は経っているはずだ。知れ渡ったら、どれほどの騒動になるのか、見当も付かないものな」


ははは、勘弁してください。俺は、静かに農業して暮らしたいです。


「マリ教授、ただの帰狭者ではありませんよ。ヤヨイ様のお父様ですよ」


カーチャ王女が言おうとした事が分かった俺は、止めようと手を伸ばしたのだが、間に合わなかった。

その情報、今開示する必要ありましたか?案の定、カーチャ王女の言葉に固まったマリ教授。口だけボソボソと動いていたが、段々と声が大きくなってきた。


「ヤヨイ様のお父様……それって…………もしかして…………『建国の父』様ですか!か、か、数々のご無礼大変申し訳ありません」


ソファーから飛び降り土下座をするマリ教授。本当に、この情報今開示する必要ありましたか、カーチャ王女。

俺が、カーチャ王女を見ると王女は満足そうに頷いていた。カーチャ王女、わざとですか?マリ教授の土下座が見たかったのですか?心の中で俺が呟いていると、カーチャ王女がマリ教授に手を差し伸べてこう言った。


「大丈夫ですよ。マリ教授、トモマサ様はとても寛大なお方です。マリ教授のことを罰するような事はありませんから。ただ、今後、トモマサ様を疑うような事はお控えくださいね。トモマサ様、申し訳ありません、マリ教授の罪をお許しください。もしどうしても許せないと仰るなら、私を奴隷にしていただいても構いません」


カーチャ王女、何やらマリ教授の俺への態度が悪いと、密かに怒っていたようだ。全く気づかなかったが。その上での、カーチャ王女の奴隷化のお願い、何だ?話の筋が通ってないぞ。


「か、カーチャ王女?あの、俺、マリ教授に全く思うところはないですよ。なので、王女を奴隷にする事もありませんから」


俺の言葉にカーチャ王女は、とても残念そうだ。カーチャ王女に引き起こされたマリ教授、あからさまにホッとしている。いや、俺、どれだけ悪人ですか?ちょっと態度が悪いからって奴隷になんてしませんよ。

その後も、謝るマリ教授を宥めながら、奴隷にと懇願してくるカーチャ王女を躱していると、日が陰ってきた。


「今日は、もういい時間ですし、帰っても良いですかね?また、今度時間がある時に顔出しますから」


「ああ、私は、それで構わない。いや、構いません」


マリ教授わざわざ言い直さなくても、俺は生徒なんですから。「敬語なんて必要ないです。他の生徒と同じように扱ってください」とお願いして元に戻して貰った。

その後も、帰ろうとする俺にカーチャ王女が余計な事を話してしまった罰として奴隷にして欲しいと懇願して来る。いくら美少女の頼みでもそれだけは聞けません。頑として断り、俺は研究室から逃げ出した。

しかし、カーチャ王女があんな性格だとは驚いた。いつもは、シンゴ王子の元で猫を被っているのだろうか?


「気を付けないとな。気が付いたら奴隷にしてました、何てことになったら目も当てられん」


取り敢えずは、なるべく二人では合わないようにしようと決意しながら寮へと帰った。

いつもありがとうございます。

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